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第二十一話 I don't need such a thing. Not like you

 智君が飛び出して行ってしまった。急いで追いかけようとした私の体は、誰かに引っ張られて止まる。私の右腕を、萌心ちゃんがぎゅっと掴んでいた。


「落ち着きましょう。お兄ちゃんなら大丈夫なはず」


 そうは言っているが、萌心ちゃんの顔は不安に包まれていた。一旦、カフェの中に戻る。さっきの戦いで荒らされていたが、その割にはかなり原型が残っていた。瓦礫の上に座り、私と萌心ちゃん、彰久さんと瑞花ちゃんの四人で、手早くこれからの方針を決めた。さっきの智君の勢いだと、きっと何も考えずに戦っているだろう。怜悧の手下はかなりの数がいるようだから一人ではジリ貧になっていくはず。基本は私と彰久さんとで智君のサポート、萌心ちゃんと瑞花ちゃんは戦況を見ながら適時行動を、といった感じですぐに方針は纏まった。


「急ぎましょう」


 彰久さんを先頭に、私たちはあの大きく赤い電波塔へと向かった。そこに智君がいるのはよく分かった。この深夜の時間帯では有り得ないような──昼間でも有り得ないだろうが――耳をつんざくような叫び声が聞こえていたからだった。そこからカフェまで2キロ程はあると言うのに、どれほど大きな声だというのか。だがその叫び声も、急に聞こえなくなった。


「どうしたんでしょう……まさか智さんが……」


 瑞花ちゃんがそんなことを口にした。私の頭にも一瞬その考えはよぎったが、智君に限って、負けるはずがない。あの戦いで強くなっていた智君なら。


「……っ」


 激しい悪寒が私を襲った。何かに喰らいつくされることに怯えている本能からの警告だった。次の瞬間、辺り一帯を激しい超力の波が襲った。


「智君……?」


 信じられないほど、重くて黒い超力。あの人のものだとは考えられないほど、どす黒く負の感情に溢れた不安定な超力だった。それでも、超力の根幹は、私の大切な人のものだった。タワーの麓についた私たちが見たのは、怜悧の手下と戦う智君……ではなかった。そこにいたのは、紅破君と九頭龍君の二人。二人は何かと戦っていた。速くて鮮明には見えないが、黒い影のようなものが空間を飛び回っているのが見えた。


「くっそ……速すぎるんだよ!」


 紅破君が自らの足元に炎を放つ。激しい光と爆炎が、紅破君と九頭龍の二人を包む。真っ赤な球体が出来上がり、辺りが照らされる。さっきの黒い影は、狙いをあの二人から私たちへと変えていた。私のすぐ隣に立つ彰久さんが刀を抜き、迫る黒い影を受け止めた。影の動きが一瞬止まり、その姿がはっきりと見えた。私と背丈は同じくらいの華奢さ、体は溢れ出る超力に包まれて顔は見えない。両腕の先には超力で出来た鋭い爪が伸びていた。


「苦しい……」


 そんなことを、うわごとのように呟いていた。彰久さんを手助けしようと、心装の薙刀を構え、振るうも、当たることは無い。彼は大きく飛び退くと、こちらに向かって鋭い視線を向けてくる。影のような真っ黒な超力に覆われているので眼は見えないのだが、凍り付くような視線は感じ取ることができた。次の瞬間、彼は私の目の前に立っていた。音を立てることも無く、動いたことを感じさせないほどの速さで。彼の鋭い爪が、私のすぐ目の前に突き出された。そのまま私の頭部を……


 ……溢れんばかりの負の感情に包まれた、重苦しい真っ黒な空間にいるようだった。体が重く、動くのが辛い。深い深い絶望と、対象の分からない怒りが辺りに満ちていた。体中にまとわりつくような重たい超力に逆らいながら、空間の中をあてもなく彷徨っていた。何かを探していたわけでは無い。目的を見つけたわけでもない。ただ、体が自然と動いていた。そこから、どのくらい経ったのかは分からない。遠くに、誰かがいるような気がした。


「智君……」


 なぜそう思ったのかは分からない。ただ直感的に、遠くにいる誰かは智君だろうと感じていた。重たい足を動かして、この何もない空間を歩き続ける。平行感覚も、方向感覚も無い中、ただひたすらにまっすぐ――本当にまっすぐなのかは分からないが――歩いた。そこから大した時間は経っていない。足元に、濡れたような感覚が広がる。今まで眼が慣れてきても何も見えなかった空間に、急に景色が浮かんでくる。浅い海と、小さな小さな孤島がそこにはあった。足が濡れていく不快感に耐えながら、その孤島へと向かう。孤島には、誰かがうずくまっているように見えた。孤島へと上陸した私は、その人影のそばに歩み寄った。人影は私が傍に来たことに気が付かず、うずくまっていた。膝を抱えて泣いていた。静かに、静かに。


「あ……あの……」


 声をかけてみると、その人影は私に気が付いたらしく、それが顔を上げたのを私はなんとなくで感じた。


「俺の話、聞いてくれる……?」


 聞きなれた、綺麗な震えた声。私の大好きなあの人の声。辛そうな彼の声を聞くと断ることはできなかった。


「私で良いなら、聞くよ」


 彼はその言葉を聞いて、安心したように話し出した。


「俺は辛い。もうこれ以上戦いたくない……」


 あぁ、もう彼の心は擦り切れているんだ。私は、その言葉を肯定することも否定することもできなかった。否定して、彼には戦ってもらわなければ。でも……否定できるはずが無かった。


「どうしたの、そんなにしょげちゃって」


 なぜなのか、彼が話すのを待つしか私にできることは無い。


「俺、自分が強いと思ってた。俺の戦いに巻き込んでしまった人は、みんな救えると、そう思ってた。でも、そんなことは無かった。さっきさ、俺の前でいっぱい人が死んだんだよ。俺の手の届く範囲でさ。助けられた……はずなんだよ……」


 今まで見たこともない、智君の大泣きだった。大きな瞳から、大粒の涙が止まらなかった。それを私は、見守ることしかできなかった。私と智君の二人を、静寂が包む。そこにあるただ一つの音は、智君が泣いている声だけ。


「……ダメだよ」

「え……?」


 智君が苦しんでいるのは分かっていた。私にできることは、彼を助けること。折れかけている彼を、しっかりと励ますこと。彼の辛さを、私が受け止めてあげること。


「智君はきっと、自分じゃあ誰も救えないって思ってるんでしょ。そんなことないよ」


 私はひとまず、彼の考えを否定した。


「なにいってんだよ、俺は誰も救えてないんだよ。変な慰めはやめてくれよ!」


 智君は語気を荒げてそう言った。


「そんなわけ無いでしょ!」


 わたしも思わず、強く言い返してしまった。智君は少し怯んでいた。そんなことには構わず、私は気持ちを爆発させた。


「私は智君に沢山助けられたよ! 例えば、紅破君と初めて出会った時も守ってくれた。私が何度も死にそうになっている時だって、助けてくれた。すごく格好良かった。智君が居なきゃ、私はもうとっくに生きてないの。それに、私以外にも、智君に助けられた人はいっぱいいるよ。萌心ちゃんだって、智君に助けられてるよ。あなたが居なきゃ、私は居ない。智君が誰も救えてないわけがないじゃない、だから誰も救えてないなんて言わないでよ!」


 ここまで言い終えて、私ははっとした。


「ご、ごめん……ちょっと言い過ぎた……」


 智君は、何も言わない。どこか虚空を見つめたまま、俯いていた。


「俺が、人を助けてる……?」


 彼がそう呟いた。少しだけ、彼の言葉に光が含まれているように思えた。


「うん、智君はすごく人を助けてるの。だからこんな所で立ち止まってちゃいけないよ。智君らしくないよ。私の知ってる智君は絶対に折れない、立ち止まらない。強い智君だよ。もしも辛いなら、私はそれも受け止める。一緒に受け止めるから」


 絶対に折れないなんて無責任な考えをことを押し付けているが、私の口からは自然と言葉が出ていた。


「桧並の知ってる俺は弱くない……か」


 言葉が、明るかった。もう少しで彼は立ち直れるんだ。


「こんなところで止まるなんて、智君らしくないよ」


 その言葉を聞いて、智君は大きくため息をついていた。


「らしくないって言葉、やっぱりあんまりいい言葉じゃないよな」


 智君はそう言った。なぜそんなことを言っているのか、私には分からなかった。


「だってさ、今自分が見ている『それ』は本当にそれの本質をとらえているのかは分からないわけじゃない? そのくせ知ったような口を聞いて、考えを否定するんだよ。もう『それ』が限界かもしれないのにさ」


 ……その通りかもしれない。確かに、『らしくない』は良い言葉ではないのかもしれない。でも私の口から飛び出た言葉は、もう取り消すことはできない。


「え、えっと……そういうつもりは無かったんだ……ただ、智君に立ち上がって欲しくて……」


 私の言葉を聞いて、智君は笑った。でもその笑いは折れている人から出る笑いじゃなくて、心の底から出ている、無邪気な笑い声。


「わかってるよ。だから『らしくない』が良い言葉じゃないって言ってるんだ。だってさ、俺は桧並が大事で大好きだよ。そんな奴にらしくないから立ち上がれなんて言われてみてよ……立ち止まってなんかいられないでしょ。だからずるいなって」


 ……もう心配はなさそうだ。智君の顔が、いつものいたずらっぽい、だけどどこか大人びた顔だったから。


「ありがと。すぐに戻るから。それまで待ってて……さっきの約束、忘れないで」


 智君のその言葉に反応して、この空間が明るくなる。私の視界も奪われていく。少しずつ、空間が崩れていく。完全にそこが消滅するころ。智君はそこから小さく手を振っていた。それが私に見えた最後の景色だった。


「桧並さん!」


 遠くから私を呼ぶ声がして、私はどこか揺らいでいた意識を取り戻した。私の体は萌心ちゃんに突き飛ばされていた。さっきまで私のいたはずの場所には鋭い爪が突き出されていて、萌心ちゃんがいなければ私はそのまま貫かれていただろう。どうやら、あの空間で起こった出来事は、外との時間とは隔絶されていたようで、そこに入ったときの時間から、全く変わっていなかったみたいだ。


「智君……?」


 爪を突き出したままの体勢で動かない彼に、私は恐る恐る声をかけた。彼は動かない。隙だらけの私と智君を、交戦中の二人が見逃すはずが無かった。紅破君と九頭龍君が、私たちへ向かって駆け出して来た。その二人をまとめて、彰久さんと萌心ちゃんが受け止める。私はそれに気が付くことはなく、目の前にいる彼に意識を奪われていた。ふらふらと、動かない彼を私は抱きしめた。今、私と智君の感覚は、限界まで共鳴していた。私の中に、彼の思考が、感覚が流れ込んでくる。彼の黒い深い負の感情も、私の中に流れ込む。でも、それで良い。私は彼の辛さも、全部一緒に受け止めると約束したのだから。


「大丈夫……大丈夫だよ……」


 智君の鼓動が伝わる。速かった彼の鼓動は、少しずつゆっくりになってくる。私は彼を抱きしめたまま、祈っていた。


「ありがとう」


 そう聞こえた。私の腕の中で、彼は微笑んでいた。彼を抱きしめた腕を離すと、彼はふわりと歩き出した。ふわふわとした動きそのままに、彰久さんと激しい攻防を繰り返す二人の傍へ。何をしたのかはよく見えなかったが、瞬く間に紅破君と九頭龍君の二人を打ちのめした。

 彰久さんが日本刀の峰を、ぐったりとした二人の首筋に優しく押し当てる。二人の超力に乱れが無くなり、そのまま倒れこんでいた。


「私の能力で、彼らの洗脳を解きました。しばらくすれば目が覚めるはずです」


 彰久さんがそう言って、刀を鞘に納めた。その瞬間、智君目がけて、何かが飛んできた。――私よりも少し大きな少女――それは瑞花ちゃんだった。彼女はボロボロで、いたるところの皮膚が裂け、血が溢れていた。智君は彼女を優しく受け止めて、私に預けると、飛んできた方角を睨みつけた。私たちのいる場所よりも上。赤い電波塔の頂上を。そこから、ゆっくりと怜悧らしきものが降りてきた。らしきものといったのは、今の彼が私の聞いたり、見たりした怜悧とはまるで違ったから。ゆったりとしたローブを身に纏い、長い杖をその手に持っていた。背中には大きな光の輪が浮かび、眩い光を放っていた。その身に纏う超力は大きく、高圧的。神という言葉が、それを表すのにちょうど良かった。私の隣で、智君の超力が急に乱れた。沸々と、怜悧への怒りが私にも伝わってきた。


「何をそんなに怒っているのかな、智君。ただ、俺の思う通りに動かない不要な妹へ制裁を下しただけだろう?」


 それを逆撫でするように怜悧が言い放った。さもそうすることが当然のように、自分の言葉に一分の疑いも無く。刹那、智君が飛び出していた。神速で怜悧の傍へ踏み込み、怜悧の頬に全力の拳を叩き込んでいた。


「ふざけた事、言うなよ」


 吹き飛んだ怜悧の体が、空中で急に止まった。


「ふざけている? まさか。俺は至って大真面目だ。妹は兄の為に尽くすのが当然、それが出来なければ罰を受ける。何がふざけていると言うのかな?」


 本当になぜなのかを分かっていない様子で、怜悧が智君に聞いていた。


「その考えがふざけているって言ってんだ。妹は兄の道具なんかじゃ無い。自由に生きるべき。そして妹の失敗は笑って許してやるのが兄ってものだろうが!」


 智君のその声は、怒りに震えていた。萌心ちゃんという妹が居て、大事にしている彼にとって、さっきの怜悧の考えは逆鱗に触れるものだったようだ。二人の超力が、激突して辺りを飲み込む。私は、その大きな力に押しつぶされそうで、動けない。また、激しい戦いが始まろうとしていた……


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