第八話 For the beautiful smile of the protagonist
「……なぜ君たちは当然のように私の保健室でご飯を食べているんだい?」
月曜日の昼休み。俺と桧並は、一命先生の聖域という名保健室で弁当を食べていた。ちなみに俺はなぜここに居るのか知らない。桧並に半ば無理矢理連れてこられた。
「先生が月曜日に連れてこいって言ってたんですよ」
先生は少し悩んだ素振りを見せると、手をポンと叩いた。
「そういえばそうだったね。智君、あれから調子はどうかな」
「特に調子が悪いなんてことは無いです」
その答えを聞くと、一命先生はほっとしたように笑った。
「いやぁ、あの時は応急処置しかできなかったからさ。治しきれてなかったら悪いじゃない? だから一応検診だよ。力抜いて」
俺は先生の前に座らされた。肩とか頭とかを先生が撫でてくる。うんうんと、勝手に納得しているみたいだ。
「確かに超力は問題ないみたい。ただ、一つ思ったことがあるんだよ……智君、君アイドルやってたりしないかな」
何を言っているのだろうか。突拍子もない言葉に、俺は返答ができずに固まっていた。
「智君はアイドルなんかやってないですよ。私、訳あって一緒に住んでいますけど、智君がそんなことやってるの見たこと無いです」
桧並がそう言った。
「なぁんだ……もしもそうだったらサインでももらおうかと思ったのに。ちなみに私が間違えたのはこの子だよ」
そう言って先生はスマホで写真を見せてきた。少し垂れ気味の大きな瞳、透明感のある白い肌。目立ちにくいが、もみあげのあたりの髪が一部白い。確かに、俺の容姿にそっくりだ。というか……
「これ、俺の妹なんじゃ……」
その一言で、保健室の空気が固まった。
「悟君妹居たの……?」
「妹なら似ててもなんら不思議じゃないね……似すぎだと思うけれど」
前の言葉は桧並、後の言葉は一命先生。一命先生はそのまま、机の引き出しからなにかのチケットを取り出し、渡してきた。
「ライブのチケットだよ。行ってみて、妹かどうか確かめてみな。妹じゃなくても、きっと楽しめると思うよ。推してくれれば万々歳」
先生はそんなことを言った。でも先生の渡してくれたこのライブ、予定日が明日になっていた。普通に明日は学校があるのだが……
「明日の学校は休んでいいよ。私の依頼で忙しいってことにしておいてあげる」
稀に先生はこういうことを言う。なんというか、先生なのに不真面目と言うか。こういうところがあるから俺はこの先生のことが好きなのだが。とりあえずもらって帰ることにした。
午後の授業を終え、俺と桧並は電車に揺られていた。今日は道場には行っていない。なんでも九頭龍君と紅破が二人で依頼を受けているらしく、道場は開いていないらしい。
「智君、妹居たなんて私初耳なんだけど親とは違って仲いいの? ……言ったことないよね」
「うん、言ったこと無い。聞かれたこと無かったから。えっとね、俺の妹の名前は浅短萌心。俺の双子の妹でさ。俺とは違って能力持ちだったからさ、親にも大事にされてたよ……まぁ仲が良いかで言えばぼちぼちだったんじゃないかな。普通の兄妹くらいだと思うよ。」
そうなんだ、とあまり興味がなさそうに返してきた。
「結局明日どうするの? 行く? それなら私もついていくけど」
「行ってみるよ。あの子が萌心だったら会ってみたい気持ちもある……向こうはどうか知らないけど」
こうして俺たちは、歌もあまり聞いたことのないアイドルのライブに行くことになった。
その日にあるライブは、午前中だけの小規模なものなのだが、いかんせん人が多かった。私たちは、ライブは最前列で見られたのだが、後ろのファンたちの熱気に飲み込まれていた。その人気に見合って、私たちも何となく聞いたことあるような曲もたくさんあった。そしてライブは終わり、私たちはすぐ近くにある公園で休憩していた。
「すごい熱気だったね……どうだった? やっぱり妹さん?」
「ほんとだよ……頭痛くなりそう。そしてやっぱりあの子は萌心だと思う」
そう会話していた私たちの間に、少女がどこからともなく現れた。深く帽子をかぶり、サングラスにマスクをしている。そしてそのまま、智君をおもむろに背負い、走り出した。
「ちょっと、待って!」
反射的に手を伸ばし、追いかける。智君を背負っているとは思えないほど速い。彼女はそのまま路地裏に走って行った。入り組んだ道を縦横無尽に走っていく。あっという間に見失ってしまった。
「どうしよう……」
すぐそばに居たのに、簡単に奪われて、守れなかった。もしかしてあの少女が何か悪いことを企んでいたら? それに智君が巻き込まれたら? 根拠も何もない不安が私の意識を支配する。
「諦めるな。私なら見つけられる」
こういう時こそ落ち着け私。私の能力はなんだ。汎用性の塊のような能力だろう。私が指を鳴らすと、手の中に小さな地図が表れた。オレンジ色の点がチカチカと点滅している。今作った、智君の超力を探知する地図。それを頼りに、私は走った。たどり着いたのは、小さなカフェ。窓ガラス越しに店内を見ると、一番奥の席に智君は座っていた。よく似た少女と共に。話している顔は、すごく嬉しそうで、私はそんな顔を初めて見た。きっと、あの少女は今日ライブを見たアイドル。萌心さんだったのだろう。今の私には、一年ぶりに再会した兄妹の時間を邪魔することはできなかった。カフェには入らず、通ってきた道を戻る。路地裏は薄暗く、なんだかひんやりとする。
「さっきこんな不気味なところ通ったんだ。危ないな」
「そうだよ、危ないよ」
後ろから、低い声が聞こえた。反射的に超力で全身を守る。後頭部に強い衝撃。私の未熟な超力を貫通し、気を失わせるには十分な。
「君みたいな可愛い子が一人でこんなところに居るのが悪いんだよ」
私の耳に届いたのは、そんな理不尽な言葉だった。
俺は今、どこかのカフェに無理やり連れてこられていた。同じ席に座った少女が、サングラスとマスクを外す。
「急に攫ってごめん。久しぶり、お兄ちゃん」
その少女は俺とよく似た容姿をしている。違うところと言えば、俺のほうが少し背が高いこと、彼女はもみあげのあたりの毛が白輪毛になっていることくらいだ。
「やっぱり萌心だったんだな……普通に声かけてくれれば良いのに」
「そうできるならやってたよ。お兄ちゃんが人の多いところにいるから、下手に顔見せられなかったんだよ……」
まぁ確かに、下手に顔をだしてファンに見つかれば大変だろう。萌心の人気はあのライブで思い知った。
「お兄ちゃん、別に私のファンやってたわけじゃないでしょ。なんで急にライブに。しかも今日平日だし。学校とか大丈夫なの?」
俺はそう問われ、今日ここに来るようになった経緯を話した。萌心は大人しく聞いていた。最後まで聞き、一言。
「わざわざ見に来てくれてありがとう。相変わらずお兄ちゃん優しいね」
優しい。その言葉は俺の胸に刺さる。
「そんなこと無いよ。お前を置いて家出しちゃうし……お父さんとお母さんとはうまくやれてる?」
それの心配はしていない。生まれつき能力を持っていた彼女のことを、俺の親は大切にした。そして俺には見向きもしなかった。それが嫌で家を出たのだが。でも、萌心は首を横に振った。
「私も家出しちゃったの。お兄ちゃんが居なくなって、お父さんもお母さんも清々しいくらいにさわやかになっちゃって。気持ち悪くて。優しいお兄ちゃんのこと、居なくなって喜んで。許せなかった……だから今は、ここのカフェの二階に居候中。お兄ちゃんの方こそ、楽しめてる?」
まさか萌心も家出していたとは思わなかった。静かに、カウンターで佇む、マスターにぺこりと軽く会釈した。でも、懸命だと思う。今の萌心はすごく楽しそうだ。
「楽しいよ。今は桧並の家……さっき一緒に居た女の子な。その子の家に住まわせてもらってるんだけど、友達もできたし、学校も楽しいよ。」
そう言うと、萌心は少し焦ったような顔をしていた。
「そんなぁ……あの人お兄ちゃんの仲良しさんだったの……何か一言言っておけば良かったな」
まぁ大丈夫だろう、彼女なら何とかここまで来れる。そう思っていた。
「お兄ちゃん。ごめん。私のせいだ。あの人。死んじゃう」
真面目な顔で、萌心がそう言うまで。
「突拍子も無く聞こえるでしょう。本当ですよ」
不意に、マスターが声をかけてきた。信じていないわけじゃない。俺は萌心の第六感をよく知っている。未来を見る能力だということを。そしてその未来は、変えられない現実として表れてしまうことを。
「どんな未来が見えた。詳しく教えて」
俺は萌心に問い詰めた。冗談じゃない。俺は桧並を救うために戻ってきたのに。こんなところであいつが死んだら、俺は何のために今まで頑張ってきたのか。何のために未来を変えようとしたのか。分からないじゃないか。
「どこか分からない。真っ暗なステージの上で、お兄ちゃんが、泣いてるの。桧並さん……だっけ、その子を抱きしめて。桧並さんは、動かないの……お兄ちゃんが、ずっと桧並さんの名前叫んで。嫌だよ……私、お兄ちゃんが悲しんでるの嫌。絶対どうにかする」
どうにか……できるのだろうか。
「萌心様のお兄様でしたら、私の主であるのと同義。私、竜ケ崎彰久と申します。経緯は後程話しますが、現在萌心様の保護者として、萌心様をお守りしております。智様のこともよくお話になっていました。老いぼれではありますが、私の力もお貸ししましょう」
マスターがいつの間にか席の傍に、片膝をついていた。まるで王に忠誠を誓う騎士のように。
「お願いします。彰久さん。桧並は、俺が今生きる意味なんです」
それを聞くと、彰久さんは立ち上がり、俺の頭を撫でた。
「お任せください。貴方様の生きる意味、失わせるわけにはいきません」
力強く、優しく、どこか少し寂しそうな声で彰久さんはそう言った。
俺たちはひとまず、桧並の手がかりを探した。彰久さんの提案で、通ったであろう道を絞り込み、調べた。暗い路地裏に入る。するとそこには、大きな血だまりがあった。まだ乾ききってはいないみたいだ。血のは分からない。
「智様、こういう時に必要な技術です。超力で目を強化して、血痕に触れてください」
言われた通りに俺は血痕に触れた。すると、そこから何か風の流れのようなものが伸びている。
「これが超力の残滓です。慣れれば触れずとも見られるようになるでしょう……私は残滓は見えていますが、この超力が桧並様のものかどうか、知りません。なので智様に見ていただきたかったのです」
超力の残滓に触れてみる。ほんとに聞こえたのかは分からないが、耳元で微かに、助けてと桧並の声が聞こえた気がした。
「これ、桧並の超力で間違いないと思います。彼女の声が聞こえました」
「そうですか、ならば追うとしましょう。私の力でサポートします」
彰久さんが俺の肩に触れた。体が軽くなった。まるで自分に重力がかかっていないようだ。彰久さんは萌心を背負うと、行きましょうと声をかけてきた。足を限界まで強化し、走った。周りの風景もよく見えないほどのスピードを出して、残滓を手掛かりに、ビルばかりが並ぶ街を走り続けた。驚くことに、彰久さんは萌心を背負ったままでほぼ同じスピードで走っていた。老いぼれなんて冗談じゃない。超力の様子を見てみると、かなりの量だ。本気を見てみないと分からないが、一命先生と同等程度はあるのではないだろうか。すごく心強い。超力の残滓が少しずつ濃ゆくなってきた。近づいて来た証拠だろうか。色だけで風景が暗くなった。また路地裏に入ったみたいだ。そこで、残滓は途切れてしまった……
はいどうも、こんゆわら!和水ゆわらです!!
愚者名乗る勇者、第八話です。話が途中で切れてしまい、申し訳ないです。第九話である事件が起こるので、それを一つの話にしたかったので、こうなっております。それに文字数もちょうど良かったからね……
第九話、なるべく早く上げられるよう頑張ります!和水ゆわらでした!