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下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
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8.長野家・雲林院家との邂逅


 あまり長居をすると峠で夜を迎えてしまうと、道仁と一益一行は大嶽丸の棲家をあとにした。


 未の刻を()うに過ぎた頃、伊勢側の峠麓の宿場町、坂下宿を越え、一行は鈴鹿川沿いの街道を関家のお膝元、亀山方面へ歩みを進める。


 『道仁殿、この先で諍いがあるようです。剣戟の音が……』


 常人には聞こえない、木々の擦れる音、川のせせらぎの中に紛れたわずかな音に一益が気づいた。宿場を出た頃には沢山いた旅人達も、道仁達が大嶽丸の棲家に寄り道する間にいつの間にやら減ってしまい、街道沿いの2人の辺りにはその姿は見えない。


 『鈴鹿の山中ならまだしも、このような街道沿いで賊とは妙ですな。剣戟の数から10人ほど居るようですが』


 相手の数が多いため、一益は道仁にどうするか確認する。見ず知らずの人間を助けるために、わざわざ自らの命をかけるほど、この時代の人間はお人好しではないが、見捨てるのも惜しいと思う道仁。


 『見えるところまで近づいて様子を伺いましょう。賊の数がそこまで多くなければ、私たちの助太刀も要らぬかもしれません』


 道仁の提案に一益は頷くと、2人は少し歩みを早めて喧騒の音源へと向かっていった。


**********


 しばらく進むと、倒れた馬のそばで腕を斬られた武士を守るように賊と相対する14.5才ほどの若武者と、その近くで同様に賊に上段の構えで対する青年武士が見える。ちなみに一益の年齢は18才である。道仁は不詳、おそらく20才ほどであった。


 それを扇状に囲うように賊が6人ほど。皆が顔を頭巾で隠し、中には一益の昨夜の忍び刀のように構える者もいた。その独特の構えに見覚えのある一益。 — あの構え……甲賀三雲流派の忍びに似ているな。で、あればあの者らは近江六角の手の者か?ただの盗賊ではないとなると厄介事か — そんな事を思う一益であった。


 『彦九郎殿、ここは助太刀に征きましょうか』


 そう言うと道仁は自らの腰に差した2尺6寸の打刀に左手を添え、一益に優しく微笑む。それはまるで、旧知の友を酒に誘うかのような優しさと優雅さのある表情であった。


 『うむ、征きますか』


 自分一人であれば見捨てて迂回したであろうが、道仁の微笑みと昨夜の鬼退治の出来事から共に居ることに居心地の良さを感じる一益は自然とそう答えた。


— 道仁殿が居れば三雲忍びが居ってもなんとかなろう。それにもはや出奔した俺には相手が同郷であろうと関係のないことだな —


 2人はそれぞれ様子を見ていた木陰から飛び出すと、


 『そこのお武家様ッ! 助太刀は必要でござるか! 』


 一益が大音声(だいおんじょう)で叫んだ。


 幾人かの賊の意識がこちらに向いたところを、身近な1人に斬りかかりながら答える青年武士。


 『かたじけないッ! 御両人、お頼み申すッ』


 青年武士の綺麗な袈裟斬りに、賊の1人は崩れ落ちた。見事っ!とその袈裟斬りを見て心の中で思った一益だが、


 『承知ッ! 』


 一益は、そう叫ぶと尋常ならざる速さで駆け、賊を飛び越え、元服したばかりであろう若武者の側で2尺8寸の長い打刀を抜刀し、仁王のような眼力でギョロリと賊らを睨むと正眼で構えた。


 一方、道仁は走りながら鯉口を切り、一益や武士らと反対側の賊の後方に位置していた(かしら)であろう人物に進んで征く。佇まいは武人のそれであるが、どこか一益のようにしなやかさを感じる独特の雰囲気を纏った男であった。


 『ハッ! 』


 道仁も一益同様、常人では出せぬ速さで駆け付けると、腰を落とし、頭目の胴を狙って会心の抜き払いの一振りを放った。


 『チッ、お主なかなか腕が立つな。忍びの助太刀とは運の良い奴らよ。お前ら、引くぞッ! 』


 妖であっても早々避けられぬ道仁の抜き払いを軽く飛び上がっていなした頭目は、配下に一声かけると、死体となった賊を担ぎ上げ、街道北側の山中へ消えていった。まるでその身のこなしは、昨晩の一益が鬼と戦った時のような、焼き栗がぱんっと弾けるような身軽さであった。


 『道仁殿のあの一振りをいなすとは、只者ではないねえ。ありゃ俺と同じく甲賀忍びだな。それも中忍か数少ない上忍の誰かかもしれねぇ』


 一益は、血振りをした刀を、更に懐紙で丁寧に手入れしながら、山へ消えた頭目を見送る道仁に声を掛けた。抜き身の刀を鞘に納める道仁も、会心の居合いを躱されたことは予想外であった。


 『俺が斬った奴も忍びだ。あの構え、三雲の下忍だな。全員が忍びって訳ではなさそうだが、指示していたのは道仁殿が相手した奴だろうな』


 一益が相手をした賊は、一益に腕を斬られたが死ぬようなことはなく、先ほどの撤退の合図で見事に退いていった。この襲撃で死んだのは、襲われていた青年武者が上段から袈裟斬りした賊1人だけだった。


 『そこの御両人。先ほどの助太刀、かたじけない。某、雲林院(うじい)家家老、野呂長門守師忠と申す。私と慶四郎様だけではあの人数に抗しても助からなかっただろう。幸い、助蔵も軽く腕を斬られただけのようだ』


 腕を斬られた下男の介抱を終えた青年武士が、綺麗な所作で礼をする。伊勢の名門・工藤雲林院にて代々家老を務める野呂家当主であり、若いながらも剣の達人であった。


 『私共は南伊勢へ旅する途上の素浪人でございます。私は鞍馬住人、蘆屋道仁。こちらは甲賀住人、滝川彦九郎殿でございます』


 『誠にかたじけない。先ほどの剣筋、貴殿らは若いのになかなか腕の立つようだ。助けてもらって何ではあるが、しばし私に雇われて伊勢別街道沿いの野呂、雲林院まで同道することはできませぬか。怪我人を連れ、我々だけでこのまま進むのはどうしても心許なく、できれば御二方に護衛していただきたい』


 野呂師忠は旅の浪人に頼むのはどうかとは思ったが、同道するのがまだ元服したての主家嫡男:雲林院慶四郎祐基であったこと、下男の林助蔵が怪我で刀を持てぬことを鑑みると、腕の立つ用心棒が必要だった。


—— 浪人とはいえ、羽織る着物は2人ともなかなか立派なもの。先ほどの戦いを観ても剣の心得はなかなか備えた御仁らであることは間違いない —— そんなことを思った師忠である。


 先ほど地に倒れていた祐基の馬は既に息絶えており、残った馬は師忠の騎乗していた栗毛馬のみ。徒歩(かち)の怪我人を連れ、辺りを警戒しながら東海道から分岐する伊勢別街道を南へ下った雲林院領の野呂城や雲林院城へ着く頃には夜になることは必定であった。


 一方、道仁と一益は思わぬ提案に顔を見合わせる。道仁としては、もともと定めたる行き先もなく、一益に同道するだけであったため、一益の意見に任せようと思っていた。


 『道仁殿。どうします。このまま街道を東の亀山方面へ進んでも良いが、伊勢別街道を南に下っても津へは征けますぜ』


 一益はニヤリと笑うと道仁に問う。


 『彦九郎殿がそれで良いと言うのであれば私も同道しましょう』


 『よし!決まりだ! 長門守様。我ら2人、貴殿らに雇われましょう。ただ、亀山辺りで宿を取る予定でしたので、できますれば、宿の手配はお願いしたく』


 それを聞いた師忠は破顔すると、


 『承った。路銀、宿代はこちらでなんとかしましょう。よろしくお頼み申す』


 そう言うと師忠は、馬と助蔵の面倒を見ていた慶四郎へ2人の同道を説明しに離れるのだった。その背を見送りながら、


 『(なん)ぞ道仁殿と出会ってからいろいろ巻き込まれますなぁ。はっはっは』


 『ふふっ。それは此方(こちら)も同じですよ』


 そういって2人は顔を見合わせた。その顔は互いに何か面白がるような、退屈しのぎができそうだといった悪戯な笑みを浮かべているのだった。


***********


 道仁と一益を雇った野呂師忠一行は、主家嫡男:慶四郎を馬に乗せ、徒歩(かち)で伊勢別街道を南へ下っていた。


 『私だけ馬上で申し訳ありません。わざわざ同道していただけるにも関わらず……』


 申し訳なさげに一益と道仁へ話しかけるのは雲林院家の嫡男慶四郎祐基。元服したてのこの若者は、助けに入った一益の武者振りにいたく感動していた。


 というのも、この雲林院祐基は鹿島新當流開祖、塚原卜伝の弟子であり、才気を見込まれて剣術、兵法の教えを受けていた。


 北畠家当主:北畠晴具の嫡男、具教(この時、14才)も塚原卜伝の弟子であり、祐基はその兄弟子の立場でもある。


 『某、雲林院家にて鹿島新當流、塚原土佐守殿に弟子入りしており、腕に自信がありました。しかし、恥ずかしながら、いざ戦いが始まると切先の震えが収まらずこの体たらく。自らを不甲斐なく思います』


 そう語った雲林院祐基は悔しさから、眼に涙を溜め、手綱を引き千切らんばかりに強く握っていた。


 一益は、自分の弟ほどの年齢の祐基が剣術に対して真剣で、此度の騒動もただ怯えるでなく、高みを目指そうとするその姿勢に思うところがあったのか、優しい口調で声を掛けた。


 『勝敗は兵家の常と申します。負ければ命を失うこともありますが、此度は生き抜いた。それならば次、負けぬようにすれば良いのです。慶四郎様はまだ若い、そして良い師に師事しているのですから、その教えを(しか)と自らの物にすれば良いのではないですか』


 祐基は、一益の言葉を飲み込むように何度も頷いて、頬を伝う涙を着物の袖で拭いた。


 それを横で聞いていた師忠は、祐基を慮った一益へ黙って会釈の礼をするのだった。


 『慶四郎様は雲林院家嫡男。某のようなただの浪人が申すことなど、戯言だと思って聞き流してください』


 柄にもなく、真面目に助言をした一益は、少し気恥ずかしかったのかそう言うと、一行の前方を先導する助蔵の近くに移動した。


 一行は一刻ほど歩み、日が鈴鹿の山脈に陰りはじめる頃。街道右手に目指す野呂家の平城が見えてきた。


 『あれに見えるは我が一族の野呂城でございます。ここまで戻れれば一安心ですな。滝川殿、蘆屋殿。本日はここ野呂城の館にてお休みください。ここから雲林院城まではすぐですので当家の者が慶四郎様をこの先は護衛致します。』


 城からは、迎えの武士と下働きの者が街道をこちらに向かってくるのが見えた。


 そして師忠は、ここまで安全に護衛をしてくれたとはいえ、いきなり浪人を雲林院城に連れて行くのは憚られるため、2人を今夜は野呂城で歓待することにした。


 一行が到着した野呂城は城とはいえ、総石垣に天守のあるような城ではなく。この時代に一般的な土堀に囲まれた館のような城であった。


 『慶四郎様。慶四郎様は本日中に雲林院城にお戻りいただきます。明日、私がこちらのお二人を連れて、殿に御目通り願います故、こちらの書状を殿にお渡しください。御役目は無事果たせたと』


 そう言うと師忠は懐から書状を出し、祐基へ預ける。


 『父上には(しか)と渡しておきます。滝川殿、蘆屋殿のことも私からも申し上げておきますので、明日また見えることを楽しみにしております』


 そう言って2人一礼すると、野呂家で用意した新たな馬に跨り城を後にした。


 『お二方にはここ野呂館に部屋を用意させます。今夜はささやかながら宴とさせていただきたい。それと明日、我が主人、雲林院中務少輔(植清)様に一緒に御目通り願いたい。此度の襲撃の報告と雲林院からも何か褒賞が頂けるはず。もう暫くよろしくお頼み申す』


 一見して25.6の歳ながら、素浪人に対しても丁寧に対応する野呂師忠に、一益と道仁はその願いを快く受け入れるのであった。



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