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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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26.法体の陰陽師


 古代日本における陰陽思想の基となった陰陽五行思想は古代中国から流れてきたもので、日本において天文学、易学、暦などに用いられる陰陽道として発展した。平安時代よりもさらに以前、飛鳥時代頃の朝鮮半島の百済・高句麗から到来したのもので、古代日本神道との関わりも深い。


 すでに闇に消えた百済空承は、そんな古代朝鮮からやってきた渡来人の末裔を称している。飛鳥時代は百済・高句麗から流れてくる貴人が多く、そうした者らは日本の朝廷で学者や僧侶として活躍する者が多かった。


 そのような渡来人の末裔を称する空承の縁者には僧侶が多く、空承は母方の家系が一向宗の為、一向門徒ではあるが、一方で高野山真言宗の僧侶を務める縁戚も多い。その縁戚らの中でも頭ひとつ抜けた実力の空承は陰陽道、仏道だけでなく、武術も極め、とりわけ錫杖を使った棒術を得意とした武人でもあった。


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 赤黒い血が壁や襖、天井など四方に飛び散った跡の残る的矢美作守の屋敷にて、目は虚ろであるがその眼は赤く妖しげに光り、顔は無表情なのに口元だけが異様に笑った様に吊り上がった不気味な姿の秀隆と向かい合う一益と道仁。


 やがて不気味な表情の秀隆が卑しく笑い始めた。


  『けっけっけ……。憎っくき九鬼の血族に乗り込めるとは運が良い。このまま田城城に乗り込んで九鬼の者どもを斬り捨ててくれよう……』


 『貴殿は、先ほどの陰陽師・百済空承が呼び起こした死人・的矢(まとや)美作守か……』


 秀隆の変わり様、その不気味な出立ちに一益は恐る恐る問いかけた。背が高く溌剌としていた秀隆の面影はもはやそこにない。


 『けけっ……いかにも。この屋敷の主人、的矢美作守である。ようやく九鬼に報いを受けさせる機会を得たのだ。貴様らにはこの身体をここまで連れて来てもらったことについては感謝するが、汝等(うぬら)は生きて返すわけにはいかぬなぁ』


 そういうと、秀隆の3尺の刀を構える的矢美作守。その身体は九鬼秀隆ではあるが、仕草や刀の構えが秀隆のそれとは異なり、相変わらずの不気味な無表情に吊り上がった口であった。


 そんな秀隆に乗り移った的矢美作守に一益は、


 『美作守よ、貴殿からは先ほどの百済空承ほどの武人の覇気は感じねぇなぁ。彼奴からは、僧侶の見た目のくせに、そりゃぁ震えるくらいの威圧感を感じたが、貴殿からはかけらも感じねぇ。もともとその程度の技量なのか、はたまた死霊になった故か。まぁ、道仁殿が準備できるまでは某が相手になろう』


 まるで美作守程度であれば余裕と言った雰囲気で啖呵を切るのだった。


 荒廃した廃屋敷の中で、刀の峰を相手に正眼で構える滝川一益とだらりと刀を下げた構えの的矢美作守が対峙する。美作守はそんな一益に向かって、妖しい笑みを浮かべる。


 『この身体の持ち主のために峰で闘おうなどと、舐められたものだ……。刃を向けずに我を抑えられるのか?』


 的矢美作守は腕に自信があるのか、一益にそう言い放つ。


 『そんなに自信があるのか? 口先だけじゃないといいがな』


 そう言い返した一益。両者がお互いを睨み合うこと数秒。先に動いたのは美作守であった。美作守は腕を垂らしたまま前進し、一益との距離を詰める。


 そして2人は、激しい剣戟を繰り広げはじめた。一益の攻撃を巧みにかわし、長い腕と長い刀を活かし、大きく弧を描くような剣筋で力で勝負してゆく美作守。それに対して最小限の動きで秀隆の身体を傷つけてはならないと刀の峯を上手く使って防ぐ一益。しかし、それ故に攻めきれないところを美作守が踏み込んで迫ってくる。


 『おいおい、いいのか? 此奴の身体に気を遣っているのだろうが、そんな弱気な剣技で儂を抑えられるとでも? 』


 『はっ!! この程度で笑わせてくれる。手前の力任せの攻めなんて余裕だってんだ。しかも、あんたのは豊前介様の身体のおかげだろうが。こちとら、鬼とやり合ったことだってあるんだよぉっと』


 『ぐはぁぁっっ!! 』


 軽口を叩きながらひらりと美作守の大振りな一撃を躱し秀隆を操る美作守の背中を刀で打ち付ける一益。


 打ち付けられた美作守は悲鳴をあげ、体勢を崩しながらも膝をつかずになんとか持ち堪えた。一益より大きな秀隆の身体を操る美作守、傍目にはその大きな力と体躯で一益を押し込んでいるように見えるが、対する一益の額には土山宿で鬼とやり合った時のような汗や疲労は見えなかった。


 『おのれぇ。お主、滝川と言ったなぁ。お前も、九鬼も、国府も、誰も彼もがこの儂を愚弄しおってぇぇっ!! 我が甥、次郎左衛門(的矢)も縁戚の加茂、千賀も坊主に呪詛を頼むだけで己では何もせぬ腑抜けどもがっ!! 誰も彼もが恨めしぃぃっ』


 そういって憤慨する的矢美作守。そんな美作守の周りには屋敷中から黒い靄のような物が集まって、美作守に纏わりつきそれを口から吸収しているように見える。


 『道仁殿あれは一体……』


 異様な様に思わず道仁に確認する一益。


 『屋敷中から九鬼の襲撃で殺された的矢家臣、家人達の怨嗟を集めておるようですな。この量、この呪符のみでは抑えが足りませぬか……』


 そう言うと道仁は先ほどまで呪をかけていた手元の呪符を一益に渡した。


 『申し訳ありませぬが、あの量の死人を取り込まれればこの呪符のみでは足りませぬ。新たに泰山府君へ祝詞を奏上せねばなりませぬ故、彦九郎殿。この呪符を豊前介様の背に貼り付けてくだされ。それで今少し(とき)が稼げまする』


 『(あい)わかったっ!! 』


 一益は、呪詛を受け取るといまだに靄を吸い続ける的矢美作守に突進した。一方で道仁は、泰山府君への祝詞を奏上する。


 『蘆屋の私が泰山府君の祭り事か。泰山府君の(すべ)は安倍一族の十八番(おはこ)であるのだがなぁ……』


 そう愚痴りつつも、略式の祝詞をドーマン(九字の格子状の印)の印を結びながら唱え続ける。


 陰陽道の魔除けや印で五芒星は「セーマン」と呼ばれ安倍晴明や安倍家が使用した。一方で蘆屋道満は六芒星や横に5本、縦に4本の格子形の九字、「ドーマン」または「九字」と呼ばれるものを使っていた。どれを使っても問題はないのだが、道仁はこの中でドーマンを好んで使用している。


 呪符を受け取り、美作守に乗っ取られた秀隆に近づく一益に、黒い靄を吸って歪に筋肉が肥大したような美作守が応戦する。


 『誰も彼もが恨めしぃぃっ!! おのれもじゃぁっ!! 』


 取り憑く霊魂が美作守だけであればまだ秀隆の身体を細かく動かせていた美作守であったが、怒りに我を忘れて多くの魂を取り込んだ為に肉体の肥大化と引き換えにその繊細さは失われた。そのような状態で繰り出される剣術は技と呼べるような高尚なものではなく、剣を振り回す児戯に過ぎなかった。


 『幾ら身体が大きくとも、それを使いこなせなければ宝の持ち腐れよ』


 『ぐっ……!』


 身体が肥大化して大振りな剣筋の美作守は、一益からまた(したた)かに額を峰で打ち据えられ蹈鞴(たたら)を踏む。幾ら峯打ちとはいえ、刀は重い鉄の塊である。美作守に乗っ取られた秀隆の額からはタラタラと赤い血が垂れていた。


 『彦九郎殿。呪符を!! 』


 『承知ぃっ!! 』


 道仁の合図に一益はすぐさま美作守の後ろへ回るとその背へ呪符を叩きつけるように貼りつけた。


 蹈鞴を踏んだところを後ろから呪符を叩きつけられ、よろめく美作守は、立ち上がろうとするも、そのまま床に倒れ込んだ。その身体は空承が髑髏(しゃれこうべ)を転がしてきた時のように小刻みにカタカタと震えている。


 這いつくばって動けない秀隆にすかさず近づいた道仁は、その背に指で縦横の格子状のドーマンを描きながら、長い祝詞を唱え続ける。祝詞が唱えられるに従って、やがて秀隆のカタカタといった揺れは小さくなっていった。


 『泰山府君にかしこみかしこみ申す。的矢屋敷に彷徨う魂を禄命簿に照らして引き取り(たまえ)』 道仁が長い祝詞の最後の一句を唱え終えた。


 中国の五岳の一つである東岳泰山の神である泰山府君。陰陽道の主祭神でもあり、東岳大帝などとも呼ばれ、冥界の最高神であり、人間の寿命や在世での地位を司ると考えられていた。平安時代の陰陽師・安倍晴明はこの泰山府君の祭を得意としたという記述があり、「今昔物語集」などでも僧侶の命を泰山府君の祭で延命したという逸話も残っている。


 なお、仏教の閻魔大王とも同視されるこの泰山府君の手もとには人の運勢・寿命・罪悪を細かく記した ”禄命簿” と呼ばれるものがあったとされている。


 『蘆屋の者に会うのは久方(ひさかた)ぶりじゃな。しかし、生ける者と死する者は棲まう世界が違うという世の(ことわり)を、お前ら陰陽師はよく破るのぉ……』


 道仁の祝詞が終わると同時に、血で赤黒く染まった部屋の暗がりから、黒い束帯姿で厳格な顔付きの長い顎髭が特徴的な男がやや迷惑そうな表情で現れた。


 『泰山府君(府君とは太守の尊称)。今代の蘆屋当主、道仁に御座ります。誠に申し訳なきことで御座いますが、生者に死人が取り憑き、さらには幾つもの御霊を取り込んでこの世に仇成そうとしておりました。どうかこの彷徨う御霊を禄命簿に照らしてお連れくだされ』


 頭を垂れて黒い束帯姿の男・泰山府君にそう奏上する道仁。泰山府君はその道仁の奏上に頷くと、自らが出てきた暗闇に向かって柏手(かしわで)を2度打った。


 『ぱんっぱんっ!! 』


 すると闇より出でるは地獄の獄卒達。しかし見た目は絵巻に描かれる鬼卒ではなく、黒い直垂姿の人間の武士のように見える、人ならざる者達であった。その者達は倒れた秀隆から美作守らの魂を取り出して闇に連れてゆく。魂が連れてゆかれる闇の先はどのような世界なのか、道仁ですら見たことはなかった。


 『禄命簿から漏れ、この世にいつまでも彷徨う者らがこうも多いと困るのぉ。まぁ、気軽に彼方(あちら)から儂を呼びつけられるのも困るがな』


 獄卒達が魂を連れ出しているのを眺めながら、傍に畏る道仁に話しかける泰山府君。道仁の後ろでは、泰山府君の気に当てられたのか、それとも目の前の光景に絶句しているのか、顔色の悪い一益が黙って控えていた。


 『誠に申し訳ございませぬ……』


 『まぁよい。ここ百年ほどは安倍の一族もあまり儂を呼ばなくなったでな。もしかしたら技の継承が途絶えでもしたのかもしれんな。蘆屋に呼ばれてちょうどよかった。儂もずっと彼方(あちら)に居ると仕事(禄命簿にて功罪を裁く)をせねばならぬから、息抜きにちょうど良くて助かったわ』


 『ははっ。それはありがたき事でございます』


 物言わぬ人ならざる獄卒達は秀隆に取り込まれた御霊を全て連れ出すと、暗がりに片膝をついて控えた。そして、その連れ出された御霊には的矢美作守も含まれていた。


 『さて、これにて全てかな』


 そう言うと泰山府君は倒れ伏す秀隆にゆっくりと近づく。


 『……うむ。この身体の主人(あるじ)はまだ彼方(あちら)へ連れて征く時ではないな』


 秀隆の身体に右手をかざし、左手で懐から小さな書付を取り出して眺めると泰山府君はそう言った。この書付、泰山府君の持つ禄命簿の一部であった。


 『よろしい。では獄卒達よ、彼方(あちら)に戻るとしよう。裁きが溜まっとるでな。あぁ、それとこの(すべ)を使った者に伝えよ。生者と死者、異なる世の者をあまり近づけるでない……とな』


 『はっ……次に会うことがあれば、(しか)と伝えまする』


 『それと……儂は此方(こちら)には息抜きだと思うてやって来ておる。次呼ぶ時は酒を用意せい。お主の祖先・道満や晴明のように酒の相手をせよ。よいな』


 『これに控える滝川殿は酒に目がない御仁。必ず美味い酒を用意させましょう』


 道仁は、ちらと一益を見てにやりと笑うとそう奏上した。泰山府君に気圧されていた一益は自分の名を出した道仁をぎょっとした顔で見返す。


 『では、楽しみにしておる』


 『『ははっ!! 』』


 道仁と一益の返答に満足した泰山府君は、獄卒達を引き連れてまた血で赤黒く染まった部屋の隅の闇に溶け込むように消えていった。


 『はぁ……まったく魂消(たまげ)た。今後あのお方を呼ぶ時は先に一言教えてくだされよ……』


 『ふふふ。畏まりました』


 泰山府君が彼方(あちら)へ帰り、秀隆も倒れ伏してしんと静まり返る屋敷の中で、愚痴る一益とその様子に笑う道仁の声が響いているのだった。



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