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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
3/34

3.流浪の陰陽師と出奔武者

本日12時、18時の2回更新です。


 朧げに見えていた(やしろ)の屋根もハッキリと見える場所まで登ってきた、2人の人間と1枚の紙人形。


 山道と境内を隔てる最後の大きな鳥居を、宙に浮いた紙人形、腰に2尺6寸の打刀を差した藍染(あいぞめ)着物の蘆屋道仁、腰の後ろに1尺4寸の忍び刀を拵えた猩猩緋(しょうじょうひ)着物の滝川一益の順でくぐり進む。


 山中に現れた広い境内で、道仁達は(やしろ)を左手に、その裏手の森へ進んでいく。神聖な境内はとく掃き清められてあり、宿場町の者らが定期的に参拝しているのが容易に想像できた。


 『彦九郎殿、先ほども言いましたが、ここからは決して声を出さないように』


 道仁の言葉に答える代わりに、無言で大きく頷く一益。自らの腰に据えた忍び刀に手をやり、いつでも抜けるようにと心構えを作っておく。


 2人が森の中で歩みを進めしばらく後。(やしら)を背に、奥へと進み続け、森の木々を幾らか過ぎた頃、


 『カンッ……カンッ……』


 木々の奥から木槌の甲高い音が響いてきた。


 道仁は、隣を歩く一益へ目線を向け、しーっと口に人差し指を当て、先ほどの約束を一益に思い出させた。


 一益は木々の先にあるものがいったいどんなものなのか。不安と好奇心の入り混じる心を落ち着けつつ道仁へ、わかったと合図を返した。


 2人が音のする方へ足を進めると、


 『まだ成らぬか、まだ成らぬか。成らねばここを出られぬぞ』


 そこには人のような姿だが、頭には2本の角があり、尖った歯が覗く口からは喋るたびに小さな焔が漏れ出る者。その背丈は10尺にも届きそうな、古の絵図に出てくるような鬼が木槌で粗末な藁人形に杭を打っていた。


 一益は初めて見たその異形のものに思わず声が出そうになるが、開きかけた口に道仁の左手がすかさず添えられた。


— なんと(おぞ)ましい容姿であるかっ! 斯様に大きく恐ろしげな鬼を道仁殿はどうするつもりなのだ — そんなことを思いつつ、口を塞がれた格好の一益は、その顔は鬼の方向から決して逸らさず、目線だけをチラと左に立つ道仁へ向けた。


 道仁は、山道で一益に見せた笑顔と同様の微笑みで空いている右手の人差し指を口に当て、しーっと一益へ注意を促した。


 一益が落ち着いたのを確認した道仁は左手を離すと、まだ2人の前に浮いている人形にその手をかざす。すると人形は、スーッと釘を打ちつけている鬼の背後、人間の背の高さほどの小さめの木へ貼り付いた。


 しばらく木槌を打ち付け続けた鬼であったが、やがて背後の人形の張り付いた木に気づいたようで、ゆっくり振り返った。


 『まだ成らぬか、まだ成らぬか。ん? おぉ。女よ。よく来たなぁ。ようやく願いが成ったのか。お前の願いはこの俺が代わりに願ってやったぞ』


 鬼は口から焔を漏らしながら木に話しかける。どうやら鬼にはその木が人間の女のように見えているようだ。


 『お前が宿場の若女将を妬む気持ちがこの俺を、この(やしろ)の領域へ招いてくれたのだ。だからこの鬼も、お前が2日で辞めてしまった丑の刻参りを代わりに行い、その願いを叶えてやったぞ』


 どうやらこの鬼はここで丑の刻参りを行なった女によって、神聖な(やしろ)の領域に入ってきたようであった。


 『だがなぁ……俺は宿場町で人を喰らうために山でずっと隙を伺ってきた。お前のお陰で(やしろ)が護る領域に入れたはいいが、町の鬼門に位置するこの社を越えて宿場町まで行けんのだ』


 鬼は、宿場町の鬼門に位置する(やしろ)の領域に入れたはいいが、(やしろ)を越えて町に行くこともできず、かといって元居た山に戻ることもできずにここに囚われていたようだ。


 『お前の願いを叶えれば、ここにお礼参りに来ると思ってなぁ。お前を喰らって、血肉を取り込み、容姿を成りすませばこのちっぽけな忌わしい(やしろ)を越えられよう。願いを叶えてやったのだ。感謝して喰われろよ? 』


 そう言って、鬼は卑しい笑みを浮かべると、両の手で人形の貼り付いた木に掴み掛かると、『カッカッカッ』と笑い声をあげて齧り付いた。


 齧り付いた口からは、ときおり炎が漏れ出ており、地面に積もった枯葉が燃え上がった。ところどころ燃え上がる枯葉に囲まれ、その中心で一心不乱に木に齧り付く卑しき鬼のその様は、さながら地獄絵図に描かれる様相である。


 『なんと賤しき様か……』


 一益は、初めて見るその異形の悍ましい光景に顔を顰め、思わず言葉が口から漏れ出てしまった。あまりの出来事に魅入ってしまっていた一益は、もはや道仁との約束は頭からすっかり抜け落ち、心の本音が漏れ出たのだった。


 『カッカッカッ……ぐっ、こ、これは。女ではない、木ではないかッ! お、おのれぇ、この俺を謀ったな』


 一益の一言で道仁の呪が解けたのか、鬼は自らが齧っているものが人ではなく、若木であったことに気がついた。


 『そこの武士どもぉ! いつからそこにおったぁ! 俺を謀ったかはお前たちかぁぁ! 』


 激昂した鬼は齧っていた若木を叩き折り、鼻と口から炎を漏らしながら、道仁と一益へ向き直った。


 『すまぬ、道仁殿。約束を守れなんだ。』


 一益は、道仁に向かって一言謝ると、道仁を庇うように前へ出た。鬼がいつ飛び掛かってきても闘えるよう、やや腰を落とした体勢を取り、腰の忍び刀へ腕を伸ばした。


 『いやいや、いずれは闘わねばならぬのです。今気づかれるか、この後、私が呪を唱える際に気づかれるか。その違いにすぎません』


 道仁は自らを庇って前に立つ一益へ、優しくそう答えた。


 『そうか。道仁殿なら彼奴を調伏できると言うことか。それなら少し安心した』


 一益は自らの失態に、道仁が逃げる時間を稼ぐため、自分の命を懸ける覚悟で道仁の前へ立っていたのだった。


 『印を結ぶのにしばしの刻が必要です。彦九郎殿には申し訳ありませんが、しばらく鬼の相手を願えますかな? 』


 一益が一廉の武士であると感じ取った道仁は、やや酷ではあると思ったが、一益へ少しばかり、鬼の相手を頼んだ。


 『委細承知』


 一益は、言葉少なに答えると、右手を刀の柄に添え、腰を低く保ったまま鬼に向かって駆け出した。


 『小癪なッ。人間風情が鬼に敵うと思うてかッ』


 鬼はそう叫ぶと駆けてくる一益へ、無造作に右腕を薙ぎ払った。身の丈10尺に届きそうな鬼の腕は、丸太ほどの太さに肩から鋭い爪先まで5尺の長さがあり、ただの薙ぎ払いも人間に当たればひとたまりもない。


 『甲賀中忍、滝川彦九郎を舐めてもらっちゃあ、困るなぁ』


 常人では出せぬ速さで駆ける一益は、薙ぎ払いを避けるため跳躍し、そのまま身丈10尺もある鬼を軽々と越えた。


 着地した一益はすかさず反転、無防備に背中を晒す鬼へ右の逆手で抜いた忍び刀で斬りつけた。


 『なにッ!? なんて固い身体だ……』


 斬られたのが人間であれば、もはや戦いを継続することなどできないであろう強さで一益が斬りつけたにも関わらず、鬼の背中には薄く赤い筋がついた程度であった。


 『カッカッカッ。人間風情の力では擦り傷程度にしかならんのよ』


 のそりと振り返り一益へ向き直る鬼は、余裕の表情で一益を嘲笑った。


 『体重を乗せて斬り掛かれればもう少し深くいけたか。こんなことなら忍び刀ではなく、打刀を持ってくるべきだったなぁ』


 打刀に比べて刀身が短く、体重を乗せて斬りかかりにくい忍び刀で闘わねばならなぬことに一益は後悔した。


***********


 一益と鬼が斬り結んで幾度か。鬼の薙ぎ払い、突進をかい潜り、跳躍し、斬りつける。鬼の背中、脚、首には無数の赤い筋が走っていた。


 『先ほどからちょこまかと動きおってからに。その程度の力では俺は倒せないとわかるだろぉ』


 『まぁそれくらい俺だってわかるわ……。道仁殿ぉッ! そろそろ準備はいかがかッ! 』


 印を結ぶ道仁へ鬼の意識を向けさせまいと、常時駆け続けた一益は、鬼の攻撃こそ受けてはいないものの、精神と体力の疲労で荒い息をしていた。


 『彦九郎殿! お待たせしました。ここからは私にお任せを』


 一益がチラと道仁を確認し、声を掛けると道仁が笑顔で軽く答えた。


 『よしッ! しからば、退散ッ!』


 そう叫んだ一益は鬼の顔面に向かって素早くクナイを投げつけると、怯んだ鬼を飛び台にして道仁の側まですぐさま戻った。


 『生身の人がここまで鬼とやり合えるとは。この道仁、感服致しました。』


 一廉の武士ではないと見込んで送り出したものの、本当に無傷で道仁の横に戻った一益へ、道仁は心底感心していた。


 というのも、普通の武士であれば初撃の薙ぎ払いすら耐えられないのが普通であるからだ。


 陰陽師でさえ、道仁のように数多の修練と経験を積んだ者でなければ一対一で闘うことを避けるほど、鬼と人間の力の差は大きいのだ。


 それを幾度も避け続け、鬼にとって軽いとはいえ、その身にしかと傷を残せる武士など、この畿内で両の手で数えるほどしかいないであろう。


 『なんのこれしき。この先、俺の助太刀はいりませぬか? 』


 蘆屋道満の子孫であること、ここまでの落ち着き様から道仁が並みの陰陽師ではないと察する一益。だが、自分と比べて背丈も体格も一回り小さい道仁が、あの大きな鬼とやり合うことができるのか、いささか心配ではあった。


 『えぇ十分です。印は結び終わりました。あとは二振りで終わるでしょう』


 そう言うと道仁は、腰から2尺6寸の打刀を抜き払い、柄に軽く息を吹きかけた。


 『んん? 今度はお前が相手か。カッカッカッ、誰が相手でも結果は変わらんぞ』


 『さて、それはどうでしょう。私は蘆屋道仁。鬼殿、お相手願います。』


 燃える枯葉が舞う中で、藍染着物を靡かせ、打刀を正眼で構えた道仁が一歩、また一歩と鬼へと近づいた。


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