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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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23.鬼が泣く


 『儂が九鬼家当主、九鬼宮内大輔(定隆)だ。御二方が弥五郎らの病を祓えると申した陰陽師と連れの武士であるか』


 翌る日、同じ大広間にて前日同様の4人の武将、九鬼石見守(重隆)豊前介(秀隆)、川面十兵衛(政隆)、鵜殿次郎衛門(礼忠)が並ぶ中、中央の当主の間に顔が青白く痩せ痩けた大きな体躯の男、九鬼定隆が座して道仁達と相見(あいまみ)えていた。


 『ははっ!! 神宮の神職殿の呪詛による病という見立てが正しければ、私の陰陽術にて十中八九祓えるまする』


 九鬼定隆の問いに平伏して答える道仁。道仁がチラと窺った九鬼家当主は相当参ってしまっている様子で、元は健康的な身体であったのだろうが、その面影があるのは身長のみで痩せ細った身体が痛々しいくらいであった。


 『そうか……幾人かの医師、薬師、神職でも治せなかったものを果たしてお主に出来るのか……。しかし、もはや誰でもよい。我が子らの病を治せたのなら如何なる報酬も儂が用意しよう。どうか、よろしくお頼み申す』


 そう言って頭を下げる定隆。それに合わせて九鬼家家臣達も一斉に頭を下げた。


 『どうぞお任せくだされ。まずは弥五郎様、孫次郎様の様子を確認させていただきたい。ご案内頂いても宜しいでしょうか』


 『うむ。豊前介(九鬼秀隆)! 蘆屋殿と滝川殿を弥五郎達の部屋まで案内してくれぬか。儂は気分が優れぬで、少し後から参る』


 『ははっ!! 畏まりまして御座います。では御二方、こちらへ』


 大広間を出て、長い廊下を豊前介を先頭に粛々と歩く道仁と一益。その後ろに川面十兵衛も付き、4人で連なって城内を進んでゆく。そして一行はとある一室の入り口へと辿り着いた。


 『蘆屋殿、滝川殿。長兄(定隆)はこれまで何度も「治せる」と豪語する医師、薬師らに弥五郎様達を見せ、その度に希望を砕かれてきたのです。長兄(あにうえ)の気力も体力も最早限界が来ている。どうか此度はその希望を裏切る結果とならぬ事を願っておりまする』


 道仁、一益にそう言って九鬼秀隆は、6尺を超える大きな身体を屈して弥五郎達の寝ている部屋の襖をくぐって入っていった。


 その部屋に入って道仁と一益が最初に感じたのは、土山宿の鬼退治で感じた嫌な気配であった。部屋の中央に横になる13歳ほどの青年とその横で乳母に抱かれた幼子を中心に、渦巻く黒いもやのような気配を一益は感じる。しかし、その気配は常の人より敏感な一益のみに感じるもので、共に部屋にいる九鬼秀隆、川面政隆らは何も感じるものはないようだった。


 道仁には、一益が感じる気配が視覚的に見えており、呪詛による呪が子どもを中心に渦巻いているのがはっきり見えた。


 『道仁殿、この嫌な気配。土山宿の鬼の呪詛の時と同じようなものをこの部屋から感じますな……』


 『彦九郎殿は(まこと)に常の人とは思えぬ感性をお持ちですな。修行すればよい陰陽師にもなれましょう』


 それを聞いて土山宿の鬼との危機一髪の戦いを思い出した一益は、


 『毎度あのような戦いは御免(こうむ)る。道仁殿が居たから耐え凌げたのですよ』


 そう言って、やれやれといった具合に肩をすくめる一益を見て、微笑ましくなる道仁。子どもが呪詛に苦しんでいるという悲しい状況に沈む道仁の心が少し晴れるかのようだった。


 『(ほん)に良い陰陽師になれると思いますが……。とにかく、こちらに取り掛かるとしましょう。まず、呪いには大まかに分かると2種類御座います。一つは土山宿の鬼の一件(いっけん)、丑の刻参りのような外部より呪詛するもの。もう一つは呪物を設置して呪うもの。今回は最初に申した外からくる呪詛に御座います』


 道仁は、主に一益に講義するかのように部屋にいる九鬼秀隆、川面政隆に向けて話し始めた。


 『こうした外よりくるものに対してどのようにするかでございますが、対処法は2つ。呪詛が入れぬようにすること、呪詛の元を断つことで御座います。』


 まるで陰陽道を手解きするかのような道仁の解説に一益は、


 『まったく……本当に俺を陰陽師にするつもりですかい?』


 そう独り言ちるのだった。その呟きをあえて無視して道仁は解説を続ける。


 『今回はまず呪詛を遮ることからはじめまする。祝詞(のりと)を唱えることで結界を張って外界から断つこともできますが、今回は……朱音や。しばし笛の音を』


 そう言うと白い狩衣の青年姿の朱音(式神)がふるりと道仁の横に現れ、雲林院で手に入れた付喪神の龍笛を喨々(りょうりょう)と吹き始める。


 『今回は雅楽にて結界を張りまする』


 朱音の曲が始まると同時に、一益に道仁が呟いた。


 毎日道仁に手入れをされ、艶やかな朱の笛身を取り戻した九十九(つくも)の笛から織り出される聴くものを癒すような穏やかな音色に、一益を始め、秀隆、政隆ら九鬼家の者達もその音にしばし聴き入った。


 『なかなかに良い音色(ねいろ)じゃ。儂の心の憑き物も鎮まっていくような心持ちになる……』


 いつの間にか大広間から移動してきた九鬼定隆が朱音の笛を聴きながら、廊下よりそう言って部屋にやってきた。


 『心なしか殿(九鬼定隆)のお顔の色も良くなって見えますな。』


 九鬼定隆、重隆と共に広間から移動してきた鵜殿礼忠が(あるじ)の顔を見ながらそう言った。


 皆に口々に褒められて朱音の音色はさらに艶やかさを増してゆく。この付喪神、長らく蔵に仕舞われていたことから自らの笛の音を世に知らしめること、人から笛の音色を欲してもらうことに無上の喜びを得ていた。


 『あ、長兄(あにうえ)っ!! 弥五郎の顔色がっ!!』


 秀隆がそう叫び指を指すと、先ほどまでは土気色の顔色であった布団に横になる弥五郎の顔色が肌色に戻り、頬には少し赤みが戻った顔つきになっていた。


 『おぎゃぁ、おぎゃ!! 』


 『わ、若様がお泣きになった! さぁさぁ、いい子ですねぇ。しっかりお乳をお飲みくださいな……』


 乳母に抱かれた二男、孫次郎も元気に泣き声をあげると勢いよく乳母のお乳を飲み始める。


 『な、なんと……産まれてからすぐに衰弱して泣き声もあげられなかった孫次郎までもがこのように……』


 『ち、父上……』


 横になっていた弥五郎が僅かに瞼を開き、父・定隆を呼んだ。


 『や、弥五郎っ!! ここにおるぞ!! 父はここじゃ。無理はせんで良い。父はそばに居る故、も少し寝ておれ……』


 弥五郎の呼びかけに反応し息子の痩せ細った手を握る九鬼定隆。


 そしてそのまま、子らの体調が少しずつ良くなっていく(さま)を見てポロポロと泣き出してへたり込んでしまった。次兄の重隆もそんな定隆を支えながら共に泣きじゃくる。


 『長兄(あにうえ)……良かったなぁ。(ほん)に良かったなぁ』


 道仁と一益が周りを見れば九鬼秀隆や川面、鵜殿の面々も主君同様に涙を流して喜んでいるのだった。涙脆い九鬼家一同に遠慮しつつも、道仁はこの呪詛騒ぎがまだ終わりではないことを一同に告げる。


 『これにて弥五郎様らは呪詛から護られました。あとは、呪詛の元を断たねばなりませぬ』


 そう呟いた道仁の言葉に反応したのは、九鬼秀隆であった。秀隆は頬を伝っていた涙を拭いて道仁に確認する。


 『ぐすっ……。あ、蘆屋殿。呪詛を断たねばならぬということはまだ弥五郎様らは安全ではないと言うことですか』


 『申し訳ありませぬが、先も申した通り。呪詛に対するには、まず遮ること。そして元を断つことに御座います。この朱音の笛の結界があるうちに、私はその元を断ちに征かねばなりませぬ』


 弥五郎と孫次郎が回復したことで明るくなっていた場が、また少し沈むようだった。次いで言葉を発したのは弥五郎の手を取ったままの九鬼当主、定隆であった。


 『儂も征こう。子らをこのように苦しめる者を許しておけぬ』


 『あ、長兄(あにうえ)。そのお身体では……』


 九鬼定隆を支える二男・重隆が、その顔色が少し良くなったとはいえ、痩せ細った定隆の身を案ずる。


 『だがしかし、黙って城で待っているわけにはゆかぬ。必ず下手人の首をこの手で落としてやる』


 そう言って逸る定隆に、


 『私も宮内大輔を連れてゆくことには反対致します。』


 そう道仁が静かに告げた。


 『何故儂を連れて行かんのだっ!! 』


 『宮内大輔様は負の想いが強すぎる為に御座います。此度の呪詛はなかなかに難しい技を使っておりまする。その様な術を使う者に斯様(かよう)に強い負の想いを持つ者は簡単に操られてしまいましょう』


 道仁が柔和な顔であるために優しい男だと思っていた九鬼定隆は、道仁の強く言い切る口調と鋭い眼光に気圧された。


 『蘆屋殿。長兄(あにうえ)の代わりに某が同道するのは如何が。この志摩で移動するには道を知る地元の者が必要であろう。必ず蘆屋殿の指示には従う故、長兄(あにうえ)の代わりにどうかお頼み申す』


 道仁にそう頼み込むのは身の丈6尺を超す大男、九鬼秀隆であった。その大きな身体を屈して頼む秀隆に、道仁は、


 『そこまで言うのであれば畏まりました。しかし、必ず指示には従っていただきますよ……。一益殿! もちろん、貴殿も征きますよな』


 先ほどから静かにしていた一益の方を道仁が見やる。そこには九鬼家一同から貰い泣きして鼻水と涙をぼろぼろ流す一益の姿があった。


 『もぢろ゛ん征ぎまずるぅぅ』


 そんな情に厚い良い漢、涙でぼろぼろの一益を苦笑いで迎えた道仁は、九鬼秀隆の道案内で呪詛の元を辿って南へ向かうのだった。


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