第七話 I don't want to fight. But be prepared to carry sin for you
今私は、放課後暗い保健室に居た。日当たりが悪いうえに、分厚いカーテンを閉め、明かりはついていない。理由は、今私の目の前で机に突っ伏して眠っている先生が暗いほうが好きだからだ。
「あの、一命先生、起きてください」
電気をつけ、眠っている先生を起こす。放課後、私は今日は智君と一緒に帰らずに、ここに来た。先生は定時まで保健室に居る。相談したいことがあったから。一命先生はゆっくりと起き上がり、背中を伸ばした。
「わざわざ放課後に来るとは……どうしたのかな、桧並ちゃん」
相変わらず隈のある目を擦り、先生は聞いてくる。優しい声だ。聞いているだけなのに心が落ち着く。私は今の心の中にたまっているモヤモヤを吐き出すことにした。
「昨日、私は黒ローブの人と戦いました。結果はまぁ、少しも攻撃当てられず、惨敗だったんですけど……でも、一瞬だけ、私が勝てそうだったんです。あの人の動きを止めて、銃作って突き付けて。でも、引き金が引けなかったんです。急に怖くなって……智君には、優しいからだって言われました。この感情、必要なんでしょうか」
私には分からない。だから聞きに来た。智君に聞いたら、彼はきっと私以上に悩むだろうから。一命先生は少し黙って、考えている様子だった。少しして、口を開いた。
「稀にいるよ。桧並ちゃんのように、人を傷つけることに抵抗のある子。優しい子が多いかな。能力者としては不必要な感情だよ。でも、人間として大切な感情でもある。大切にしたほうが良いよ」
大切にとはいうものの、このままだと上手く戦えない。それが嫌だった。
「そして今桧並ちゃんは智君と自分の間にある大きな実力差に焦っている。違うかな?」
心を見透かされたみたいだ。先生が言うには、駆け出し能力者には結構多い悩みらしい。まぁ、その通りだ。
「人には得意不得意がある。彼の能力は思い切り戦闘向き。君の能力は戦闘向きとは言い切れない。その時点でスタートラインが違う。そして君にはない格闘の才能を彼は持っている。はっきりと言うと、君が彼に戦闘で追いつくことはほぼ不可能だよ」
はっきりとそう宣告された。分かっていたことだ。それなのに、胸が締め付けられて、苦しい。うつむいていたいた私の頭を撫でて、先生は続けた。
「追いつくことはできなくても、隣で戦うことはできるだろう? 君の能力は支援に向いている。彼に有利な戦いの流れを作れるのは君じゃないかな」
その一言が、私の心に深く響いた。そうだ、無理に戦わなくても良いんだ。私のできることを、彼の為に。そう思えば、胸につっかかっていた何かがスッキリした。一命先生が私に、一枚の紙を渡してきた。
「一部の生徒はね、先生から気に入られると能力者としての依頼を回されることがあるんだよ。能力者としての成長を促すために。君と智君に回したい依頼があるんだ。この住所のところに行っておいで」
生徒は、暗に私たちを気に入っていると言っていた。弱い、そう思っていた私が、強い先生に認められた気がして嬉しかった。先生にお礼を言って。保健室を後にする。校門を出ると、智君が校門の壁に体を預け、イヤホンで曲を聞いていた。私が出てきたことを見ると、イヤホンを外し、隣で歩き出した。
「何聞いてたの」
「適当に話題の曲を何個か」
中身のない会話。そのあと、依頼を受けたことを智君に言った。彼はそれに対しては特に何も言わなかった。少し心配そうな顔で、こちらをチラッと見てくる。保健室に行くなんて言ったからだろうか。笑って見せると、彼も安心してくれたみたいだ。
「依頼受けたって言ってたけどさ……俺この住所よく知ってるよ」
それは私も思ったのだ。新東京都北区、舞羽一丁目9。舞羽というのは、私たちの家のある町だ。そして確か一丁目の9となると、私たちはそこによく行っているはずだ。学校の最寄り駅で電車に乗り、舞羽へ向かう。少し電車に揺られて、駅に着いた。駅から少し歩いたところに、その建物はあった。木の板の看板に、ト音記号の模様が書いてある、少し大きな楽器店。
「夢露さんからなのかな」
不安になった私は、スマホで住所を調べたが間違いないらしかった。店内に入ろうとすると、扉が内側に開き、扉に手を掛けようとした私はバランスを崩して、派手に転んでしまった。
「えーと……大丈夫か?それと店閉めちまうぞ。お前ら今日遅かったな」
夢露さんが覗き込んできた。智君は笑っていた。少し私はムッとした。
「大丈夫です。それよりも、依頼があるって聞いて」
夢露さんは少し意外そうな顔をした。
「確かに依頼はしたぞ。一命先生にな。そしたら一番見込みある弟子二人に行かせるって言ってたんだよ。まさかお前らがあの人に見込まれてたとはなぁ」
なんだかしみじみとした感じで夢露さんは言った。そしてそのまま、依頼内容を説明した。ざっくりと言うとこんな感じ。最近、舞羽を中心に容疑者、手口ともに不明の盗難事件が起きているらしく、それを私たちに解決してほしい、といった感じだった。
「任せてください、俺たちでやってみせます」
私の返答は考えず、智君が勝手に了承した。まぁやる気ではあったが。とりあえず私たちは、被害にあったお店を聞き、楽器店を後にした。
「長くなりそう。明日休みで良かったな」
その通りだ。明日明後日が土日で良かった。少なくとも今日中には終わらないだろう。私と智君は二手に分かれて、いくつかのお店に状況を聞きに行った。
聞き込みを続けて、六軒目を終えたとき、スマホが鳴った。智君からだ。
「もしもし。何かあった?」
『まぁぼちぼち。一旦情報整理するために合流しない? お腹も空いて来た』
時間を見れば、七時を回っていた。智君の意見に賛成。私たちは家の前で合流した。今日はお母さんは帰ってくるのが遅いみたい。机の上に、『ハンバーグ 冷蔵庫』と書かれたメモが置かれていた。温めて食べろということだろう。ハンバーグを温め、食べながら、情報を交換する。大雑把に整理すると、いくつか共通点も見つかった。
一つ目はまずどの犯行も深夜帯に行われていること。速くても夜中十二時を回ったころ、遅くても三時以降には起きていなった。
二つ目は犯人の目撃者が一切いないこと。時間が遅いからしょうがないとも思えるが、防犯カメラにも一切映っていない。
三つめは商品の盗まれ方が不自然なこと。防犯カメラには犯人は映っていないが、犯行の様子は映っていたらしい。その様子は、どれも一瞬のうちに消えているような感じだった。
四つ目は、どのお店も盗まれた商品は音楽関係のもの。大きいものだとギター、ピアノ。小さなものだとカスタネットや指揮棒だった。
「うーん……全く分かんない……」
共通点はあったが、犯人像は浮かんでこないし、次に何が起こるかも予測できない。私は探偵じゃないんだぞと思った。
俺の目の前で、桧並が頭を抱えていた。実は俺はこの事件の犯人に心当たりがある。元の俺、つまり26歳の俺はよく似たニュースを、少し前に聞いたことがある。音楽関係のものだけを一瞬のうちに盗む。そんな事件を。名前は忘れたが、絶対に音楽関係のものしか盗まない。同じ店からは盗まない。そして盗んだ商品は決して被らないというポリシーのある犯人だったはずだ。つまり、この舞羽の中で、被害にあっていないお店で、なおかつ商品の被りのないお店……は一つだけだ。この考えを、時間逆行したことはかくして、桧並に上手く伝える。桧並は少し考えた。
「となるとあそこは楽器の専門店だからね。被りを防ぐために最後に残すのは当然なのかも」
桧並のその言葉を聞いて、俺は考えが一緒であることを確信した。となると次狙われるのは夢露さんの店でほぼ間違いない。場所が絞れただけでも万々歳だ。夕飯を食べ終えた俺たちは、深夜まで自分の部屋で一旦仮眠をとることにした。
十一時を回ったころ。俺はアラームで目を覚ました。桧並の部屋に向かい、ドアをノックする。返事は無い。ドアを開ける。桧並はベッドの上ではなく、勉強用の机に体を預け、眠っていた。起きやすいように、だろうか。まぁ起きていないのだが。肩を軽く叩く。ゆっくりと瞼を開いた。
「……起こしてくれてありがとう。アラームかけてたはずなんだけどな」
そんなことを言う彼女と共に、俺たちは夢露さんのお店へ向かった。さすがに深夜だ。真っ暗で、星がちらちらと光っている。少し肌寒い。お店の正面の公園のベンチに俺たちは座った。ここからはお店の様子がよく見える。雑談をしながら、俺たちは時間まで待っていた。公園の時計を見ると、十二時を回ったころだ。俺たちは少し老けた警官に声を掛けられた。
「こんな時間に何をしているんだい」
普通なら補導の対象だろう。俺たちは今、ここで起きている事件解決の依頼を受けたこと、そのためにいまここにいることを説明した。一瞬、冷たい空気が流れた。店のほうを見ると、誰も居ない。それなのに、超力の流れが見えた。俺は迷わず、走り出した。超力の流れに向かって、一撃を加えてみる。うめくような声が聞こえ、超力の気配が移動した。公園に。桧並もそれを察知したみたいだ。俺の傍に走ってきた。
「君たち勘が良いねぇ……まさかこんな子供に見破られるとは思っていなかったよ」
さっきまで優しそうな声だった警官の声が、冷たい。唐突に、鳩尾に打撃の衝撃が走った。不意の攻撃に反応できず、俺は膝から崩れ落ちた。全身に力が入らない。なんで?
「超力を作って伝達する器官は鳩尾のあたりにあるんだよ。今君のその器官を麻痺させた。君のほうが強そうだからね」
不味い。このままだと桧並が戦わなくてはいけない。桧並にできるようには思えなかったのだが……
「智君、大丈夫。なるべく早く回復させて」
桧並の声が、震えていない。芯のある、覚悟のある声だ。なんだか安心した。
私の中で、今とても大きな感情が暴れていた。正義の形を纏って悪事を働き、不意打ちで、智君を傷つけた。目の前の男に対する怒りが。
「おやおや、やる気なのかい。さっきまであんなに怯えていたのに」
確かにその通りだ。智君の傍に駆けよったのは怖かったから。頼りたかったから。でも今、私が智君を守らなければいけない。やるしかない。とりあえず智君を小さな岩の檻で守る。犯罪の手口、さっきの不意打ちからして、おそらく警官の第六感は、二つの空間を繋げる能力だろう。どこかで聞いたことがある。警官であることから、接近戦はおそらく私より数段上手だろう。だからって距離を取れば空間を繋げてこちらを殴れる。現に今も、何発か攻撃が飛んできた。正確に弱点を狙ってくる。でも逆に正確過ぎて、集中していれば掠り程度で済ませられた。
「まだ気づかないのかな? 君のお友達は大丈夫かな?」
私はさっき智君を囲んだ檻を開いた。智君は痣だらけだ。よくよく考えれば、空間を繋ぐものだ。この程度で守れるはずが無かったのだ。
「桧並、俺なら大丈夫だから」
弱々しい声で智君がそう言った。その顔をまた、打撃が襲った。私の中で、何かが吹っ切れた。頭の中に、何かが流れ込んでくる。
「暗翳郷邑」
ふと頭に浮かんだその言葉を口にした。闇に包まれた街が作られていく。その街に居るのは私と警官だけ。
「な、なんだこれ……何をした……?」
落ち着きと余裕を失っている。まぁ無理もないだろう。
「あなたと私だけを閉じ込める世界を創り出しました。私が壊すか、どちらかが戦意を失うまで出られません」
やったのは自分だが、解釈が正しいだろうか。まぁ私と警官しかいないし、そういうことだろう。警官は何度か腕を伸ばしていた。何をしているのだろう。
「なんで能力が使えないんだよ!」
なるほど、この世界なら能力は使用できないようだ。近接戦をしようと近づいてくる。それに対し、私は真正面から対抗するなんてことはしない。私が戦いたくない理由。それは私のせいで誰かが傷つくことが嫌いだったから。私が誰かを傷つけたという罪を背負うのが嫌だったから。でも、今の私にはそんなことどうでも良かった。
「あなたは許さない。私の大切な人を傷つけた。報いを受けてください」
自分の中で、超力が膨れ上がっているのを感じた。頭に、ふと思い浮かんだ言葉を口にする。
「飲み込まれよ……『百鬼夜行』」
その言葉をきっかけにしたように、大量の鬼や妖怪が表れた……私が造ったのだろうが。その夜行は警官を飲み込んだ。街が、ゆっくりと崩れ行く。警官に戦意が無くなったようだ。私の勝ち。自分の力でもぎ取った、初めての勝ちだ。
「様子を見に来れば……とんでもないこと見ちゃったかもしれないね」
一命先生の声だ。背中には智君を背負い、その腕にはボロボロの警官が掴まれている。
「智君は治しておいたよ。今は眠っているよ。それよりもだ。桧並ちゃん、戦えてるじゃないか」
先生が意外そうにそう言った。
「……私があの時引き金を引くことができなかったのは、誰かを傷つけた罪を背負おう覚悟が無かったからです。今の私にも、その覚悟があるとは言えません。でも、智君のためなら背負える気がしました。だから今回は戦えたんです」
それを聞いて、先生はそれでいいさと笑った。
「好きな人のためなら何でもできる。愛の力だねぇ……それは危険でもあるけれど、大きな力をくれるものだよ。何よりも大切にしたほうがいい。この警官は私が責任もって後処理する。家知ってるでしょ。智君連れて帰ってあげな。念のため月曜日に保健室に連れて来てほしい。お疲れ様。古原桧並ちゃん」
そう言うと、先生は空間を繋ぎ合わせ、どこかへいってしまった。私は智君を背負い、家へ歩き出した。
「智君、私、君のためなら戦えるからね」
返事のない、私からの言葉は夜の闇に呑まれ、消えていった。
和水ゆわらですよー。こんにゅわら~
愚者名乗る勇者、第七話投稿完了です。書きたいことは特にないです。なのでちょこちょこっと設定を開示しましょうね。
第一回は加苅紅破の能力について。彼の能力名は「終炎」(エスカフレア)。炎を操る能力。ランクはA+です。操れる炎の強さに上限はありません。ですが彼がまだ未熟なこともあり、出せる炎の限界は白炎 約6500℃となっていますし、それを一か所にとどめられません。それと超力の消費がかなり激しいです。一番戦闘描写で扱いに困りそうな能力です。紅破君の戦闘メインでも話作りたいところですね。和水ゆわらでした。