第二十話 The meaning of fighting, the reason for fighting. What is your immature self for?
「今、これ以上時間をかけても怜悧が仲間……いや下僕か。それを増やし続けるだけだから、できれば早めに仕掛けたいところだね」
彰久さんのカフェで、俺と桧並、彰久さんと萌心、それと瑞花さんの五人で、これからどうするのかを話しているところだった。一応、今はこのカフェの周辺は安全そうなのだが、怜悧本人が洗脳能力を持っている以上、ゆっくりはできないのが現実だった。
「でも智君の心装が変わって、どのくらい戦えるのか分かんないんだよね。だから慎重に行きたいところでもあるよ……」
懸念していることを、的確に言ってくるのが桧並。彼女の言う通り、俺は自分がどこまでの強さで戦えるのかが分からない。それ故に、俺を戦力と数えて作戦を練ることが出来なかった。
「それ以外に、お兄様の戦力を把握できていないこともあまり良くないと思います。もしもの話ですが……もしもSランク以上の能力者を支配下に置けているのならば、相当辛いのでは……?」
この指摘は瑞花さんからだった。確かにその通りではある。
「俺、ちょっと偵察してこようかと思ってる」
敵の戦力を把握しつつ、俺自身がどこまで動けるのかを確かめることのできる方法だと思ったのだが……
「絶っ対にダメ!」
桧並が案の定許してはくれなかった。今俺にできることの中ではこれが最善だと思った。でも、桧並が俺の腕をぎゅっと掴んで、離さない。大きな澄んだ瞳いっぱいに涙を浮かべて、俺の覚悟を鈍らせる。
「わかったから、そんな顔しないでよ」
その言葉を聞いて、桧並の腕から力が抜ける。本当に、ずるい。
「邪魔するで、彰久爺」
カフェの扉が開き、一人の男が入ってきた。後ろで束ねたロングの金髪。鋭い猫目で猫背の男。彩斗だ。
「いらっしゃいませ、彩斗様」
「外はエライことになっとるから、手助けしに来たで」
相変わらず、つかみどころのない雰囲気がある。あるのだが、俺はなにか違和感があった。
「あの……一命先生は一緒じゃないんですか」
桧並がそう言った。一命先生が一緒ならば、かなり心強いのだが。
「……あいつは今どこにおるのか分かれへん。ただ大丈夫だろうとは思うてる」
一命先生への信用からの行動だろうか。でも、俺にはその行動は不自然だと思えた。一命先生は、確かに強いし、心配する必要は無い。ただ……ただ、あまりにもその行動が彩斗らしくなかった。彩斗は凄く優しいし、俺が修行しているときも、よく一命先生のことを話していた。それだけ一命先生のことが好きなんだと思えた。それなのに、探さないなんてあるのだろうか。
「彩斗さん、一命先生探さないんですか?」
「探さへん。あいつは大丈夫」
桧並が、俺にちらりと目を向けてきた。どうも、桧並もなにか違和感を覚えたらしい。
「でも、一命先生は彩斗さんは大変なことになったらすぐに様子を見に来てくれるって言ってましたよ」
桧並が、そんなことを言う。カマをかけて、違和感を解消しようとしているんだと、俺はそう考えた。
「彩斗だって、助けに行く順番なら一命先生が一番、その次にそのほかの人って言ってたよ」
俺も乗っかってみる。ただの気のせいならばそれでいい。一緒に戦う、命を預けるうえで、信用できないのは致命的すぎる。
「……そう言えばそないなことを言ってたなぁ。せやけど大人の言うことなんてコロコロ変わるんやで。今はお前たちの手助けしたい気分やったってわけ」
何も言うことなく、俺と桧並の意思が一致した。二人同時に、彩斗に向かって攻撃。俺のパンチと、桧並の回し蹴りを同時に受け、彩斗の体が吹き飛び、窓を突き破る。
「まぁ、噓だけどね」
操られているのか、はたまたなりすましか……どちらにしろ、彼が彩斗でないことは分かった。
「痛って……流石に聞いただけの人物を真似るのは無茶だったみたいです……」
ゆらゆらと立ち上がった彼の体はドロドロと溶けだし、何とも言えない、不気味な姿になっていた。
「僕はですね、花宮真と言いまして、怜悧様の忠実なる僕です」
ドロドロと溶けた体が蠢き、スーツを着た少年の姿になる。
「怜悧様からのご命令は、あなたたち五人のうち、少なくとも一人を戦闘不能にすることです。ですので、今から皆殺しにしていこうと思います」
そう言い放つと、彼の体がドロリと溶け、二つに分裂した。片方はカフェの中に駆けだした。
「こちらは私たちにお任せを」
瑞花さんがそう言った。俺と桧並で、ひとまずこっちを相手取る。彼の体はみるみるうちに巨大化し、さっきまでは俺の身長よりも低かった体が、そこらの家よりも大きくなる。その巨大な拳が、桧並に向かって振り下ろされる。
「……この程度ですか?」
そんな分かり切った攻撃に対処できないほど、桧並も弱くない。地面から岩の柱を創り出し、それで拳を防いでいた。
「誰がこの程度だって……?」
さっきの桧並の挑発が思ったよりも効いたみたいだ。明らかに言葉に怒りがこもっている。桧並の方へ向かって、何度も何度も拳を叩きつける。桧並の創造も少しずつひびが入り、壊れては創り直される。
「死ねぇ!」
さっきよりも速度の上がった、強烈なパンチの連打。桧並を守る柱が、少しずつだが壊れていく。助けなきゃ。でも、今の俺にできるのか? 時間を操る力も無くして、上手く戦えるのかも分からない俺に。動かなきゃいけないのに、足が前に出ない。怖い。俺が立ちすくんでいる間にも、桧並は少しずつ危なくなっているというのに。
轟音が鳴り響いた。桧並を守っていた柱が、根元から折れる。一瞬、桧並を守るものが無くなった。その隙を逃すはずがなく、真は思い切り拳を振り下ろした。
「……させるかぁ!」
反射的に俺の体は動いていた。刹那、心装を纏い、振り下ろされた拳に向かって俺の拳を叩きつける。真の腕が、はじけ飛んだ。無我夢中で放った一撃は、桧並を守るのに十分な威力だった。一瞬の隙を逃さず、桧並を抱きかかえて飛び退く。
「ありがと、智君……」
桧並を降ろし、下がっているように伝える。特に理由があったわけではない。ただ、今の俺なら、一人でも倒せると思った。視線を真に戻すと、さっきはじけたはずの腕は完璧に再生され、またこちらへと殴りかかってくる。圧倒的な質量で、しかもかなりの速さでの攻撃なのだが……
「遅いな」
さっきまでとは、見える世界が違っていた。目で追うのがやっとだった拳が、ゆっくり、はっきりと見える。そして身体も、それに合わせて軽く、そして速く動くことができる。
「ちょこまかと……!」
真の言葉から怒気が伝わってくる。さっきまでは丁寧だった攻撃の隙間も、乱雑になってきている。避けるのは容易い。でも避けるだけだと終わらない。腰から小太刀を抜き、構える。正直、うまく使える気がしない。今まで一度も剣は使ったことがない。真が殴ってくるのに合わせて、全力で小太刀を振りぬく。轟音と共に、激しい閃光が迸った。
「あ……? なんで僕の腕繋がってないの……?」
少しずつ、真の体が崩壊していく。ドロドロと溶け、地面に滴る度に気味の悪い音が鳴る。
「まぁ良いです、これでもやれる……」
まだ彼は、自身が死に向かっていることを理解していないらしかった。
「……うご……かない……」
かすれた、絞り出すような声が聞こえた。必死で体を動かそうとしてはいるのだが、少しも動けないようだ。
「噓だ、やだ、死にたくない……怜悧様……守ってくれるって……言ってたのに……」
その呟きを最後に、彼はもう喋らなくなった。肉と液体の狭間だった体も、完全に液体になり、やがてアスファルトに染み込んでいった。俺は、しばらく動けないでいた。荒れた店内から、彰久さんがすぐそばにやってきた。
「本体を倒さねば止まらない分身だったようです……智様、気負わないほうがいいかと思います。命を奪ってしまったことは、耐え難いことだと思います。しかし怜悧様との戦いでは、もっと沢山の命を手にかけるかもしれません。冷酷だとは思いますが今は押し殺してください……」
彰久さんはそう言った。どうやら俺が初めて人を殺し、それに対して動揺していると、そう思っているようだ。確かに、人の命を奪って、全く心が痛まないわけじゃない。寧ろ苦しい。心が押しつぶされてしまいそうだ。でも、それよりも俺の心は怒りに震えていた。真は死に際に怜悧の名前を呼んでいた。それはきっと洗脳されていたのではなく、心から怜悧を慕っていたんだと思えるような、純粋な瞳だった。
「なんで自分を慕ってくれてる奴を騙せるんだよ……」
俺と同じ人間がやっている所業とは思えない。反吐が出る。心の底で、なにかどす黒い感情が渦巻いていた。気がつけば、俺の体は駆け出していた。作戦を立て、万全の状態で怜悧を倒しに行くはずなのに、体が言うことを聞かなかった。俺はただ、感情に身を委ねていた。許せない許せない。その時の俺は、今までのどの瞬間よりも速かったと思う。何かに導かれた訳ではない。怜悧の居場所を知っていたわけでもないのに、気がつけば、俺は赤い電波塔の前に立っていた。そこには、どこか虚ろな目をした、沢山の人がいた。すべてが、怜悧に操られているというのだろうか。自分の意思など関係なく、ただ怜悧の手駒として戦わされ、最悪死ぬ。
「トオサナイ……レイリサマノタメ……」
皆、口をそろえてそう言う。その言葉には感情も、使命感も無い。ただそう言って、侵入者を排除する、そうプログラムされただけの、哀しい人形だった。
『おやおや、やっとここまで来たかい』
どこからか、スピーカーのような音声で、怜悧の声がした。
『そこにいる私の駒たちは、元々一般人だったものさ。戦闘の経験の少ない物ばかりだったから無理やり戦えるようにしてあるんだ。まぁ、あと数時間で限界がきて死ぬだろうけどね』
そんなことを勝手に言って、それから声は聞こえなくなった。それを待っていたかのように、怜悧の手駒となった人々が、一斉に襲い掛かって来た。一旦真上に跳びあがり、考える。もしも相手が罪を犯していたり、俺にとって許せない行為を働いていたら、俺は躊躇なく倒していた。でも彼らは何の罪もない、ただの被害者。ならば、なるべく傷つけることなく無力化するのみ。離れた所に着地する。それに対して、真っ直ぐに突っ込んでくる。その波を受け止めるのではなく、受け流す。受け流しつつ、後に響かない程度の強さで攻撃を加えておく。
「ごめん、ちゃんと助けるから……」
大量の人の波を全て捌き終え、一段落ついた頃のことだった。
「あ……あ?」
倒れた人々の中で数人が立ち上がっていた。その全てが虚ろな目をしているのは変わらない。変わらないのだが……耳を貫くような痛烈な叫び声に、俺は思わず耳を塞いでいた。
立ち上がっていた数人が、口から赤黒い液体を大量に吐き出した。
「なんで……何……?」
さっきまで倒れていた人にも、だんだんと狂気が伝播していく。口から血を吐く者、叫び声を上げながら自分の首を掻き、血を流す者。突然笑い出し、そして何もなかったように動かなくなる者。なぜなのか、どうしてなのか。俺の心が何かに飲み込まれてしまいそうだ。
「あーあ、やっぱりそんなにもたなかったか」
紅破の声が聞こえた。気がつけば、目の前に紅破が立っていた。あの時と同じ、光の宿っていない瞳で。
「まぁ、簡単に言えば怜悧さんの超力に体が耐えられなかったんだよな、やっぱり一般人じゃきついか」
これも、やはり怜悧の仕業なのか。一人一人に家があって、家庭があって。帰りを待つ人、時間を共に過ごす人がいたというのに、その全てを平等に無慈悲に奪い去って。
「怜悧はさ、なんのためにこんな事するんだよ。そしてお前らはなんで怜悧の下につけるんだよ……」
俺の大切な友人が、そんな奴の能力に負けたなんて、思いたくなかった。
「なんでって……怜悧さんが正しいことやってるじゃん」
やっぱり、そうなのか。お前も怜悧に負けたのか。
「じゃあ聞くよ。紅破、お前はこれに関わってないんだよな……?」
首を縦に振って欲しかった。関わってないと否定して欲しかった。
「いーや、この人たちは俺と昇が適当に選んで連れて来たから」
噓だと思った。でも、きっとこれは本当のことなんだろうなとも、心のどこかで思っていた。
「そっか……じゃあもう、死んだらどうだ?」
俺の口から零れた言葉は、噓みたいに透明な感情だった。紅破は大事な友達なのに、洗脳されていると頭ではわかっているのに、もう自分の感情が抑えきれなくなっていた。溜まりに溜まった負の感情が、はけ口を見つけて溢れ出す。もう俺は、それに抵抗するのをやめていた。まるで眠りにつくかのようにゆっくりと、俺の意識は消えていった。最後に映ったのは、何かに激しく恐怖するような、ひきつった紅破の顔だった。
ほんとにお久しぶりでございます。和水ゆわらです。どうしても忙しかったり、うまく形にできなかったりで期間が開いてしましました。申し訳ありません。更新頑張っていきます。和水ゆわらでした。




