4
「やっぱり由芽実ちゃんだ!」
「日菜ちゃん……何で……」
10年前に行方不明になった同級生の『久繁日菜』。どれだけ探しても見つからなかった彼女が、当時の姿のまま目の前にいる。
「由芽実ちゃんおっきくなったね……日菜もおっきくなりたいな……由芽実ちゃんだけずるい」
「ねぇ……本当に日菜ちゃん?」
「そうだよ。日菜ね。ずっと帰れなくて困ってるの」
「……うん」
「由芽実ちゃん……日菜をお家に連れて行ってくれる?」
「あ……ごめん。私も……今帰れなくて……」
「そっか……」
しゅんと悲しげに俯く日菜。もしかしたら彼女は幽霊なのかもしれない。だが、どうみても当時のままの日菜の姿は死人のようには見えない。
「日菜ちゃ……」
「じゃあ、日菜とあそぼ」
「え?」
「蝉はいないから……そうだ」
「いや、ちょっと遊ぶのは……」
「かくれんぼしよう」
ゾワッ。
6歳の少女とは思えぬ薄ら笑いを浮かべた表情。それはさっき出会った少女のそれとそっくりだった。
「ごっごめ……無理……無理だから……」
「ヒヒヒッ……かくれんぼだよ……ヒヒヒッ」
「ヒィッ」
ゆっくりと日菜が近づいてくる。10も年下の少女のはずなのに何故か絶対に勝てないと本能的に感じる。
(逃げなきゃ……)
恐怖で強張る体をどうにか動かし、由芽実は再び走り出した。
いつもの道と思い一心不乱に走っていたが気がつけば周りに木々が増え始め、見渡せば森の中に居た。
「何で……ここ……どこ?」
後ろを振り向けば先程まで走っていたはずの道は消え、森林が広がっている。自分がどの森のどこにいるのか見当すらつかない。
「まってよ由芽実ちゃん……」
「っ?!」
後ろから日菜の声が聞こえる。とにかく動いていた方が良いのかもしれない。
ザッ……ザッ……。
辺りは夜の闇に包まれ、月明かりだけが頼りだ。
足元を確認しつつ、ゆっくりと森を進んでいけば、ほんの少しだけ開けた場所に出た。
「ここは……」
周りを見渡せば、前方に何か家のような人工物が見える。
もしかすれば誰かの家かもしれないと思い近づけば……。
「お地蔵様?」
それは由芽実の背より少し大きめの社。中には、一体の地蔵が祀られていた。
地蔵には菊の花が供えられており、何故か周りに縄のようなものが落ちていた。
「……もしかして……八重咲地蔵様?」
「そうだよ」
「?!」
振り向けば、日菜と先程の少女が立っている。
(どうしよう……逃げ場が……)
……くすくす……くすくす……
「えっ……」
日菜と少女だけではない。目には見えないが、周りを囲むように子供の笑い声があちこちからは聞こえる。
得もしれぬ恐怖が由芽実を襲う。
「キヒヒッ。これ……ほんとは八重咲地蔵じゃないんだよ」
謎の少女が半笑いで話しかけてくる。
「えっ……」
「ほんとはね八つ裂き地蔵」
「やつ……ざき……?」
「ここでね……子供を殺すの……キヒヒッ」
「?!」
「ナタとか……斧で……ここで……コロスんだよ……キヒヒッ……キヒヒッ」
ザワ……ザワ……。
くすくす……くすくす……くすくす……。
目には見えないが、周りの笑い声がこちらに近づいてくるのが肌で感じる。
(……私……どうなるんだろう……)
「……オマエだけ逃げるなんて許さない……ユルサナイ……キヒヒッ」
ザッ。
そう言うと少女は由芽実に襲いかかってきた。
「ぐうっ」
少女の右手が由芽実の喉を押さえつける。幼い小さな手のはずなのにすごい力だ。由芽実が押しどけようともがくが、びくともしない。
「うっ……ううっ……」
「キヒヒッ。シネ!シネ!オマエもかくれんぼだ!」
どうして片手だけなのかと、よく見れば少女の左手の手首から先は無い。
「ヒッ……」
「ハヤク!シネ!シネ!」
「ヒヒヒッ死んじゃえ死んじゃえ由芽実ちゃんヒヒヒッ。これで私とおんなじだよヒヒヒッ」
(……そっか……日菜ちゃんもここでコイツに……)
……くすくす……くすくす……。
ここにいる何かは全て由芽実の死を望んでいる。
(イヤだ!イヤだ!死にたくない!)
「……あ……」
ふと少女の手が緩んだ。
「かっ……カハッ……はーっはーっ」
「⁇µ©¢ちゃん?」
日菜が少女の名を呼んだがノイズがかかった様に聞き取れなかった。
「……キャハハ!また来た!ワタシのだ!!キャハハ!!キャハハ!!」
「……はーっ……な……に……?」
「また助かったね……キヒヒッ……イイよ……許してやる……キヒヒッキヒヒッ……また遊ぼう」
そう言って少女はスーッと消えていった。
それと共に周りの笑い声も日菜も消えた。
(助かった……のかな……)
ミー……。
(ん?)
ミーンミーンミーン。ミーンミーンミーン。
(蝉の鳴き声……あぁ……もう安心だ……)
安心感から由芽実はそのまま意識を手放した。
ミーンミーンミーン。ミーンミーンミーン。
どれだけ眠っていたのか、自然に由芽実が目を開ければ、そこは先程の森の中だった。
ミーンミーンミーン。
「蝉……良かった……」
あれ程うるさいと思っていた蝉の鳴き声がスコールの様に響き渡っているが、逆にその声を聞いて安心した。
夜だったはずの空はまだまだ明るいの晴天だ。この空の色なら夜になるにはもう少し時間があるだろう。
横たわっていた体を起こす。あちこち擦り切れているようだが、許容の範囲内だろう。
体は汗でベタベタ、涼しかったはずの気温も灼熱地獄に戻っていた。
今更だがこんなところで寝ていたのだ、きっと大量に蚊に刺されているはず……その痒みが一度に襲ってくると思うと気が滅入る。
その程度のことを考えられるくらいには、由芽実は冷静だった。何となくだが助かったという確信があったのだ。
(帰ろう)
立ち上がりり周りを見れば、先程の社に地蔵、そして……。
「……っ?!きゃぁぁぁぁ!!」
地蔵には菊の花と、先程まではなかったはずの『手』が供えられていた。
「なっ……何?何何何何?何でっ……」
慌てて自分の手の所在を確認するが、それはあるべき場所にきちんとあった。ではあれは何だ……。
〜♪
「ヒッ…………あっスッ、スマホ?スマホが……でん、電話だ!!」
震える手でスマホの通話ボタンを押す。画面には彩月と出ていた。
「もし……もしもし……」
「由芽実?!由芽実だよね?!」
「彩月?」
「由芽実……あぁ……良かった……いまどこ?」
「い、今……八重咲地蔵様の前……と思う」
「そこかぁ……さっきは居らんかったみたいなやのに……まぁ良かった……大丈夫?怪我とかない?」
「う、うん……大丈夫……いっぱい蚊に刺された」
「蚊何てどうでもいいやん!!」
確かにそうだと言ったあとで気づくが、今はそれどころではない。
「あ……あのね……手があるの!!お地蔵様の前にっ!!手がっ手がぁ……」
「……あぁ……うん。その手があんたを助けたんよ」
「え……」
「その手……あんたの『おばあちゃんの手』だよ」
ヒュッ。
一瞬息が止まった。
「どう……どういう……」
「電話じゃあれやけ……今、由芽実のお父さんがそっちに迎えに向かってる。もうすぐ着くと思う」
「そうなんだ……」
「帰ってきたら説明してあげる……今日は私も学校休んだし、時間はあるけんね」
「……ん?休んだ?」
「……由芽実、今いつと思っとる?」
「え?7月〇日……」
「ばっか!!もう、次の日なんよ!今は次の日の午前中!」
「は?……はぁぁぁ?」
何ということだ。夕暮れになる前の青空かと思いきや次の日とは、一体どれだけ眠っていたのだろう。
「由芽実〜。おーい」
「あ、お父さん来たみたい!」
「んー。じゃあまた後で」
電話を切ると、すぐに父がこちらに向かう姿が見えた。
ドサッ。
「?!どうした由芽実!」
いきなり座り込んだ由芽実に驚いて父が駆け寄る。
「ははっ……安心したら腰が抜けちゃった……へへっ」
「何だ……ほらっ背負ってやるから」
「うん」
父に背負ってもらうのは、どれ位ぶりかわからない。少し照れくさいが、ほんのり加齢臭の漂うその背中は確かに父のもので、由芽実はようやく人心地つけた。
拙い文章を読んでいただきまして、ありがとうございました。