第十五話 Reunion. Time for two people to start moving again
彼は、15年前、浅短家で、双子として生を受けた。浅短家は、第六感研究の中で、そこそこの権力を持っている家だ。両親共に、Sランク能力者だ。当然、彼とその妹は能力を期待された。この時代、能力が覚醒する確率は99.9パーセント。生まれつき能力が覚醒する確率は0.1パーセントにも満たない。しかしある程度の権力があるならば、母親の超力の流れを無理やり改造することで生まれつき能力が覚醒する確率は跳ね上がる。故に、彼は妹と共に期待されていた。しかし、現実は非情だった。能力を持って生まれたのは妹だけ。彼は能力に目覚めることは無かった。後天的に目覚めさせることはできただろう。だが彼の両親はそれを行わなかった。それほどまでに、彼の妹の能力が強かったから。結果、彼は両親から酷い虐待を受けることになった。両親が不機嫌になるたび、彼は痛めつけられた。食事も満足に取らせてもらえず、唯一の味方である妹がこっそり持ってきてくれたもので空腹を誤魔化していた。そんな生活を繰り返すうち、5歳になったころくらいから、自然と涙は出なくなった。そんなことをした親が嫌いで、彼は家を飛び出した……
という話を、桧並と夢露さんは静かに聞いていた。ぽつりぽつりと、吐き出すように話し終えた彼を、桧並は優しく抱きしめた。
「辛かったよね、部外者の私が何言ってんだって感じだろうけど、もう大丈夫だよ。私の家においでよ、お母さんに話せばきっとわかってくれるから」
彼の心は、彼女に融かされた。他人を信用しない、冷たい怯えた心が。彼女を抱きしめたまま、泣いた。とめどなく涙があふれ出る。あの生活の間流せなかったものが、崩れ、溢れ、流れ出す。それを彼女はしっかりと受け止めていた。雨が上がり、桧並は彼を連れて歩き出した。その後ろを、ふわふわとついていく。夢露さんのお店からは五分もかからない場所の、少し小さな一軒家。そこに彼と桧並はたどり着いた。それを出迎えるように、一人の女性が家から出てきた。
「ただいま、お母さん。あのさ……」
桧並は母親に、彼の今置かれている状況を説明した。ひとしきり説明を聞いた桧並の母親は、ぎゅっと彼を抱きしめた。
「大変だったねぇ、うちでゆっくり過ごすといいわ。いつまで居ても良いわよ。もしも帰りたくなったらいつでも帰っていいし。若いうちはいろんな経験しときなさい」
その答えに、彼は呆然としていた。
「家出してきてるのに、怒らないんですか……」
「怒るわけないじゃない、君はまだまだ若いもの。どうしても我慢できない感情があったんだよね、それを表す方法がたまたま家出だっただけじゃないの」
それから、彼は古原家で暮らすことになった……そこまで記憶を追いかけたところで、俺は目を覚ました。
冷房の効いた自室で、私は目を覚ました。
「懐かしい夢だな……智君、どこに居るのかな。彩斗さんの弟子、智君だったり……しないよなぁ」
出会った日を追憶するような夢を見るなんて、どれだけ彼に会いたいのだろうか。しかも夢の中では、彼が近くに居たように感じた。それほどまでに、私は智君を求めているのだろう。顔が何だか熱くなった。
「……早く準備しよ」
そんな気持ちを取り払うように、私は今日の支度をする。依頼の内容は彩斗さんの弟子が教えてくれるということで、私は適当なバッグのの中に、これまた適当に物を詰め込んだ。財布、携帯、お弁当、その他。二つのギターをケースに入れ、背負う。その見た目は今から演奏しに行くバンドのギター担当、といった感じだろうか。少し気分が上がる。リビングに行くと、今日は珍しくお母さんが家に居た。
「依頼行くんでしょ、少し多いかもだけど食べれるだけ食べていきなさい」
テーブルの上にはたくさんの食事が準備されていた。心の中で感謝し、その食事をできるだけ詰め込む。美味しい。
「……ごちそうさま、行ってきます」
「うん、元気に行っておいで!」
お母さんに見送られ、私は家を出た。駅まで歩く。日差しが痛烈に降り注ぐ、夏真っ盛り。まだ朝だというのに、気温はかなり高かった。こんな中だと、智君はやる気無くしそうだなと、そんなことを考えて一人でクスリと笑っていた。駅から電車に乗り、少し乗り換えながら40分ほど揺られていた。夏休み期間、そしてちょうど多くの人が活動を始める時間だったのも相まって、電車の中はだいぶ混雑していた。目的の駅に着いたことを確認すると、人の中をかき分けながら電車から降りた。改札口から出ると、正面に赤い大きな建造物。50年間日本一の高さを守ってきた、赤い鉄塔。その下に集合だったはずだ。少しずれたギターケースを持ち直し、歩き出した。港区、ということもあり、人はそこそこいた。その中を進む。東京タワーのふもとまで来ると、人ごみは無くなった。ここで待っていればいいのだろうか。近くにベンチがあったのでそこに座り、私は待つことにした。ギター二本のうち、智君のほうを取り出し、音を鳴らす。自分が鳴らしているのに、智君がすぐそばにいるようで、心が落ち着く。
「上手だね」
一曲演奏し終えたあたりで、そう声を掛けられた。ふと顔を上げると、私よりも少し背の高い、長い黒髪をポニーテールの高さで束ねた、少年とも少女ともとれる体格の子がいた。その顔には、なぜか狐のお面がつけられていた。この子が彩斗さんの弟子だろうか。今私の中で、そんなことはどうでも良かった。この子から、とても大好きな気配がする。
「智君……?」
心の底から飛び出た、その一言。私自身でさえ、自分の言ったことが少しの間理解できなかった。
「こんにちは、今日一緒に任務をする者で、平島美咲って言います、よろしくお願いし……」
「智君なんでしょ、隠さなくて良いよ」
私は彼の言葉を遮った。彼が智君である確証なんてない。でも、私の心が、魂が、彼が智君であると叫んでいる。
「……憶えてるの?」
彼が、少し震えた声で答える。あぁ、やっぱり彼なんだ。
「憶えてるよ。私、智君のこと、ずっと憶えてたよ。大好きだから」
その答えを聞いて、彼は私を、何も言わず抱きしめた。四か月弱の間にいつの間にか、私よりも大きくなって、相変わらず華奢な見た目ではあるけれど、がっしりと、私を包み込んだ。狐の仮面をそっと外すと、何も変わらない、智君の顔がある。
「記憶、消えてなかったんだ。ちょっと嬉しい」
笑った顔がとても眩しい。
「私と萌子ちゃん、彰久さんだけ憶えてたみたい」
そっか、と智君が言った。智君が考えるには、私と萌子ちゃんが効かなかったのは、智君が無意識のうちに忘れられたくなかったから。彰久さんに効かなかったのは、彰久さんがそういう能力なのではという話だった。私はあの人の能力を知らないし、十分有り得るだろう。
「今日の俺たちがやることは、この近くに反社会的組織があるらしいんだ、それを潰すよ」
と、依頼内容を教えてくれた。智君と一緒に、戦えると思うと、すごく嬉しい。
「それじゃあ行こっか。早く終わらせて、全部元に戻すから」
そう言って歩き出した智君の後ろを、遅れないようについていく。少し歩くと、寂れたビル街が見えてきた。その中に、一つだけ、明らか超力の反応が強い建物がある。おそらく今日の目的はここだろう。智君が人差し指を伸ばし、口の前に立てて見せた。静かに、というサインだろう。そのくらいは分かっている。二人で、息を潜めて建物の中に入った。思っていたよりも中に人はいない。奥へ奥へと進んでいくと、広い部屋に出た。ドラマとか、漫画だかでよく見る
組長室のようなところだ。部屋の中央にある、高価そうな椅子に、スーツを着た男が座っている。
「おや、君達みたいな若い女の子たちが、こんなところに何の用かな?」
男がそう口を開いた。
「ちょっと、依頼を受けてきたんですよ。ここを潰して欲しいって言われたので」
全く怯むことなく、そう口にする智君。相変わらず、芯はブレてないみたいだ。
「そうか、それは残念だ。君達みたいな若い子がまた死ぬなんて」
そう男が言った次の瞬間、私の体は落ちていた。床が消え、どこかに吸い込まれていく感覚。私の体は、重力に逆らえない。
「桧並!」
そう呼ぶ声が聞こえる。
「私なら大丈夫だから! 智君はそっちに集中して!」
答えはなく、聞こえたかどうかすらわからない。でも、今はそれどころではない。服の襟につけたペンダントに触れる。海月が飛び出て、私を掴んだ。そのまま、ゆっくりと降りていく。始めは底の見えなかったこの長い長い穴のようなものも、ようやく終わりが見えてきた。暗闇の中に、足場が浮かんでいる。その中心に一人、何者かが佇んでいた。ゆっくりと、そこへ降りていく。おそらく、この人を倒さない限り出られないのだろう。
「あれぇ? 君、どっかで見た気がするなぁ」
……私も、この人物を知っている。黒いローブを見に纏う、少し小柄な少年。きっと私よりも年下だ。
「思い出した。道場に居た女の子だ。また倒されに来たんだ?」
相変わらず、大胆不敵な言動だ。実際、私は前回負けているし、私が強くなっているとはいえ、彼もあの強さのままではないだろう。
「そんな訳、ないでしょう。あなたをさっさと倒させてもらいます」
海月が巫女服に姿を変え、私を守る。背負っていたギターを武器に変え、構える。それを合図に、戦闘が始まった。彼の武器は、変わった形のナイフだ。真ん中のあたりで曲がった、くの字型のナイフ。故に、攻撃が見切りづらい。近接は少し分が悪いと判断した私は、薙刀を思い切り振り回す。少年が、大きく飛び退いた。それを狙っていた私は、体勢を整える前に、大弓を構えて、射つ。それに追従するように、地面から大砲を創り出し、撃ち込む。一気に攻め立てなきゃ、次近寄られた時にまた引き剥がせるとは思えない。だから、手加減はしない。
『百鬼夜行 二の幕 酒呑童子』
私がそう唱えると同時に、巨大な盃を持った鬼を中心とした鬼の群れが現れ、ローブの少年の元へ攻め込む。私も、その隙間を狙って何度か矢を打ち込んだ。しばらくすると、鬼たちはどこかへ消えた。彼らが消えたということは、少年が戦闘不能になったか、彼らが大きなダメージを受けたか。反撃するタイミングはなかっただろう。そう考えた私は、ゆっくりと彼の元に近づいた。ここから出る方法を聞いてみようと思ったから。それが軽率だった。急に飛び起きた少年に首を掴まれ、持ち上げられる。
「あぐ……がぁ……」
苦しい、声が出ない。それに、彼に触れたらどうなるのか、それはよく分かっていた。喉が熱い。少しずつ、首元から何か液体が滴り始めた。
「やっぱり人体を分解するのは時間がかかるね、まだ死んじゃダメだよ?」
慢心しているのがよく分かる言葉だ。さっきの私みたいだ。そして、慢心は身を滅ぼす、という事を知らないみたいだ。私もさっきまで忘れていたが。かろうじて動く腕を、少年の方へ伸ばす。
「燃え……尽き……ろ……」
手のひらに極小の太陽を作り出す。人間一人に致命傷を与えるなら、それで十分だった。少年は、炎に包まれ、のたうちまわる。
「教える、出る方法教える! 消して、死にたくない!」
少年がそう叫ぶ。あなたは今まで、そう望んできた人を助けたことはあるのか。そう思ったが、助けずにはいられなかった。甘いな、と自分でも思う。水を作り出し、消化する。
「約束です、出る方法教えてください」
「この足場の外、道がないように見えるけど、歩けるの。まっすぐ、まっすぐ進んだら出られるよ。でも、絶対に振り返っちゃいけないよ。オルフェウスのように」
息を切らしながら、少年はそう答えた。オルフェウスのように、か。いい例えだ。私は、少し不安だったが、足場のそとに一歩踏み出した。確かに、見えないが歩ける。私は、決して振り返ることなく、暗闇の中を歩き続けた。
「まぁ、このまま戦うのも何だし、少し話さないかい?」
男が、椅子に座ったまま、俺にそう問いかけてきた。
「悪いけど、お断りで。さっさとお前を倒して、桧並を探しに行かせてもらうよ」
「そうか、それは残念だなぁ!」
その言葉と同時に、男の右腕が大きく伸び、俺の頭目掛けて近づいてくる。それを最低限の動きで躱す。
「ふむ、お嬢ちゃん意外とやるみたいだね」
「あんたが弱いだけじゃなくて?」
そう言った瞬間、もう一発、拳が飛んでくる。それを躱すと、眼鏡を鎌に変え、それを男に……ではなく、すぐ近くに置いてあった消火器目掛けて振るった。中の粉が舞い上がり、煙幕のようになる。その隙に、俺は部屋を飛び出した。正直今はあの男の相手をするより、桧並の安否確認が先決だ。そう判断した俺は、桧並を探すため、ビルの中を駆け出した。
どうも、体調ミジンコ、和水ゆわらです!
はい、愚者名乗る勇者15話になります、ようやく智君と桧並ちゃんが再会ということで。
次回以降、大きく物語も動き出すし、久々に登場するキャラクターもいるかも?
お楽しみにお願いします、和水ゆわらでした!




