第四話 The power to become stronger ...
昨日、智君は眠れただろうか。学校から帰ってくるときの電車に乗っている時から、考え事をしているようだったし。智君は考え事をしていると分かりやすい。話をうわの空でしか聞かなくなるし、難しそうな顔をしている。時計を見てみると、五時五十分。そろそろ起こしに行ってみることにした。彼の部屋のドアをノックする。いつもと違って、返事があった。
「おはよう、桧並。すぐ行くから先にご飯食べててよ」
やっぱりあまり眠れなかったんだなと思った。彼は基本起こすまで起きないから。少し心配だったが、先に食べて待っておくことにした。少しして、智君はリビングに来た。目元にはうっすらではあるが隈ができている。
「大丈夫? 何か悩んでたりするなら教えてね。私でよければ相談相手になるからさ」
私にはそう言うしかなかった。
「大丈夫だよ……心配かけちゃうようなことしてたかな。ごめんな」
少しいつもより大人しい智君。その答えは逆に心配になる……なるけれど、智君が大丈夫と言うんだ。下手に心配するのは野暮だろう。これ以上は何も言わないことにした。朝ご飯を食べ終わったとき、ちょうど玄関のチャイムが鳴った。時刻は六時十五分。紅破君が迎えに来たとすれば早すぎるだろう。智君が玄関へ向かった。
「桧並、九頭龍君が来たから、ちょっと散歩ついでに話してくる」
少しして、そういう声が聞こえた。九頭龍君も家が近いのかな。
「行ってらっしゃい。ちゃんと駅に行く時間には帰ってきてよ」
彼をそう言って見送った。本当は一緒に行きたかったが。
俺は、平日の早朝から、同級生の男子となぜか町中を散歩していた。
「とりあえず聞こうか。なんでお前がここにいるわけ?」
気になって仕方が無かった。紅破は家が近くにあるという話は昨日実は教えてもらっていたが、九頭龍君がそうだとは聞いていない。
「俺はちょっと運送のバイトしててな。紅破に昨日聞いたら家がこの辺って聞いたからな、ちょっと頼みたいことがあって……」
頼みたいこと、なんだろうか。とりあえず聞くことにした。
「俺の家、格闘術の道場やってるんだけどな、少し貧乏なんだよ。生徒が少なくてな……それで、お前に頼みたいことってのはな……」
そう言ったあと、彼は口籠った。なるほどな。彼の頼みは、道場に入ってみてくれないか、ということだろう。あとは桧並と紅破にも聞いてみてほしいといった感じだろう。まぁ、俺は構わない。むしろ俺にとっては純粋に戦闘力を上げることができると考えると、願ったり叶ったり、というやつなのだが……
「月謝はいくら? 俺はそれ次第。あいつらには聞いてみないと分からない」
その回答を聞き、九頭龍君が少し笑った。
「月謝はいらないよ。うちの道場、ちょっと特殊でさ、門下生の数によって毎月お金が入ってくるんだよ。だから在籍してくれるだけでもありがたい」
そんな仕組みだったんだと思った。月謝はいらないなら、入っても構わない。桧並と紅破には聞いておく、昼休みに伝えると九頭龍君に言って、俺たちは別れた。
「ただいま」
家に帰ってくると、桧並がすぐに出迎えてきた。
「お帰り。そろそろ学校行こっか」
時計を見ると、もうすぐで七時だ。そうだなと思い、部屋から鞄を取ってきた。それから、二人でのんびり駅まで歩く。今日は夢露さんはお店の前に立っていた。
「今日も元気だな、お前たち。学校楽しんでこい!」
夢露さんに行ってきますと返し、俺たちは駅に着いた。紅破もちょうどたどり着いたみたい。
「おはよう、紅破君」
「おはよう、智、桧並さん」
俺たち三人はやってきた電車に乗り込んだ。相変わらず早い時間なので空いている車両に。そして暇なので、九頭龍君の言っていたことを二人に聞いてみた。二人の反応はこんな感じ。
「俺は賛成。強くなりたい。やっぱり男としては、最強が良いじゃん」
「私も賛成。だってさ、行かなかったら私一人になっちゃうし、私は戦いとか経験してないから、少しはできるようになりたい」
紅破の答えは予測できた。ただ桧並の答えは予想外なものだった。
「桧並がそういうとは思わなかった……まぁ、二人とも了承ってことでいいんだね」
とりあえず朗報だ。昼休みに伝えなければなと思った。たたたん、たたたんと、規則正しいリズムで車両が揺れる。隣に座る桧並に頭を預け、俺は眠ってしまった。
私の肩に頭を乗せ、智君はすっかり眠りこけていた。朝あんなに眠そうにしていたし、仕方ない。そう思ったので、私は彼を起こさないことにした。
「桧並さん、智のこと好きなんですよね」
隣に座る紅破君がそんなことを言った。私は思わず飲んでいた缶コーヒーを吐き出すところだった。
「何を急に……まぁ私は智君のこと、大好きだよ。可愛い顔してるのに、いちいち言うことかっこよくてさ、私に対してすごく優しくて。最近はなんだか大人びて来てるように感じるし」
その回答を聞いた紅破君は目をキラキラさせていた。
「いいと思います。最初から俺が入る余地なんて無かったんですね……俺、二人のこと大好きです。応援します」
あの日の印象最悪だった紅破君はどこに居るのか。今私の隣にいるのは、ただの良い子だった。
「そろそろ着きますね。起こしてあげましょうか」
紅破君がそう言ったので、私は智君に声をかけた。目を覚ましたが、まだ寝ぼけてるみたい。そんな彼の手を引き、私たちは学校へ向かった。
朝のホームルームがあっている間も、一番後ろの席なのを良いことに智君は眠っていた。先生はそれに気付ず、今日の予定を話し続けた。後で伝えておこうと思った。今日は一日そのままの感じだった。授業中も、はじめは起きていたが、ふと見ると寝ていないふりをしながら、すやすやと寝息を立てていた。四限終了のチャイムが鳴った。それを合図にしたように。顔を伏せていた智君が顔を上げた。
「智君、起きた? お弁当食べに行くよ。今日は午後からなんかあるみたいだし、それの話も教えてあげる」
「あぁ……ごめん、ちょっと昨日眠れてなくてさ。ありがとう」
そう言うと、智君は立ち上がり、私と一緒に、屋上にやってきた。そこには紅破君と九頭龍君も居た。
「悪い、待たせた?」
午前中たっぷり寝て、復活したみたい。智君が元気にそう言った。待ってないよ、と二人共返してくれた。四人で並んで、それぞれのお弁当を口に運ぶ。その間に、朝言っていた話を智君が始めた。
「九頭龍君、ちょっと意外かもしれないけどさ、三人とも了承で良いよ」
そう聞いた九頭龍君は、確かに意外そうな顔をしていた。
「本当か。俺としてはすごくありがたいが……」
九頭龍君は涙もろいみたい。少し涙が滲んでいた。そんな会話が落ち着いたのを見て、私は智君に言わなければいけないことを思い出した。
「智君、今日ね、午後から好きな先生選んで、能力を鍛えてもらうの」
きょとんとしていた。何を言っているの? という顔ではなく、本当にそんなことできるの? といった感じの顔をしていた。
「心配しなくていいぞ。うちの学校の先生たちは、能力者ランクA以上じゃないとなれないらしいぞ」
そう紅破君が補足してくれた。それを聞いて安心した顔をした智君は、少し考え込んだ。そして結論は。
「俺がちゃんと話したことがある先生一命先生しか居ないな。一命先生でいいかな」
私たちと全く同じ結論だった。少し笑ってしまった。
「私たちも一命先生にしよっかって話をしてたの。あの先生が一番話しやすいよねって」
まさか全員一緒の結論になるとは思っていなかった。昼休みも終わりに近づいて来たし、私たちはこのまま保健室に向かうことにした。
保健室の扉をノックする。
「一命先生、今日の指導お願いしたいんですけど、入っても良いでしょうか」
部屋からは反応がない。大丈夫だろうか。私たちは保健室に勝手に入ることにした。扉を開けると、白髪の女性が、眼鏡を外して、プリントを右手に持ったまま眠っていた。
「……寝てるね」
「「「そうだな」」」
私の言葉に対し、三人がシンクロした。それに反応して、先生が目を覚ました。
「ん……おやおや仲良し三人組に昇じゃない。この私になんのようだい。まさか午後の授業は私がいいとでも言うつもりかな?」
私たちはそろって首を縦に振った。それを見た一命先生はとっても嫌そうな顔をした。
「もしかしてあまりよくなかったですかね」
そう智君が言った。それを聞いた一命先生はけらけらと、まるで子供のように笑った。
「そんなことないよ。むしろ私を選ぶとはお目が高いよ。だって、私はこの学校……それどころかこの世界に六人しかいない、能力者ランクSSなのだよ」
胸を張って、そう高々に宣言する。私たちの反応は……微妙だった。
「あれぇ……あんまり反応無いな。もしかして知ってたかい」
「知ってる」
「知らなかったですけど、驚きのあまりあんまり反応できなかったです」
前の返事は九頭龍君、後の返事は智君だった。一命先生は九頭龍君のこと下の名前で呼んでいるし、なにか関係があるのだろうか。
「そうかそうか、まぁ信じてないならそれでも構わないよ? 私は強いからね」
そう言うと、一命先生は指を鳴らした。私たちは、見覚えのない、板張りの和室に居た。
「先生、勝手にうちの道場に飛ばさないでくれます?」
「いいじゃないか、ここの道場を仕切っているのは実質私だろう」
九頭龍君と一命先生の会話がそんな会話をしている。どういうことだろうか。
「分かんないよな、説明する。俺と一命先生は、従姉弟なんだよ。元々両親が師範代やってたんだけど、訳あって今は両親いないのよ。だからその代わりに強いから一命先生が道場仕切ってるってわけ。一命先生、この三人、今日から門下生だから、そこのところよろしく」
説明の最後のほうを聞いて、一命先生は目を輝かせた。
「ありがとう! 三人ともばちばち鍛えてあげるわよ。まかせなさい!」
どうやら生徒が少ないというのは本当みたい。一命先生はとってもやる気みたいだ。私たちは、SSランク能力の指導を味わうことになった。
「じゃあ今からみんなにやってもらいたいことがあるの。座禅ってわかるかしら」
座禅……確か仏教の修行だったはず。姿勢を正して自分と向き合う、そんな感じの目的だったはずだ。
「うちの指導では一番最初に超力の使い方を学んでもらうわ。学校では超力は能力の源として教えられているだろうけど、実際は違うのよ。確かに超力というのは、能力発動の際に消費されるわ。でもそれ以前に、全身を流れるアーマーだと思うと良いわ。つまり正しい使い方を知れば、誰でも身体能力を大きく上げられるのよ」
それを聞いた智君は不満そうな顔をしていた。
「誰でもできるんですよね……じゃあ俺の身体強化能力、弱く無いですか」
確かに、彼の能力と丸被りだ。でも一命先生はそんなことないぞ、と否定した。
「見ててごらんよ、智君」
そう言うと、一命先生は身の丈ほどある大きな水晶玉をどこからか取り出した。そしておもむろに水晶を拳の裏で殴った。すると水晶に、40という数字が表れた。
「これが何も強化していない状態の威力を数値化したものだよ。これを強化するとこうなる」
もう一度、さっきと同じように水晶を殴打する。そこには240という数字が。六倍だ。
「こんな風に強化される。これは全然本気じゃないから、本気でやると上がり幅は三桁を優に越えるよ。ただ、智君の強化はおそらく倍率がもっと狂っている。もっとも、私の勘だがね」
勘、でもSSランク故だろうか。なんだか説得力のある言葉になるほど、と智君と、隣に座る紅破君がうなずく。さらっと流されたが、私は一命先生の細い腕から、高校生の十倍以上の衝撃が出ていることに一番驚いていた。
「つまりこいつは超力の強化も合わされば身体能力が化け物になるって認識で良いんですね」
紅破君がそう言った。それを聞いた一命先生は大きくうなずいた。
「そんな理解で良いとも。さぁ、やってみようか。何となくでいいから、座禅組んで、集中して」
私たちは言われた通り、何となくで座り、静かに、自分と向き合った。なんだか体の奥底から、燃えるような何かを感じた。全身に広がり、なんだかむずむずする。二人もそんな感じだろうか。
「そのまま。その全身に広がっていく感じを保って。それを継続するだけよ」
簡単そうに言うが、結構難しい。広がっていく途中で消えてしまう。そばで立ち上がる音がした。もうできてしまったのだろうか。少し焦る。焦ると余計できなくなってしまう。不意に後ろから、誰かが肩に触れた。
「落ち着いて、桧並ならできるはず。落ち着いて」
優しい智君の声。不思議とできそうな気がした。ゆっくりと、全身に広げる。つま先で、何かがつながった気がした。私は力が抜け、その場に倒れこむ。その体を智君が支えてくれた。なんだか視界が明瞭に見る。私の体や、それを支える智君の腕に、薄い膜が張っているように見える。
「視界が変わったかな。これが超力を使えてる証拠だよ。」
試してみようか、と私たちは順番に水晶で各々の強さを知った。私は30、紅破君が72、智君はなんと100を越えていた。
「うんうん、やっぱり智君は身体能力関係のセンスがあるね。紅破君は高水準。桧並ちゃんも十倍だから十分才能あるよ。この二人がおかしいと思いなよ」
そう言って先生は笑った。でも私は嫌だった。智君が強いのは嬉しい。けれども、私との差がありすぎて、初めて彼がひどく遠い存在に感じた……
どうも、流行に乗り遅れていたので最近強くなれる理由を知って映画も見た和水ゆわらです。
第四話、投稿完了です。この話から、もう一人の主人公となる、古原桧並ちゃん視点でも話が進んでいきます。できるだけ視点は分かりやすく、そして読んでいて楽しくをモットーに続けていきますので、生暖かい目で見守ってください。和水ゆわらでした。