第十四話 Time for lovers to start moving. Memories of those days
目を覚ますと、そこは見覚えのある部屋のベッドの上。私が毎日夜眠って、朝起きている部屋だ。部屋の隅に置かれた机に、見慣れた白衣を着た一命先生が向かっていた。
「一命先生、何してるんですか?」
一命先生が振り返る。
「お、目が覚めたかい。ちょっと依頼書の整理をしてたのだよ。調子はどうかな?」
調子は良い。というか、あれだけ壊されたのが嘘みたいに何も感じない。まるで壊されたこと自体、無かったみたいだ。
「すごいよね、桧並ちゃんを治してくれた人、私知らないのよ。なんか不思議な子だったよ。アイドルの萌心ってわかるかな、その子にそっくりだったよ」
私は思わず、一命先生に飛びつき、肩を揺らしていた。
「本当ですか? その子、どこに行ったか分かりますか?」
興奮する私の口に人差し指を当て、静止させる。
「落ち着きなよ。私はその子がどこに行ったか知らないよ。何より、桧並ちゃんは丸々三日眠っていたんだから、その時どこかに行ったなんてもう関係ないよ」
……そうだったのか。私は肩をがっくりと落とした。その様子を見た一命先生が私にチケットを見せてきた。
「温泉のチケットだよ。一旦疲れを取ろう。自分が思っているよりも桧並ちゃん疲れてるよ」
無邪気な顔で、一命先生がそう勧めてくる。多分この人は自分が行きたいだけだ。まぁいいか。私は一命先生と温泉に連れられ、家からは少し遠い温泉に向かった。とは言っても、移動は一瞬。一命先生が空間を捻じ曲げたから。温泉は、私たち以外誰も居ないようだ。湯船につかり、ぼーっと、何も考えない。すごく気持ちがいい。体の芯から癒される。三週間の修行の疲れはやはり溜まっていたみたいだ。
「桧並ちゃん、あの子のどこが好きなの? 私はあの子のこと知らないからさ。ちょっと聞いてみたくて」
そんなことを一命先生が言う。驚いた。一命先生はあまり興味なさそうだと思っていたから。
「あの子、浅短智君って言うんです。すごく優しくて、私のこと肯定してくれて、偶に少し大人びてて。可愛くて格好いい彼が大好きなんです」
頬が熱い。温泉に浸かっているから、そういうことにした。それを聞いた一命先生は少し笑った。
「青春だねぇ……私も好きな人、って言うか恋人がいるって話したことあるっけ? いるんだよ。もう会えなくて四か月経ちそう……喧嘩しちゃってさ。連絡もつかないし。もう嫌われちゃったかもね」
一命先生の声には元気がない。私は彼女を励ますようなことを言うには若すぎた。そこから、沈黙が私たちを包んだ。そこから三十分ほど経って、私たちは温泉から出た。ほかほかの体を冷ますため、牛乳を買い、口に流し込む。美味しい。一命先生の方を見ると、先生は少し遠くを見つめていた。どうしたのかとその視線を追う。視線の先には、金髪のロン毛で猫目、おまけに猫背の青年が居た。それを見る一命先生の眼は、すごく輝いていた。
「彩斗、彩斗!」
一命先生はその男に飛びつき、思い切り抱きしめた。
「なんで連絡返してくれないのっ……あの喧嘩、私が悪かったから、ごめん、ごめんなさい……」
ぼろぼろと涙を流す一命先生を、その青年は抱き返し、優しく撫でる。
「別に俺はもう怒ってないで。連絡返さんかったのは怒ってるかもしれんって思うと怖くてな……俺の方こそごめんな?」
どうやらさっき言っていた恋人のようだ。撫でられた一命先生は満面の笑み。いつもはつかみどころがない一命先生が、無邪気な子供のように甘えている。
「どうしたん一命。えらいかわいい子連れとるやん。弟子でもとったん?」
私のほうを見て、男がそう言った。
「そうだよ。私の可愛い愛弟子、古原桧並ちゃん。結構強いよ?」
不意に褒められ、私は少し恥ずかしかった。とりあえず自己紹介をするべき雰囲気だ。
「古原桧並です、一命先生の弟子させてもらってます。えーっと……よろしくお願いします」
「礼儀もしっかりしとる子やな。俺の弟子とは大違いや。あ、俺は平島彩斗やで。よろしくな」
一命先生を引き離し、私のほうへ手を振ってくる。一命先生は懲りずに彩斗さんの右腕を掴んで離さない。そのままの体勢で、彩斗に質問していた。
「彩斗も弟子とったの? ちょっと意外」
「そうやろ。今度依頼任せてみようと思ってんの。桧並ちゃんも一緒に行ってみるか?」
不意に私はそんなことを言われ、言葉に詰まる。私が一緒に行って、足を引っ張らないという自信がない。なので答えられずにいた。迷う私の背中を押したのは、彩斗さんの一言だった。
「そいつ、桧並ちゃんに会いたいって言ってたねん。」
まさかとは思うが、その弟子は智君だったりしないだろうか……そんな一縷の望みが私の考えを動かした。
「行きます。あまり自信は無いですが……」
「そんじゃ決まりやな。明日東京タワーの下来てや。俺の弟子も行かせるわ」
私は彩斗さんとそう約束した。一命先生がまだ彩斗さんと話したそうにしていたので、私は先に帰ることにした。二人に別れを告げ、近くの駅を探す。スマホで調べると、歩いて五分ほどだ。一人でゆっくりと歩いていると、見覚えのあるビル街があった。その一角に、小さなカフェも。扉を押し、中に入る。前回来た時と変わらず、彰久さんがカウンターに居た。
「おや桧並様。いらっしゃいませ。今日はどうされました? 普通にお客様ですか?」
「あ、はい。カフェオレお願いします」
カウンター席に座り、注文する。彰久さんが一杯のカップに、液体を注いでいく。いい香りが満ちる。
「彰久、ただいま!」
「ただいまです、彰久さん」
カフェの扉を開け、入ってきたのは萌心ちゃんと……ついこの前、私を殺そうとした少女。咄嗟に、私は心装を展開する。それを彰久さんが制止する。
「大丈夫ですよ、桧並様」
大丈夫、その言葉を表すように、瑞花ちゃんは私を見つけると、深く頭を下げた。
「古原さん、申し訳ありません! 謝って済むことじゃないのは分かっています。でも、あの時の私は誰かに操られていたみたいで……本当に申し訳ございません」
平謝りのその態度、そして初めて話した時の雰囲気から、嘘をついているとは思えなかったし、彰久さんが大丈夫というからには大丈夫なのだろう。私は心装を戻した。
「桧並様、随分とお強くなりましたね。無心装解放まで使えるようになっているとは驚きました」
無心装解放……聞きなれない言葉に、私は首をかしげる。
「無心装解放って言うのはね、さっき桧並さん心装使ったけど、そのもとになるものは持ってなかったでしょ? そういう時でも心装を解放できるってことです。欠点として超力の消費が激しくなりますが」
萌子ちゃんが補足する。完全に無意識だったけれど、そういえばギターを持っていないのに薙刀を出していた。ちょっとのことだが、少しだけ強くなっているような気がして嬉しかった。女子三人でカウンターに並び、思い思いの飲み物を彰久さんに頼む。私は不意に訪れた、同じ年の女子三人で話す時間をゆっくりと過ごした。
「智、ただいまぁ」
朝に家を出て、わざわざ少し遠くの温泉に行った彩斗が帰ってきたのは夕方のことだった。とは言っても俺は夕焼けを見たわけではなく、地下の訓練場にかかっている時計を見ての判断だが。
「お前朝からずっとやっとったんか? 相変わらずバケモンみたいな超力してんな」
そう言って俺の足元を指さす。そこにはおびただしい量の人形が倒れていた。練習場で仮想空間を展開すると、この人形たちが10体ずつ現れ、自我をもって襲い掛かってくる仕組みだ。彩斗の言う通り、朝からずっとやっていたせいで人形の量はどんどん増え、足の踏み場が無いほどだった。
「あ、桧並ちゃんに会ったで」
さらっと、俺がすごく気になることを言った。
「……なんでそれを俺に言うの」
「んで俺の依頼一個受けてもらったで。お前と二人でな」
そしてそのまま情報の追加。しかも内容が内容だ。彩斗が自由すぎる。たしかにそろそろ修行も終わりだろうし、桧並のもとに戻るべきではある。でも……
「なんや、自信ないんか? 良いこと教えたるで。男は自分が思ってるより弱いし、女は自分が思っとるよりずっと強いねん。守ってやる、傷つけんでやるってそんな躍起にならんでええ。互いに守って守られり。せやないと守れるもんも守れんで」
その言葉に後押しされ、俺は決意を固めた。そもそも今会っても桧並は俺のことを憶えていないだろうし、そんな悩むことではないか。仮想空間を閉じる。あたり一面を埋め尽くしていた人形たちはきれいさっぱり消えてなくなった。彩斗の家のシャワーを借り、汗を流す。その後リビングに向かうと、テーブルの上にはお寿司が並べられていた。なんでだろうか。その答えは、すぐに彩斗が教えてくれた。
「お前、明日で全部元に戻すんやろ? みんなの記憶も、お前の暮らす場所も。やけん最後にな……ちょっと寂しくなるな」
彩斗の顔には、寂しい、という表情が張り付いていた。なんというか、分かりやすい人だ。
「たまにここには顔出しにくるつもりだけど?」
「冗談や。勘弁してくれ。お前が帰ったらやっとゆっくりできんねん」
そうは言うけれども、彩斗の顔は嬉しそうだ。二人で手を合わせ、思い思いにお寿司を口に運ぶ。その味は今まで食べてきたどの食べ物よりもおいしく感じた。
今まで通り、彩斗のベッドを借り、横になる。相変わらず、爽やかなミントの香りのする、少し暗い部屋。場所的に昼の日光も、夜の月明りも入りづらいようだ。横になったまま、俺は考える。俺は強くなれただろうか。能力も使いこなせるようにはなったし、大鎌も随分と手に馴染んできた。彩斗と能力制限なしで本気で戦っても一方的な戦いにはならないほど、身体的には強くなった。じゃあ心は? 元々桧並の傍から居なくなったのは、自分が怖いと思う心の弱さからだ。それは成長したか……分からないな。そんなことを考えているうちに、俺の意識はだんだんと夢の中に沈んでいった。
――俺は、見覚えのある駅の前に立っていた。雷が鳴り、空の底が抜けたような土砂降りの中。俺の体は、不思議と濡れない。雨が、俺の体をすり抜けていく。この世界に、俺が存在していないみたいだ。駅に、ざーざーと響く雨音の中、電車が入ってきた音が微かに聞こえた。とぼとぼと、誰かが電車から出てきた。少し垂れ気味の大きな瞳、透明感のある白い肌。そして世の中に希望を持たない、光のない瞳。
「どうしようかな……」
俺はすぐにここが一体どこなのかが分かった。2072年4月16日。新東京都北区、舞羽の住宅街。俺が初めてあの子に出会った日。その日を、第三者視点で、追憶しているようなものだろうか。声をかけてみようか迷ったが、声は口から発されない。介入はできないということか。まあいいが。力の入っていない彼――過去の俺だから彼というには違和感が少しあるが――は、駅の外を見ると、少し迷ったようなそぶりを見せて走り出した。傘も持たず、激しい雨に打たれながら。まるで何かから逃げるように。その後ろを追いかける。少し走って、彼は足を止めた。木の板の看板に、ト音記号の模様が書いてある、少し大きな楽器店。そこの前で止まり、店の窓から中を眺めていた。俺に振り続ける雨が止まった。少しキリっとした目に、黒いロングヘアの少女が、彼に傘を差しだしていた。
「私、古原桧並。風邪ひいちゃうよ?」
桧並が優しく、そう声をかけた。彼は恐る恐る、その傘を受け取る。何かに怯えているように。少しきょとんとした顔をした彼女は、彼を引っ張り、楽器店の中に入った。俺もその後に続く。さらにその後ろから誰かが入ってきた気配がしたが、振り返っても誰も居なかった。
「夢露さん、この子乾かしてあげて欲しいの!」
「おう、久しぶりに来たと思えばどうした?」
そう言って店の奥から出てきた夢露さん。夢露さんが彼の頭を撫でると、ずぶぬれだった彼はしっかり乾いていた。
「一丁上がりと。お前見ない顔だな、名前と誕生日教えてくれるか?」
「4月16日……浅短智……」
その質問に、彼はか細い声でそう答えた。今の俺よりも一回り小さな体は、小刻みに震えている。
「智君、何かあったの? 震えてるけど。初対面でこんなこと言うのはどうかと思うけど、私でよければ話聞くよ」
そう聞き、彼はぽつりぽつりと話しだした。彼女たちのことを信用できると思ったから。
こんゆわら~、和水ゆわらです~!
愚者名乗る勇者、第十四話です。更新ゆっくりで申し訳ないです、少しバタついていたものでして。そろそろ智君と桧並ちゃんが再開しそうですね。次で再開かな?
頑張って書きます、和水ゆわらでした。




