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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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7.鬼神の棲まう山


 一益が滝の裏へ入ると、そこには思ったよりも広い空間が広がっていた。辺りには篝火が焚かれ、洞窟とは思えぬ明るさだ。


 奥を見やると、道仁とその向こうに胡座をかいて座る大きな赤い鬼がいた。その鬼、胡座をかいていても尚、小山ほどの大きさがあるようで、頭は洞窟の天井へ届きそうなほどであった。


 『彦九郎殿。どうぞこちらへ』


 先に入った道仁はすでに座しており、一益を手招きして呼びかける。安心してよいぞといった具合で一益に床几(しょうぎ)を勧める道仁。


— なんと巨大な鬼であろうか……。昨日の鬼など子ども同然ではないか — そんなことを思う一益。


 鬼のその大きな巨体に目を奪われていた一益が道仁の声で視線を落としてよく見ると、鬼の前に床几(しょうぎ)と机が用意され、道仁が座っており、酒や肴といった食べ物も用意されていることに気付いた。


 急いで床几に着いた一益へ道仁は酒を注ぐと、まずは一献と、3人は酒を仰く。そして、道仁の懐では黒翁が鬼や動揺している一益などお構いなしに肴を両の手で持ち上げ食べていた。


 『改めて彦九郎殿。こちらは鈴鹿山に棲まう大嶽丸殿でございます。名は聞いたことがあるとは思いますが、かの坂上田村麻呂公のソハヤノツルギよって斬られ、調伏されたとされる古の大鬼ですな』


 『その話をするでない(わっぱ)。酒が不味くなるだろう。彦九郎殿と言ったな。その話は真だが、あれは若い頃の話じゃ。誰しも自らの力を試したくなる時期があるじゃろ?』


 大嶽丸は、その大きな手で力を込めたら壊れそうな木桶をお猪口に酒を飲んでいる。人からすると抱えるような大きさの木桶でも、巨体の大嶽丸が持つとまるで小さなお猪口の様に見えてしまうのだった。


 『先ほどの滝の上にいた熊は大嶽丸殿だったので? 』


 一益は先ほどの大きな熊とこの鬼が見た目が違うことに困惑していた。熊は熊でも常の熊と比べればたしかに巨大であったが、今の鬼の姿からは似ても似つかぬ姿である。


 『ハッハッハ。見た目に惑わされてはいかんな。ほれッ』


 そういうと大嶽丸は、身の丈1.2丈はある大きな熊になると、今度は6.5尺ほどの赤ら顔で髭面の木こりの男になった。


 『どうじゃ。儂にかかれば容姿など、いかようにもできる』


 そう言って人間の大男になった大嶽丸は、先ほどまでは摘んで持っていた木桶を抱えて酒を呑んだ。人に変化したとはいえ。それでも常の人よりはだいぶ大きな背丈である。


 『はぁー。こりゃすごい。俺は鬼というものを昨夜初めて見たが、大嶽丸殿に出会ってまたよくわからなくなり申した』


 昨夜あった鬼はいかにも人に害なす妖であったが、この大嶽丸はむしろ理解ある隣人のように思える。一益は首をしきりに傾げながら、酒を仰いだ。


 『ほぉう。昨夜も鬼に会ったのか』


 『えぇ大嶽丸殿。昨夜は近江側の麓、土山宿に泊まったところ、呪詛騒ぎがありまして。それに関わる鬼退治と相成りました』


 『そうかそうか。ま、この辺りで(わっぱ)の相手になるような妖は居らんじゃろうな、ハッハッハ』


 大嶽丸は同じ鬼が調伏されたという話をあっけらかんと笑い飛ばした。というのも鬼は基本群れることはなく、仲間意識というものはほとんどない。


 大嶽丸は、その鬼を己の力量も分からず道仁に挑む愚か者だと思うことはあれど、同じ鬼だからと同情するようなことはない。


 『俺は、鬼とは昨日のような者だと思っておりました。大嶽丸殿のような鬼も在るのですか? 』


 一益は自分の疑問を思い切って道仁と大嶽丸へ問うた。


 『ハッハッハ。彦九郎殿はなかなか率直にお聞きなさるな。ま、儂のような鬼は少ないじゃろ。かく言う儂も、田村丸にソハヤノツルギで斬られるまではこの辺りで暴れておったわ。辛くも生きながらえた儂は、2度とあの時のような思いはしたくないと、過ごしてきたのじゃ』


 大嶽丸は懲り懲りといった具合で首を振りながらそう話した。実際、大嶽丸は田村丸に調伏されかけたが命からがら生き延びた経験をしている。


 『それ以来、大嶽丸殿は長くこの鈴鹿山で盗賊共を懲らしめてらっしゃるのですよ』


 一益が驚いたような顔で大嶽丸を見た。人に仇なすどころか助けるようなことを鬼がするとは考えてもいなかった。


 『この峠の為にしておるのではないぞ。盗賊共に儂の棲家を荒らされるのも好かぬし、麓の奴らに討伐隊でも組まれて儂が見つかっては堪らんからな』


 『結果はどうであれ、受け取る側の判断ですな。大熊に変化(へんげ)した大嶽丸殿に助けられた者たちは、あれは田村丸の御使いだの大嶽丸殿の化身だのと崇める者もおりますからな』


 『ま、儂のためとはいえ、感謝されるのはこそばゆいがの』


 大嶽丸は少し恥ずかしかったのか、遠くを見つめそう言うのだった。


 『この酒なども供物などでしょう? もはや自分のためだけではないのでは? 以前会った時と比べても、神気が増しておるようです』


 『ほぉ、そうか。ただの鬼だった儂に神気がなぁ』


 そう言うと大嶽丸は、少し笑いながら酒を染み染みと呑んだ。


 『その神気の帯び様、いずれ鬼神の高みに至るやもしれません』


 妖の中でも人に仇なす者もいるが、助ける者もいる。そうした者達は感謝されたり、奉られ、神気を帯びるものが一部いるのだ。鬼であれば鬼神。妖狐や九尾が精霊や神獣となることもある。


 『そうか……』


 大嶽丸は道仁の見立てを聞いて、ただ一言、呟いた言葉を呑み込むように酒を仰いだ。この御仁が自らが神に至るかもしれないことをどのように思うのか、道仁と一益にはその心境を窺い知ることはできなかった。


 『ところで、道仁殿と大嶽丸殿は馴染みとのことですが、いつ知り合ったので? 蘆屋家といえば、播磨の出との認識でしたが』


 場が少し静かになったところで、一益は気になっていたことを道仁と大嶽丸に尋ねた。


 『道仁の親のことは聞いておるか? 』


 大嶽丸が道仁をチラと見ながら一益へ問うが、一益は首を振る。


 『そうか……まぁそこは道仁からおいおい聞くじゃろう。お主の幼き頃の話は儂が話して良いのかの』


 黙って聞いている道仁に大嶽丸は確認をした。


 『お願い致します。昔話は年寄りの特権と聞きますので』


 『まったく、年寄りは敬うものじゃぞ……それでな、彦九郎殿。道仁は幼少より鞍馬に居ってな。代々の蘆屋家修練場で師匠と2人で過ごしたそうじゃ。その師匠が儂と知古の天狗でな。初めて会ったときは、幼き此奴は師匠に抱かれてここにやって来たものよ』


 大嶽丸は懐かしそうな顔で道仁を見やった。その顔は好々老としたもので、まるで子や孫のことを話す翁のようであった。


 『あの頃はまだ、陰陽道の修練を始めたばかりでございましたな。師に連れてこられた時も、大嶽丸殿は大熊の姿でございました。その後、本来の鬼の姿を見せられて、私は恐れ慄いたのを覚えております。かような者達を私は調伏せねばならぬのかと……』


 自らのお猪口に入った酒の波紋を眺めながら、道仁は染み染みと呟いた。


 『ハッハッハ。初めて見る鬼が儂では驚いたであろうよ。鬼の中で、儂と酒呑童子に並ぶ者なし、じゃからの。まぁ、それからは此奴の師匠が留守の時は、この鈴鹿山にて儂が此奴の修練相手をしてやっておったのよ』


 懐かしそうに楽しそうに大嶽丸は笑うと、肴に手を伸ばしてバリバリと食べはじめた。


 『何度この地に私が打ち倒されたか、数え切れませんな。俊敏さで師匠に勝るものはありませんが、力においては大嶽丸殿に勝るものはありません』


 『その師匠という方は一体どなたで? 先ほどの道仁殿の名乗りの際には、鞍馬の大天狗と。あの義経公の天狗のことでしょうか』


 『ハッハッハ。同じとする者もおるが、正確にはその天狗とは違う。童の師である鞍馬の大天狗は、儂と同じほどの齢である天狗の頂、天魔よ』


 日本には天狗と呼ばれる者はたくさんいる。高慢な僧が天狗になったとする説や、修行僧や山伏が天狗と呼ばれた、山の神が天狗であるなど。


 この道仁の師匠:鞍馬の大天狗は、妖の類であり、それぞれの鬼に違いや格があるように、天狗の中でも格の高い大天狗と呼ばれ、天魔と恐れ敬われていた。


 『私の師は、道満公との契約で我が蘆屋一族とその修練場を守護しております。故に鞍馬を棲家としておりますが、弟子である私が独り立ちしたのを良いことに、最近はあちこち出掛けておるようですが……』


 道仁は、少々苦笑いをしながら肴を口にした。


 『まぁ、これだけ立派に弟子が育てば彼奴も安心しよう。それに共に旅する友もおるのだから。お主ら、これからどこを目指すのじゃ』


 『これから伊勢、志摩を巡ろうかと。その後は海路で、尾張に向かい、彦九郎殿は親戚に仕官の口添えを頼むということです』


 『ほぉ。それは長い道のりじゃな。安倍の一族と違って、蘆屋は京を離れられるのじゃ。せっかくの機会、友と共にしかと見聞してくると良い』


 そう言うと大嶽丸は道仁と一益の猪口に酒を注いで、孫の門出を祝うかのように盛大に笑うのだった。



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