第十一話 Fools and hopes for fools, their efforts
私は、部屋で考え事をしていた。私が今一番失いたくない、大切なもの。それに悩んでいた。私にとって大切なもの、それが私が強くなるために、何か関係があるのだろうか。とりあえず、大事だと思うものを、いくつか取り出し、床に並べる。お母さんからもらったネックレス、小学校の友達との写真、そして……
「みんなの記憶から消えても、物としては残ってるんだね……」
少し暗い色の、H&Sのイニシャルが塗装されたベースギター。ふと私は、部屋から出た。隣の部屋に入る。三か月前から、無意識に入らなかった部屋。お母さんも、おそらく一回も入っていない。部屋の中は、三か月前と変わらない、片付いた部屋。整頓された本棚に、難しそうな、分厚い本が並んでいる。そして、本棚のとなりに、私は探しているものを見つけた。ベースと同じ色、同じ塗装のクラッシックギター。
「これと、私のギター。二つで一つ。二つとも、私の大切なもの……」
私はこの二つを、明日持っていくことに決めた。片方ではだめ。何となく、そう感じた。
「桧並、ごはんできたよー」
一回から、お母さんの声がする。私はその呼ばれる声に従い、リビングへ行った。テーブルの上には、私の好きなハンバーグが作られていた。
「今日は帰ってくるの遅かったじゃない。友達とどこか行ってたの?」
お母さんが、そう聞いてきた。私は少し考えて、答えた。
「先生に指導してもらってたの。私も少しくらい強くなりたくて」
「ふーん……まぁ別にいいんだけど。確かに最近、桧並は強くなったわね。何があったのかしら」
お母さんが、少しニヤニヤしながらこちらを見つめている。中学校の頃からよく見る、私の色恋沙汰をうかがう時の顔だ。
「誰かの為に強くなるのは良いことじゃない? お母さんもそんな時期あったなぁ……」
お母さんが、ふと静かに、自分の左手の薬指につけた指輪を見つめた。私は、その指輪のもう片方をつけた相手を知らない。
「さて、さっさと食べちゃって。片付けるの面倒なんだから」
そう急かされ、私はハンバーグを頬張った。そしてその後、特に何もなく、私はいつも通り一日を終えた。
次の日の朝、私は九頭龍君の家へと向かった。大きな、和風のお屋敷だ。門に備え付けられたインターホンを鳴らす。
『古原? どうしてうちに。今日は特に道場に来てほしいなんて言ってないよな?』
九頭龍君の声だ。私は一命先生に鍛えてもらっていること、そのためにここに来たことを伝えた。門がゆっくりと開いた。中から九頭龍君が出てきた。
「こんな早くから来てくれたのにごめんな、一命、まだ寝てるからさ。起こしてくる」
休みだからだろうか、九頭龍君が一命先生のことを呼び捨てにしていた。ちゃんと、従姉弟なんだなと思って、少しほっこりした。私は先に、道場で待つことにした。二つ背負って来たギターケースを床に置く。服の襟に着けたペンダントが、少しずつ大きくなり、海月の姿に戻った。そしてそのまま、私の頭の上にちょこんと乗った。相変わらず、この子の纏う超力はふわふわしていて、落ち着く。
「うーん……こんな早くに来てもらったのにごめんねぇ……」
淡い紅色の目をごしごしと擦りながら、一命先生が道場に来た。休みの日でも、相変わらず白衣を着て、眠たそうだ。
「さてと、気を取り直して、大事なもの持ってきたかな」
私は一命先生に、二つのギターを見せた。
「なるほどね。二つも持ってくるなんて、桧並ちゃん欲張りさんだ。それじゃあ、強くなるために大事なこと、今からするよ」
一命先生はそう言うと、私にギターを持って、座禅をするように言った。足を組み、その上に二つのギターを持つ。
「能力者はね、超力と第六感がの二つが大きな戦闘能力。そう思ってないかな。実はもう一つ、大事なものがあるんだよ。それは、心装っていうんだけどね、その人その人に合った武器を自分で作り出すんだ。そのために、大事なものが必要ってわけ。桧並ちゃんならすぐにできると思うよ。やってみて。」
ヒントも何もなしに、やってみてというのは教える立場としてどうなの、とは思ったが、とりあえずやってみることにした。禅を組んだまま、目を閉じる。足の上にあるギターに、ほんのりと超力のオーラが見える。この二つが必要。つまりこの超力が必要なんだ。どうすれば良いのだろうか……少し考えたが、見当もつかない。座禅をを組んで動けない、今の私にできることは、超力を高めることだ。限界まで、私は超力を高める。私の超力が、私の体だけでなく、ギターまで包み込んだ。
「桧並ちゃん、目、開けてみてよ。大成功だから」
ゆっくりと目を開くと、私の足の上にあったはずのギターは消え、代わりに、私の背丈よりも大きな弓と、これまた大きな薙刀があった。それぞれ、ギターとほぼ同じ色をしていたし、目立たないが、どちらにもひっそりとH&Sのイニシャルがある。となると……
「心装って、自分の大切なものを武器に変えるってイメージで合ってますか」
一命先生は頷いた。そしてすごく嬉しそうな顔をしていた。
「その通り、そして嬉しいね、本当は今日はこれだけ教えてさ、心装の種類によってその武器の先生を紹介しようと思ったんだよ。でも薙刀は私の心装が薙刀だから教えられるし、大弓も私は使える。だから早速特訓だよ!」
そう言うと、先生は勝手に仮想空間を展開した。それに反応したのか、海月が大慌てで私の鎧になる。その形は、昨日の騎士のようなものではなく、巫女さんの和服のようだった。
「なんで形変わってるの……?」
「海月ちゃん気遣い完璧。薙刀や大弓には昨日みたいな鎧は似合わないもんね」
そうそう、と共感するように、海月がぽよぽよと、巫女服の裾を揺らす。似合う似合わないの問題なのか、と少し呆れたが、この際置いておくことにした。
「先生、よろしくお願いします」
一命先生の、感覚派の武器教室が始まった。
『臨時ニュースです。先ほど、新東京都第六銀行で、男が女性職員に刃物を突き付け、現金を要求。約六億円を奪い、現在逃走中とのことです。職員や、駆け付けた警察に寄りますと、犯人は真っ黒なロングコートにサングラスをかけ、マスクをして、銀行のすぐ近くに駐車されていた軽トラックに……』
夕方。退社時間によって作り出される、ビル街の雑踏を歩いていた。そのとき、そんなニュースが、ビルの壁の大きなスクリーンから聞こえて、俺は足を止めた。第六銀行となると、ここから歩いて五分ほど。かなり近いところにある。何気なく歩道から、車道の方を見てみると、たった今ニュースで流れた特徴ともろ被りの軽トラが信号で止まっていた。運転席には真っ黒なロングコートにサングラスをかけ、マスクをした男。この暑い時期に大変だろうな。そんなことを考えていると、軽トラが走り出した。見つけた以上、見逃すのは良心が痛む。超力を纏い、深く踏み込むと、そのままジャンプ。なるべく気づかれぬよう、静かにその軽トラの荷台に着地した。運転手はどうやら気づいていないようだ。俺は大量に載せてある荷物の中に隠れ、静かに荷台に乗っていた。しばらく走って、軽トラは人気のない、廃倉庫の前に止まった。
「ふぅ……うまくいったが、この格好暑いな。俺の分け前少し多くしてもらうか」
運転席の扉が開き、そんな声が聞こえる。俺は一旦、荷台から離れ、近くの物陰に身を潜めた。運転席から降りてきた男は、あたりをきょろきょろと見回すと、倉庫の中へと入って行った。警察にとりあえず通報しておくことにした。
「良くやったなぁ、3人で1億ずつってとこか?」
「おい待てよ、俺は大変だったんだぞ。俺の分少し増してもいいだろ」
そんな声が聞こえてくる。俺は倉庫の扉を開けた。中には男が3人。
「さてと、お金返して貰いましょうか」
俺がそう言うと、男のうち1人が笑った。
「おいおい、お嬢ちゃんが無駄な正義感で来ていい場所じゃ無いんだぞ。俺たちは全員Sに届くレベルの能力者だぞ? 怪我したくないなら帰りな」
そう言った男に、俺は少し笑いながら言い返した。
「それってSじゃないってことでしょ。正直、なんの脅しにもならないかな」
「……舐めたこと言いやがって、もう無事で帰れると思うなよ?」
分かりやすい怒りをこちらに向け、三人が俺を囲むように立った。さっきトラックから降りてきた男が、こちらに腕を伸ばして、超力を込めているのが分かる。足が少し重くなった。
「どうだ? 重みが増しただろ? お前ら、やっちまって良いぞ」
他の二人が、一斉に跳びかかろうとしてくる。俺はそれを、軽く躱す。なんというか、次の行動が分かりやすすぎる。それに、少しばかり足が重たくなったが、ほぼ枷にならない。
「ごめん、やっぱりお兄さんたち弱いや……」
俺はそう言い放ち、超力を解放する。三人の動きが止まった……正確には、世界の動きが。止まった時の中で、俺は三人の鳩尾のあたりを軽く殴った。十秒ほど経って――止まっているのであくまで体感だが――世界はゆっくりと動き出した。三人の男たちは、うずくまり、動けなくなっている。
「な……にしやがる……」
「なんか鳩尾のあたりに超力を作る器官があるらしいです。そこを麻痺させました。警察もすぐに来るはずです。大人しく御用ですね。それでは」
微かに、パトカーのサイレンが聞こえてきたので、事情聴取とかになるのは面倒だと思った俺は、倉庫から出て、近くの路地裏へと入って行った。大きく踏み込み、屋上へと軽く跳びあがる。屋上に誰も居ないことを確認し、俺は大の字に寝転がった。息が荒い。動悸も激しい。あのオークション会場での事件があってから、一度桧並が死んでから、間違いなくそれをきっかけに、俺は第六感を制御できるようになった。その上、超力の量も跳ね上がっている。時間を操る力も大きくなり、物の時間を進めたり、戻したりだけではなく、概念としての時間操り、止められるようになったのだが……
「しんど……まだこの程度じゃだめなのに……」
自分の成長の遅さに、俺は心底うんざりしていた。三か月間あったにも関わらず、俺はそこから、なかなか進まない。止められる時間は10秒のままだし、一度使うだけでもかなり疲れる。せめてもう少し、疲労を感じないようにしたいものだ。少しは強さに繋がると思って、さっきみたいに事件の犯人を見つけては戦うを繰り返していたが、あまり効果は無いみたいだ。
「この程度じゃだめって、強くなりたいんか?」
不意に声をかけられ、裏返った声が口から飛び出そうになる。大阪弁、金髪のロン毛を後ろで束ねた猫目、おまけに猫背の、俺より少し年上……おそらく一命先生と同じくらいの男が立っていた。俺の全身が、こいつに拒絶反応を示していた。急に声を掛けられて驚いたから? ここは誰も来ないような場所だと思っていたから? 違う。俺はこの男がすぐそばに来るまで気づけなかった。だからだ。
「……誰だよ、お前」
吐き出した言葉は震えていた。
「俺は平島彩斗っていうの。ほんで? ちょっと話してもええん?」
「断る。お前が怪しすぎるからね」
まだ少し動悸が激しいが、戦えないわけじゃない。この男、平島彩斗に対して、信用というものがまるでできなかった。
「力ずくは嫌なんやけどな……まぁええ、かかってきな。そのうえで話しよか」
十秒、それだけの時間でカタをつける。時間停止一回のうちに決着がつかなければ、俺はこの男には勝てない、そう思わせるだけの超力が、平島彩斗という男にはあった。集中し、世界を止める。十秒間、強化した拳で、ただひたすらに彩斗を殴った。視界が、一瞬フラッシュする。まだ五秒。それなのに限界が来ているというのだろうか。世界が動き出した。それと同時に、俺の体が吹き飛ぶ。まるで一瞬のうちに何度も殴られたような衝撃を受けて。屋上のフェンスに激突し、そのまま突き破る。俺の体は、重力に従って落下しそうになった。俺の手を、彩斗が掴み、引き上げた。
「お前、なかなかやるな。せやけどまだまだ未熟やで」
俺を寝転がらせ、その隣に座って彩斗がそう言う。未熟なのは分かっている。言い返せない。
「お前の能力は確かに強い。状況から考えるしかないけど、多分時間操作ができるんやろうな。せやけど心装使わへんのはなんで? まさか知らん? 知らんなら教えたる。これや」
そう言って彩斗が自分の腕時計を指差した瞬間、腕時計が鎖と、その先に持ち手のついた大きな鉄球――モーニングスターのようなものだろうか――に変化した。
「これが心装や。大事なものを武器に変える。これができたら能力者として一人前や。それと、聞きたいことあるんやけど、なんでそんな変わった眼鏡かけたままで戦おうとしたんやねん」
その疑問に、俺は答えたくなかった。
「当てたろか、自分の力が怖いんやろ」
一瞬、俺は息が詰まった。その通りだったから。
「図星やろ。俺は今まで何人か自分の力を抑えようとする奴を見てきた。どうしてか聞くとみんな決まって自分の力が怖いからって言うねん。実際は自分の力を抑えきられへんなんてことはあれへん。お前、名前は? 強くなりたい奴は好きや。手助けしたる」
彩斗の言葉に、嘘はなさそうだ。
「俺は浅短智。強さが必要なんだ。手助けしてくれるなら、信用する」
その返答を聞くと、彩斗は俺を背負った。どこかへ向かっているようだが、よく分からない。俺は彩斗の背中で、ゆっくりと目を瞑った。
こんゆわら~、和水ゆわらです。
愚者名乗る勇者、第十一話です。体調不良等でちょっと更新できなくて申し訳ないです。
今回から、智君視点でも再び物語が描かれて行きます。平島彩斗という人物も出てきました。この人物はなかなか大事なキャラになる予定ですよ。
次もなるべく早く投稿目指します、和水ゆわらでした。




