悪役ムーブを始めたお嬢様の育成計画
「フランチェスカ様、起床の時間です」
大貴族シュトラウスハート家の一人娘、フランチェスカ・アルバール・ゲルン・シュトラウスハート、七歳。
彼女の使用人である執事、ルシウスが主人の娘である少女に朝を告げる。
天蓋付きのベッドの中でモゾモゾと動き、幼い声のうめき声が聞こえて小さな頭が見えた。
「ん~ん……ん~ん」
子供らしく朝は弱いフランチェスカは唸るばかりだ。
「フランチェスカ様、起きてください!!!」
小さな身体を揺らすが、唸り声しか応答しない。
大貴族のご令嬢としてちゃんとしないといけないし、わがままで印象が悪くなれば、シュトラウスハート家に泥を塗る行為になる可能性もある。
大貴族だからこそ、人として好印象であるのは最低限必要だ。
案の定、顔を布団から出すこともないためルシウスはカーテンを開けて太陽の光を入れる。
しかし布団を覆いかぶさっているフランチェスカには届かないため、布団を剥ぎ取る。
「うぅぅぅッ!!」
薄着姿のフランチェスカが蹲る。
漆黒の長髪、漆黒の瞳、漆黒の薄着という全身が黒の少女こそがフランチェスカである。
「ほら、起きますよ!」
「ん~、や~だ~!!」
年毎のせいか我儘が強く困りの種の一つだが、それより大きいものがある。
「起きてください!!」
「嫌だ!! もう、クビにされたいの!!」
七歳でこの生意気盛りの少女は起き上がり、怒った表情を見せた。
教養はあり、頭の良いからか、突如として悪役ムーブを始めた。
反抗期に乗せられたのか、今では自分の意に反することをしたら、クビだと言い放つほどになってしまった。
自分達の教養のだらしなさではないと両親共に理解しているが、他人からどんな印象を抱くかは分からないため、執事であるルシウスは彼女の悪役ムーブをどうにかして欲しいと頼まれたが、考え方を改めるかどうかしかないが、一番の問題は無理と真っ先に思ったほどの難易度だからだ。
「フランチェスカ様、嫌だからと言ってそんな事を言ってはいけないことくらい理解はしておられますよね?」
「ふん、黙りなさい!!」
腕を組み、そっぽを向く。
「フランチェスカ様、その言動はシュトラウスハート家のイメージを損なう可能性があります。ただの反抗期なら、目を瞑りますが、フランチェスカ様は分かっていてやっていますね?」
「……」
「お答えいただけませんか?」
「……」
「お父様に言いつけてもいいんですよ?」
「……」
七歳だが、防御が硬い。
ただ黙っているだけなのか、七歳という年頃なら答えるであろう問答も通用しない。
だが、押しがダメならその反対だ。
「じゃあ、私は止めます」
「え――」
怒り口調でそう冷たく言ったルシウスは見逃さなかった。
頬を膨らませ、ぷんぷん怒っていたフランチェスカの表情が悲しみへと引きつられて声が漏れたことを……。
「な、何でそんなむきになるの!! 大人なのに信じられないわ!!」
なんと、逆ギレ。
「では、どうして悪者のような言動をするのですか?」
「ん~。そ、それは、残虐非道な魔王に憧れたからだわ……」
「……え?」
「だ、か、ら!!! 悪役に憧れたの!!!」
と、とある朝。
悪役ムーブを始めた半月でその理由をルシウスは知った。
フランチェスカは恥ずかしそうに顔を赤らめて発言している。
しかし子供が悪役を真似したということなら、別にルシウスが絶句する必要はないと思われるが、この大貴族には裏があった。
「そ、そうですか……まぁ、そうですよね。可愛い所もありますよね」
「な、ば、馬鹿にしているの!!」
シュトラウスハート家の忠実なる執事であるルシウスすら動揺を隠せない理由だった。
そう、この家系は……。
その前にルシウスはフランチェスカの朝の支度を手伝う。
隣の部屋の洗面所で洗顔と髪型を整え、漆黒のドレスへと着替える。
寝室を出て、食堂に入る。
大貴族の食堂は広い。
机と椅子を片せば、舞踏会の会場に利用できる広さであり、絨毯から壁、天井の装飾は全て価値のある鉱石で仕上がっており、この一室だけでも通常の家系一つの財産に相当する。
「おはよう、フラン」
「今日も相変わらず、可愛いわねフラン」
「お、おはよう。パパ、ママ」
彼女の父親であるグランベルク・ゴルバリア・デイル・シュトラウスハートと母親であるレスティーナ・レム・ルナディア・シュトラウスハートは既に席に座っている。
当主である父は長いテーブルの最奥にその横に母と娘が座り、朝食を取る。
お互い風格のある外見をしており、母親のレスティーナは漆黒の美女と大貴族の中でも有名かつトップクラスの美貌の持ち主。
「では、朝食を始めよう」
グランベルクの声とともに当主の後ろで待機していた七人の料理人が三人に食事を運ぶ。
基本は沈黙だが、グランベルクがルシウスに手招きをした。
「で、どうだった?」
今朝、フランチェスカの悪役ムーブを始めた理由をルシウスに頼んでいた。
ルシウスは耳元でその理由を話した。
「なッ――」
それを聞いた途端、グランベルクは頭を抱え込んだ。
「ん~、こ、これは……」
そう、悪役ムーブの理由は『悪役に憧れたから』という理由だったのだ。
その理由から焦るには無理もないだろう。
まぁ、家柄の事を考えれば、それに関しても問題だが、それより問題なものがあるが、理由からこれは必然だったのかと……。
珍しく沈黙の朝食。
三人の中でフランチェスカは素早く朝食を済ませて、席を立つ。
「じゃあ、パパ、ママ。ご馳走様でした。私は早速、学問に励みます!」
そう言い、とたとたと走り、颯爽と部屋を後にした。
そして大人だけになり、グランベルクから大きなため息が出た。
「はぁ~……さて、どうするか……」
「でも、自然なことですね。でもここでは……」
「はい。今は子供の遊び程度でありますが……」
「成長していけば、確実に大きくなるだろう。だから、これからの教育は気を付けなければならない。貴族としての作法は身についているが、これからが大変だろう」
「そうですね。気品に育ってくれれば、いいのですが……」
「うちは大貴族。他の貴族ではなく、あの子の嫁ぎ先は王家の人間に向けられるだろう。人間以上の美貌は兼ね備えているから大丈夫だろうが、それ以外が問題だ。もし、本当にあの子が悪役へとなったら……」
「……下手をすると私達の生存が危ぶまれる可能性も……」
「あぁ、私達……生き残りの悪魔の家系――」
そう、彼らの正体は最高位の悪魔であり、魔王の血を受け継ぐ者ら、純血にして人間社会に溶け込んだ一族なのだ。
「あの子が先祖返りということもあるかもしれないが、まずは悪役ムーブを阻止して全うな令嬢に!!」
「グランベルク様、このシリウス。この命を賭してお嬢様の教育をしていきます!!」
こうして破天荒なお嬢様、悪魔にして魔王の血を受け継ぐ一族のお嬢様であるフランチェスカ・アルバール・ゲルン・シュトラウスハートの教育計画が始まった。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
気になってくれた方はぜひ他の作品も目を通してくれると嬉しいです。