13.南蛮渡来の噂
明日は「5.流浪の陰陽師と出奔武者」の次話に閑話を差し込む予定です。よろしければご覧ください。
道仁と一益が雲林院の町に滞在して1ヶ月ほどが経った。
着いた頃は枯葉の舞う季節だったのが、今や鈴鹿の山の頂付近には白いものがちらほらと散見される頃。一益が木造にある源浄院に居るという親族・木造三郎兵衛雄利(源浄院主玄)へ書いた文の返事が返ってきた。
『道仁殿。主玄殿から”同じ滝川の流れを汲むものとして是非歓迎する”との文を頂けましたよ。南の方で長野家が北畠と小競り合いを始めたというのは少し気がかりですが、我々の旅を再開致しますか』
『便りが戻ってきたのならば再開しましょう。ここ雲林院で土佐守様の下で剣技をより極めることができて良い日々でした。』
『そうですなぁ。土佐守様も廻国修行されているわけですから、いずれまた相見えることもありましょう』
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旅立つことを決めた2人は早々にお世話になった人たちへ挨拶回りをしていった。土佐守の門弟ら、しばらく世話になった長屋の住人たち、共に修練した雲林院家の下級武士らなど、短い期間ではあったが様々な地縁を結んだ2人であった。
雲林院祐基、塚原高幹に再び旅立つことを伝え、途上で野呂師忠の居城、野呂城を通り一行は再び伊勢別街道を安濃津、木造方面へ向かう。
笠を持ち、藍染着物で腰に2尺6寸打刀と付喪神の龍笛を下げ、懐には黒翁を潜ませて歩く美丈夫は、蘆屋道仁。
菅笠に振り分け荷物を肩に掛け、猩猩緋着物に2尺8寸打刀と1尺4寸忍び刀の2本差の大男、滝川一益。
一行は冬の田畑に囲まれた街道を南東へ歩き続けた。道中の小さな村々を通り過ぎる際には、彼らは村の子供たちに声をかけられ、話をしたり、途上の茶屋で休みつつ午の刻には伊勢の中でも大きな街である安濃津へたどり着いたのだった。
安濃津は、平安時代より関東などの東との交易で重要な役割を持った湊であった。しかし明応の大地震(1498年)で津波の被害に遭うと湊としての機能と街は壊滅的な影響を受ける。
50年ほど経ったこの頃も完全に復興とはいかないものの、新たな安濃津(津)として大きな街となっていた。
安濃川と岩田川に南北を挟まれた三角洲の位置に長野家一族の細野藤光が砦のような小城を構えており、その周りや、街道沿いを多くの建物が建つ街となっていた。
まだ日も高いため、道仁と一益は、安濃津の街を歩き回って見て回る。復興から日も浅い街は綺麗に整備され、二人はその街の大きさと湊から入る様々な品物に感動し、熱心に店々を覗いて歩いたのだった。
一益は、源浄院主玄への土産として地酒などの土産品を買い求めた。また、安濃津を歩き回ったことで甲賀という内地の出である一益は、九州、堺、果ては海を越えた品も入ってくる湊町に、交易の大切さと湊の有用性を知ったのだった。
『さぁさぁ! 見ていかんかねぇ。堺から銘のある刀を仕入れたよぉ。おっ! そこの御武家様方!どうでしょう。刀具からちょっと変わった鎖鎌なんかもありますよぉ』
街道沿いには名のある豪商が多くあったが、その中を見回る2人を呼び込んだのは安濃津の中堅商人、紅葉屋伍助であった。
『御武家様方はなにお探しのものがお有りで? 』
『いえ、安濃津には初めて来たものでして。ちょうどこの辺りを散策していたところです』
朗らかに笑いながら、道仁が答える。
『ほぅ、そうですか。それなら、この町で噂になっている堺に届いたという南蛮の品について知っておりますか? 』
2人は、南蛮という言葉に興味を持ち、伍助の話を聞き始めた。
『南蛮からの品ですか? 明からの品ならば見たことはありますが、南蛮の物は見聞きしたことはないですなぁ』
新し物好きな一益は、南蛮という響きに興味を惹かれたのか紅葉屋へ尋ねた。
『なんでも、九州の種子島に流れ着いた明船に乗った南蛮人が持っていたものらしく、鉄砲というものだそうです。私も先日、買い付けに堺に出向いた際に聞いただけで詳しくは分かりませんが、雷様の様な音を発する飛び道具だそうですよ』
『ほぉ。弓とはまた違った飛び道具なのかねぇ』
『一益殿は新しい武具が気になりますか? 』
紅葉屋から面白い話を聞いた一益は、子どものような笑顔で道仁に答えた。
『そりゃあ、気になりますよ。雷様の音がするんじゃ忍び道具には向かないが、戦で使えば馬も人も驚きます。なにか新しいことができそうではありませんか。—— それで、紅葉屋さんはその鉄砲とやらは手に入らなかったのかい? 』
まるで新しい玩具を見つけたかの様に楽しげな一益の問いに申し訳なさそうに答える紅葉屋伍助。
『残念ですが、うちはここ安濃津でも中堅処で御座います。珍しい品はまずは堺の大店へ行ってしまいます。それを買えるのは他の豪商やお殿様で御座います。私らには手が出ませんなぁ』
『そうかぁ。それは残念だ。もし他にもその鉄砲とやらが手に入るようなら教えてくれぬか。俺は安濃津の南、木造の出家した源浄院主玄殿の親戚でな。そこに使いを出してもらえればいつでも買いに駆けつけよう』
『かしこまりました。しかし、貴重な品ですからなぁ。なかなかお高くなりますが、よろしいですかな』
一益はそこを考えていなかったのか、しまったというような顔をした。道仁はそんな一益が面白かったのか少し笑うと、代わりに答えた。
『多少、高くても構いません。この彦九郎殿の星は成功の下に御座います。多少、時間は掛かるでしょうが、大業を成してしっかり返済致します故。紅葉屋殿、よろしくお願いします』
『道仁殿……』
一益はそう紅葉屋に答えた道仁に、済まなそうにすると、立身出世の決意を固めたかの様なキリッとした顔で謝意を述べた。
『かしこまりました。では、また堺に買い付けに行く際には、よく探してみるとします』
街を巡った楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、紅葉屋に鉄砲の情報を頼んだ2人は安濃津を後にする。道仁・一益一行は、安濃津で装い新たにした冬用の羽織をそれぞれ纏っていた。
『彦九郎殿の朱色の羽織は着物に合ってなかなか良い色合いで御座いますね』
『道仁殿の深い碧の藍染羽織も良いですな。何より暖かそうだ』
『陽が暮れるとさらに冷え込みますからね。早めに征くとしましょう』
『うむ。征こう』
2人は木枯らしが舞う伊勢別街道をさらに南へ向かい、木造城近くの源浄院に向かうのだった。
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