プロローグ~何処かで重なる時計の針~
「もし私達の精一杯の答えが間違っている時には、先生方、先輩方、保護者の皆様方、どうか力を貸してください。
暖かいご指導宜しくお願い致します。
米子白鳳高校の生徒として誇りを持ち、責任のある行動がとれるようにするため、自らを向上させていきます。
新入生代表、瀬名朔来。」
結局、終わるまで緊張は解れなかった。
二週間前から進学する高校の先生方にも協力を仰ぎ添削してもらいながら書き上げた挨拶文。直前は緊張するかもしれないが喋り始めれば大丈夫と言ってくれた教諭に嘘つきと呟き誰にも気づかれないように頬を膨らませる。
挨拶が終わり自席でスカートを直しながら腰を下ろした彼女は紅潮した頬からこれでもかと安堵感を滲ませてみせた。
今までの努力を全力でぶつけた結果として入試トップの成績は素直に嬉しかったが漏れなく付いてくる新入生代表挨拶は嫌で嫌で堪らなかった。昔から自他ともに認める生粋のあがり症だ。
式典が終わり教室へ入ると何人かのクラスメイトから自己紹介と先程の感想を述べられた。
それに応対し再びあがり症を披露し始めているところに二人の女子が近づき声をかける。
「朔来ー、おつかれー」
「朔ちゃんお疲れ様、良かったよ」
本間リサ(ほんまりさ)とは家が近所で本人たちが生まれる前から親同士の交流がある幼稚園からの幼なじみだ。性格は明るく何事にもポジティブで昔から朔来が落ち込んだ時の一番の理解者で、彼女の存在に幾度救われてきたことかと感謝する。
飯田柚絵は中学に上がってから出会えた親友だ。マイペースで読書好きな文学系だが心に芯が通っていて曲がったことが大嫌いな性格。中学時代に朔来とリサが過去一番の大喧嘩をしたことがあったが、その時に仲裁役に入ったのも柚絵だった。お互いそれぞれにここが駄目、あそこが良くないと喧嘩両成敗された事は忘れもしない。今では素敵な笑い話の一つだ。
彼女からすればこのような短文で親友を紹介など出来るものかと叱咤されていまいそうだが、とにかく瀬名朔来にとって二人は掛け替えの無い本当に大切な存在だった。
「リサぁー、柚絵ぇー」
捨てられた子猫のような仕草で近寄る彼女を二人の友人は優しく迎え入れる。
暫くすると担任が登壇し我がクラスは校内一のエリートクラスなのだからそれに恥じぬよう勉学に励み優秀な成績を修めてほしい、と政治家の演説を匂わせるような初対面の文言に、気負いする者や呆れる者など皆それぞれに感想を持った。
顔合わせだけのホームルームを終え下校となったので正午には下駄箱で外靴に履き替えた三人は、折角だから何処かでお昼を食べようというリサの提案で中学時代から何度か通ったファストフード店へ向けて校門を潜り緩やかな坂道を下っていった。
満開の桜並木が春の風に揺れて、彼女のそれに向け穏やかだが力強くエールを送っているようだった。