3.~告白~
雲が開かれ忘れかけていた青空を思い出させてくれる日が続きはじめ雄大な名峰も連日その姿を現してくれている。対価として払うべき、いや受け入れるべき代償は賑やかすぎる蝉の鳴き声と肌を焼き思考回路を溶かすほどの陽の光だ。
期末試験も無事に終わりいよいよ学生諸君お待ちかねの夏休みが始まろうとしていた。
近況報告というか私事…ではないが私の友人事として報告すると村山悠士と飯田柚絵が付き合い始めたらしい。特進クラスと普通科クラスのカップルなわけで一時は学校中の話題となっていた。
いつの間に、と東磨も驚きと羨ましさを込めて手荒に祝福したが馴れ初めを聞けばなるほどと納得も出来た。振り返ること二ヶ月前、そう体育祭だ。悠士も柚絵も青組で二人三脚でペアだったらしい。ここまで聞いただけでも妄想を拒絶する現実主義者でもない限り何となく事が進み現在に至ったかを理解するのは難しくはないだろう。
あの時は放課後残って準備をする傍ら各々競技の練習も何度か行われ、始めこそ挨拶もろくに出来なかったらしいが年頃で波長が合う男女ならそこから仲良くなるのにさほど時間は必要ないだろう。
悠士は良い奴だ。何となく悔しいが割と本気で良い奴なのだ。
外見もけして悪くないし身長は東磨より3cm高い。どちらかと言えば物静かだが嫌なものは嫌だとはっきり言える自分を持っていて、決して人を悪く言わない。体を動かしたりスマホやテレビでゲームをするより文庫本を手にしている方が板に付く。一緒に居るだけで安心感なのか安定感なのか、とにかく心強い。自分が女でも惚れているかもしれない…これは飯田柚絵には絶対に秘密だ。
あの日、後夜祭のダンスを悠士から誘ったらしい。それから何度か遊びに出かけたある日、彼から告白をしたそうだ。
めでたい、実にめでたい…のっ!だっ!がっ!
(告白をするまでの発生イベントは俺たちと似ているじゃないかっ?ダンスだってしたし遊びにも行ったぞっ?なのになんで俺たちとこんなに差が出来てんだっ?ってそんなの決まってんじゃん…)
東磨はその理由が明白なことを本当は知っている。
どうしても認めたくない問題として先送りにしているに過ぎないことを知っている。
初めてのデート以降も何度か二人で遊びには行った。休日に毎回東磨がこちらに来てくれるのは申し訳ないと朔来が地元に来てくれたこともあった。特別何かをしたわけではないがその日のこともよく覚えている。米子より更に物が少ないこの街で最近出来たばかりの駐車場だけは無駄に広いジャックバーガーで昼食を済ませた。
それから県の名産として砂丘らっきょうと並ぶ双璧、二十世紀梨のミュージアムへも訪れた。館内に梨食べ放題コーナーがあり二人共ポテトとシェイクをLサイズにしたことを笑いながら後悔した。膨れたお腹を軽くしようと皆生のビーチより規模は小さいが地元の海水浴場へ足を運んだ。
途中、道端で靴紐が解けて直した時、彼女は手を差し出し起こしてくれた。彼女とは海に行くことが多いかもしれない、海水浴ではなくいつも眺めてばかりなのだが。次は海水浴もいいな…と、少々下心の臭う次のプランを頭の候補に書き加えたことだって覚えている。
他にも相変わらずLINEはするし、学校帰りにボーリングをしに行くこともあったし…何度か気持ちを伝えようと心を奮い立たせたこともあった。
それでも結果進展がないのは情けない言い訳になるが奮い立たせた心の炎を毎度飲み込むように鎮火させられるのだ。彼女の、初デートの日に海で見たあの憂いに沈んだ表情に。
「ね、夏休み入ったらキャンプに行かない?」
試験の答案が全教科返却されいよいよ終業式を残すだけとなった休み目前の放課後に彼女から誘われた。
「あ、キャンプって言ってもコテージに泊まって台所も付いてるし持ち物は着替えと食材位でいいんだよ。…あっ、二人じゃなくて皆でねっ」
最後は妙に慌てていた。当然だろう、流石に二人きりで泊まりの遊びはハードルが高い。
「あ、うん。…皆って?」
「言い出したのは柚絵と村山くんのとこなの、あと女子はリサも誘おうと思うから東磨くんも誰か誘える人居ないかな?」
(よくやった悠士っ!しかし誘うって…そうだよな、一人しか思い浮かばない)
「わかった、声掛けてみるよ。決まったら伝えるね」
「やったー!」
と彼女は両手を合わせてその場でピョンピョン飛んでみせた。
「…なんかごめんね」
「…えっ?」
頭をかきながら目を逸らす東磨の顔を覗き込むようにキョトンとしてみせた。
「いや、思い返すと遊びに行ったりするのっていつも瀬名さんから誘ってくれるし…」
「でも、考えてはくれてるでしょ?私のこと。東磨くんも誘ってくれようとしてるけど、その前に私が誘っちゃってるだけだよ。東磨くんを見てたらそれくらいわかるよ、だから気にしないで」
確かに考えている、滅茶苦茶考えている。
それを彼女がお見通しだったことはかなり何て言うか…何て言うか…と言うか、今の彼女の発言自体かなり恥ずかしいぞ?なんで平気なのだ?
だが今は恥ずかしがってる場合ではない、こんな好機はそうはない。
「だ、だったらキャンプ行ったその次は海に行かない!?今度は泳ごう、二人で!」
「あ…うん、いいよ」
頬を紅潮させながら驚きの表情を見せた彼女から聴き取れないほど小さな言葉と笑顔の頷きが返ってきた。
キャンプ当日の朝、それぞれ一泊分の荷物を持った六人は米子駅で待ち合わせそこからバスに乗り込んだ。
「大山の麓なんだ、どんなキャンプ場?」
和也に尋ねられ悠士はスマホのページを見せていた。
「おぉ、なんかスゲーとこじゃん。お金、大丈夫なん?」
「ウチの父親とキャンプ場のオーナーが昔からの知り合いで友情割りしてくれたんだ」
悠士の横でVサインを向け渾身のドヤ顔を決めた柚絵、それを崇める和也とそれに習う東磨、朔来とリサも横で笑っていた。
バスは市街地を離れ車窓からはコンクリートが徐々に減り緑の割合が増えていく。山の緩やかな勾配を感じる傾斜に入り尻から伝わるエンジンが一段と力強くなった。
キャンプ場へ到着すると悠士と柚絵が代表して受付へ向かったので残った四人はとりあえず荷物を地べたに置き思い思いに辺りを見渡す。
芝の整備が行き届いた広い原っぱ、左手奥はテントサイトだろうか、黄緑色やオレンジ他にも何色かのテントが点在し煙が立ち昇っているのも見える。木々を挟んでその反対側に自分たちが使うであろう白いコテージ郡が見える。原っぱの周りを囲う防風林の至る所にはブランコやハンモックが吊るされその幾つかで人々が思い思いに過ごしている。木板で建てられた高い塀の向こうからは子供たちだろうか、はしゃぐ声が絶え間なく聴こえてくる。屋外プールでもあるのだろう。
「おーい、とーまー」
荷物の傍にしゃがみこんでいた東磨が声の方を振り返えると地面に穴を掘って設置されている立派なトランポリンがあり飛び跳ねている五、六人の中に和也とリサの姿があった。
「フフ、素敵なところね」
彼らの方へ手を振りながら近ずいてきた朔来が耳に髪をかける仕草にバックの青空を重ねるとスポーツドリンクのポスターみたいに爽やかな絵になる、と決して他言は許されない妄想術の自主練に励んでいた。
「うん、いい天気だし。絶好のアウトドア日和だ」
受付を終えた二人が戻ってきてコテージへ案内さる。もちろんコテージは男女別々だ。
受付の隣の建物にレストランもあり、そこのハンバーガーがとても美味しそうだったと悠士と柚絵が興奮気味に話したので、昼はそこに決定すると荷物を置いて十五分後にコテージ前に集合することになった。
建物の中は一階がリビングスペースとキッチン風呂トイレ、二階にベッドが三つ並んだ寝室があり、思った以上に豪華で驚いていた。電気ガス水道のライフライン完備、テレビもBSまで映るしウォシュレット付きのトイレ。エアコン、電子レンジ、冷蔵庫、洗濯機…これがグランピングというやつなのか。
一通りコテージ内を見て回ってから表へ出た。
女子の方も同じような感想を持って建物から出てきた。
「朔来のサーモンサンド美味しそう!」
「リサの玉子サンドも良いじゃん、一口交換しよ」
「もぅ悠くん、トマトもちゃんと食べなさいよー」
「いや、この赤い悪魔の果実は食べるとたちまち身体がゴムのように…」
大きなテーブルで各々昼食を楽しんでいると和也が
「食べたらどうしよっか?夕食の準備はまだまだ早いよなぁ」
「夜ご飯はカレーを作るからね、分担してやるよ!」
リサの気合い入れポーズに響く笑い声。
(なんかこれって…)
「青春みたいだな」
「青春みたいだね」
被ってしまいお互い見合って顔を赤くする。
「きゃー朔来、以心伝心ってやつー?」
「東磨めー」
からかってくる四人に朔来が応戦する。
「じゃあ、わかったよ!食べたら青春ごっこして遊びます!」
一瞬止まってから先程よりも大きな笑い声が響いた。
「朔ちゃん青春ごっこって何ー?」
「ダメだ、腹いてぇー」
腹を抱えて爆笑する和也を指で何度も差す朔来。
「もう!安田くんたらっ!青春ごっこっていうのはね!走ったり飛んだり跳ねたり揺れたり転がったり…と、とにかく全力で楽しむ遊びなんだよ!異論反論は認めません!」
「フッ…あははは~」
「あー、東磨くんまで!」
「ごめんごめん。いいじゃん青春ごっこ、やろうよ!」
理由なんて要らなかった、ただただ目一杯全力で駆け抜け飛び跳ねた、ただ笑い合った。俺たちは無敵だ、このメンバーならなんだって出来るし、どんな壁も乗り越え何処まででも行ける、そんな気がした。
心の画角に収めた今という写真は何年何十年経とうが、たとえセピアに褪せようがけ決して忘れてしまうことはないと思えた。
夕食の支度は男子が飯盒炊飯とスープ、女子はカレーのルウとサラダを担当することになった。それぞれの台所で調理はしているがせっかくだから外で食べようと和也は焚き火の火起こしとテーブルの準備を任されていた。
「何か手伝う?」
「なんだよ、もう終わったの?」
「いや、悠士のやつ滅茶苦茶料理上手いんだよ。包丁とかこんなだし」
東磨は手刀を素早く何度も上下させてから降参の両手を挙げた。焚き火台の上で時折パチパチ爆ぜながら揺れる火に惹かれるように二人は折り畳みチェアに腰を降ろした。
「…東磨、ありがとな」
和也は少し照れくさそうに言うと東磨は何が?と首を傾げた。
「今日誘ってくれて、来れて良かった」
「あぁ…いやいや、こちらこそ」
普段ムードメーカーで直ぐふざける彼が発するいつもとは違う雰囲気に東磨は少し動揺した。もしかすると焚き火は人の心を素直に、またセンチメンタルにするのかもしれない。
「俺、東磨と仲良くなれて良かった。もちろん今日のことだけじゃなく、なんと言う…か全体的にな」
「な、なんだよ改まって…俺も、俺だって感謝している。入学式の日に和也が後ろの席で直ぐに声をかけてくれて」
和也だって動揺しているのだろう、二人とも次の言葉が出てこず暫くはただ揺れる火をじっと眺めた。動揺はしていたが焚き火を見ていると心は安静だった、彼の次の言葉までは。
「お前さぁ、瀬名さんのこと好きなの?」
全身がそれに続くように心臓と共に飛び跳ねそうになった。
「あはは、やっぱりな」
確かに体育祭の後夜祭でダンスをしてそういう印象は与えたかもしれないし放課後一緒に下校しているのを見られていたかもしれない、しかしそれ以外のLINEをしてることや、休日に遊んでいることは誰にも話していない。
「な、なんで?」
「なんでって…東磨、わかり易す過ぎるし」
昔のお笑い番組で上からタライが落ちてきて脳天を直撃し、星やヒヨコが顔の周りをグルグル回るような衝撃を受けた東磨を尻目に、和也は笑いを堪えながら笑った。
「や、えぇっと…ぐぬ」
観念して話そうと和也に顔を向けた時だった。
「でーきたよー、男子チームはどうですかー?」
「応援してる、頑張れよ」
両手鍋を抱えた朔来がコテージから出てきたので和也は手で合図しながら腰を上げ東磨の肩をポンっと叩き、初めて出会った時と同じ屈託のない笑顔を残してテーブルの方へ歩いていった。
東磨は彼女を見れず背を向けたまま開いた口を閉じずにー分ほど固まって動かなかった。
テーブルの上に並んだ皿の殆どが空になり夕食の団欒が終わりに差しかかった頃、辺りもずいぶん暗くなってきた。女子三人が率先して後片付けを始めたので男子もそれに習うように動く。
「私これ、あっちで洗ってくるね」
目の前に纏めた食器類を10mほど先にある水場を指しながら朔来が言った。
「暗くなってきたし東磨も行ってあげなよ」
懐中電灯を投げ渡され何を企んでいるんだ?という表情を友人に向けながら彼女の後を追った。
「ありがとう」
朔来はにっこり笑っている…はずだ。和也と話してからまともに彼女の顔を見れていない。
「…どうしたの?」
「えっ、あ、いや、この洗剤なんか泡立ち悪いね」
「あー、なるべく水質を汚さないようにする環境に優しいアウトドア用のやつだからね」
「へ、へぇー」
右耳から入ってきた彼女の説明は一瞬で左耳から去っていった。すすいだ皿を渡そうとした時に彼女の右親指に触れてしまい危うく落としそうになった。
「ごっ、ごめん!」
「ううん、…東磨くん?大丈夫?」
「う、…うん」
明らかに何かに動揺している東磨を心配そうに見つめてくる彼女に何か言わないといけないんじゃないかと口を開くが何も出てこない。
「あ、あのっ…」
情けなくてこのままじゃ駄目だと意を決して切り出そうとしたが言葉が続かず、また先を越されてしまった。
「ねぇ、これ片付けたら少しお散歩しない?」
「…あ、うん、いいよ」
「じゃあ一度コテージに戻って7時にまたここで。上手く抜け出して来てね」
嬉しさ半分、不甲斐なさ半分でコテージに戻ると悠士がリビングのソファーに転がり持参した文庫本を開いていた。
「和也は?」
「風呂だよ」
リビングの奥になる扉の向こうからシャワーを使う音が微かに聞こえてくる。
ふーん、と流し気味に返事をして脇のオッドマンに腰を下ろした。
「次、日高入る?」
「あ、いやっ!あー…俺は北極星を探す旅に出る!」
「…そうか、頑張れよ」
不思議な生き物を見るかのような視線から逃れるように座ったばかりのオッドマンから立ち上がり東磨はコテージを出た。
「はは、早過ぎだな…」
約束の時間まではまだ35分あるし北極星は空の中心一番目立つところで煌々と輝いていた。
待ち合わせた水場には照明が設置されているがその明かりの外側はもう真っ暗だった。虫たちの合唱も昼間ほどではなく、気温もこれだけ木々に囲まれていれば市街地よりはかなり涼しい。空に雲はなく星々が各々定められた場所で瞬き合う。月は出ていないようだ。
先程出てきたの建物の隣のコテージとスマホの時計を交互に凝視していた。暫くすると扉が開き漏れた光の中で影が一つ動いたのが見えた。扉が閉まると暗闇に戻り明るめの白い光が揺れながらこちらに近ずいてくる。漫画でよく観るように生唾を呑みこんだ。
「やっほー、待った?」
笑顔の彼女は先程の服装の上に薄手のカーディガンを羽織ってランタン型のLEDライトを手に現れた。
「ううん、今来たところ」
ジーッと直ぐさま疑いの視線を送られた。これまで何度か待ち合わせをして、その度にこのやり取りが行われ高い確率で彼の「今来た」は信用ならない、と過去のデータを元に何らかの推理をしているようだった。親しくなり彼女の人間性を知っていけば忘れそうにもなるが瀬名朔来は学年トップの才女なのだ。
東磨が時間より早く着いているのを見抜いている証拠に彼女もまた待ち合わせの度に来る時間が早くなってきている。今だって約束の時間より20分も前だ。
「プッ、どんだけ早いのよ。まぁいいわ、少し歩きましょ」
君だって、と東磨は心の中で呟き懐中電灯を灯した。
足元を照らしながら防風林の中にある未舗装の遊歩道をゆっくりテントサイトの方へ向け歩いた。相変わらずの虫の鳴き声と風の音と自分たちの足音以外は聞こえない。テントサイトにも明かりは見えるし人は居るのだろうがこんな時間に馬鹿騒ぎするのはマナー違反な客は今夜は居ないようだ。
「んー、気持ちいいねー」
彼女はライトをぶら下げ深呼吸をしながら伸びをした。
「だね。上だってほら、星も凄く綺麗だし」
「えっ…えっ!?」
東磨の言葉に彼女は何故か顔を赤らめ過敏に反応した。自分は何かおかしな事を言ったか不安になり脳内リプレイしたが、夜空に対する感想を述べただで変なことは言ってなさそうなのだが…
「えっ?」
「ほ、星だよね?月じゃなくて?」
「えっ?」
彼女が何を言っているのかよくわからなかった、何処を探したって今夜は…出てないよな?
彼女は彼女で、彼があの有名な文豪の語られるエピソード、I love youを月が綺麗と訳した逸話を知らなかったようだ。
「あ、何でもないの。気にしないで!」
被りを振りながら彼女は歩く速度を少し速めた。
少し進むとちょうどいい具合の木々に並ぶように設置されたブランコを見つけ、近ずいて自分たちでも乗れるのか揺らしてみてから二人とも腰を下ろした。
暫くはどちらとも話さず彼女はブランコを漕いだ。東磨は先程の会話をまだ引きずって必死で頭を回転させていた。
(えっと…俺、星が綺麗って言ったよな?…言ったよなっ!?間違えて瀬名さんが綺麗なんて言ってないよなっ!?)
顔を器用に青ざめながら紅潮させチラッと横を伺うと彼女の視線とぶつかってしまった。
「あっ、そ、そろそろ行こうかっ」
慌てて立ち上がり行こうとする彼のTシャツの袖を掴み制止る。
「ま、まだ座ったばっかりでしょ、もう少し居ようよ…」
再び腰を下ろし、再び沈黙が訪れた。
「だ、大丈夫だから…」
「えっ?」
(…な、何が大丈夫なんだ?さっきの私のことを綺麗って言ってくれたのは言い間違いなんだよね?気にしてないからね。の、大丈夫なのかっ!?俺、やっぱ間違えたのか!?)
「…大丈夫だから、聞かせて。東磨くんが想ってる気持ちを。私は大丈夫だから…あなたの気持ちが知りたいの…」
彼の想像は全くの無意味で言い間違いなどしていなかったと気づき安堵した一方、なんの事を言われているのか彼女の恥じらいを含みながら喋る表情を見て理解した。彼女は東磨の気持ちに気づいているのだ。しかし、たとえ100%の確信があったとしてもやはりかなり勇気のいる発言だったろう、彼女は俯いて少し震えている。
(瀬名さん、それって…その上で知りたいって促してくるってことは、それってそういうことなの?…でも、やっぱりあの時の悲しい表情ってなんだったの?あー、くっそー)
一瞬のうちに有り得ないくらい色んな感情や情景が浮かび、彼は考えるのを辞めた。
「瀬名さん…」
喉が渇く…呼吸も荒いし全身が沸騰しそうだ。震える左腕を右手で抑え込み、呼かけに応じゆっくり顔を上げてくれる彼女の瞳を正面に捉える。
「俺、瀬名さんが好きです。付き合ってくれませんか?」
言い終えると目を瞑ってしまった。こんな時だがこんな時だからこそ、これから告白を考えている同胞達に助言しておく。意中の相手に告白を済ましたら必ず目は開けておいたほうがいい、でないとその後何が起こっているか全然わからない!心臓の音だけがリアルに聴こえる真っ暗な世界を望むなら瞑っいてもいいが自己責任でどうぞ!
ブランコが軋む音が聴こえ、仄かに甘いシャンプーの香りが鼻腔を刺激し空気が動いたことは感じれた。視覚が効かないためかわからないが他の五感が研ぎ澄まされたように感じた。
胸の位置に何かが触れ重みと熱が伝わってくる。
そっと目を開けると東磨の胸に額を預け彼女は寄りかかっている。
「…はい、私も好きです。よろしくお願いします」
今この感情を一言で表すのなら相応しいのは歓喜、唖然、嬉しい、びっくり、勝利、昇天、狂喜、愛は勝つ、YAーYAーYAー…要するに混沌だ。
(なんだこれ?俺こんな幸せでいいのか?順風満帆過ぎないか?)
足元がフワフワする中、左手が彼女の右手を握っている。来た道を折り返しているだけなのにそこら中がキラキラしている。
(コテージ見えてきた、あれ?明るいな…ん?誰か居るぞ?)
「…あっ」
横を向くと彼女も気づいたのか口を真一文字にし真っ赤になった。
四人に今日は朝まで尋問だと手荒に迎えられた。
もしこれが夢なら覚めるのが怖いから徹夜も悪くないと思った。