フィアナの事情
※今回はフィアナ(※ヒロイン)視点でお送りします※
―――〈SIDE:フィアナ〉
「すまない、フィアナ。王家からの打診を振り払うにはこれしかないんだ」
「・・・わかっています。お父さま」
私、フローリア公爵家の次女・フィアナは父を前に頷いた。
「相手は、吸血鬼だぞ。それに吸血鬼の王子だ。わかっているか」
「わかっています。人間だろうと吸血鬼だろうと、第2王子殿下よりは・・・ましです」
「そうか・・・その件は、すまなかった。だが、再びお前を第2王子殿下にやらないためにはこれしかない」
私としても分かっている。近衛騎士団長であるお父さまの立場を。王家から打診されればよほどのことが無ければ断れない。全ては私が泣きついてしまったから。再び第2王子殿下の婚約者におさまることは嫌だと。全てが始まったのは私が7歳になった時のことだった。
既に当時婚約者が決まっていた姉に代わり、第2王子殿下と同い年の私が婚約者に選ばれた。三女のソフィアンナは自分だって第2王子殿下の婚約者になりたいと泣いて両親に縋ったが、当時から真面目にお勉強もできなかったソフィアンナをお父さまは一蹴し、第2王子殿下の婚約者は私で変更ないと言い切り、ソフィアンナが喚き散らすのをやめるまでソフィアンナはお父さまによって監視付きの部屋で反省させられ、泣き喚いても相手にしてもらえないとわかったのか静かになったソフィアンナはそれ以降我儘をあまり言わなくなった。私たちの・・・前では。
その後私の王子妃教育が始まった。教育は厳しく量も多かったが、王妃さまはお優しいし、王太子殿下とその婚約者さまも親切でわからないところは丁寧に教えてくれた。
・・・でも、その婚約者の第2王子殿下が最悪だったのだ。
ひと気のないところでわざわざ罵ったり、叩いたり、更には魔力はあるのに魔法が仕えない私を嘲り、パーティーなどでわざと風魔法で私のバランスを崩したりして恥をかかせることなんて日常茶飯事だった。
けれどそれを周囲に漏らせばただでは済まないと脅されたのだ。
周りはどうしてダンスもまともに踊れずドジばかりふむ私が婚約者なのだとなじられたし、もっと外見に自信のあるご令嬢たちからも嫌がらせを受けた。
だから助けてくれるひとなんていなかったし、それを両親に言えば近衛騎士団長のお父さまと優秀な魔法使いであるお母さまに何が起こるかわからなかったから相談することもできなかった。
そんな時である。
「ちょっと、女の子にそんなことして、恥ずかしくないのかよ」
たったひとり、そう第2王子殿下に言ってくださる方がいた。
「何のことだい?君、明らかに失礼じゃないか。私はこの国の第2王子だが」
表面上は完璧な王子を演じる第2王子殿下が不快感をあらわにしていった。
「あのな!魔法で隠そうとしてるようだけど、吸血鬼は五感が鋭いんだよ!それに魔法耐性も高い!そんなんで誤魔化せたと思うなよ!」
その言葉に第2王子殿下は面食らったような顔を浮かべながらも、すぐに表情を元に戻して彼に告げた。
「それは王族である私への侮辱ととっていいか」
いけない・・・!彼が第2王子殿下によって処罰されてしまう!そう、思った時だった。
「何それ、面白い。それじゃぁぼくは人間の王子はさぞ下品だと父上と母上に伝えよう。きっと吸血鬼の中で笑いものになるねぇ。種族的にはぼくたちのほうが君たち人間より上だってわかってる?」
銀髪に赤い瞳を持つ美しい少年がひょこっと彼の陰から出てきて悪戯そうに微笑んだ。その顔を見て第2王子殿下はぐぐっと息を呑む。どうやら彼にとっては随分と厄介な相手らしい。そして彼は、吸血鬼。人間よりも高位な種族。
「ね、不愉快だから消えてくれない?」
銀髪の少年がそう言うと、悔し気な表情を浮かべながら第2王子殿下は私をおいて、ひとりでその場を去ってしまった。
やがて騒ぎを聞きつけたお兄さまが来てくれたけど、気が付いた時には彼らふたりはどこにもいなかった。あれは確か辺境伯のところでのパーティーだったけれど、それ以来私は辺境伯家のパーティーには呼ばれず、お兄さまたちだけが参加するようになり、私があの“彼”と出会うこともなかった。
そして吸血鬼である銀髪の少年とは、後に出会うことになるのをその頃の私はまだ知らなかった。
しかしながらそれ以来、第2王子殿下は私と会おうとはしなかった。そしてある日のこと、家族で参加したパーティーで第2王子殿下は告げたのだ。
『フィアナ!お前との婚約を破棄する!そして新たにソフィアンナと婚約する!』
そう告げた第2王子殿下の隣には・・・妹のソフィアンナがいた。
『お前はろくに魔法も使えないし、ダンスも踊れない。そんなお前よりもソフィアンナの方が愛らしく、美しく、そして私を公私ともに支えてくれる!』
『えぇ。私が不出来なお姉さまの代わりに立派な王子妃になって差し上げますわ』
そう、第2王子殿下の横で妹が高らかに告げ、私は崩れ落ちた。急いで駆け寄るお父さまお母さま、兄姉たちに支えられながら、私は同時に思った。あぁ・・・これでやっと終われたんだと。
その後国王陛下夫妻と両親が話し合った結果、私は王子妃教育の負担に耐え切れずに婚約者の座をおり、暫定的にソフィアンナが第2王子殿下の婚約者候補となったのだ。
しかしながら、救済だと思っていた婚約破棄は更なる窮地を招いた。
私は第2王子殿下から捨てられたダメな令嬢。そんなレッテルを張られた。
同じ年ごろの令息には既に婚約者がいるひとが多く、いない場合はよほどの事情を抱えていた。だからこそ、“まぁ、余りものだけれどないだけまし”“公爵家と繋がりをもてるのなら”そう言って事情を抱える貴族の次男以下からの縁談がちらほらきた。もちろん、年齢が上の貴族の後妻とか愛人と言う話もあったが、それはお父さまが剣を突き付けてまで断ってくれて寄り付くことはなかった。
そんな中、身分がある程度あってまともな令息をお父さまが選んでくれた。彼はキャメル侯爵家の三男だった。彼は長年婚約者がおらず、何か問題がある方なのだろうかとも思った。しかし彼は優しく、私はようやく落ち着けたのだと思っていた・・・。
・・・あの時までは。