24.法体の陰陽師
付喪神の式神・朱音に呪詛の結界となる笛の演奏を任せ、当主九鬼定隆や川面正隆らを城に残し、田城城を出た道仁、一益らは、九鬼秀隆の案内で呪詛の元凶へと馬を進めていた。
一行は鳥羽方面から志摩方面を繋ぐ主要街道を南下し、途中で東へ別れる寂れた小道へ逸れると的矢湊と呼ばれる場所へ向かって進んでゆく。
この的矢湊は、的矢湾と呼ばれる入江に位置する湊である。的矢湾自体は志摩の中でも鳥羽と同じで水深が深く、東西を行き来する船の風待ち港として重宝される場所であった。
また、大きな湾は周囲を千賀家、国府家、的矢家といった土豪たちが割拠する場所でもあり、彼らは水先案内として金を請求したり、難破船から荷を取るような海賊衆として生活している。
地元志摩をよく知る武将、九鬼秀隆の案内で、一行は的矢湾を見渡せる小高い丘へとようやく辿り着いた。
『これはなかなか大きな湾ですなぁ。淡海を思い出しまする。甲賀生まれの俺は幼き頃はあれが海だと思うておって、初仕事の時に親父に連れられて伊勢の海を見たときはそりゃあ驚いたものですな。』
『某は波切にて毎日のように船に乗っております故、淡海を見たことがないのですが……。歌に聞くように、本当に船が往来するような大きな湖なのですか? 』
海賊衆として熊野灘や遠州灘の荒れる海を航海する秀隆にとっては船が往来するのはそのような広い海だけであり、湖を船が往来するといっても川船程度のものしか想像できなかった。
『それはもうこの湾ほどの大きな淡海ですよ。九鬼家の水軍衆のように、堅田衆と呼ばれる水軍衆がおるくらいですわ。北の越前や若狭と美濃、南近江、都を繋ぐ大事な水運を担っておるんですよ』
『ほぉー。それはいつか見てみたいものですなぁ』
一益達がそんな会話をしていると、道仁は眺める景色の一点を見つめ、呟く。
『豊前介様。あの湊町の高台に位置する屋敷より気配が致しまする』
そう言う道仁が見つめる先にある湊町に秀隆は覚えがあった。秀隆の祖父・九鬼泰隆とその父・隆次が九鬼家当主の時代、北畠家の勢力に属した九鬼家はこの的矢湾の南を領する国府家と共に伊勢神官勢力の的矢家とその湊を襲ったと言う話を聞いたことがあったのだ。
そして、的矢湊をはじめ、この一帯の数郷の村を治める伊雑宮(伊勢神宮の別宮)の長官・的矢美作守を討ち取ったのがその湊町の丘の上の館であった。
神宮領を横領する形で各地で力をつけた北畠家とその勢力下の国人衆たち。神宮勢力であった的矢家は存続さえすれど、その襲撃以降、今はその領地の大半を失っている御家であった。
『あれに見えるは、的矢美作守の屋敷でございまする。ただ……10年以上前に九鬼・国府家で的矢家を襲撃した際に美作守は討死。以降、誰も住まぬ廃屋敷となっておるはず……』
秀隆は丘の上にある廃れた屋敷を眺めて訝しむ様にそう道仁達に答えた。
『あれだけ朽ちた屋敷に住む様な人間が居るとすればそりゃ変わり者どころではないねぇ。一体何が潜んでいるのやら……』
ところどころ屋根が崩れ、もはや半分草木に覆われかけている廃屋敷を眺めて呟やく一益。
『かの屋敷は的矢家のもの。まさか、的矢家の者が呪詛の元凶ということでしょうか? 』
不安そうに尋ねる秀隆に道仁は、
『それは征かねばわかりませぬ。それで、豊前介様。城での約束お守り頂けますかな。宮内大輔様と比べれば豊前介様の負の感情は少ないですが、それでも豊前介様の御身を考えますと共にあの廃屋敷に征くは危険でございまする』
そう告げる道仁の瞳が妖艶に、妖しげに煌るのを横で聞いていた一益は見逃さなかった。そしてその道仁の忠告に気圧される秀隆。
『う、うむ。約定は守ろう。共にゆかねば長兄に合わせる顔がない』
『畏まりました。しからば、彦九郎殿。豊前介様の護衛をお頼みします。鬼にも勝る一益殿が居れば、安心出来まする』
『い、いや、道仁殿……鬼に勝ったのはきでん……』
『なんと滝川殿は鬼に勝ったことがごさるのかっ!! 蘆屋殿といいなんと心強い。何卒よろしくお頼み申すっ!! 』
逸る秀隆に、勢いよく頭を下げて頼み込まれ、否定しきる前に遮られてしまった一益は、くすくすと笑う道仁を睨みながら困った顔で頬を掻き、秀隆の願いを承諾するのだった。
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3人は的矢湾を見渡せる山を降り、件の廃屋敷のある湊町へと半刻ほどで辿り着いた。
町の至る所に烏が居る事以外は特に変わったことのない湊町。人影はまばらで、町の中央の通りを少し登ったところに朽ちて草木に覆われかけている屋敷の門が見えている。
『道仁殿、この湊町ですが至る所から式神の気配がしますなぁ』
そう告げるのは道仁の懐に収まっているねずみの式神・黒翁である。
『黒翁殿、式神の気配というのは真ですか』
黒翁の声が聞こえる一益は、後ろを歩む秀隆に気づかれない様、忍びの手技で道仁の懐の黒翁にそう問うた。
『まっこと、まっこと。おそらくこの湊に居る烏ではないかと儂は思いますがね』
『黒翁殿の推察は当たっているかと私も思います。先ほどからたくさんの視線を感じるのに町人達は我々に見向きもしておりません。おそらく廃屋敷の主人が遣う式神達でしょうな』
あたりを窺う様子を見せず澄まし顔でそう言う道仁。道仁のその落ち着き様を見て、町に足を踏み入れてから少し不安だった一益は、心の落ち着きを取り戻しつつあった。
『この分ならすでに我々の来訪に廃屋敷の主人も気づいておるでしょう。この式神の数、おそらく腕の立つ陰陽師である事は間違いない。その的矢と言う御武家様だけでこの様なことは出来ますまい』
『式神の儂もそう思う。辺りに漂うこの気配、道仁殿が纏う気配に似ておるのぉ。まぁ、ちとこの廃屋敷の気配には道仁殿のそれより陰湿な気が多いがの……』
そんな会話をしているうちに町の中心道を登り切った一行は、廃屋敷の朽ちかけの門へと辿り着いた。
カラカラカラと朽ちた屋敷の屋根がそよぐ風に音を鳴らしている。傾いている門の向こうはすでに大きな木々が茂っており、昼間だというのに廃屋敷とその周りは夕暮れかの様な暗さと静けさであった。
いつぞやの鬼退治の時の様に、腰に2尺6寸の打刀を差した藍染着物に碧の羽織袴は蘆屋道仁。2尺8寸の打刀と忍び刀の二本差し、猩猩緋着物に暗い朱羽織の滝川一益。一益より更に大きな背丈の屈強な海の益荒男、6尺超えの九鬼秀隆の順にその門を潜り抜け、朽ちた的矢屋敷へと入って征くのだった。
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