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第十三話 The still towering high wall. Goodbye for a while.

 八月十四日。私が一命先生の元に毎日通い始めてから、三週間が経とうとしていた。毎日毎日、九頭龍君の家に行って、一命先生と組手。そして一命先生になにもできずに負ける。そんなことを繰り返していた。今だって、相変わらず仮想空間で一命先生にぼこぼこにされていた。


「ほらほら、頑張らないと今日も私が勝っちゃうぞ」


 私と一命先生、それぞれが薙刀を構え、ぶつけ合う。頑張らないと、とは言うけれども、私は一命先生に薙刀の使い方は教わっていない。先生の見よう見まねで、薙刀を振るう。最初の頃よりは随分と上手く扱えるようになったし、全く攻撃が届かないわけではないのだが、技術に差がありすぎる。こっちが一撃入れるまでに一命先生は十回くらいは攻撃を当てられる。流石だ。一旦後ろへと跳び、距離を取る。距離を取りながら、大弓に持ち替え、矢を何発か打ち込む。一命先生はそれをすべて弾き、距離を詰めてくる。薙刀に持ち替え、攻撃に対応する。二つの刃がぶつかり、火花を散らす。そのまま、動けない。変に動くと一瞬で刻まれるのが目に見える。だから動けない。


「まだまだ考えが硬いよ」


 一命先生がそう言ったのが聞こえた。さっきまで重なっていた刃がふと消え、ガクンと前のめりになる。一命先生が薙刀を引き、膝から体勢を落としたのだ。一命先生の体勢は異常に低く、背中が地面についてしまいそうなほど。そのまま薙刀の柄の部分を振り、私の足を弾く。私はそのまま、床に倒れこんだ。起き上がろうとしたとき、首にひやりとした感触があった。一命先生薙刀が、こちらに向けられている。


「今日も私の勝ち。まだまだだねぇ桧並ちゃん」


 そう言って、一命先生が仮想空間を閉じた。私たちの心装(アルマ)はそれぞれ元の姿に戻った。私の巫女服のような鎧になっていた海月も元の姿に戻り、私の頭の上に乗っかった。


「まだまだって……一命先生まともに使い方教えてくれないじゃないですか、それなのにここまでよく戦えるようになったって褒めて欲しいくらいです」


 私は口を尖らせてそう言った。それを聞いた一命先生は苦い表情をして答える。


「だって私人に分かりやすく教えるとかできないし……確かに教えてない割にはかなり上達してるとは思うよ。そろそろ組手だけじゃなくて能力に合わせた戦い方もやってみようか。今日の午後は少し用事があるから、明日からでいいかな?今日は帰ってゆっくり休んでおくといいよ」


 やっと次のステップに進める。私は素直に、先生に従うことにした。


「今日はありがとうございました」


 二本のギターを背負い道場を出て、駅へと歩く。からっと晴れた、良い天気の道。夏真っ盛りというのもあり、非常に暑かった。


「暑いなぁ……風が無いのが辛いや」

「分かります、古原さん……どうです? 少しは涼しいですか?」


 急に声をかけられた私は驚き、振り返る。そこにいたのは、少し背の高い、肌の白い、蒼髪の少女。私に向かって手を伸ばし、その先から風が吹いて来ていた。私の名前を知っている……少し警戒した。


「急に声かけちゃってすみません。私、八波瑞花(やつなみずいか)って言います。同じ学校でして、夏休みの間に一年生の皆さんに声をかけていってるんです。皆さんと仲良くなりたくて」


 雰囲気が、この子は良い子だと感じさせた。二人で話をしながら駅へと歩く。


「古原さんはどうして九頭龍さんの家に? お付き合いしているとかですか?」


 澄ました表情でそう聞いてくる瑞花ちゃんがなんだかとっても可愛い。多分根っから真面目なんだろうなと思った。


「違いますよ。一命先生があそこで稽古つけてくれてるんです。私は好きな人、いますから」


 瑞花ちゃんが、それはごめんなさいと謝罪した。やっぱり真面目だ。


「じゃあ、残念ですね。もうその人には会えませんから」


 いきなりの突風。私は体を支えられず、空へと吹き飛んだ。十メートルは優に超えているだろう。このまま落ちれば骨を折るどころじゃすまない。私の服の襟についたペンダントが、海月に姿を変え、私の四肢に捕まった。海月がパラシュートのようになり、落下速度がおちる。良かったと、気を抜いた瞬間、横殴りの風が私を襲う。海月は制御が利かなくなり、大きく飛んだ。駅とは反対方向に吹き飛ばされ、空き地に墜落する。海月が私を包み、クッションになってくれた。


「ごめん、大丈夫?」


 大丈夫、と言うように海月が腕をぷるぷると揺らす。一瞬、空気が冷たくなった。巨大な超力(エナ)がこちらへと向かってくる。それを察知したのか、海月が私の鎧になる。私もギターを薙刀と大弓に変形させ、迎撃のために弓を構える。第六感(ウシオディス)で矢を作り、つがえ、引く。空き地から見えるまっすぐな大通りに、瑞花ちゃんが歩いてきているのが見える。撃とうかどうか迷ったが、さっき私を吹き飛ばしたし、敵意があるのには間違いない。とりあえず、牽制の矢を放つ。放たれた矢はまっすぐと飛び、瑞花ちゃんの目の前で爆発した。塵、ほこりが舞い上がり、煙幕のようになる。これでやられてくれれば楽なのだが……


「面白いですね。こんな矢も創れるんですか。もっと見せてください」


 視界の悪い中を、猛スピードで彼女は突っ切ってきた。その勢いのまま、私の首めがけ、手に持っている何かを振りかぶる。寸でのところで薙刀に持ち替え、大きく薙ぎ払う。瑞花ちゃんが何歩か飛び退く。その隙をついて地面に手を触れ、超力を流し込む。地面から壁を生やし、私と瑞花ちゃんを閉じ込める。これで周りに被害が出ることは無い。それよりもさっきの口ぶり、私の能力を知っている。一体何者なのだろうか。そんなことは、考えさせてくれないみたいだ。右手に握った、大きな楓の葉っぱのような武器を振るい、次々と風を飛ばしてくる。近づけない。


「爆ぜろ!」


 ならば距離の関係ないこの技で攻めるべき。小さな火山を壁や天井に創り出し、噴火させる。この空間は私の作ったもので囲まれている。だから私が創り変えも自由だ。瑞花ちゃんが躱していく先々に火山を作る。一度、瑞花ちゃんが火山を踏んだ。そのまま派手に火山が爆発する。爆炎が彼女を包み込んだ。倒れてくれないだろうか。


「思ったより強いじゃないですか……」


 爆炎が球状に形を変え、そのまま消える。球の中には、無傷の瑞花ちゃんがいた。


「なんで効いてないか不思議ですか? 簡単です。今の炎は私に届いていません。私の周りの風にぶつかっていただけです」


 そう言い放ち、彼女は距離を詰めてくる。至近距離での、徒手空拳。速すぎる。海月が動きをサポートしてくれても、対応するので精一杯だ。能力を使わせてくれない。何よりも、彼女が動くたびに突風が起きて、体勢を崩しそうになる。彼女の能力はおそらく風を操るだとか、そんな感じだろう。能力は強いとは思えない。でも彼女は強い。勝たなきゃ、殺される。『考えが硬い』その言葉が脳裏をよぎる。薙刀を瑞花ちゃんの攻撃を弾くためではなく、逸らすために使う。彼女の拳を、薙刀の柄で受け、そのまま流す。彼女の体勢が崩れた。


『百鬼夜行 一ノ幕 白面金毛九尾の狐 』


 彼女に向かって伸ばした腕から、超力が溢れ出す。超力は大きな九尾を創り出した。九尾が、瑞花ちゃんに猛攻を仕掛ける。私は少し離れ、弓で九尾のサポートをする。彼女は九尾と真正面からぶつかり合っていた。隙をついて放つ矢は、戦闘の余波である暴風ではじかれてしまう。


「邪魔です」


 矢を当てようと集中していた時、そんな声が聞こえた。目の前に、瑞花ちゃんが立っていた。私の胸に手のひらを触れさせている。離れなきゃ。そう思った時は、もう遅かった。


「『絶空』 これで終わりです」


 私の体の内側から、何かが溢れ、口から零れた。真っ赤な、血の味のする液体。息が上手くできない。九尾も形を保てず、消えてしまった。


「今、私のてのひらと古原さんの胸の間を真空状態にしていました。それを離すと、どうなると思いますか? 空気が流れ込みます。私の能力で、その量を増やしました。その風の力で、古原さんの中を壊しました」


 なんだか得意げに説明しているが、理解する余裕は私には無かった。


「それじゃ、死んでください。そういう依頼なので」


 瑞花ちゃんがこちらに手を向け、風を集める。私は体を這わせ、必死に逃げようとする。それが無駄だと分かっていながら。彼女の手から、風の球が放たれた。私はぎゅっと目を瞑った……しかし、その球が私に届くことは無かった。


「私の可愛い愛弟子をいじめる悪い子は、いったいどこかな?」


少し低い、聞き覚えのある声。私の体に触れる。少しずつ、楽になる。


「今、君の体の代わりになる空間創って繋げたから。ゆっくりそこで見ておくといいよ」


 わざわざ助けに来てくれたのだろうか……


「相初一命……私はあなたの命までもらうつもりはないんです、大人しく古原さんを渡してください」


 瑞花ちゃんが一命先生に言い放つ。それに対し、一命先生が応える。


「できない相談かなぁ。それよりも、その言い方だと私のこと倒せるみたいじゃん」

「倒せます。私は強いので」


 二人の超力が私の見ている前でぶつかり合う。ビリビリと、空間が歪む。さっき私と戦っていた時は本気じゃなかったのがよくわかる。二人の超力に押しつぶされそう。一命先生が薙刀を構える。それに対して、瑞花ちゃんが思い切り楓の葉を振る。暴風が吹き荒れる……しかし、一命先生は全く動じない。風の中をゆっくりと進む。薙刀を一度だけ振るった。私の創った空間ごと切り裂く、巨大な斬撃が飛ぶ。斬撃に巻き込まれ、瑞花ちゃんの右腕が無くなった。


「……え?」


 状況が分かっていないみたいだ。呆然としている瑞花ちゃんに、一命先生がゆっくりと歩み寄る。そのまま、彼女の頭に手を置く。


「辛いよね。すぐ治してあげるから」


  瑞花ちゃんががくりと意識を失って、一命先生に抱き留められる。


「桧並ちゃん、お疲れ様。ちゃんと治せる人探すから、少し眠ってて大丈夫だよ。よく頑張ったね」


 頭を撫でられ、私はゆっくりと眠ってしまった。


 桧並の超力が途切れた気がして、俺は彩斗の家を飛び出した。どこか遠くで、桧並が死にそうになっている……? とにかく俺は、さっきまで桧並の超力があったであろう場所へ時間をすっ飛ばし、走る。少し見覚えのある街並みに、巨大な四角い何かができていた。壁は、何かに斬られたように砕けていた。その中に、三人。倒れている桧並と、一命先生、そして……八波瑞花、だったか。蒼髪の少女が一命先生に抱えられていた。


「誰かな……? 桧並ちゃんを狙うなら、許さないよ」


 一命先生は敵意丸出しだ。まぁ忘れているだろうし、当然だ。八波さんを降ろし、薙刀を構える。一命先生がいるなら、応急処置はされているだろうか。でも、超力が消えたのは事実。今完璧に戻せるのは俺だ。一瞬時間を止める。桧並に駆けより、桧並の時間を戻す。内臓がひどく傷ついている。


「ちょっと、今触っちゃだめ……って、治してるの?」


 一命先生が薙刀を突き出し、そして引っ込めた。


「もしかして君、桧並ちゃんの仲良しさん?」


 キラキラとした目で、一命先生がそう聞いてくる。それには答えず、八波さんの右腕の時間も戻す。そしてそのまま、俺はこの場所から離れた。桧並を今すぐに抱きしめたいくらい愛おしい。でも、もう少しだけ離れておく。俺が完璧に使いこなすまで。近くにある少し高いビルの屋上に立ち、街を眺める。


「こんなとこにおったんか、急に飛びだすけん何事かと思ったわ……会わんでええと?」


 彩斗だ。彩斗は俺が今置かれている状況をすべて知っている。俺が話したから。


「大丈夫。もう少しの我慢だから。彩斗こそ、一命先生に会わなくていいの?」


 その返しに、肯定とも否定とも取れない笑みで返してくる。


「帰るか、さっきお前が言ったみたいに、修行ももう少しで終わりや」


 心の中で、またね、と呟く。彩斗の家へ、二人で帰る。信じられないくらい、その足は重たかった。





こんゆわら~!和水ゆわらです。

まず更新ペースが落ちてしまい申し訳ないです!いろいろ多忙だったものでして。

愚者名乗る勇者十三話です。三話でちらりと出てきた八波瑞花がストーリーに絡んできましたね。この子も重要人物です。最近重要人物ばっかり言ってますね。どうにかしたいですね。それでは、和水ゆわらでした。

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