第六話 She is not weak, the true meaning of my power
「私、役に立てたよね……」
そう言って、桧並は目を閉じた。どうやら限界みたいだ。
「当たり前だ」
俺は彼女の言葉を肯定した。実際、彼女がいなければ俺たちの旗は取られていただろう。桧並は自分のことを弱い、なんて言っていた。元々争うことが苦手で、人を傷つけることを嫌う桧並。そんな彼女が限界まで戦たのだ。あそこまでボロボロになりながら。それを弱いとは俺は思えなかった。まず間違いなく、夢をあきらめた今の俺よりは強いだろう。
「お話は終わったかな。僕さっさと戦いたいんだよ。その子弱すぎて張り合い無かったからさ、君あの中だと多分眼鏡の先生の次に強いよね。楽しみだな」
黒ローブの言葉が、俺の逆鱗に触れた。俺は初めて、人を本気で叩き潰したくなった。
「取り消せ、桧並は弱くない」
「弱いよ、だって僕に一撃もまともな攻撃入れられてないんだもん」
なるほど、どうやらこいつは戦闘の強さが絶対的な強さらしい。話が合わないな。とりあえず桧並を巻き込まないよう、部屋の隅に連れていく。どうやら律儀に待ってくれるみたいだ。
「さて、始めようか。僕を楽しませてよ」
その言葉をきっかけに、俺たちは戦い始めた。相手の能力を見極めるために、強化の割合は足に全力。超力の強化もあわせて、攻撃を躱すだけなら容易い。まずは相手の能力を知ってから。じゃないと不用意に攻められない。でも黒ローブはお構いなしに攻めてくる。どうやら相当自信があるみたいだ。
「おいおい、アンタも逃げるだけかよ」
さっきから手のひらをこちらに向けての攻撃が多い。となるとそこに触れることが発動条件だろうか。なるべく触れないように反撃を試みる。躱した瞬間に、限界まで強化した蹴りを加える。それに合わせて黒ローブも体勢を変え、蹴りを合わせてきた。威力はこちらが上。大きく黒ローブが吹き飛んだ。なのだが、俺のズボンの、ちょうどあいつの足が触れた部分に穴が開き、周りに綿のようなものが付着している。
「どう、引っかかった? 手のひらじゃなくても能力発動できるんだよ」
確かに良いはったりだった。確証は持てないが、相手の能力はおそらく、対象を成分まで分解するといった感じだろうか。そう考えると、さっき桧並の手が水浸しになっていたのも説明がつく。確か皮膚の成分は半分くらい水だったはずだ。
「となると、長く戦うほうが面倒だな」
長く戦えば戦うほど、彼の攻撃がこちらに当たる機会も増えるわけだ。必然的に、こちらがダメージを受ける可能性も増える。ならば速戦即決のほうが良いだろう。眼鏡を外し、ポケットに入れる。
「それが君の本気か。いいねぇ、強いねぇ」
そう言って、彼は真正面から突っ込んできた。おそらくさっきまでよりも速いだろう。でも今の俺にはすごくゆっくりに感じた。回復の力を籠め、彼の突撃にカウンターを合わせる。危険を察知したのか、彼は途中で身を捻り、躱そうとした。
「遅い」
躱そうとした方向に追いかけ、彼の右腕に拳を命中させた。九頭龍君のあの時と同じように、当てた右腕ははじけ飛ぶはずだった。でも今回は、彼の右腕は縮んでしまった。まるで生まれて少ししかたっていない、小さな赤ん坊のような腕に。
「お前……何しやがる!」
急に腕の形を変えられ、ご乱心のようだ。まぁ俺もその状況なら怒るだろうけれど。怒りからだろうか、さっきまで反応できていた俺の反撃も彼は反応できなくなっていた。彼の攻撃は俺に当たらず、俺の攻撃は彼に当たっていた。だんだん、二人の余力に差が生まれてきた。
「なんだってんだよ、その能力! 俺の体で勝手に遊ぶなよ!」
彼の言葉には落ち着きなど微塵も存在していなかった。俺も分からない。自分の能力の解釈が間違っているのは確かだった。回復ならば縮んでしまうようなこともきっと無いだろうから。でも、過回復によるダメージも先ほどの攻防で起こっていた。落ち着いて理解したかったが、そんな余裕はないみたいだ。彼は桧並のもとへ走った。そのまま彼女を、指の欠けた左腕で抱えた。ちょうど強盗犯が人質を取ったときのように。
「やめてっ……離してっ」
不意に抱きかかえられた桧並が目を覚まし、抵抗しようと暴れそうになった。そんな桧並に、彼は能力を少し発揮した。桧並の頬が爛れ、緩やかに溶け始める
「動くなよ。そのまま旗を取ってこい、そしたら能力止めてやる」
この瞬間、黒ローブは俺にとっての地雷を踏みぬいた。
「桧並、絶対に動くなよ」
そう言うと、桧並は目を瞑ったまま、動かなくなった。俺は身体強化を右腕にだけ集める。超力で強化した右腕を、構える。
「だから動くなって言ってるだろ!」
彼が声を荒げた。その瞬間、俺は構えた右腕を、まっすぐ目の前の空間に突き出した。それとほぼ同時に、殴られたような鈍い音がして、黒ローブは崩れ落ち、動かなくなった。彼の腕から桧並を取り返し、治療する。桧並の顔は元通りに治った。まるで能力を受ける前の時に戻したみたいに。ますます俺の回復能力が分からなくなった。
「ありがとう」
桧並がそう言った。その笑顔を見ると、なんだか俺も力が抜けてしまった。眼鏡を掛けなおし、へなへなと、その場に座り込む。俺の隣に、桧並も座った。
「最後のすごかったけど……なにしたの?」
桧並がそう聞いてきた。
「あぁ……自分でもなにしたかよくわかってないんだけどさ。自分のできる極限まで自己強化して、空間を殴った。その衝撃を空間を伝ってぶつけた感じ。ちゃんと説明できてるか分かんない」
桧並はきょとんとしていた。まぁ分かりにくいよなと思う。眼鏡を外し、もう一度だけ撃って見せた。拳の延長線上にあった壁が大きくへこんだ。
「うーん……射程が伸びた普通の殴りって感じ?」
桧並が出した結論はこうだ。
「大体あってるよ。それよりも、この技撃つの疲れる」
たった二発しか撃っていないが、腕が悲鳴を上げていた。
「桧並、お疲れ様。戦うの慣れれないのに、よく頑張ったな」
桧並の前に座り、頭を撫でた。桧並は何も言わず、黙って、気持ちよさそうにしていた。
「ありがとう、嬉しいよ……私ね、最初はうまく戦えてたの。もう一息で勝てるところまでいけたの。あの人を拘束して、銃口突き付けて。撃てば勝てたの。でも、引き金は引けなかった。指が震えて、撃てなかったの。私ってだめだな……」
そう言った彼女の言葉を、俺は真正面から否定した。
「だめじゃないよ。桧並はだめじゃない。桧並が撃てなかったのは、桧並が優しいからだよ。人を撃つことが怖いのは、多分一般的な感性だと思うよ。桧並は自分の戦いを全うした。それだけで十分だよ」
桧並はダメなんかじゃない。優しすぎるだけだ。だから大丈夫。そう彼女に言い聞かせた。少し暗かった彼女の顔に、明るさが戻った。
今から九頭龍君や紅破の手助けに行こうかと思ったが、彼らなら大丈夫だろうと思い、俺たちは旗の前の大部屋から動かず、じっとしていた。暫く待っていると、部屋の壁にひびが入り、崩れ始めた。俺たちの体は淡い光に包まれた。気が付くと、元の道場に俺たちは座っていた。
「私たちの勝ちだよ。今後一切、うちに関わらないでもらえるかな」
一命先生がそう言った。ヤクザたちは大人しく引き下がることは無く、ドスを構えた……が、一命先生になすすべなく蹂躙され、すごすごと逃げていった。
「みんなお疲れ様だよ。今日のところは帰ってゆっくり休むといい」
そう言われ、俺たちは帰るつもりだったのだが、一命先生に聞きたいことがあったので、俺は残ることにした。紅破はさっさと帰ってしまったが、桧並は待ってくれていた。
「聞きたいことがあるってどうしたんだい、智君。言っておくけど、君は超力の使い方と格闘センスに関しては教えること無いレベルで才能あるからね」
それは嬉しいことだが、俺が聞きたいのはそうではない。
「俺の回復能力についてなんです。俺、今日、あの黒ローブの人と戦いました。その時に、過回復で攻撃しようとしたんです。そしたら回復じゃなくて、変形しちゃったんです……赤ちゃんみたいな腕になっちゃって。でもその後回復しようとしたら普通に回復したんです。俺、自分の能力が分からなくて、怖いです」
今の俺の本音だ。過去に戻った理由は分からない。でも戻ったからには、桧並を守りたい。でもこの能力が分からないままだと、桧並を傷つけるかもしれない。それが怖かった。
「少し戦ってみようか。一対一で。全力できてほしい。君も何かつかめるかもしれないし、戦う相手の私も、攻撃を受けることで何かわかるかもしれない。一応君の能力が届くように、距離を作るのはやめておこう。それでどうだい」
ありがたい提案だ。でも桧並を待たせているし、どうしようか。桧並のほうをちらりと見た。彼女は構わないよ、というように笑った。こうして俺は学校最強の能力者と一対一で戦うことになった。
まぁ分かってはいたことではあったが、一命先生は強かった。格闘術にセンスがあるだとか、超力の使い方が上手いとか褒めてくれていたが、全く歯が立たない。眼鏡を外して、全身を強化と、超力での強化。俺の限界まで強化した状態なのに、それでやっと互角だ。彼女は超力での強化しかしていないはずなのに。というか、互角なのかも怪しい。先生は本気を出しているように感じなかった。それに、能力を込めて攻撃を加えても、何も起きていない。正確には、起きているのだが、すぐに治されていた。五分ほど攻防を繰り返していただろうか。俺の体に限界が来た。全身が熱い、動けない。紅破と戦った後と同じ感覚だ。
「こらこら、無茶はしちゃいけないだろう。少し私の超力を分けるよ」
倒れた俺の肩に先生が腕を置いた。何かが流れ込んでくる。少しずつ、体の火照りが治まってきた。
「そのままの楽な体勢でいいよ。少し分かったことがある。まず君は、B+なんかに収まっていい能力はしていない。君の能力は、神の領域に近い。端的に言えば、対象の時を操る能力だ。治療は時を戻している。逆に崩壊は時を加速させている。黒ローブの腕が赤ちゃんのようになったのは時を戻しまくったからだろう。ただし、君にはまだ扱いきれていない……というよりも、使いこなすのは恐ろしく難しい能力だろう。現に今の君は、使いこなせず、時の加速と後退がランダムで起きているよ」
対象の時間を操る。とんでもない危険を孕む力だ。そのくせに扱うのが難しい……
「完全に使えるようになるのは難しいだろう。でも使いこなせなければ自分の救いたい人を、自分の手で殺めてしまうかもしれない。力に溺れれば大切なものを失う。愚者とは我ながらよく言ったものだよ。愚者のタロットカードの絵は、自らの力を過信しすぎて、崖から落ちそうになる愚か者を描いているという説もある。智君はそうならないことを祈るよ」
一命先生はそう言った。愚者になるか、ならないかは俺次第というわけだ。上等だ。桧並を守るために、使いこなしてみせる。俺は俺の心にそう誓った。
和水ゆわら参上です。モチベがうなぎ上りです。結局こっちを書き上げてしまいました。
愚者名乗る勇者 第六話。後書きがね、思いつかないんですよ。だからですね、次からは特別書きたいことが無ければ補足説明を書こうと思います。例として紅破君の能力の設定とか、いろいろな裏設定を。それでは、和水ゆわらでした。