閑話・友蛇《ゆうじん》
その夜、コハクはヒスイを相手に遅くなるまで話しこんだ。
「ねえ、ヒスイ。あなたは昔はどんな生活をしていたの?」
きらきらした目で訊ねられ、ヒスイがひらひら水を踊る。青い目を水に光らせて、綺麗な声で答えてみせた。
『どんなといって……まあ池底に造った城で、日がなゆるりと過ごしておったな。我は「蛇神」と呼ばれていたから、周囲に悪しき魔物がいざれば追い散らしたりもしておったが』
「すごいわ! とっても良い神様だったのね!」
ヒスイは称賛に黙りこみ、苦笑うようにひらりと水をひらめいた。ふっと思いついたように、ぽつぽつ言の葉をつむいでゆく。
『……「良い神」といえば、我の友蛇のほうがそうだった。香勝池という池に棲もうていたやつなのだが……良いやつはいいやつなのだが、いかんせんあやつは騒がしくてな……!』
苦笑まじりにつむぐ言葉に、コハクがうっとりとうなずいた。ヒスイはくるくる水をひらめき、青い目を踊らせて語りを重ねた。
『あやつめ、我が捕らまえられたときには半狂乱になってなぁ。自分も狙われていたというに、必死で我を救おうとしおってな……あやつまで捕まると面倒だから、「我一匹ならおとなしく捕まってやろう」と人屑めらに告げて、我はこの屋敷に来たのだよ』
そこまでしゃべって、ヒスイはちょっとした照れ隠しのようにつけたした。
『……まあどのみち捕らえられていたろうから、あの言葉は負け惜しみにも近いがな』
なんでもない口ぶりで告げて、蛇はひらひらと水を舞う。深くため息をついたコハクが、心なし淋しげな口調でつぶやいた。
「……うらやましいな。あたしには、友だちらしい友だちなんていないから……」
当然といえば当然のこと。酷働に明け暮れる奴隷の身分、友など出来ようはずもない。……しばし黙りこんだヒスイが、美しい声で口を開いた。
『……なに、お前には我がいる。我がお前の友になろうぞ』
「……友だち?」
思わずにっこりしながらも、コハクは胸の内のかすかな違和感に気づいていた。
(嬉しい。本当に嬉しいのに、何だろう? この心のざわざわした感じ……)
心中でぽつりとつぶやきながら、それでもコハクは満面の笑みでうなずいた。
コハクの中に生まれ出でた、初めての感情。その感情の正体に、いまだ少女は気づかずにいた。