閑話:甲賀土豪 滝川八郎資清
天文12年(1543年)年初頃 近江国 甲賀郡 滝城
滝川 資清
『皆の衆、新年あけましておめでとう』『『おめでとうございます』まするっ!』
年が明けて最初の儂のあいさつで集まった家族がそれぞれ挨拶をして雑煮を食べ始めた。皆の中で最も威勢が良く挨拶したのは昨年元服したばかりで未だに幼い儂の三男:滝川|久作だ。
儂の長男:櫟野九郎《範益》は櫟野の家督を継いで櫟野城主として立派に独り立ちして居るため今日はここには居ない。だが、近いうちに年初の挨拶には来るだろう。孫も生まれておるし、楽しみでならんわい。
問題は二男:彦九郎じゃ……。何やら諍いごとがあって同じく甲賀の青木の家人を切り殺してしまったとしてお家を出奔。その後、手紙も寄越さぬ馬鹿者じゃ。
わが子の中で最も腕が立ち、最も頭が冴え、最も慈悲深く、人の上にも立てるその人柄。滝川家の家人のだれからも好かれる儂の自慢の息子が馬鹿なことを……。大方、増上慢の青木の家人に我が滝川の家名を貶されたかなにかで我慢できぬことでもあったのだろう……。
『父上? なにやら悲しそうなお顔……』
いかんな。新年早々辛気臭い顔で娘のお銀に心配されてしもうた。
『すまんな。ほれお銀、儂の膝においで。一緒に雑煮を食おうぞ。今日の雑煮はおかあとお涼が家人達と一緒に作ったものだぞ』
『おかあだけでなく、お涼姉さまもお料理できるの? 』
まだ幼いお銀が、儂の妻の妙の横でお銀の妹達や家人の皆と笑いあっているお涼を見て目を輝かせておる。明るくはつらつとした性格で儂の娘たちから好かれておるお涼は、ここ甲賀でも凄腕の忍び、くノ一でもある。そしてなによりここにいない馬鹿息子、一益の嫁だ。
『そうじゃぞ。お涼は誠によくできた女子よ。お前たちもお涼姉のように確と芯をもって生きる女子になるのじゃぞ。ほれ、雑煮を食べたらお涼にお礼を言ってきなさい』
『はーい!! 』
元気よくお涼のもとに駆けてゆくお銀を眺めて穏やかな心持になる。
しかし、出奔するのに女子を連れて歩くのは確かに酷だが、せめて文ぐらい寄越さぬか馬鹿者め。お涼も不安なはずだが、こうして滝川家にて奉公してくれているだけありがたくて涙がでるわ。
『父上! 下忍の治助が伊勢木造家の使いから手紙を預かったと戻って参りました』
お涼と娘たちを微笑ましく眺めていると、久作が下忍の治助を伴ってやってきた。
『おう、年越しも役目を任せてすまぬな。治助も雑煮をここで食ってゆけや。儂は手紙を読んだら返事を出す故、しばしここに居れ』
忍びというお勤めの特徴から年末年始も仕事をしている仲間達は沢山いる。治助は伊勢・鈴鹿方面を束ねる下忍の頭だ。
『ははっ!! ありがとう御座いまする。それと、木造の者によるとそちらは若様からの手紙にございます』
『なんと!! 彦兄の手紙ですか!! 』
一益を慕う高益は、大事な兄からの手紙と聞いて皆に聞こえるほどの大きな声で叫んでしまった。まだまだ此奴は子どもよのぉ。この調子では儂の後はまだまだ任せられぬな。
『これ、久作っ! 忍びの仕事を大声で話すでない。これが彦九郎からの手紙であれば、身内の話じゃが、御勤めの手紙であれば治助の忍び役目を台無しにするところじゃぞ』
『も、申し訳ありませぬ、父上……。治助もすまぬ……』
『いえいえ若様。某も若い頃は失敗したもんでさぁ。お気になさらず』
治助には後で儂から改めて労いを伝えておかねばな。さてさて、馬鹿息子はいったい伊勢で何をしておるのやら……
儂が手紙を読み進めているといつの間に周りにお涼や儂の娘達が集まってきておった。その先頭で妻の妙が鬼の形相で此方を睨んでおる……
『お前様。なにやら彦から手紙が届いたと聞こえましたが? 私達にも中身を読んでくださいませ。嫁をほっぽって出て行ったあの子が一体何をしてるのか、私達も知りとう御座います』
うーむ……彦九郎よ。お前の母は相当怒っておるぞ。お前は滝川家中で相当慕われておったが、うちのかかぁまで味方に付けとるお前の嫁は更に上じゃな……
『わ、わかった。彦九郎は鈴鹿の山を越え、陰陽師と共に伊勢の名門木造家の客将として御当主様の剣術指南役を務めておる様じゃ。陰陽師の蘆屋殿という方としばらく伊勢・志摩を周ったのち、尾張の縁戚、池田家に向かうとある。儂の兄の家じゃな』
『なんとまぁ。腰を落ち着ける場所が見つかったならさっさと手紙を寄越しなさいっこの馬鹿息子がぁ』
うちは男が3人(九郎、彦九郎、久作)、娘が4人(お松、お菊、お銀、お稲)でただでさえ女子が多いのに息子が減って、今ではかかあ天下じゃ。
『まぁまぁ義母様。彦九郎様が無事甲賀を出れた様で安心しましたわ。彦九郎様の居る木造家といえば、滝川の遠い縁戚ではないですか?』
出来た嫁のお涼のお陰で妙の怒りも多少は鎮まると良いが……
『お涼さん。貴方もうちの馬鹿息子に次会う時は叱りつけて良いのですからね。まったく……。木造家はうちの遠い縁戚で少ないけれど忍びも家中に居たはずだわ』
『へい、お妙様、その通りで。今回の手紙も木造の下忍より頂いておりやす』
いつの間にか先ほどまで雑煮を食っておった治助まで、お妙の側に跪いて報告しておるわ。まったく、これでは誰が滝川の棟梁なのかわからんな。
『なら木造と渡りをつけなさい。いつまでもお涼さんを1人にさせるわけにはいかないわ。お涼さんの忍びの腕なら彦と一緒に旅くらいできるでしょう。ついでに木造にお松に合うの殿方が居ないか確認しなさい。あの子もそろそろ16です。遠い縁戚であるならこの辺りで改めて縁を待っても良いでしょう』
『畏まりました。お妙様。では棟梁、返信の手紙を一筆、お願い致しやす』
『はぁ……。わかった。すぐ書く故、しばし待て』
こうなってしまったらお妙は止められんな。だが伊勢の縁戚と再び縁が持てるのは滝川家にとっても良い事だ。お松の縁談もしっかり探してやらねばな。
まったく、年始早々こんなことになるとは……。すまんが彦九郎、木造忍びの棟梁、源浄院主玄殿と渡りがつき次第お前の嫁がそちらに征くことになりそうだ。
もうニ月もして鈴鹿の山の雪が溶ける頃には、妹のお松と揃って嫁のお涼さんに会えるだろうよ。
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