第十二話 Time to become stronger for her, training. It's spicy and painful.
外の猛烈な暑さとはかけ離れた、過ごしやすい気温の、少し暗い部屋。ほんのりと、ミントの香りが漂っている。俺はその部屋の一角にある、ふかふかのベッドで目を覚ました。あたりを見渡してみるが、全くここがどこなのか分からない。平島彩斗……そう名乗る男に背負われ、どこかに行ったのは憶えている。予想できるのは、彩斗の家だろうか。久しぶりにこんなゆっくりとした場所で寝ていたので、うまく頭が働かない。部屋の外から、足音が聞こえてきた。足音の主が、部屋の扉を開ける。
「ん……やっと起きたんや。丸々一日寝とったけど、気分はどうや? 動けるか? 動けるなら早速教えることあるねん」
彩斗が、優しく尋てくる。本音はもう少し寝ていたいところだが、俺は起きることにした。
「大丈夫……あの、なんて呼べば良いですか? 彩斗さん? それと、敬語使った方がよかったりします?」
そう俺が聞くと、彩斗は笑った。
「別に適当でええで。敬語も別に使わんでええ。ただの近所の兄ちゃんくらい思てや、元気そうやな、特訓始めるで」
そう言って、彩斗は俺のことを撫でた。出会った時の、俺からの彩斗への不信感は消えていた。彼が部屋の外に出ていった後ろを付いていく。階段を降りると、とても広い、体育館のような部屋があった。
「すごいやろ。ここ、俺ん家なんやで。嘘やと思うやろ。ほんまやで」
彩斗がどや顔でそう言う。なんだろうか、少しその雰囲気が一命先生に似ている。
「それじゃ始めよか。まず智には心装を使えるようになってもらうで。これができるようになれば、自分の超力とか第六感をしっかり扱えるようになることが多いねん。それに心装はその人に一番合った武器になるからな、戦力の上昇に繋がんねん。ものは試し、やってみ」
やってみ……そう言われても、やり方が分からない。それに彩斗も気が付いたみたいだ。
「悪い、やり方分からんよな。お前、今一番大事なものあるか? 恋人とかやないで。純粋に大事なものや。あるならそれに思い切り超力込めてみるんや。無いなら家まで取り行くで」
大事なもの。一番大事なものだ。俺が今持っているものの中で、一番大切なもの。少し考えた。そして、俺は自分の視界に常に映っている、赤色の眼鏡を外し、手に持った。そのまま、少しずつ超力を高めていく。いきなり高めすぎないよう、ゆっくりと。眼鏡が、少しずつ溶けだした。粘土細工のように、形を変えていく。俺の超力を受け取った眼鏡は、真っ黒な持ち手に、紅い刃を持つ、大鎌へと姿を変えた。大きさは、持ち手だけで俺の身長よりも少し長い。刃の部分は……90センチくらいはあるだろう。イメージとしては、ゲームとかに出てくる死神の鎌だろうか。それにそっくりだ。ただ、彩斗は少し微妙な表情をしている。理由は何となく想像できたが……
「大鎌て……かっこええよ、かっこええけども。ちょっと使いにくいんやないんか……?」
その通りだ。実際年頃の男子としては、この武器の形は少しときめくものがある。しかし、大鎌という武器が使いにくいものだということも知っている。ただ、変わってしまった以上これを使いこなすしかないのだ。
「まさか師弟で変わり種の武器になるとは思わんやったわ。まぁええ。心装素直に出せたなぁ……智今までにもしかして出したことあるか?」
言われてみれば、何となくではあるが、あの事件の日に使ったことがあるのかもしれない。
「それじゃ、全力でいっぺん戦ってみよか。それで戦い方も憶えたらええ。それにこの中ならお前の力が抑えきれんでも大丈夫やろ?」
そう言うと、彩斗は仮想空間を展開した。それと同時に、腕時計を明けの明星へと変える。彩斗の超力は、はっきり言って化け物だ。一命先生や、彰久さんの超力量を越えていると言っても、過言ではないかもしれない。でもだからって、負けていい道理はない。俺も全力で、超力を解き放つ。二つの超力がぶつかり合い、空間にひずみが生まれる。大きく、不慣れな鎌を構えた。彩斗は一歩も動かず、こちらに大きく、沢山の棘の付いた鉄球を正確に、短い持ち手と長い鎖で操り、ぶつけてくる。一発一発が正確で、速い。おそらく威力も相当なもの。ひたすら躱す。防戦一方で、近づけない。何よりも、右手に持つ大鎌が邪魔すぎる。素手なら、どうにかなりそうなのだが。そんなことを考えて、鉄球から意識を離してしまった。右腕に、強い衝撃。それと共に、俺の体が軽く跳ぶ。
「痛ってぇ……」
右腕の内側がズキズキと痛む。でも、右手に握っていた大鎌は、鉄球が直撃したにも関わらず、無傷だった。少し試してみようか……俺が体勢を整えたのを確認して、再び彩斗が鉄球の猛攻。今回は、避けない。大鎌を斜めに、鉄球の動きを逸らすように鉄球に当てる。耳障りな金属音と、激しい火花が散る。そしてそのまま、鉄球は俺の横を通り抜けた。その隙に、大きく踏み込み、彩斗に近づく。一歩で、最速で。彩斗が鉄球を戻す前に距離を詰める。大きく体を反り返らせ、踏み込みの勢いにのせて、大鎌を振りぬく。あと指一本分。刃と彩斗の首の距離がそこまで縮まったとき。俺の後頭部を、さっき彼方へ飛んで行った鉄球が襲った。重い一撃と共に、俺の体は動かなくなる。それを確認して、彩斗は仮想空間を閉じた。
「はいお疲れさん。初めて意識的に使ったにしては上出来やったで。そう簡単に壊れへんって気づいてから行動に移すまでの判断力、そもそもの身のこなし、そして容赦なく首落とそうとしてくる冷酷さ。戦いに必要なもん全部持っとる。あとは場数を踏んでいくべきや」
動かない体、少し霞む意識で、俺はそう言う彩斗の言葉を聞いた。少しすると、意識もはっきりとしてきたし、体も動くようになってきた。気が付くと、紅い大鎌は消え、元の眼鏡に戻っていた。
「吐き気とか無いか? 何か自分がおかしくなりそうとか、精神的な異常も大丈夫か?」
彩斗の声がかなり心配そうだ。優しいな。
「大丈夫。疲れたくらい」
そう俺は返す。そのまま、ゆっくりと体を起こす。立ち上がろうとした瞬間、俺の視界は激しく点滅した。一瞬、全身から力が抜けた。そのまま、床に体を激しく打ち付けた。息が苦しい。いくら呼吸しても、酸素が足りない。全身が熱い。燃え尽きてしまいそうだ。
「智、しっかりしぃ!」
どこか遠くで、彩斗がそう呼んでいるのが聞こえた。
「ええか、ゆっくり、俺の言う通りしてな。苦しいやろうけど、もういっぺん心装解放してや」
言われた通りに、朦朧とした意識の中、眼鏡を外し、大鎌に変える。熱が、その大鎌に奪われていく感じがする。
「今、お前がずっと使わんで抑えとった超力がいっぺん解放されてな、そしてそのまま元に戻って抑えられてんねん。体がその負荷に耐えられていない状態や。動けるなら、動けるだけ暴れろ。俺が相手してやるけん。一旦超力出し切らんときついで」
彩斗はもう一度、仮想空間を開いた。少しすると、俺を襲った苦しさも、体の熱さもすっかりと消えた。なぜか、体がそわそわする。意識の根幹が、『戦え』と言っている。彩斗は、鉄球を構えて、超力も開放している。さっき言っていた言葉は本当みたいだ。ならば、言葉に甘えて好きなだけ戦うことにする。大きく踏み込み、距離を詰める。距離を開けても良いことがないと、さっきの修行で思い知った。
「修行のついでやと思えな。俺たちみたいなこういう変わった武器は対応させられたらあかんねん。相手に対応させるんや」
そう指導しながら、彩斗は俺の猛攻をひらりひらりと躱し続ける。かなりの至近距離だというのに、鉄球を巧みに操って、俺の攻撃を邪魔してくる。狙いは相変わらずかなり正確だ。ならば、それを利用できないだろうか。鉄球に注意しつつ、攻撃を叩きこむ。俺の頭めがけて飛んできた鉄球を一度躱す。そして俺がさっき受けた、戻ってくる鉄球が飛んできたのを確認してから、大鎌の切っ先を一瞬だけ鉄球にぶつける。鉄球が大きくぶれた。そのまま鎖を掴み、彩斗に思い切り投げつける。予想外だったようで、彩斗は正面から、鉄球をもろに受け、仰け反る。しかし当たる瞬間に、勢いを殺されたみたいで、あまりダメージは無いようだが。でも、その一瞬で十分。彩斗の背後に回り、大鎌の刃を彩斗の首にかけ、そのまま引く。その瞬間、指をパチンと鳴らす音が聞こえた。俺の首に激痛が走った。深く、斬られたような傷から、血があふれ出る。すぐに、傷口の時を戻し、傷を無かったことにする。
「驚いたやろ。これが俺の第六感やで。自分につけられた傷と相手の傷をそっくりそのまま入れ替えるんや。能力名は嘘の傷って言うんや……もうちょっとカッコいいの無かったんかなって思うけどな」
ケラケラと彩斗が笑う。聞いただけだと、弱点が無いようだ。強い。攻撃したら傷が返ってくるわけだ。でも、その言い方ならば、一つだけ弱点があるように思えた。超力を、大鎌に纏わせる。大鎌の刃に、時計のような装飾が現れた。そのまま、大鎌を薙ぎ払う。仮想空間が、真っ二つに割れる。彩斗はその斬撃を跳んで躱した。そこまで、想定内。こちらも跳び、追いかける。さっきの斬撃の余波で、俺以外の時間はゆっくりと流れている。追いつくのは容易い。
『時環』
彩斗の体に、俺の手のひらを押し当て、そう唱える。彩斗の体が床に叩きつけられる。そのまま、動かなくなった。少しやりすぎただろうか。仮想空間が消えると同時に、彩斗は飛び起きた。
「油断しとったわ……お前ほんと強いな。まさか負けるとは思ってなかったで。最後のあれ凄かったな、どうやってんねん」
彩斗は清々しくそう言った。俺は強い、と言われて嬉しかった。大鎌は眼鏡に戻ったが、さっきのような苦しさは無い。
「最後のあれは、『時環』っていう技でね、対象の時間を、ある瞬間からある瞬間までの時間をループさせるって技だよ。強い代わりに、直接触れないと発動できないのが欠点。だからさっきみたいに当てられる状況を作らなきゃいけないんだ」
彩斗は説明を聞くと、うんうんと頷いていた。そして俺の頭を撫でた。二人で地下室から出ると、廊下の窓の外から夕焼けの光が差し込んでいた。少しお腹が鳴った。
「お腹空いたやろ。俺料理とかせんから、全く家に食べるもんないねん。コンビニ行ってくるから待っとってな」
そう言うと彩斗は家から出ていった。俺はとりあえずリビングに行ってみる。そこは足の踏み場が無いくらい散らかっていた。ゴミがあるわけではなく、純粋に物が出しっぱなしだ。気になる。
「帰ってくるまで、片付けるかな……」
俺は物が散乱しているリビングを片付けだした。元々の場所が分からないので、少しだけ能力を使う。時間を戻すのは疲れるので、過去を覗く。あらかた場所を覚えたので、てきぱきと、俺は片付け始めた。床が半分ほど見えてきたあたりで、俺は片付ける手を止めた。物の山の中に埋もれていた写真を手に取り、眺めていた。そこには、彩斗と一命先生が写っている。二人共、キラキラとした笑顔で。玄関の扉が開く音がした。彩斗がコンビニの袋を持ってリビングに入ってくる。
「ただいま、なんかきれいになっとるな。片付けてくれたんか、ありがとう……智、その写真気になるんか?」
彩斗の質問に、俺は頷いた。
「そっか、隣に写っとるの俺の彼女やで。相初一命って名前や。その写真は四年くらい前の写真やな。大学の時のやつや。仲良かったんやけど、最近はあんまり会える時間なくてな……三か月くらい前に喧嘩したのを最後に、会ってない。もう嫌われとるかもな」
彩斗の声は、寂しそうだ。話を聞いていて、俺の眼から、涙が零れ落ちた。会いたい。桧並に会いたい。彼女を傷つけ無いように、そう思って彼女から離れたのに。
「智、理由は聞かんけど、お前も大変なんやな。あんまり男に言われて嬉しくないかもやけど、泣いてええで。好きなだけ泣き。子供が我慢せんでええ」
中身は子供じゃない。もしかすると、彩斗よりも年上かもしれない。でも、涙はとめどなく溢れてくる。体だけじゃなくて、心まで、時間が戻っているみたいだ。泣きじゃくる俺のことを、彩斗は優しく見守ってくれていた。
こんゆわら~♪和水ゆわらでーす!
愚者名乗る勇者、十二話です。彩斗君と智君の修行回ですね、ついでに彩斗君が一命先生と付き合ってるって情報もさらっと流しました。智君に負けちゃいましたが、彩斗君、本気で戦ってないかもしれないですよ?
それでは、和水ゆわらでした。




