27.法体の陰陽師
的矢美作守を泰山府君に冥府へと連れ帰ってもらったことで無事、九鬼家を取り巻く怨嗟の呪いを解いた道仁と一益。取り憑かれ、一益に強かに額を打たれ気を失った九鬼秀隆を馬になんとか乗せ、一行は田城城へと続く夕暮れ道を戻っていた。
『此度もどうなることかと思いましたが、なんとか祓うことは出来ましたな』
『しかし豊前介様を危ういことに……。これについては私の失態。反省しております』
『道仁殿も人で御座いますれば、そういう事もございましょう。何より、無事帰ることができれば良いではありませぬかハハハッ』
道仁の面目ないと言った暗い表情を快活に笑って励ます一益。そんな一益が道仁の顔を見るも、その顔は未だ晴れない様子であった。
『彦九郎殿は以前、大嶽丸殿と話した時のことを覚えていますか? 私は幼くして鞍馬の修行場で大天狗の天魔と2人であったと……』
『……えぇ、覚えております』
『私の親は、私がまだ幼く天魔と鞍馬の修行場で留守を守っている間、京に陰陽仕事で赴いた際に何者かに殺されたのです』
一益には、いつも凛として涼しげな道仁の顔にすっと僅かな影が差したように見えた。
『なんと……。まさか、それで百済空承をあの様に睨んでおったので? 父上が亡くなられたのは空承との法力比べと同じ頃であったのですか』
『ですが、空承殿はただ法力比べをしただけだと。あの男が父を殺したのならば、それを誇らぬような性格ではありますまい。仇は別にいるというわけです』
思わぬ話を聞き、驚いた一益であったが、的矢屋敷での道仁のらしくない様子を思い出し納得した。
『まさかそのような経緯があったとは……。しかし、空承がお父上の件の下手人でなかったにしても、此度の呪詛に彼奴が関わっていたことで大変な目に遭ったことは事実。道仁殿はそれを解決したのですから、此度の事は良いではありませぬか』
『だといいのですが……』
いつもは涼しげで、一益との会話を楽しむような雰囲気の道仁だが、此度ばかりは歯切れの悪い暗い表情であった。
『道仁殿は……その仇を探しているのですか……? 』
『……もはや昔のことで御座います』
そう戸惑うように答えた道仁の言葉の後には、しばらく夜の虫達の鳴き声だけが響いていた。
そんな2人であったが、ようやく遠くに田城城の灯りぎ見えるところまで帰ってきた。城下町ももう少しといったところで、街道向かいから馬を飛ばす武士が見えた。
『しばしお待ちくださいっ!! 某、田城城より迎えに参りました。川面十兵衛が家臣・由利左馬丞で御座います。お二方は滝川様、蘆屋様で御座いましょうか』
『如何にもその通りで御座います。豊前介様がこちらに。気を失っておりますが無事で御座います』
馬の背に気を失って担がれたように乗っている九鬼豊前介を見て一瞬ぎょっとした様子の由利左馬丞だったが、無事という言葉に安心したのか、すぐに取り繕うと2人へ城へと先導すると伝えた。
『殿が大広間にてお待ちです。弥五郎様、孫次郎様も体調がほとんど良くなったと……。誠に、ありがとう御座います』
『それは良かった……』
馬上で道仁と一益に礼をした由利左馬丞は馬に担がれた九鬼秀隆を気にしつつも粛々と城下町を抜け、2人を田城城の大広間へと案内した。
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2人が大広間へ入った瞬間、当主の座からドシドシとやってきた大男。顔色が良くなり、表情も明るくなって幾分か健康的となった九鬼家当主・九鬼定隆である。
『おぉ!! 蘆屋殿と滝川殿のお戻りだ。どうやら貴殿らの呪詛払いは本物であった。弥五郎も孫次郎もすっかり回復し、朱音殿の笛が止んだ後もそのまま回復し続けておる。誠にかたじけない』
『呪詛の主も確と祓いました故、問題ないかと思います』
『豊前介様も一時はどうなるかと思いましたが、まっことよかったですなぁ』
『お二方にはご迷惑をお掛けして申し訳ない。気づいた時にはすでに身体の自由が効かず……』
九鬼定隆は道仁と一益の手を取り感謝を述べるほどであった。それに対して2人も朗らかに笑いながら応える。そして気絶していた豊前介も、一益に峰打された額に布を当てて大広間に揃っていた。
『ささっ。お二方はこちらに座られよ。弥五郎にも挨拶させよう』
『弥五郎様はもう動けるほど回復されたのですか? 』
2人を広間の中央へ案内する定隆がそう言い、驚いた一益。
『まだ海に出る事は叶わぬだろうが、日常生活はできるほどであるぞ。本当にお二方には感謝しきれぬ』
すでに夜更けではあったが、広間には朝と同様、九鬼定隆・重隆・秀隆の三兄弟と譜代衆・川面政隆、鵜殿礼忠が揃い踏みであった。
『弥五郎よっ!! 入りなさい』
定隆の合図で広間の襖が開かれ、由利左馬丞に案内されて入ってきたのは、頬は痩けているが顔色は良い14、5才の若い武士・九鬼弥五郎(浄隆)であった。
『弥五郎が立ち上がって動き回れるなどいつぶりか』
『長兄のそのように嬉しそうな顔もいつぶりだろうか。なぁ? 豊前介よ』
『誠に、よかった……』
兄の喜ぶ姿と、甥のしっかりとした足取りを見て嬉しそうな二男・九鬼重隆と感極まる三男・秀隆であった。
『九鬼弥五郎(浄隆)で御座います。此度の私の病、呪詛の元であった的矢の怨霊を払っていただいたとのこと。ありがとう御座います』
感謝を述べる浄隆の体躯は九鬼家の他の者たちと比べ、身体の線が細いが、確かにその目元が定隆に似た優男であった。
『此度の出来事。蘆屋殿、滝川殿が居らねばどうなったことか……。此度の褒美として、九鬼家は其方らの望みを何でも叶えてやろうと思う。なにかお二方で望む物はあるか? もちろん金子は別で与えよう』
九鬼定隆の望外の申し出に驚く道仁と一益。報酬の金子で如何程が貰えるのかという算段はあったが、どう答えたら良いか迷う2人であった。
『滝川殿は以前、南蛮の鉄砲なる物を求めているとか。よければこの九鬼家が交流のある熊野水軍や雑賀衆に堺の鉄砲とやらがないか掛け合うこともできるが如何か? 』
『誠でございますか!! 』
『うむ。南蛮貿易を行っている雑賀・根来の水軍衆であればなにか知っているかも知れぬ。しばし時がかかる故、我が九鬼家にて客将として過ごされては如何かな。無論、蘆屋殿もご一緒に』
その定隆からの申し出に答えたのは道仁であった。
『この滝川殿は尾張にて仕官をする予定で御座いますれば、鉄砲を手に入れた後、尾張までの船もご用意頂きたいのです。私の願いはその船で御座います』
『道仁殿、それでは貴殿の得には……』
『良いのですよ、一益殿。以前、雲林院でこの朱音を私は頂きましたから』
鉄砲も船も一益の求める物となってしまうことに済まなく思う一益であったが、道仁の提案をそのまま九鬼家からの褒美とすることとした。
『よしわかった。船も確と用意しよう。鉄砲には時間がかかるのでそこはご容赦いただきたい。それまでは弥五郎、孫次郎の相手や海賊衆として船に乗ることも構わん。我が家だと思って過ごしたまえ』
『『ははぁっ!! ありがとう御座いまする』』
こうして道仁、一益はしばらく志摩九鬼家に滞在する事となるのだった。果たして件の鉄砲について情報が得られるだろうか。2人の尾張への仕官の旅はまだしばらく続きそうであった。
第一章 完
これにて第一章 伊勢・志摩編 完となります。
既に第二章を書き始めていますが、連続更新できるほど下書きが溜まってから更新する予定です。
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