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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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21.鬼が泣く


 雪が積もる寺の庭に夜の帳が下り、日が反射していた白い煌きが見えなくなった頃。


 源浄院の客間で囲炉裏を囲む男達が5人。冬を越せなかった村人を弔う為の法事で寺を留守にしている源浄院主玄を除いた、蘆屋道仁、滝川一益、木造具政、柘植保重。そして身体中が浅黒く日焼けした屈強な体格の益荒男(ますらお)といった風姿の武士・川面(かわつら)十兵衛政隆であった。


 この川面政隆(十兵衛)と道仁は、道仁が北畠家松ヶ島砦主の日置直房(大膳亮)の屋敷に出る(みずち)退治を行った帰路の村で出会っていた。


 村人達に狒々退治の陰陽師について熱心に聞き込みをする、場違いな出立ち(浅黒い益荒男)の武士に興味を持った道仁がその陰陽師なら知っていると言って政隆を、この源浄院まで連れてきたのだった。


 道仁から帰路でそんなことがあったと聞いた一益は、ここ源浄院にきてから定期的に買い求めている安濃津の酒をその益荒男に進めながら、


 『然り然り。川面様もなにか訳あってその陰陽師を探してあるようですが、まずは一献。ここ伊勢の酒は旨いですぞぉ』


 まるでこの寺の主であるかのように一益が政隆に酒を勧める。人懐っこい笑顔で酒を勧める一益に、なぜ具政や保重といった位が高そうな武士がいるにも関わらず、源浄院の客将である一益が音頭を取っているのかという違和感も抱かず政隆は杯を受け取った。


 『さぁさぁどうぞ。川面様の居られる志摩といえば東西を結ぶ海の要所。きっと珍しい品を知っておられるでしょうが、どこへ行ってもやはり地のものは旨いですからなぁ』


 そう言って杯を傾ける一益に釣られて政隆や具政らも酒を煽った。


 『ほぉ〜。これはなかなか旨いですな。冷えた身体の芯が温まるようだ』


 政隆は口の周りを覆うくるくるとした癖っ毛の髭面でニカッと笑うとそう言った。


 『おぉ!それはよかった。源浄院の院主、主玄殿が聞いたら喜びますなぁ。この酒は主玄殿の秘蔵の酒ですからな』


 そう言って一益はいたずらっ子の笑みを浮かべた。


 『ん? 秘蔵の酒……まさか、彦九郎殿。主玄師匠の隠し酒を持ち出されたのですか? 』


 具政が一益の様子を見て、この酒が主玄が大事に私室にしまってある酒だと気づいた。


 『侍従様、酒は仕舞うのではなく呑まれてその価値を示すのですよ。ちゃんと主玄殿の分は残しておりますから大丈夫でござりましょう。かっかっか』


 そう笑って言う一益は、甕から酒をまた少し杯に注ぐといそいそと主玄の私室に酒甕を戻しに行くのだった。


 『はぁ……。客人の前で申し訳御座らん。彦九郎殿は大変腕の立つ武人で御座りますが、少し傾奇者でありまして……ご容赦を』


 酒甕を戻しに行った一益とそんな一益の振る舞いを、楽しそうに微笑みながら杯を掲げて酒の余興のように見守る道仁に代わって、具政が政隆へ謝った。


 『いえいえ、拙者こそいきなり尋ねたにも関わらず、このように歓待していただいて誠にかたじけない。申し遅れましたが、志摩田城と波切一帯を治めております九鬼家家臣・川面十兵衛(政隆)と申します。伊勢にて陰陽師を探しているところをそこの武人・蘆屋殿に案内いただいた次第で御座います』


 益荒男の荒々しい見た目に合わず、丁寧な所作で挨拶をした。それに対して答えたのは具政の横に常に控える傅役、保重であった。


 『某は木造家臣・柘植三郎左衛門(保重)で御座います。こちらのお方は木造家当主・木造侍従(具政)様で御座います。本日はここ源浄院にて手習いでございましたが、滝川殿の誘いもあり同席することとなりました』


 保重の紹介に驚いたのは政隆であった。まさか村で出会った一介の武士に連れてこられた寺で、北畠の血縁である木造当主と酒を呑むなど考えてもいなかったからだ。志摩にも影響力を持つ北畠の縁戚とあって木造や大河内などは志摩の土豪でもその名を知る御家であった。


 『こ、これは大変失礼致しました。木造御所(木造当主の別称)様が居られるとは知らずご無礼を。平にご容赦ください』


 そう言って慌てて政隆は具政に対して平伏した。


 『なに、気にすることは御座いません。さ、せっかくの酒の席ですから、畏まらずに呑もうではありませんか』


 そう言って具政は平伏する政隆の頭を上げさせた。


 『ははぁ。ありがとう御座いまする』


 志摩においても北畠宰相中将(晴具)とその嫡男・具教の権高(けんだか)い振る舞いが有名であったために、政隆は木造具政の振る舞いを意外に思った。そして、一家の当主である具政に信頼されている様子の一益と道仁が一体どの様な人物なのか気になる政隆であった。


 各々が自己紹介を終え、肴を摘みながら杯を進めていると、


 『さぁさぁ皆様方。酒は綺麗にもとあった場所へと戻してきましたぞ。これらを摘みながら、川面様の陰陽師を探している訳を伺おうではありませんか』


 一益が台所から幾つかの酒のあてを持ってひょいと戻ってきた。


 『川面様はどうして陰陽師を探しておられるのですかな? それも村人に熱心な聞き込み様だったとか』


 一益が朗らかに問いかけると、政隆は酒も入っているからなのか、その一益の雰囲気に自然と答えたくなる気持ちになった。


 『これは他言無用でお願いしたいのですが、我が主の九鬼宮内大輔(定隆)様が嫡男・弥五郎(浄隆)様の体調がこの1、2年ほど優れなく困っておるのです。そして昨年お生まれになった二男・孫次郎(嘉隆)様も弥五郎様と同じような症状でして。力のある陰陽師であれば何かわかるのではないかと……』


 先ほどまでは伊勢の酒に舌鼓を打っていた政隆は、一転してその浅黒い髭面を悲しげな表情にさせそう言った。


 『それは家中の皆が心配しておるでしょうな……ここ1、2年ということは弥五郎殿はそれまでは体調に問題はなく? 医師や薬師などに頼んでも良くならなかったのでしょうか』


 具政が悲痛な表情の政隆を気遣いつつ問うた。


 『医師や薬師にも診てもらったのですがどなたも匙を投げてしまう始末。神宮の神職殿に診てもらったことも御座いますが、その一時は良くなったものの数日するとまた体調が悪くなってしまいました。頼んだ神職殿は、弥五郎様、孫次郎様のそれは呪詛によるもので、自分の力では足りぬので高位の職者が必要だが、祓えるかはわからぬと……』


 政隆はそう言うとぽろぽろと髭面をくしゃくしゃにして泣き出してしまった。


 『殿(九鬼定隆)も弥五郎様が病気になられてから気力がなくなってきてしまって、孫次郎様までそうなられてからは滅多に政務を取れないほど気を病んでしまわれました……このままでは殿まで……』


 そこまで言うと政隆は涙が止まらなくなったのか、次の言葉が出なくなってしまった。


 5人の目の前の囲炉裏がぱちぱちと音を立てる中、政隆のしくしくと自らの膝を見つめ静かに泣く声が客間に響いていた。


 『……そうかぁ。御家を支える家臣らも、(あるじ)の力になれないのは辛いなぁ』


 そう言って一益はさめざめと泣く政隆の肩をそっと叩いて慰めた。


 『どうされますか? 道仁殿』


 「ここまで話を聞いたらもちろん仕事を受けるだろう?」と言った表情の一益にそう聞かれた道仁は、やれやれといった顔で一益を見た。


 村人に対して丁寧に接して聞き込みをする政隆の様子から、話を聞いたら陰陽師として仕事を受けようと、もとより思っていた道仁。


 わざわざ酒を勧めて感傷的になった政隆から話を聞かなくても仕事を受けるよと言う、やや恨みを込めた目で一益を見返すと、


 『川面様。黙っていて申し訳ありませんでしたが、私が貴方がお探しの陰陽師。播磨陰陽師、蘆屋道満が末孫、鞍馬住人、蘆屋道仁で御座います。弥五郎様、孫次郎様の呪詛について、私で良ければお力になりましょう』


 そう告げた道仁。


 下を向いていた政隆は、ずすっと鼻をすすると驚いて顔を上げて道仁を見やった。


 『あ、蘆屋殿は武人だと思っておりました……』


 道仁の藍染着物に袴着で打刀を差した風姿に武士だと思っていた政隆は驚いて、しばらく髭面を呆けさせていたが、すぐに居住まいを正すと、


 『蘆屋道仁殿。某、川面十兵衛政隆が九鬼家家臣一同を代表してお願い申し上げまする。何卒、弥五郎様、孫次郎様に加持祈祷をっ! 殿に生きる活力を! 何卒(なにとぞ)っ! 何卒お願い致しまするっ! 』


 一益よりもさらに体躯の良い全身浅黒く日焼けした髭面の男が源浄院に響き渡るように声を張り上げて平伏する様子に、道仁らは気押されるほどだった。


 『かしこまりました。川面様、九鬼家家臣の皆様の心意気、この道仁、(しか)と承りましょう。明日、主玄殿が寺に戻られたら挨拶をして、私は志摩へ向かいましょう。……彦九郎殿は征きますかな? 』


 「仮にも浪人(道仁)武士(川面政隆)の頭を下げさせるような事を起こした原因はお前だぞ?」という呆れと恨みを込めた目で一益を見やる道仁に、一益は笑顔で、


 『もちろん、某も征きましょう』


 朗らかに答えるのだった。


 『このような事情があっては引き留める訳にはいきませんね。まだ私が剣技で(一益・道仁)に追いつけたとは思えませんが、また機会があれば木造にいらしてくださいそれまでには立派な木造当主となりましょう』


 具政は道仁、一益を引き留める無粋はせず、心よく送り出そうと決めたのだった。


 『侍従様。短い間では御座いましたが、ありがとうございました。北畠と長野の小競り合いが増えてきたとは聞いておりますが、何卒、命を軽々しく散らされませぬように』


 道仁が平伏して礼を述べた。


 『何かあれば主玄殿に申し付ければ、甲賀滝川忍びを通じて某と伝手が繋がりましょう。いつでも助太刀致しますのでお任せを』


 一益は自らの胸をぽんと叩いて具政にそう助言を残した。



 蘆屋道仁、滝川一益、木造具政、柘植保重、川面政隆らそれぞれが新たな出会いを喜び、別れを惜しみながら、杯と肴を空にするまでその晩は語り明かすのであった。


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