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最終話です。

少し長くなりましたが、お付き合いいただけると嬉しいです。

 イアンの背は高い。後ろから抱きしめられ、かつてないほど接近しているものの、彼の顔は私の頭よりもずっと上にあり、囁く声も耳元からはなお遠い。

 にもかかわらず、私の心臓はドキドキと煩いくらい脈動している。


「彼女たちの誘いを断るために、お嬢と仕事を口実にしました。すみません」


「え?」


「孤児院でいろいろ言われたのは、皆の人気者だったお嬢に引き取られた私に対する、単なるやっかみです」


「は?」


「それから、第二王子は男色です。彼は、女性を愛せません。お嬢は一切悪くない。黙っていて、すみません」


「へ?」


「なにより私がグズグズしていたせいで、お嬢があんなボンクラ伯爵令息と婚約した結果、傷つくことになってしまいました。二年も前に旦那様の許可は頂いていたのに、ここまで結婚適齢期を気にしているとはつゆ知らず、本当に申し訳ございませんでした」


「ん? 何のこと?」


 あの王子が男色で、そんな人と危うく結婚するところだったというショックもさることながら、様々な情報がいっぺんに脳に入ってきて、理解が追いつかない。


「チィへのプロポーズの許可は、バカ王子の婚約破棄の直後に貰ってたんだ」


「えええっ! プロポーズぅ?!」


「だけどバカはバカでも王子だったから、王族の婚約者だったチィに求婚する勇気がなかった」


「身分なんて気にしてないのに……」


「そう分かってたはずなのに、意気地なしで……本当に、ごめん」


「……うん」


 イアンの腕に力がこもり、私の心は温かな、安堵とはもっと別の、嬉しいような恥ずかしいような甘い感情で満たされた。


 でも……と私は口を開く。


「私でいいの? イアンならもっと美人で綺麗な女性がよりどりみどりなのに」


「どんな美人よりチィがいい。それに、チィは()()()可愛いんだってば。(チン)でもくしゃみをした顔(クシャ)でもないよ」


「なっ?」


「子犬みたいな顔であることは間違いないけど、狆のように大人しくもないし従順でもない。例えるならパピヨンかな? 立ち振る舞いは優雅だし、小さくて可愛いのに実は活発で、悪知恵も働く」


 イアンは元来、口が悪い。この国の王子をバカと連呼し、先ほどから口調もすっかり素に戻っている。

「悪知恵」だなんて、絶対に誉めてないと思ったが、そのまま頬にキスを落とされ、もはやどうでもよくなった。


 その後、私とイアンの婚約が調ったのは、誕生日の三日前、まさに結婚適齢期ギリギリのことだった。

 



 サラは、私たちが上手くいったことを自分のことのように喜び、祝った。

 そして私が呆けたせいで遅れた作業を取り戻すべく、「バリバリ働いてもらうわよ」と発破をかける。

 あの日、彼女はメイドを使い、わざとイアンを呼び寄せた。いわば愛のキューピッドである。ここはひとつ、恩人であり、可愛い妹のためにも頑張らなくてはならない。


 しばらくサラと作業に熱中していたが、ようやく一区切りがつき、私たちは紅茶を飲みながら、いつもの店で買ったショコラを一粒口に含んだ。

 

「チヨ姉さん、本当に気づかなかったの?」


「何が?」


「全部よ。イアンの気持ちも、第二王子が()()だってことも、姉さんがモテるってことも」


 私は飲んでいた紅茶を噴き出した。

 サラは顔をしかめ「キタナイなぁ~」と言いながら布巾で紅茶を拭いている。


 前世は美容部員で女性ばかりの環境で過ごしていたせいか、私は殊更、男女の機微に疎い。だからこそ三十三歳で死ぬまで独身だったのであり、恋人すらいなかったのだ。 

 もちろんイアンの気持ちにも、第二王子のことも気づかなかったし、その私がモテるというのはあり得まい。


「なななっ……なんで?!」


「落ち着いてよ。第二王子はよく見ていれば分かるし、イアンなんて姉さんの縁談を片っ端から潰してたんだから」


「はあ?」


「やっぱり気づいてないんだ。第二王子の婚約破棄の後、王家からお詫びにって縁談の話があったの。彼、お父様にお願いして断ってもらってたのよ」


「縁談? 知らないわよ、何それ」


「チヨ姉さんは、自覚がないみたいだけどモテるのよ。昔から孤児院の子どもたちに人気があったし、実際、王家の縁談以外にも、申し込みは結構あったのよね」


「は? じゃあ、なんでこんなに苦労したのよ。モテないからでしょ?」


「だから、イアンの仕業だってば。あの子、()()は出来るもの。それなのに肝心なことはノロノロしてるから、どうなることかと思ったわよ。姉さんは姉さんで、なぜか自己評価が低いしさ。姉さんが勝手にマーカスとの婚約を決めて帰って来た時のイアンの顔ったら、お化けみたいで笑えたわ」


 サラは当時を思い出したのか、ぐふふと笑った。


「だって……」


「チヨ姉さんは可愛いわよ。私よりよっぽど。っていうか、私や兄さんは整いすぎてて近寄りがたいのよ。タイプの違いね」


 自分で整いすぎと言うかと半ば呆れるが、二人が美形なのは事実である。

 サラは肩をすくめ、客観的に分析した結果だと後付けた。


「で、なんで結婚じゃなくて、婚約なのよ?」


 サラの指摘に赤くなる。

 婚約をすっ飛ばして入籍を済ませてしまうことも可能だが、私は順序に拘った。

 以前の婚約者とは、愛を語らうことはおろか、デートをしたことも、プレゼントを贈り合ったことさえないのだ。


「だって、あの……ちゃんと婚約期間を過ごしてみたかったし、婚約指輪も欲しかったから」


 サラが目を瞬かせる。


「なんか、チヨ姉さんって……乙女だよね」


 サラの言葉に私は照れて、それを誤魔化すようにショコラを摘まむ。

 このほろ苦いお菓子は良い。どれだけ心が動揺しても、少しばかりの冷静さを取り戻してくれる。


 乙女と言われてしまうのは仕方がない。前世からずっとデートに憧れていたのだもの。


 私とイアンは、()()()()婚約期間を過ごした後、結婚した。



 季節が一巡し、再び社交シーズンがやって来ると、私は去年と同じように、スメラギ家当主代行として王宮の夜会に顔を出す。


 当主のお父様は「忙しいから」と領に引きこもっている。それをなんとかやり繰りして顔を出すのが、この国の貴族のあるべき姿なのだが、陛下から何らお咎めがないという事実が、王家とスメラギ家の力関係を表している。


 公にはされていないが、伝説の聖女であり御年80歳の祖母が、現在も国防の結界を張る任を負っている。納める税金も膨大だ。つまり、我々は王家が最も敵に回したくない相手なのだ。

 敵対しないという意を表すために、私のような小娘であっても、スメラギ家の者が顔を出す。それが大切。


 とはいえ、私は少し気が重い。

 今夜は、イアンの初お目見えなので、平民の伴侶を迎えた私を軽視する者もいるだろう。

 彼は我が家で養育しただけあって、外面は完璧。立ち振る舞いに問題はないが、貶めたいと待ち構える輩は必ずいるはず。


「あら、失礼っ! そんなところに平民といらっしゃるなんて誰かとおもっ………」


 ほら、言わんこっちゃない。

 イアンにエスコートされ会場に足を踏み入れてから、早々に私たちに因縁をつけたご令嬢は、最後まで言葉を紡げなかった。

 偶然を装い、私に向けて放ったワイングラスの中身を、そのまま自分で浴びることになったからだ。

 本人はあ然としているが、赤いワインが私の結界に跳ね返される様子を、周りの人々は、はっきりと見たはずだ。


 ザワつく周囲をよそに、チラッと壇上の陛下を見ると「あちゃ~」という表情で手でこめかみを押さえている。彼は私の能力を知っている数少ない人物の一人だ。

 私たちが夜会に出れば、こうなることなど容易く予想できるのだから、陛下も私のスキルを隠すつもりなら「平民」と蔑まれる前に、イアンに男爵位の一つくらい授ければよかったのに。

 思えば、()()第二王子に婚約破棄された詫びが縁談の仲介だけなんて、ずいぶんと見下されたものである。貴族は舐められたら終わりだ。


 私は令嬢を無視し、イアンを伴って陛下の前まで足を運ぶと、礼を執り挨拶をしてから、申し訳なさそうな顔を作った。


「陛下、わたくしは『()()()()』を見つけました。しかし、そのせいで場を騒がすこととなり、猛省いたしております。夫にも肩身の狭い思いをさせ、居た堪れぬ思いです。しばらく領地にて過ごすか、()()()()()()()()()()()()()()()と存じます」


「ま、待て」


 私の言葉に陛下は慌てた。祖母は高齢であり、次代の私が国外に出るということは、近い将来、国の防御結界がなくなることを意味する。国としては、それは避けねばならない。


「結婚祝いとしてチヨ嬢の伴侶には、男爵……いや、伯爵位を授与しようと、前々から話しておったのだ。のう?」


 陛下が隣の王妃に顔を向けると、妃殿下も青い顔でコクコクと頷いた。

 たかが結婚祝いに伯爵位など、前代未聞だ。会場が大きくどよめいている。

 この破格の申し出に、イアンは涼しい顔をして陛下の前に跪く。


「ありがたきお言葉。我らスメラギ家は、今後も()()をもって()()()尽くすことでしょう」


「ウム、期待しておるぞ」


 イアンの言葉は()()への()()を誓ったものではないが、陛下は安堵したように肩で息を吐いた。


 これでもう、イアンを蔑むものなど誰もいない。

 我が家の立場を貴族たちに見せつけ、私はホクホク顔で会場を後にする。


 外に出ると、イアンが堪えきれずにプーッと噴き出した。


「やっぱりチィは、悪知恵が働く」


 これは悪知恵ではなく処世術だと抗議すると、イアンは笑って私の低い鼻をつまんだ。そして頬を膨らませる私に「チィは、可愛い」と優しく口づける。


 真実の愛。


 恥ずかしげもなくこの言葉を叫んだマーカスの気持ちが、今なら分かる。

 それを手にした私は、今こんなにも幸せだ。


これにて完結です。

読んで下さり、ありがとうございました!

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