体育祭を嫌いにならないで…
青空の下で思い切り身体を動かす体育祭は、「スポーツの秋」の最たる例だね。
だけど体育が得意じゃない僕にとって、体育祭は憂鬱な行事なんだ。
「徒競走、自信ないな…でもビリになったら、運動大好きな鰐淵君が黙ってないだろうし…」
クラスのガキ大将から逃げるようにして校舎のトイレへ入ったけど、それが一時凌ぎに過ぎないのはよく分かっていた。
これで徒競走を棄権したら、厄介な事になるからね。
「体育祭なんて嫌だな…」
覚悟を決めた僕が溜め息混じりでトイレから出た、その時だったよ。
あの人に出会ったのは。
「こんにちは。君も私と同じ赤組さんね。」
白い体操着と紺色のブルマを着たポニーテールのお姉さんは、いかにも運動の得意そうな爽やか系の美人さんだった。
見掛けない顔だけど、上級生かな。
「どうしたの、浮かない顔をして?私で良ければ相談に乗ってあげるよ!」
気さくな上級生の笑顔に心を許した僕は、お姉さんに全てを打ち明けたんだ。
−運動が苦手だから、体育祭が憂鬱で仕方ない。
そんな僕の弱音を、お姉さんは最後まで黙って聞いてくれた。
「人には向き不向きがあるからね。運動が苦手でも気にしないで。」
その上こうして励ましてくれるんだもの。
本当に有り難いよ。
「でも、体育祭の事までは嫌いにならないで。友達と一緒に存分に身体を動かせるのは、今だけかも知れないんだよ。」
お姉さんの言う事は、確かに正論だった。
「よし!君が安心して走れるよう、御守りを貸してあげる。後は君次第だよ!」
そうしてお姉さんは僕に御守りを手渡してくれたんだ。
お姉さんの応援のお陰か、或いは御守りの御利益か。
僕は徒競走を完走出来たし、ビリにもならなかった。
だけど例のお姉さんは、何処にもいなかったんだ。
真っ先に完走を報告したかったのに。
「あのね、枚方君。今時ブルマの体操着なんて、誰も着てないわよ。」
クラスの女子は、こう言って笑うばかりだったよ。
そして教頭先生に尋ねると、信じられない事が分かったんだ。
「その女子生徒は十年以上昔に、事故で亡くなったんだよ…体育祭を楽しみにしていたのに、可哀想に…」
「そんな!僕は御守りだって借りたんです…」
そうしてポケットを探ったけど、御守りは見つからなかったんだ…
もしかしたら、あのお姉さんは体育祭を見たくて現れた幽霊なのかも知れない。
それなのに僕は、「体育祭なんて嫌だな…」なんて言ってしまって…
無神経な自分がつくづく嫌になってしまうよ…