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婚約破棄ものが書いてみたくなったので、書いてみました。

4話程度と短いですが、お付き合いいただけたら嬉しいです。

「私は真実の愛を見つけた。君との婚約を破棄させてほしい」


 私は王都で一番オシャレと話題のカフェテリアで、今流行りのスイーツ『くるくるメロンパン』に舌鼓を打ちながら、やって来るなり突然別れを切り出した不躾な男をチラリと見た。


 マーカス・リットン。伯爵家の嫡男で、私の婚約者だ。いや、元婚約者というべきか。

 たしかに見目は美しい。少し癖のあるクルッとした柔らかそうな金髪、碧眼、鼻筋の通った端正な顔。まるで人形みたいだ。

 個人的にはもうちょっと勇ましいタイプがいいのだけれど、その話はこの際、置いておくとしよう。

 

 それよりもこの男は「解消」ではなく「破棄」と言った。我が侯爵家より格下の伯爵家が、話し合いによる解消ではなく、一方的な破棄。

 しかも隣にストロベリーブロンドの令嬢を侍らせている。長いまつげ、華奢な体は庇護欲をそそる。

 なるほど、彼女がその真実の愛の相手というわけか。この非常識極まりない所業は、新しい恋に現をぬかし、頭がお花畑になっているせいなのだろう。

 これは伯爵家当主自ら願い出た、政略的意味合いのある婚約だったのだが、残念ながらこの息子は、何もわかっちゃいなかったらしい。

 

「あ、そ。わかったわ」


 私は『くるくるメロンパン』を食べ終え、紅茶で喉を潤してからそう告げると席を立った。

 呼び出しに応じて、わざわざここまで来て差し上げたのだから、お代くらいは払って貰うとしよう。

 彼らに背を向けると声が掛かった。マーカスではなく、令嬢の。


「あ、あのっ、ごめんなさい! マーカスを好きになってしまった私が悪いの」


 大声で叫んだものだから周囲の人達が振り向き、私たちに注目する。特にたった今、振られたであろう私のことを好奇の目で見ている。いい恥さらしだ。


「ステラは悪くない! チヨ、私たちは愛し合ってる。きっとこれは運命なんだ。だから君と政略結婚なんか出来ないっ」


 これまたマーカスが、ステラ嬢に負けじと声を張り上げたものだからたまったものじゃない。ただ見ていただけの人々が、ヒソヒソ声で話し始めた。

 ここには私たち以外にも貴族はいる。すぐにこの騒動が社交界に広まるのは明らかである。

 私は羞恥に震える手をもう片方の手で押さえ、なんとか平静を保った。

 わかった。そちらがそのつもりなら、容赦はしない。

 このまま静かに帰してくれたなら、謝罪の機会を与えても良かった。

 しかし顔に泥を塗られた以上、このままにするわけにはいかない。貴族は舐められたら終わりだ。


 私は振り向いてにっこりと微笑み、皆に聞こえる声で言った。


「その婚約破棄、謹んで承りますわ。今後一切、我がスメラギ家はマーカス様及びリットン伯爵家に関わりません」


 その直後、何人かの客が店を飛び出していった。おそらく、主家に知らせにいったのだ。そう、君たちは正しい。

 我が家がリットン伯爵家に関わらないということは、この縁談により結ばれていた仕事上の契約がすべて破棄されると言うこと。

 つまり、大きな利益を手に入れるチャンスが巡って来たのだ。情報は早いに限る。


 私は近くの席に控えていたイアンから婚約()()の書類を受け取り、マーカスにその場でサインをさせる。早急に処理するように命じると、イアンはそのまま王宮に向かった。明日にはこの婚約破棄は成るだろう。


 マーカスの腕に引っ付いているステラ嬢が、頬を染め嬉しさを隠しきれない様子だが、きっと彼女は知らないのだ。伯爵家が借金まみれで、私との婚姻にあの家の存続が懸かっていたことなど。

 この縁談は万全を期すために、どちらかが婚約破棄をする場合、破棄したほうに莫大な慰謝料が発生する。そういう契約だった。

 私に逃げられないように、いや、逃げられても損をしないように伯爵家側が望んだことだが、よもや息子がとち狂うと思わなかったに違いない。今の伯爵家に支払えるだろうか。


「ではごきげんよう」


 私は今度こそ店を出るべく、出口に向かって歩いて行った。




 気分転換にブラブラと散歩しながら、美味しいと評判の店でショコラを買って王都の屋敷に帰ってくると、イアンはもう戻っていた。相変わらず仕事が早い。


 孤児だった彼は私より三歳年上で、幼少の頃に領地の孤児院で出会い、気が合ったのと勉学が優秀だったことから、我が家で引き取り養育した。

 今は私の仕事を手伝って貰っているので、個人秘書のようなものだ。


「早いわね」


「お嬢がのんびりなんですよ。何処で道草してたんです? 泣くなら私の胸を貸して差し上げたのに」


 私はショコラの入った紙袋を彼に渡すと、私室のソファに身を投げ出した。メイドにコーヒーを淹れてもらい、一口飲むと少し落ち着く。


「泣くほどの情なんて、あるわけないじゃない」


「でしょうね」


 イアンはショコラの箱の包みを器用に解くと蓋を開ける。そこには宝石のような綺麗な粒が並べられていた。

 私はお行儀悪く直接手を伸ばし、ポイと口に放り込む。


「でも、さすがにあれは堪えるわ」


 二度目だ。婚約破棄も、さらし者になるのも。

 最初の婚約破棄は二年前、貴族が通う王立学園の卒業パーティーだった。

 当時婚約者だった第二王子に、生徒たちの前で言い渡されたのだ。

「チヨ・スメラギ、君との婚約を破棄する。侯爵家とは言え、この国の貴族の血など入っていない君との結婚なんて、まっぴらごめんだ」と。


 我がスメラギ家は、侯爵位ではあるものの由緒は正しくない。

 なぜなら祖父母が、異世界召喚でやって来た聖女と剣士だからだ。

 今から六十年ほど前までは、この世界は魔法と魔物が存在し、土地は瘴気で穢れていた。

 魔物討伐と浄化のために召喚された彼らが世界を救い、この世から魔法と魔物を消したのだ。

 その後、二人は結婚して王から爵位と領地を賜り、スメラギ家が誕生した。


 ゆえにお父様は生粋の異世界人であり、その父と結婚をした母は商家の娘なので、私たちに貴族の血など入っていない。

 だからこそ第二王子とは、異世界の英雄と王家の絆を繋ぐための縁談だった。お父様の代に降嫁できる王女はなく、スメラギ家の子どもは彼だけだったから。


 第二王子はその絆を拒否した。だが私は知っている。彼の本心は家柄よりも、私の容姿が気に入らなかったのだと。

 この世界では珍しい黒目黒髪、しかも平べったいお世辞にも美しいとは言い難いこの顔は、最初から王子に疎まれていた。


 それに今は平和だ。魔物が跋扈(ばっこ)する世界など忘れ去られ、その時代を知る者は少なくなった。もはやお伽噺のようなものである。

 伝説の聖女本人ならば今も敬われるのだろうが、その孫なんて見向きもされない。

 

「お嬢は可愛いと思いますけどね」


 手鏡でじっと自分の顔を見ていると、イアンが私を慰める。

 私は、はぁ~と大きなため息を吐く。


「なーんでこの世界に転生してまで、この和風顔なのかしら? せめてマーシュリーみたいに明るい茶髪か、サラみたく鼻筋の通った顔ならよかったわ」 


 私には兄と二人の妹がいる。

 兄のレイとすぐ下の妹サラは黒髪碧眼の美形であり、末っ子のマーシュリーは金髪に近い茶髪の碧眼で、笑うと垂れ目になる。可憐な我が家の天使だ。

 お母様が金髪碧眼の美人なので、スッとした鼻筋だったり、アクアマリンのような澄んだブルーの目だったり、それぞれ彼女の良いところを受け継いでいる。

 しかし私だけは、異世界人のお父様たちに似て黒髪黒目、低い鼻をしたチンクシャで、お母様の美の要素は一つも見当たらない。


 名前も千代(チヨ)。お父様でさえジンという、和でも洋でも通用する名前なのになぜなのだ。

 私もローゼとかリリアーヌとか、それっぽい名前がよかった。

 それを言うと「せっかく聖女様が命名したのに」とお母様に叱られてしまうから、黙っているけれど。


 異世界の血は、異世界の魂を呼び寄せるのか。

 お母様とマーシュリー以外、私たちは、かの国からの転生者である。


 私の前世は美容部員だった。三十三歳で事故死。

 美容の仕事が好きだったので、今世では早くから自分の商会を立ち上げ、エステサロンや化粧品の店を経営している。

 何をすれば儲かるのか、前世の知識でだいたい分かるので、転生者でよかったと思う。


 私だけでなく、祖父母を含め異世界を知る者が一家に六人も揃えば、金は唸るほど稼げたし、スメラギ領は豊かだ。そういう意味では、貴族の中では勝ち組と言えるだろう。

 

「だからお嬢は可愛いですってば。そもそも何であんなバカ息子と婚約なんてしたんです? 利益なんてないでしょう? あっちが助かるだけで」


「…………結婚したかったのよ」


「はあ?」


「だから適齢期が終わる前に、結婚したかったのッ。こっちの世界では適齢期は十八から二十歳でしょ? あと三か月で二十一歳になっちゃうもの」


「それだけの理由で? アホですか」


「殿下に婚約破棄されて傷物の私に、まともな縁談なんてあるわけないじゃない。二十歳すぎれば尚更よ。お金で解決できるなら万々歳。それにマーカスは、タイプじゃないけど見目はよかったし、この辺で手を打とうと思ったのよ。それに………」


「それに?」


「子どもを産みたかったのよ。前世は独身だったから」


 私はもう一粒ショコラを摘んだ。このほろ苦い菓子は良い。どれだけ気が重くても、少しばかりの活力を与えてくれる。

 まだやることがあるのだ。こんな所で愚痴っていても先に進まない。

 領地のお父様に婚約破棄の報告もしなくてはならないし、リットン伯爵に任せていた仕事も引き上げねばならない。

 泣いている暇なんてないのだ。


 何かを言いかけるイアンを遮るように立ち上がると、私は机に向かいお父様宛の手紙をしたため始めた。

 

読んでいただき、ありがとうございました。

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