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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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17.戸木の拐かし

5月ですが既に暑いですね……皆さん梅雨前にバテないように頑張りましょう

 

 行燈を掲げ、先頭の馬に騎乗した主玄の案内で一行は戸木の村へと到着した。


 先触れの小僧を出していた一行は、まずは村の取り纏め役の庄屋の仁兵衛の歓迎を受け、仁兵衛の家で狒々退治の算段を付けることとなった


 庄屋とあって広めの茅葺屋根の建物の中央にある囲炉裏を囲み、一行は冬場の騎乗で冷えた身体を温める。皆が火を見つめるなか、ぱちぱちと囲炉裏で薪が爆ぜる音が茅葺き屋根の板間に響いている。


 『このような夜更けにすまんな仁兵衛。秋に源浄院に持ってきてもらった山菜類は皆に好評であったぞ。して、此度訪れたのはなにやら人攫いが起きているとの噂を聞いてな』


 一行の馬の世話を終えた庄屋の仁兵衛が居間にもどってくると、主玄が人が落ち着くような笑顔で仁兵衛に話しかけた。木造家の前当主と現当主が家に来たと、案内の時から緊張で固かった仁兵衛の顔が少し和らいだ。


 『へい。まさにその通りで。この一月(ひとつき)で2人ほど女子(おなご)が攫われております。3人目が4日ほど前に攫われかけましたが、村から連れ出される前になんとか助かった次第で御座います』


 『そんなことなら源浄院に助けを求めてくれれば良いものを。僅かだが、薙刀の心得のある者らも源浄院にはおるのだぞ』


 もちろん、ただの村の纏め役である庄屋が、源浄院という大きな寺の院主、それも辺り一帯を治める家の元当主に直接陳情を出すことなど実際は無理な話なのだが、主玄は少し冗談のように仁兵衛へ笑ってそう言うと、今度は道仁に今後の方針について聞くのだった。


 『それはさておき、道仁殿。今宵はどのようにいたそうか。女子のいる家全てを見張るというわけにもいかぬしな』


 主玄の問いに具政ら一行は頷き、一様に道仁を見やった。木造の領地で主要な村ではないものの、戸数だけでいえば25軒以上はある戸木の村で全てをこの5人で見張るのは無理であるのは明白であった。


 『そうですね……。庄屋さん、この村に空き家はありますかな?あれば一晩貸していただきたいのですが』


 『村の子の方角(北側)の外れに一軒空き家が御座います。しばらく人の住まないあばら屋となっておりますが、それで良ければお使いください』


 北西から南西に向かって主要な道が村を貫く形で走っている戸木の村。道沿いには10軒近く家があるが、あとは田畑を挟んで点在するような配置になっていた。北側のあばら屋はそんな点在する家屋の一つであった。


 『ありがとうございます。では今夜はその家に潜み、狒々を誘い出すとしましょう。道中で預かった猟師の犬らを村の卯、午、酉の方角(東・南・西)に配してください。狒々は犬が苦手ですからね。それと、もし、3人目の女子を助けたという(とり)がまだいるのなら子の方角()以外に配しておくと良いでしょう』


 『そ、それで本当に狒々は村に入らなくなるのでしょうか』


 寒いであろうに、囲炉裏の周りに座す具政らに遠慮して居間の端に控える庄屋の仁兵衛が狒々を誘い出すと聞いて、心配そうに道仁に尋ねた。その様子に道仁は笑顔で答える。


 『誘い込まれた狒々は村に入り込むことはないでしょう。お借りする空き家に呪を掛けますので、狒々はそちらにやってきましょうな』


 『狒々は女子を目当てにしていると言っていたが、それはどうされますか。我らしかおらぬあばら屋に簡単に呼び寄せられるとは思えませぬが? 』


 囲炉裏の灯りを自らの2尺8寸の打刀に反射させながら、狒々退治に向けて刀の手入れをしていた一益が道仁にそう問うた。道仁はその問いに頷き、具政の方を見て答える。


 『それなのですが、侍従様に囮になっていただきたく』


 道仁はそう言うと軽く頭を下げて具政の反応を伺う。予想外の答えに、しばし囲炉裏の火が爆ぜる音だけが部屋に響いた。


 そんな中、最初に答えたのは具政の傅役・柘植保重であった。


 『な、なりませぬぞ! 侍従様は木造家の当主で御座います。それを囮になどと……』


 元服したとはいえ、まだ14歳と立派な武士とは言えぬ主を囮にすることに猛反対する保重。


 『ふーむ。ただいたずらに囮とするため提案しているわけではないのですな、道仁殿? 』


 目を閉じて保重の反対を聞いていた主玄が、坊主頭を撫でながら道仁へ尋ねた。


 源浄院に滞在する生活で、道仁の人となりを理解している主玄は何の意味もなくそのようなことをするはずがないとわかってはいたが、保重を(なだ)めるため、あえて質問したのだった。


 『侍従様は私達の中で1番背丈が低く、身体つきもまだ男のそれに成りきっておりませぬ。女子の衣を被れば見目は取り繕えまする。それに私の呪をかければ狒々にとっては絶好の獲物(おなご)に見えましょうな。そして、同じ部屋に我らも潜み待ち構えますから、危険は十分少ないかと』


 『さ、されど、侍従様になにかあってはこの木造家は立ち行かぬくなってしまいまする。さ、最悪、北畠家から御家取り潰しの責めを負わされるやも……』


 尚も狼狽え、反対する保重に、話を黙って聞いていた具政が口を開いた。


 『某が囮となりましょう』


 『じ、侍従様! なりませぬ!』


 保重が懇願するような顔で具政を見て大声を上げた。


 『落ち着くのだ。三郎左衛門(柘植保重)。この一月で道仁殿や彦九郎殿らの腕前はお主も知っておろう。なにも狒々の(ねぐら)に私が1人で飛び込むわけではない。我らの張った罠に彼奴が飛び込んでくるのだ。これは我らに天地人の利があるということではないのか? それに私は木造家を纏め上げるという大事(だいじ)の前に、死ぬようなことはしない』


 具政がそう言うと、保重は反対の言葉を発しようとして、口をぱくぱくと開いたが、結局何も言えずに黙って不承不承ながら頷くのだった。


 『では村の女子から衣を借りて、それを羽織って侍従様には狒々を待っていただきます。我らは部屋の中に潜みますが、私の(しゅ)によって狒々には侍従様が1人で居るように見えまする。入ってきたところを我らで打ち倒します故、各方(おのおのがた)、刀の用意だけはお願い致します』


 こうして狒々を誘き出し、打ち取る算段が決まると、庄屋は犬らを村の東・南・西へ連れてゆき、道仁らは北側のあばら屋へと向かうのだった。


 ちらほらと白いものが暗い夜の空を舞う中、隙間風が吹く古いあばら屋の居間の囲炉裏に具政と主玄は火を焚べ少しでも暖が取れるようにし、道仁の指示で保重、一益は部屋の四隅に腰の高さほどの衝立(ついたて)を作った。


 この四隅の衝立の裏に主玄、柘植保重、滝川一益、蘆屋道仁がそれぞれ刀を構えて潜むこととなる。


 『我々はこの衝立に潜み、狒々を待ち構えます。朱音の笛の()が流れる間、狒々からは我々が見えませぬのでご安心ください』


 いつの間に現れたのか、付喪の龍笛・朱音が道仁の後ろに控えて皆に頭を下げて挨拶をした。


 この朱音、姿は立烏帽子に白い狩衣姿の青年であるが、笛の付喪神であるが故に言葉を喋ることはできず、身振りか笛の音で他の者と意思疎通をしている。また、自らの意思で人形(ひとがた)の姿を眩ませることもできるため、狒々に見つかることはない。


 各々が準備を終え、一段落ついた頃。具政と主玄、保重がこの後の段取りを再確認していると、あばら屋の隙間風の入る隙間から、黒いネズミが部屋に入ってくるのが女子の衣を頭から羽織った具政には見えた。


 『これは黒翁殿! どちらに居られたので? 』


 衝立の準備を終えた一益が、外から入ってきた黒翁に驚き話しかけた。


 『おぉ彦九郎殿か。主らが中で準備しておる間に儂はこのあばら屋の外で狒々の気配を探っておったのよ』


 『して、中に戻ってきたということは気配が近いと? 』


 『彦九郎殿の申す通り。微かだが気配が近寄ってきておる。道仁殿、準備はよろしいかな? 』


 『黒翁殿。寒い中、ありがとうございました。侍従様の衣に呪を掛けましたゆえ、狒々には絶好の獲物(おなご)に見えましょう。あとは朱音の笛にて気配を消すのみ。黒翁殿は懐で暖まりくだされ』


 そう言うと道仁は黒翁を懐に招き入れ、その小さい冷えた身体を労るのだった。


 『では彦九郎殿。いよいよですな。土山宿の鬼と違い、狒々は元は老いた猿で御座いますれば、刀にて容易に傷がつけられるはずです』


 以前の鬼との闘いでは、技量で一益が圧倒していたものの、その刃は身体に赤い筋が付く程度。妖の中でも強力な鬼の強靭な身体には呪の掛かった刀しかその刃が通らなかったが、狒々は老猿から妖となって筋力こそ強力であったが、身体自体は鬼ほどの強靭さはなかった。


 『おぉ! それはありがたい。以前の鬼のようであったらどうしようかと思っておりましたぞ。今回は某にお任せくだされ。はっはっは』


 一益は豪快に笑って自分の腰に差した刀の柄を、ぽんっと叩いて胸を張って道仁に応えるのだった。


 そんな自信に溢れる一益を頼もしく思う道仁は、囲炉裏を囲んで真剣な面持ちで話し合う具政、主玄、保重にも狒々の到来を告げる。


 『さぁさぁ、皆様方。(くだん)の狒々が近くに来ていると私の式神が知らせを持ってきました。手筈通り、我々は四隅に潜み、朱音の笛の音によって結界を張りまする。狒々がこの部屋に入りましたら、侍従様は衣を剥いでくだされ。我々はそれに合わせて狒々に切り掛かりましょうぞ』


 『『おうっ! 』』


 主玄、具政、保重の3人は道仁の堂々とした口上に勇気づけられ、部屋の衝立の裏、囲炉裏の前の配置に付く。




 周りを田畑に囲まれたあばら屋から朱音の笛の音と部屋に吹き込む冷たい風が、朗々と雪のちらつく暗い空へ伸びゆく中、ずんずんと重い足音が一行の潜むあばら屋へと近づいてくるのだった。


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