表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下天を征く〜陰陽師:蘆屋道仁と滝川一益の戦国一代記〜  作者: シャーロック
天文11〜12年(1542-43年) 伊勢・志摩漫遊編
1/34

1.流浪の陰陽師と出奔武者

 安倍晴明、蘆屋道満をモチーフとした作品はたくさんありますが、それらを踏まえて作者独自の解釈、イメージ像の陰陽師が題材となっております。

 また、本作には宗教、オカルト的なものも含まれますが、実際のそれらとは異なることを念頭にお読みいただければ幸いです。


 日本に存在した呪術・占術 「陰陽道」 を用い、吉凶を占い、幻を現し、時には呪いや鬼さえも操ったと言われる「陰陽師」


 陰陽師として有名な、安倍晴明(あべのせいめい)蘆屋道満(あしやどうまん)が活躍したのは平安時代。その後、鎌倉時代以降は政治の中心が朝廷から幕府:武士に移ったことで、歴史の表舞台から陰陽師の存在は薄れていった。


 しかしその存在が無くなることはなく、占術や方位術、占星術、はたまた民間伝承として嘘か(まこと)かわからぬ類のものとして、武士や民と共に存在していたのである。


 かの家康公も江戸時代、江戸の城下の整備には陰陽道の「五行」や風水を占い整備したとされている。自らの墓所である日光東照宮もその一環であるというのは有名な話だ。


 しかし、その家康公もまだ生まれる以前のこの時代。陰陽師は数は減らしながらも、その技術、技法を脈々と受け継いでいた。


***********


 時は天文11年(1542年)、室町時代が終わり、安土桃山、戦国時代へ移り変わる頃。西の空が夕焼けの赤に染まり、東の空に星が輝き始める刻。


 六角氏の治める近江の東海道を、伊勢方面へ向かって歩く若い浪人が1人。いや、しかし、その人物は浪人というにはその着物は小綺麗に整っており、髪は総髪で結かれ、笠から覗くその顔は、絵図に描かれる九郎判官(源義経)のような美男であった。


 『暗くなってきたな。このまま今日、鈴鹿を越えるのは難しいか……峠の麓、土山宿で一泊するしかないな。良い宿があるとよいのだが』


 そう独り言ちたのは、蘆屋道満を祖先に持つ戦国時代の流浪の陰陽師、蘆屋道仁(あしやどうにん)である。


 陰陽師といえば、白い狩衣で立烏帽子を被った姿を想像するかもしれないが、それは平安時代の陰陽寮に所属していた陰陽師の姿だろう。


 この蘆屋道仁は陰陽師ながら、腰には2尺6寸の打刀を差し、藍染着物に袴姿はさながら良家の若武者のようであった。その若々しい容貌から、年齢は元服直後の15.6歳にも見えれば、笠から覗く妖艶で妖しい眼光と落ち着き払った所作は25.6歳にも見える不思議な風姿である。


 道仁は、六角家中、三雲家(近江国甲賀郡の三雲氏は、甲賀五十三家の1つであり代表的な家柄)家臣の水原(なにがし)なる下級武士から、「自身の代官とする村々に鬼が出て困っている」との調伏依頼があり、それを一晩かけて片付けた帰り道であった。


 なお、道仁は幼少期に過ごした師匠との修練場以外には定めたる住居がない為、次の依頼を求めて気の赴くままに東海道を伊勢方面へ歩いている。


 『はて、土山宿に着いたはいいが、どの宿にしようか。』


 辺りが暗くなる頃に土山宿へ着いた道仁。街道といえど、日が落ちれば道を照らすのは月の明かりと僅かな家々の篝火のみ。町人もこの時間には皆、家の中だ。


 『ほぉ。ちょうど良い。そこの小さなネズミ殿。少し教えてはくれませんかね』


 近くの民家の隙間にいたネズミを見つけた道仁は、人に話しかけるかの如く、ネズミへこの宿場町について問いかける。道仁が宿を探すこの土山宿は、東海道の難所・鈴鹿峠の近江側の麓にある。旅人達が難所を前に身体を休める大事な宿場として発展した土山宿は、番所もあり、数十軒の旅籠が連なるそこそこ大きな町であった。


 『ほぉ〜。そうですか、そうですか。いや、ありがたい。ではその宿を尋ねてみるとします。このお礼は、そうですね……()の刻に私を訪ねて来てください。大変、助かりました』


 他の人が見たら、一方的に道仁がネズミに話しかけているようにしか見えないが、道仁はネズミにお礼を言うと宿場町をまるで目的地があるかのように歩み始めた。その足取りは軽く、初めてやってきた町で右往左往するような素振りもない。


 宿泊客が多いのか、賑やかな声が漏れ聞こえる宿を何件か通り過ぎ、宿場町のちょうど中央あたりにたどり着いた道仁。


— やはり峠越えはどの旅人にとっても難所であろう。昼間であれば多くの旅籠が客の呼び込みをしているのだろうが、私のように暗くなってから宿を取るような者はあまり居ないか — そんなことを考えて通りを進む道仁。


 迷う素振りもなく、彼が選んだのは店構えは立派だが、やや戸口が傾いた、先ほどまでに幾つか通り過ぎた繁盛宿よりは静かな雰囲気の宿であった。


 『すみません。今晩泊めていただきたいのですが』


 『はいはい、お待たせしました。えー、お1人ですかな。』


 奥から出てきたのは番頭らしき恰幅のよい中年の男。道仁をまるで品定めするかのように頭から草履まで眺めながらやってきた。


 『1人です。夕食がもし余っていたらそれもいただきたい。この時間のお願いですから、なければ仕方がないと諦めますが』


 『ふむ……女将に確認してきます。少々お待ち下さい』


 この番頭、普段の客の対応であれば — こんな遅い時間にやって来て、とっくに夕飯なんてあるわけないだろ — と一蹴するところ、道仁の綺麗な身なりを見て、良家のお武家様だと思い込み、丁寧に対応しているのだった。


 しばらくすると番頭が、女将にしてはまだ若い女性を伴って戻ってきた。器量よしの愛想の良さそうな若女将ではあったが、道仁はやや疲れたような表情と纏う雰囲気に違和感を持つのだった。


 『お待たせしました、お武家さま。簡単な湯漬けなどでしたらご用意できますが如何しましょう』


 『それは助かります。では今夜はここで一晩お願いします。お代はこれで』


 そう言うと、道仁は調伏依頼の報酬として今朝、水原(なにがし)という武士からもらった金子をいくらか渡す。昨晩の依頼は難しい鬼の調伏依頼であったため、道仁が宿賃を払ってもなかなかの額が手元に残った。


 『畏まりました。ではお部屋へ私が案内致します。どうぞこちらへ。作蔵さんは薪に火をつけておいてください』


 『少し暗いですからね。足元にはお気をつけて登ってくださいな』


 先ほどの番頭・作蔵に指示を出すと、若女将は階段を登って部屋へと道仁を案内する。何代にも渡って旅籠屋を営んできたであろう建物は、手直しの跡が幾つかあったが、繁盛宿と比べて客の入りは少ないにも関わらず、総じてなかなか立派な旅籠であった。


 『こちらのお部屋です。湯漬けは出来上がり次第すぐにお待ち致します。湯浴みはできませんが、宿のすぐ裏手に井戸がございますので行水はそちらで』


 『いやぁ、ありがたい。話の通り少し古いが良い宿ですな』


 若女将の丁寧な対応と綺麗な部屋に満足した道仁は感心したかのようにそう呟いた。


 『はて、誰かにうちの宿をお聞きになられたのですか』


 『あーいや、宿場に着いた時、ちょうど町人の方がいましたね。その御仁に勧められたのがこちらだったのです』


 『まぁ。それは嬉しいですわ。いったい誰だったのでしょう。魚屋の宗五郎さんかしら……』


 呟きが聞こえるとは思わなかった道仁はやや焦って答えたが、若女将は道仁の返答を待たず勝手に早合点して満足したようだった。


 『では私はお食事の支度をして参ります』


 そう言うと部屋を出て行く若女将。客へ対応も悪くなく、どうして客がそこまで入っていないのか、不思議になるくらいの宿である。


 『ふぅ。危ない危ない。女将に宿のことはネズミ殿に教えてもらったとは言っても信じてもらえないだろうからなぁ』


 そう言うと道仁は、背中に斜めに背負った少ない荷物の荷解きを始めるのだった。


************


 道仁の荷解きも終わり、若女将の用意した湯漬けを食した道仁は少し休んだのち、子の刻に起き出して窓を開けて何かを待っているようだった。


 『カサッ……カサカサ』


 『おー、ネズミ殿。待っておりましたよ』


 窓から三日月を眺めていた道仁は、宿の一階の屋根をトテトテと歩いてくる宿場町入り口で道仁が話しかけたネズミを見つけ、手招きする。三日月で明かりが少ない薄暗い中を一直線に道仁の居る窓へと進むネズミ。


 『さぁさぁ、こちらは若女将特製の大根とカブの漬物ですよ。夕食で頂いたものですが、ネズミ殿にお譲りします。良い宿を教えていただきありがとうござました。ネズミ殿の言う通り、ここの女将は若いながらに気立がよく頑張っているようですね』


 『……』


 『えぇ、えぇ。たしかに。ネズミ殿の言う通り、ここの番頭さんは客の身なりで対応を変える人のようですが。あの程度なら、可愛いものでしょう』


 『それより、若女将に対してよからぬ気が纏わりついているようでそちらが気になりましたね。ここの宿が周りと比べても、遜色ない良宿なのに閑散としているのに関係あるようですねぇ。ネズミ殿はなにか心当たりはありませんか』


 『……』


 『うーむ。そぉですか。私も妖退治をたくさんしてますが、いつも1番面倒なのは人間ですねぇ。ネズミ殿、ありがとうございました。私はこれから少し出ますので、しばらくこの部屋で休んでいかれてはどうですか』


 『……』


 『えぇ。若女将の問題を解決してきます。誰かが若女将を夜な夜な祟っているとあれば、私も一宿一飯の恩義を返さなければ。では、行って参ります』


 道仁の部屋の外の人間が聞いたら、まるで誰かと会話しているかのように思ったであろうやり取りをネズミとした道仁は、宿の人間に気づかれないよう窓から打刀を片手にスルリと抜け出した。


 宿の2階から、花びらが舞い落ちるようにヒラリと宿場町の街道へ降りた道仁。藍染着物の美しさも相まって、見惚れるような優雅さである。


 『丑の刻までもう少しか。ネズミ殿が仰る通りなら、まだ助けられるかな』


 道仁はそう独り言ちると、街道を逸れて、ネズミに教えてもらった山間の神社へ向かって夜の闇の中へ消えていった。



**********


挿絵(By みてみん)





面白かった、続きが読みたいと思われた方は、いいね、評価、ブックマークをお願いします。

いいね、評価ボタンは↓スクロールするとございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ