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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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6.鬼神の棲まう山


 東海道の難所、鈴鹿峠の逸話は幾多かあるが、平安時代の書物「御伽草子」には、鈴鹿山を棲家とする大嶽丸という鬼が出てくる。山陰道の難所、大江山に棲まう酒呑童子と並ぶ有名な鬼として、古くから知られる大鬼、大嶽丸。


 この身の丈10丈もあったとされる大嶽丸だが、これは鈴鹿御前と藤原俊宗によって討伐される。この俊宗、幼名を田村丸といい、征夷大将軍となった坂上田村麻呂と同一人物ではないかとも言われている。


 実際は、盗賊が跳梁跋扈する鈴鹿山、鈴鹿峠を当時の朝廷や民達が恐れていたことからこのような逸話ができたということだ。


**********


 (うま)の正刻に差し掛かり、道仁と一益一行は、若女将から頂いた握り飯を、人の身丈ほどある年輪の倒木に腰掛け食べている。


 『なかなかどうして、順調に進めていますな。道仁殿』


 両の頬に米を頬張りながら道仁へ話しかける一益。


 『盗賊の類が多いとの噂でしたが、今のところ旅人の往来も多いからか、安全そうですね。近頃は東海道を避けて、千種街道、八風街道を使う商人も多いとのことでしたが』


 『北や東の桑名や津島、蟹江へ向かう商人にとってはその方が良いでしょうな。長良川や揖斐川、木曽川といった暴れ川をうまく渡れればの話ですが』


 木曽三川は水力が多く、また同じ場所に3つの川が流れていることから、洪水のたびに流れが変わる複雑な場所だった。


 また、桑名東の長島願証寺は木曽三川に挟まれた砂州にあり、桑名と熱田の海上交通の要所であった。


 『たしか、北伊勢方面は四十八家と呼ばれる大小の豪族が治めていると記憶しておりますが。我々の通る関宿辺りを関・神戸家らが治め、津の南西方面の伊賀街道は長野家でしたかな。それより南伊勢6郡がかつての南朝方の子孫、北畠家が治めるとか』

 

 『おおかたその通りかと。最も、北畠家との血縁を持つお家が多いですが、最近は六角と血縁を持とうとするお家も多いですな。北伊勢の梅戸家当主は六角弾正少弼の弟殿ですし、2年前には長野家を関家と六角家が共に攻めておりました。一方で神戸家当主の神戸蔵人大夫は父親が北畠からの養子でして、親子二代、実家の支援でいまや本家の関家と並ぶ勢いです。伊勢は六角、北畠で割れておりますね』


 『どのお家も生き残ることが大事ですからな』


 自身の御家・滝川家が甲賀の土豪であることから伊勢の家々の気持ちが少しわかる一益。そして。その時々の周囲の大きな勢力に味方することは、土豪にとっては当たり前のことだった。


 東海道や八風街道、千種街道といった近江と交流のある地域は、この後、管領代となる当主・六角定頼の六角家。伊勢南部と海上交通で交流のある中・北伊勢地域、志摩は当主・北畠晴具の北畠家が影響を強めている。


 『彦九郎殿は詳しいですな。出奔された滝川家は困るのではないですか? 』


 陰陽師の道仁は、相手の情報を知るということが如何に大事なことか理解していた。なんの情報もなしに妖と対峙することは、陰陽師としても避けたいこと。それは戦においても同じだからだ。


 『甲賀五十三家は全てが六角被官というわけではございませんので。他家の忍び働きもする家もあれば、その時々で雇い主を変えるもの。俺が1人抜けたところで、滝川を雇う者はさほど困らないかと。まぁ父上は人手が減って困りましょうがな、ガッハッハ』


 実際、滝川家では自由人で奔放な一益に手は焼いていたが、優秀な武士兼中忍である一益の出奔は大きな戦力低下である。しかし、もはや出奔した一益や道仁にとっては関係のない話ではあった。


 『さて彦九郎殿。そろそろ峠の頂に着きますが、すこし寄り道をしても良いでしょうか』


 一益は、片眉を上げて訝しむ表情で道仁へ問いかけた。甲賀出身で鈴鹿峠は忍び仕事でも使ったことがあり、幾らか地形については詳しい一益は、


 『寄り道でございますか。たしか、この鈴鹿峠は脇道のようなものは、ほぼなかったかと記憶しておりますが? 』


 こんなところに寄るような場所があるのかといった具合で問いかけた。


 『少し山の中を歩くことにはなるかと思いますが、昔馴染みがここ鈴鹿山に居りまして』


 『このような山中にでございますか? 』


 一益は、道仁がいたずら小僧のような笑みを浮かべているのを見て — 俺が驚くような、陰陽師である道仁殿しかわからぬ者……それこそ妖か、陰陽師が隠れ住んでいるのか — そんなことを思うのだった。


 『彦九郎殿に危険はまったくありませぬ。この道仁が約束致します』


 そういうことで、道仁一行は峠道を少し逸れ、わずかにできた獣道を草を掻き分け進んで征く。


**********


 獣道を進むことおよそ四半刻。一行は、岩場から幾筋の糸のような水が流れる滝に着いた。周りは太く大きな木々に囲まれた、街道から逸れた山奥で、ここまでの道を知らなければ来ることはないようなそんな場所であった。


 『さて、着きましたね』


 道仁は滝を眺めて、なにか懐かしそうな顔でそう呟いた。その滝は、雨垂れのような幾筋にも別れた細い流れの滝となっていて、滝壺は丸く、広く浅いような形であった。


 『ここが道仁殿の目的地で? 』


 一益は、たしかに綺麗ではあるが、どこにでもあるような小さな滝を目指した道仁の意図が分からない。


 『彦九郎殿。これから出てくる者は我らに害意はありませぬ。ですので刃物の類は出さぬようお願い致します』


 一益へ向き直り、丁寧にお願いをする道仁。いたく真面目なその様子に一益は、


 『かしこまった』


 そう言うと、腰に差した2尺8寸の打刀と1尺4寸の忍び刀を近くの岩へ立てかけた。道仁の頼みを委細聞くことなく了承した一益に、道仁はお礼を告げると、滝に向かって呼びかける。


 『大嶽丸殿、大嶽丸殿。鞍馬の大天狗が弟子、蘆屋道仁が挨拶に参りました。居られますれば、御尊顔を拝し奉りたい』


 しばらく滝のせせらぐ音が響いたのち、滝の上から大きな熊が顔を覗かせた。


 一益は一瞬身体を強張らせたが、道仁の先ほどの願いを思い出し、刀に伸ばそうとした腕を下ろした。この男、昨夜のような失態を2度する男ではなかった。


 『久しいな。蘆屋の(わっぱ)よ。』


 辺りに雷のような大音声(だいおんじょう)が響き渡る。


 『共に控える男は何者か』


 一益は滝の上の熊が声の主だとは分かったが、道仁の呼びかけた大嶽丸という名前に覚えがあった。その名はここ、鈴鹿峠にかつて居たとされる大鬼で、その鬼と同じ名前の熊をただ呼び出したとは思えなかった。


 『はい。こちらは甲賀住人、滝川彦九郎殿でございます。縁あって共に旅をすることに。私の信の置ける御仁でござます』


 『ほぉ。あの童が友を得たか。暫し待て』


 そういうと熊の顔が滝上の岩間に消えた。


 『道仁殿、あの者はいったい……大嶽丸とは古の大鬼の名では』


 一益は、すかさず道仁へ尋ねる。昨日の鬼を見ていた一益は、取り乱すようなことはなかったが、御伽噺でしか聞かぬその名に驚きを隠せない。


 『彦九郎殿の言う通り。あちらの御仁はここ鈴鹿山の大鬼、大嶽丸殿です。馴染みのお方ですのでご心配なく』


 そんな会話をしていると、目の前の流れる滝の裏から人の背丈ほどある大きな手が、こちらを招いているのが見えた。


 『さて彦九郎殿。往きましょうか』


 そういうと道仁は腰から刀を抜き、水に濡れないよう掲げながらザブザブと膝上ほどの深さがある川に入ってゆく。


 慌てて一益も刀を取ると、同じように入り、滝の裏へ消えた道仁を追いかけたのだった。



 

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