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第二十二話 Countdown to the end of the war. what we can do

 今の俺は、怒っていた。自分が思っているよりも、ずうっと激しく怒っていた。その怒りの矛先は、八波怜悧。こいつの思考を、挙動を、全てを俺が拒絶していた。俺はこいつが、嫌いだ。その感情を乗せて、俺は怜悧を思い切り殴り飛ばしていた。


「ふざけている? まさか。俺は至って大真面目だ。妹は兄の為に尽くすのが当然、それが出来なければ罰を受ける。何がふざけていると言うのかな?」


 そう言うこいつの顔は、本当になぜなのかは分かっていないようだ。


「その考えがふざけているって言ってんだ。妹は兄の道具なんかじゃ無い。自由に生きるべき。そして妹の失敗は笑って許してやるのが兄ってものだろうが!」


 俺の口からは、自然と言葉が爆発していた。俺にとって、怜悧のこの考えは許せないものだったから。超力を限界まで解放する。感覚が、いつもと違う。少しだけ苦しい。俺の視界にいつも映る、黒い眼鏡が光の粒になり、俺の体に纏われる。


「その大層な姿は一体何かな。俺と並ぶつもりか?」


 怜悧が嘲笑うように言った。俺の纏う心装(アルマ)は、また姿が変わっていた。さっきまでの白い忍び装束では無く、白色のブレザーを基調としたものになっていた。背中には純白の翼が二対。自分の意思のままに動かすことができた。そして右手には、短めの刀ではなく、長く大きな鎌が握られていた。


「なんでまた変わってるのかは知らないけど、偉そうなお前を叩き潰す覚悟の現れってことにする」


 そう吐き捨て、俺は怜悧の懐に飛び込んだ。怜悧が身を守るよりも速く、拳を真っ直ぐに振り上げる。彼の体が軽く浮く。そこにそのまま全力のラッシュを叩き込む。限界まで高速化した攻撃は音速を超えていた。一発殴るたび、衝撃波が広がる。受け止めきれず、怜悧の体が錐揉み回転しながら吹き飛んだ。激しい勢いで近くのビルに激突し、土煙が巻き上がる。大鎌を手に取り、そのままビルの中へ飛び込む。巻き上がった土煙の中心辺りに狙いを定め、切り払う。途中で、何かにぶつかって大鎌が止まった。


「少しだけ褒めてあげようか。まさかあそこまで速いとは思わなかったよ」


 土煙が晴れ、怜悧が立っていた。大鎌は怜悧に届いておらず、怜悧の伸ばした手のひらの少し手前で、何かに阻まれるように止まっていた。これ以上押し込むことができない。


「本当に君は面白い。俺の想像とは全く違う行動をしてくれる。さっきだって、その鎌なら近接戦はしないと思ったのだけどね」


 そう言いながら、彼の伸ばした腕に超力が集まっていた。


「放閃曄」


 激しい爆発が起き、俺は吹き飛ばされる。視界が瞬き、はっきりとしない。その隙を怜悧が逃すはずが無かった。朦朧とした視界に映ったのは、こちらに先端を向けて浮かぶ、無数のナイフ。その全てが、俺に向かって打ち込まれようとしていた。大鎌を振り払い、いくつかを落としたが、数が多すぎて余り効果はなかったみたいだ。全身を燃えるような痛みが襲った。鋭いナイフに全身を貫かれ、俺の体は倒れた。


「やはり君の強さは、あの能力ありきだったというわけだ。あの能力が無ければ君は所詮この程度。私に歯向かうなんて、愚かなことだと思わないかい?」


 怜悧の足音が、少しずつ近づいてくる。このままやられる訳にはいかない。激痛を何とかこらえながら、立ち上がる。


「まだ立ち上がるのかい? 無駄だと分からないのかな」


 完全に、見下した発言。無駄、無駄……


「無駄でも立たなきゃいけないんだよ。約束しちゃったからな」


 怜悧が、こちらへ向かって手を伸ばす。いくらこの体でも、避けられるはずの速度だったのに全く動くことができなかった。彼の手のひらが、俺に触れた。

 俺の視界は一瞬真っ黒になった。それが戻って来た時、映っていたのは無数のナイフが先端をこちらに向けて浮かんでいるさま。さっき見たままの景色がそこに映っていた。大鎌を振り払い、今度は完璧に落とそうとする……が、体がうまく動かない。結局落とすことができたのは少しだけ。俺の体は、また沢山のナイフに貫かれた。今の俺は、時間をループさせられている。元々使っていたから良く分かった。俺は、諦めかけていた。俺は元々この技を使っていた……この技に、自力でループから脱出する術がないのを知っていたから。桧並との約束よりも、今の状況への絶望の方が大きかった。


 今私は、怯えていた。智君が飛ばし、距離が取られたはずの怜悧の超力が、離れているのに異常に大きく、怖かった。


「桧並様、大丈夫ですか」


 彰久さんがそう私に聞いてきた。


「……大丈夫です」


 震える体を何とか抑え、私の腕の中でぐったりとした瑞花ちゃんを治すことにする。彼女を一旦横たわらせ、傷口にそっと手を触れる。傷口を補う組織を私の能力で創造する(つくる)。彼女の傷口が塞がると同時に、荒かった彼女の呼吸が落ち着いてくる。私も、さっきの体の震えが少しだけ落ち着いていた。


「お兄ちゃん……大丈夫かな……」


 萌心ちゃんが心配そうに言う。私も、彼のことがとても心配だ。


「手助けにいきたいところなのですが、どうも無理そうですね」


 そう言った彰久さんの視線の先に、怜悧が居た。


「噓……智君は……」


 怯える私のすぐ目の前に怜悧が立つ。彼の腕が、私の頭に触れる。私の中から、何かが失われていく感覚……能力が、奪われた。彰久さんが私と怜悧の間に割り込み、切り払う。怜悧が飛び退く。


「違います、桧並さん。似ているけれど、あれは怜悧さんじゃないです」


 能力で赤い瞳を輝かせて、萌心ちゃんがそう言った。彼女の第六感(ウシオディス)が少し変わったのは、カフェで聞いた。なんでも全てを見通す能力に進化したらしい。そんな彼女の言うことだ。信用しない理由が無かった。確かに、少しだけ怜悧の超力に違和感がある気がする。少しだけ体が重い。でもこの程度で戦わない訳にはいかない。


「そんなすぐに見抜けるのか。君たち兄妹の第六感(ウシオディス)は本当に興味深い。君の能力も貰うとしようか」


 萌心ちゃんに向かって怜悧が踏み込み、触れようとする。私と彰久さんの二人の獲物が怜悧の腕を止めた。瞬く間に、萌心ちゃんの姿が消える。怜悧の背後から強烈な蹴り。そのままの流れで、連撃を繋げていく。あの兄にして、この妹ありといったところだろうか。怜悧に反撃の隙を与えずに、一方的に攻撃していく。怜悧が触れようと伸ばした腕を躱し、その勢いを生かして投げ飛ばした。


「怜悧さん、貴方の能力って本当は余り強くないですよね」


 萌心ちゃんの口から、そんな言葉が飛び出した。


「貴方がさっき伸ばした腕に、第六感を奪うといったものは見えませんでした。代わりに見えたのは、封印能力、洗脳能力、複製能力の三つ。分身だから使えない、とかかもしれませんけど、実は他人の能力など奪うことができないのでは?」


 怜悧からの返答は無い。肯定ということだろうか。


「能力を奪うと思われていたものの仕組みは、怜悧さんが対象に触れることをトリガーに、相手の能力を複製する。そしてその能力を持ち主が使えないように封印、奪われたと洗脳する。これが能力強奪の仕組みです。そして……」


 萌子ちゃんが私に触れる。能力が戻ってきたような感覚。


「この封印はすごく簡単に解くことができる」


 瞬く間に、怜悧が詰め寄ってくる。萌子ちゃんに対して攻撃を加えようとしたところを、私の能力で妨害する。地面から岩の槍を創造し、怜悧を弾き飛ばす。確かに、能力が使える。彼女の言う通り、怜悧の能力は余り強いものではないのかもしれない。


「桧並さん、私と彰久が怜悧さんの相手をします。そのうちに、お兄ちゃんをお願いします」

「私よりも、彰久さんが行く方がいいんじゃないかな。彰久さんの方が強いし、こっちの怜悧なら、多分私でも相手できるし……」

 

 それを聞いて、萌子ちゃんは首を振った。


「私や彰久が行っちゃだめ。桧並さんが行かなきゃ、お兄ちゃんが助かる未来が見えないの」


 彼女のこの言葉は、強い。本当にそれが見えるから。


「分かった。ちゃんと助けてくる」


 萌心ちゃんに背を向け、私は走り出した。智君と怜悧の向かった所へ。激しい光が私の向かう先で瞬いた。嫌な予感がして、私は足を早めた。辿り着いたのは、大きな穴の空いたビル。その中から、確かに智君と怜悧の超力を感じた。中に入らなければいけないのに、足が竦む。智君の超力はとても小さくなっていて、逆に怜悧の超力は規格外に大きくなっていた。怖い。


「智君ならきっと、怖くても行くんだよ」


 自分にそう言い聞かせる。何度も、落ち着くまで。怜悧の強さは恐ろしい。でもそれよりも怖いことがあるのだから。私はビルの中へと足を踏み入れた。外とは明らかに空気が違う。怜悧の超力に満ちていて、それに抑えられて体が重たく感じる。智君は、少し遠くに倒れていた。


「君も来たのか」


 全身を氷漬けにされたような悪寒が私の体を駆け巡った。目の前には怜悧が立っていた。ただそれだけなのに、私の本能が、細胞が恐怖を感じていた。


「……あ……あぅ……」


 言葉が出てこない。体が、神経が通っていないかのように全く動かない。自身の一挙手一投足、その全てが死につながりそうで、無意識のうちに動かないようになっていた。


「君は……期待外れだな。彼のように俺に歯向かおうとする意志さえ感じられない」


 その言葉は私にとって理解できないことだった。歯向かおうとする意志? そんなもの、持てるはずないじゃないか。怜悧だって所詮は人間だと思っていた。そんな大した差は無いだろうと。智君と一緒に戦えば勝てるだろうと、甘く見ていた。


「まあ、せめて最後くらいは一緒にしてあげようか」


 全身に、殴打された感覚が走る。百分の一秒のズレもなく、同時に。やったことは、智君の能力を使って、止めた時の中で私に攻撃しただけ。分かっている。でもそれはあまりにも無慈悲に、簡単に、私と彼との圧倒的な差を見せつけて。


「……無理だよ」


 私の怯え切った心を折ることなど、容易なことだった。私の体はもう言うことなど聞かずに、無抵抗に吹き飛ばされた。ゴロゴロと転がって、止まった。目の前に、智君の顔があった。智君のすぐそばまで飛ばされたということか。変に曲がった右腕で、彼の頬にそっと触れた。瞳は虚ろで、何かに囚われているようで。何かができるとは思えなかった。でも、それでも、弱くて、無責任で、何もできない私は彼に頼るしかできなかった。


「智君……助けてよ……」


 彼に向かってそう呟くしかできなかった。呟いたのを最後に、私の意識は溶けるように遠のいていった。

 その意識が戻ってきたのは、同じビルの中で、でもさっきまでとは違う空間。怜悧は居ない。さっきまではほぼ感じられないほどに小さくなっていた智君の超力が、この空間には満ちていた。私の体は何故か、無傷だった。


「行かなきゃ」


 何のために私は来たのか。その目的のために私は智君を探した。そしてその姿はすぐそこにあった。彼には無数のナイフが向けられていて、それを全力で落としていた。その数は余りにも多く、全てを落とすことができず、彼にそのナイフが命中しそうな時に、私の超力は弾けていた。残ったナイフは全て、何もなかったかのように消えた。智君は私の事を、驚いた顔で見ていた。


「私のイメージじゃないけれどさ……智君、助けに来たよ」


 何かをいう訳でも無く、智君は私を強く抱きしめた。


「ありがとう……」


 小さな声で、智君はそう言った。それ以上の言葉はないけれど、彼の気持ちは十分伝わってきた。彼の超力を探ると、少し違和感があった。萌心ちゃんが私にやってくれたように、その違和感を消す。少し彼が落ち着くのを待ってから、今の彼の状況を聞いた。


「……それで今の状況だったって訳。どうにもできなかったからさ、凄く助かったよ。でもさ、どうやってここに入ってこれたの?」


 そう言われても、私には分からない。気がつけば、ここに居たのだから。


「それと、さっきのナイフを消したのは……? 桧並の能力は創造だったじゃん」


 そう言われてみれば、さっきのは何だったんだろう。完全に無意識でやっていた。萌心ちゃんのように能力が成長したのだろうか。今までの創造能力は残っていた。


「それうまく使えたら、ここから出られないかな……正直なところ、俺にはここから出る手段がないからさ」


 確かに、さっきの能力を引き出すことが出来れば、ここから出られるはず。集中して、超力を放つ。空間に大きなヒビが入り、崩れていく。


「……期待外れ、というのは撤回した方がいいかもしれないな。そんなことができるようになるとは予想外だったよ」


 怜悧のその声には、少しだけ苛立ちが含まれているように感じた。智君を助けた、たった少しの時間で、私の折れた心は治っていた。十分に覚悟はできていた。


「今度は負けない。俺と桧並の二人で、お前を倒す」

「無理なんて言わない。私と智君で、あなたを倒す」


 私は智君を頼って、智君は私を頼って、二人で戦う。それが私たちにできる、怜悧への抵抗だった。

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