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のんびりと田舎の道を女子高生二人が自転車を押しながら歩いている。周りは青々とした緑の田んぼに囲まれ、そののどかな風景は傍目から見れば一枚の絵のようだ。
だが当の本人たちは、涼を求めて買ったアイスはあっという間に食べ終えしまい、吸う空気さえも熱い炎天下の中を歩いている。
ピリッとした彩月に気圧され、どことなく話しづらい雰囲気のせいで、アイスを食べ終えたあとも何となくそのまま歩いてきたがそろそろ限界だった。
「……ねぇ……そろそろ自転車乗ろうか……」
音を上げたのは由芽実の方。
「そうやね……何となく食べ終えて歩いていたけど……こんなん歩いて帰ったら死ぬわ」
由芽実に死にそうな声で返事を返すのは彩月。声色は柔らかい。特に何かに怒っているわけではない事は分かっていたが、その声を聞いて由芽実はホッとした。
コンビニから何故か無駄に約15分も歩いているのだが、町の入口まではもう少しある。由芽実の自宅までここから自転車で15分位だろう。
二人は自転車に乗り、帰路を急ぐ。時刻は夕方17時前だ。太陽の位置はまだまだ高く夕暮れまであと1時間くらいの余裕がある。
「このまま行けば5時過ぎには家に着くね」
「うん……ねぇ、どうしたの彩月……急いでるん?」
「うーん。多分そうかも……何となく明るいうちに早めに家に帰る方がええと思って」
苦笑いをする彩月。
「明日になったら色々説明してくれるんよね?」
「うん、約束。由芽実を家に送ったら由芽実の親に説明するけん」
「家に送る?!何なん?私、お嬢様か何かになったん?」
「今日だけお嬢様扱いやね」
自転車に乗ると家から学校までの約5キロの道も速い。あっという間に、あともう200メートルもすれば町の入口だ。
シャーッシャーッと自転車のチェーンの回る音が響く。
気がつけば町に入っていた。後10分も漕げば帰宅できるだろう。
シャーッシャーッ。
「あと少しやね〜。あー暑いね彩月。……ん、彩月?」
シャーッシャーッ。
「彩月?おーい?聞こえないの?ちょっと無視は酷いよ!」
隣を走る彩月一生懸命話しかけるが、まるで聞こえないかのように前だけを見つめている。
(おかしい)
「さつ……」
「まーだだよ」
「えっ……わっ、ギャッ!カエルっ!!」
ガシャン!!
何処からか聞こえた声に気を取られた瞬間、目の前に飛び出してきたカエルを避けきれず、自転車ごと倒れてしまった。
しかし、それに気づかないのか彩月はそのまま由芽実を置いて自転車を漕いで先に行ってしまった。
「彩月……何で……?」
辺りは、しんと静まり返っている。いつもの通学路のはずなのに、よく見る景色がまるで違う場所のようだ。
「…………あれ……蝉……蝉の声がしない?」
あれだけうるさかった蝉の鳴き声が消えている。
『蝉の鳴き声があるうちゃは心配ねえ……聞こえのうなりゃ用心せぇ……連れ込まれる』
ふと思い出したのは今朝の祖母の言葉。
「聞こえのうなりゃ………………連れ込まれる……」
『日菜ちゃんが連れて行かれたのも仕方ないよ』
「……彩月も昼休みに言ってた……連れて行かれたって……何……何なの……?」
ドクドクと心臓が嫌な音をたてる。
ふと気づけば、あれだけ暑かったはずなのに、今は少し涼しいくらいの気候になっている。
「いっ、家に帰らなきゃ……」
立ち上がり自転車も起こすとそれに跨った。自転車なら後10分くらいで家に着くはずだが…………。
「あっ……チェーン……」
不運なことにチェーンが外れてしまっている。由芽実にはこれをどうにか出来る技術はない。仕方無しに、自転車は道路の横に避け、歩いて帰ることにした。
ここから家までは3キロも無い。急げば30分もかからず帰宅できるはず。
(お母さんに電話しなきゃ……心配するよね……あっ!そうだよ!迎えに来てもらえばいいんだ)
RRRR……RRRR……。
ーーおかけになった番号は……ーー
RRRR……RRRR……。
ーーおかけになった番号は……ーー
RRRR……RRRR……。
ーーおかけになった番号は……ーー
「何で…………じゃあ……おばあちゃん……ダメならお父さん……それでも……」
RRRR……RRRR……。
ーーおかけになった番号は……ーー
RRRR……RRRR……。
ーーおかけになった番号は……ーー
RRRR……RRRR……。
ーーおかけになった番号は……ーー
「ハァ、ハァ、ハァ……なっ、何で……何処にも……」
「一緒にあそぼ」
「ヒッ!」
突然後ろから声をかけられ、振り向けば少女がいた。
『一緒にあそぼ』
『かくれんぼしよっか』
由芽実の脳裏に10年前の記憶がフラッシュバックする。
「あ……あなた……」
そこに立っている少女は由芽実の記憶通りの姿。服も、背格好も、そして顔も……当時のまま時が止まってしまったかのような少女にとてつもない恐怖を感じる。
「かくれんぼだよ。かくれんぼしよう」
「いっ、イヤッ!!私……私……家に帰らなきゃ」
「家?家があるん?」
「あるよっ!私の家!!ある!」
「…………何で?」
「えっ……」
「かくれんぼしたら家に帰れないんだよ?」
「何……」
「もう、帰れないんだよ。キヒヒッ」
「ヒッ、イヤッ!!」
恐怖で震える体をどうにか動かし、由芽実は必死にその場を離れた。
周りを見渡せばよく知る田園風景。だが、全く人の気配がしない。
虫の声も遠くを走る軽トラの音もなんの生活音もない。聞こえるのは、自分の息づかいと足音のみ。
始めは震えながらの早足だった由芽実だが、徐々に体が動くようになり、今はしっかりと走れている。
何度も通っている通学路を足がもつれそうになりながらも進むが、何故か風景は変わらない。
「どうして……ハァ……ハァ……ハァ」
終わらない田園風景。本来ならこれだけ進めば住宅街に出るはずだった。
ふと気になって空を見上げれば夕闇が指し始めている。
「え、うそ……そんなに時間経ってないのに……」
このままでは、もうすぐ辺りは暗闇に包まれるだろう。そうなれば今以上の恐怖が襲ってくるに違いない。
きっと家族は心配して探してくれているはずだ。しかし、思い出すのは10年前の行方不明事件。警察も出動し、大掛かりな捜索活動が行われたにもかかわらず未だに見つかっていない日菜。
「……ははっ……え……私、詰んだ?」
必死に走ってきた疲れと、どうにもならない絶望で由芽実はその場にへたり込んでしまった。
「ううっ……怖いよぉ……お母さん、お父さん……」
ボロボロと涙が溢れる。怖くてもう動きたくない。頭がどうにかなってしまいそうだ。
「由芽実ちゃん?」
「ヒッ……えっ……」
急に声をかけられ、振り向けば……。
「日菜ちゃん……?」
当時のままの姿の日菜の姿があった。
拙い文章を読んでいただきまして、ありがとうございました。