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かくれんぼと聞きまして。なんとなく書いてみました。
ちょっとだけ方言のようなしゃべりがありますが、場所を特定したくなかったので地元の方言をいじった創作の方言です。
ーーーかくれんぼしよっか?ーーー
ミーンミーンミーン。
「はっ!…………夢……」
心臓がバクバクと嫌な音をたてる。寝起きにしては最悪だ。
ミーンミーンミーン。
カーテンを閉めた窓の外から聞こえてくるのは、八月蝉い夏の風物詩の鳴き声。
「げっ……まだこんな時間?後1時間は寝れる」
時計を見れば朝の6時。普段の起床時間よりも1時間も前に起きてしまったようだ。
もったいないとばかりにもう一度布団を被り、眠ろうとするが外から聞こえる大音量の鳴き声によって
それは阻まれてしまった。
「うるさい……あーもー……」
仕方無しに寝ることを諦め、枕元に置いてあるスマートフォンへと手を伸ばす。こんな時間に部屋からリビングへ出れば母親に朝食や弁当の準備を手伝わされてしまうかもしれない。
そんなものは自分の仕事ではないとばかりに、彼女はお気に入りのアプリを開くと今日の話題になるかもしれない動画を探し始めた。
彼女は『堀ヶ丘 由芽実』高校2年生。数日前に学期末考査を終え、ようやくテスト勉強という地獄から開放されたばかり。あと少し学校に通えば楽しい夏休みの始まりだ。
家は両親と祖母含み4人で住んでいる。
〜♪
スマートフォンの中で踊る同世代の女子をぼーっと流し見ていると、ふとさっきの夢が過ぎった。
『かくれんぼしよっか?』
「……今更夢に見るなんて……」
その夢は10年前、由芽実がまだ6歳の頃の出来事の夢。
その日もこんな蝉の声がうるさい夏の日だった。記憶は曖昧だが、数人の子供を連れた見知らぬ女の子にそう声をかけられた事は覚えている。
由芽実が住む、この少し田舎の町は学校が長期休みに入ると帰省してくる家族も多い。当時は夏休みに入っていたので、見知らぬ少女であっても不信感を持つことは無かった。他にも何人かいたが、その子と一緒にいたと言うこともあり特に何も思わなかった。
どういった経緯かは覚えていないが、その後その子を含めた何人かでかくれんぼをする事になる。
そして……友人の1人が行方不明になった。
「あれ……いまだに怖いよね」
その友人は、由芽実の同級生の女の子。
夕方の6時を過ぎ、もう帰宅しなければいけない時間になっても彼女は姿を見せなかった。
一緒にいたはずの見知らぬ少女も姿が見えなかった為、2人は帰ったのだろうと思い帰ることにした……と思う。このあたりの記憶は無い。
気がつけば家にいたのだ。
その夜、友人の親が家に子供が帰宅していないと電話をかけてきた事は覚えている。母親にその子の行方を知らないか聞かれたからだ。
見知らぬ少女と一緒にいるのではないかと言ったが、この町にそんな少女が帰省している家はなかったという。
翌日になると警察も総動員され捜索活動が行われたが結局彼女が見つかることはなく、あれから10年という月日が流れた。
見知らぬ少女もどこの誰だか分からずじまい。
しばらくして行方不明の友人の母親は、精神を病み何度も自殺未遂をはかり今は入院していると聞いた。
父親は今でも彼女を探している。
「由芽実〜。そろそろ起きてきなさい」
「はーい」
気がつけば午前7時。普段どおりに母親が声をかけてきた。
急いで制服に着替えた由芽実はリビングに向かう。
ダイニングテーブルには、すでに父も祖母も座り朝食をとっていた。母は自分のコーヒーを淹れている。
「おはよう。早く食べちゃいなさい」
「はよ〜」
トーストされた食パンと目玉焼き。添えてあるポテトサラダは昨日の残り。そんないつもの朝ごはんを食べる。
ミーンミーンミーン。
外からは相変わらず蝉の鳴き声が聞こえてくる。
「……蝉、うるさい」
「ん?そう?こんなものじゃない?」
母親がキョトンとした顔で応える。
「うるさいよ……」
「…………蝉の鳴き声があるうちゃは心配ねえ……聞こえのうなりゃ用心せぇ……連れ込まれる」
「あー……それって皆言うよね」
「……この辺で昔から言われよる事や……昔から蝉の声が聞こえんとこには行かんように言われよった……あたしゃそんな場所に行ったことはねぇがね」
「懐かしいな」
祖母の話に父が返答する。
「お父さんも知ってるの?」
「俺も昔言われた。蝉が鳴き止めば大雨が来るとかそういった迷信なのかもしれんな……由芽実には……関係ない」
「関係なくても、この町の子はみんな知ってるよねそれ……てゆーか、蝉が鳴き止んでも、雨が降る前ならカエルがうるさいし」
「そりゃそうだな。まぁこの辺じゃ蝉の声は大事にされてるって事だ」
「……ジンクスみたいなもん?」
「そうかもな」
「……そんな事知らんから。昔は良く蝉取りしてたけど?」
「それはそれ。蝉取りは子供みんなしとる」
何とも曖昧である。
しかし…………。
(そういえば……あのかくれんぼの日も確か蝉取りしてて……)
『…………せみいないね…………』
「……あ……」
「ん?どうしたの?」
「……ううん。何でもない……そろそろ行くね」
「はいはい」
なぜ今思い出したのか……あの日も蝉取りをしていた。そして……。
(そう……蝉がいなくなったから……かくれんぼにかえたんだ……)
『一緒にあそぼ』
そう声をかけてきたのは謎の見知らぬ少女。
『いま蝉取りしてるから……いっしょに取る?』
そう答えたのは行方不明になったあの子。
『うん……』
『……あれ?……ねぇ由芽実ちゃん』
『どうしたの?』
『…………せみの声がしないね』
『え?』
『…………せみいないね…………』
『かくれんぼしよっか?』
そうだった。蝉の鳴き声がしなくなったからかくれんぼを始めた。不思議と鮮明に記憶が蘇る。
「…………」
「由芽実?どうしたの?」
「えっ……あっ……うん。ちょっと昔のほら……行方不明になった、あの子の事思い出しちゃって」
「あぁ……久繁さんのお家の……日菜ちゃん」
「あれから10年も経ったんだなって」
「そうね……」
母が悲しげな表情を浮かべる。朝からする話題ではなかったのかもしれない。
「由芽実……まだ気に病んでいるの?あなただけ戻ってきた事」
「……そんな事は……えっ……私だけ?」
「史絵っ」
「あっ……」
父が厳しい声で母の名前を呼ぶと母はしまったという顔をした。不穏な空気が流れる。
「あー……そう……あの時ね、あなたが無事でお母さんはホッとしたの……だから……忘れたほうが良いわ……ね?」
「…………でも……」
「由芽実ちゃんや……あんたはあん時混乱しよった。思い出す事もちぐはぐになっとる。忘れぇ忘れぇ」
「おばあちゃん……」
(何?何なの……)
あの時、あの少女以外にも子供がいたはず、なのに私だけ戻ってきたとは……。気になる事は沢山あるが、とても聞ける雰囲気ではない。一体10年前に何があったのだろう。
「ほら……もう良い時間よ?学校に行きなさい」
「……あ、うん……じゃあおじいちゃんに挨拶してから行ってくる」
由芽実はそう言って仏間に向かい、祖父の戒名が飾られた仏壇に線香をあげた。
チーーン。
鈴を鳴らし、手を合わせ目を閉じる。
「行ってきます」
これは毎日の習慣だ。祖父が亡くなった後からずっと続けていることである。
(……そういえば……おじいちゃんが死んだのも10年前だったな……あれ……それって行方不明事件の先?後?昔のことだから記憶が曖昧だなぁ……でも、急だった気がする……)
壁に飾られている祖父の遺影を眺める。
「ねぇおじいちゃん……おじいちゃんは何か知ってたのかな?」
祖父の遺影は何も答えるはずはなく、外からは忙しなく蝉の声が響き渡っていた。
拙い文章を読んでいただきまして、ありがとうございました。