第一話 The reverse of the past
俺の名前は浅短智、26歳。この超能力時代なんて言われてる時代の中、能力が目覚めないという、一億人に一人なん言われている驚異の確立を手にした、運のいい男だ。
西暦2082年。世界は科学技術の発展により、素晴らしい力を手に入れた。
『第六感』
そう呼称されている、いわゆる超能力だ。脳を科学技術によって無理矢理活性化させて、超能力を手にすることができるようになっていた。1部を除いて。
「今日もお仕事お疲れ様、俺」
仕事場である牛丼の安いチェーン店を後にし、自転車に乗って、スマホでラジオを、気まぐれに聴きながら、家への道を走る。日はすっかり沈み、星がぽつりぽつりと見え始めていた。
『それではここで、一週間のニュースをお伝えします。東京都、大阪府の二か所で、同時刻に大型ビルが爆破されるテロ事件が発生しました。負傷者は435人、死亡者が一人。死亡したのは、有名シンガーソングライターの古原桧並さん……』
俺は乗っていた自転車とともに、派手に地面にぶつかった。
古原桧並だって? 俺の脳裏によぎったのは高校時代の親友の顔。俺の夢を応援してくれた唯一の。大急ぎでスマホを拾い上げ、事件の詳細を、古原桧並という女性をを調べる。そして調べれば調べるほど、確信を持った。俺と同じ高校、俺の知っている漢字。そして変わらない、はじけた笑顔。間違いなく、古原桧並というアーティストは、俺が高校生時代に片思いしていた親友だ。俺は失意の中。自転車を起こし、押しながら帰った。安くも、高くもないアパートの一室。部屋に入るや否や、俺は体をリビングのクッションに預けた。視界の端に、使い古されたギターが映る。暗い色の、H&Sと、はがれかけの塗装がされているギターが。
「あいつ、夢叶えたくせに死んじゃったのかよ……」
高校の頃の思い出。屋上で、二人でギター持って、沢山曲を弾いたことを思い出す。そしてその時に言った約束も。
『二人共プロのミュージシャンになる、そしたら一緒に曲作ろうよ。智君は歌上手だから、ボーカルやってほしいな』
それから暫くして、俺たちは卒業。そして自然に連絡もしなくなった。ミュージシャンになりたいという夢を断念した僕。あきらめなかった彼女。どこが違ったのだろう。久しぶりに僕は、ギターを持って、曲を奏でた。やはり八年ほど触らなければほぼ初心者と同じだが、あの頃彼女と弾いた曲を思い出しながら、ゆっくりと。
ふと、玄関のチャイムが鳴った。扉を開けると、そこには女性が立っていた。
「久しぶりね、智くん。覚えてるかしら、私、古原桧並の母親だけれども」
もちろん覚えている。高校の時、かなりお世話になったから。
「はい、お久しぶりです。高校の時はお世話になりました。ですが大変なのでは無いですか。なぜ今、俺の家に」
当然の疑問だ。桧並がああなった今、こんな奴の家に来る暇はないと思うのだが。その質問に答えるように、彼女は懐から、封筒を取り出した。
「桧並が書いてた手紙なの……遺品の中にあって、住所も書いてたから、あの子の気持ちを届けたくて」
震えた声で、そう言った。僕は手紙を受け取った。桧並のお母さんは、忙しくなるから、と帰ってしまった。いまさら桧並が俺に手紙など、どうしたのだろうか。封筒の封を破り、中にある便箋を読んだ。
久しぶり。八年も前だから、忘れられているかな。君の親友、古原桧並だよ。どうせ智君はテレビとか見ないタイプだから、私が夢を叶えたのももしかしたら知らないかもしれないね。私、夢を叶えて今日で一年になるんだよ。だから、心残りを伝えようと思って手紙を書いたの。
私、智君のこと、大好き。八年も経ってるし、何言ってんだって感じだろうけどね。夢とか、やりたいことに向かって、愚直なまでに突き進んでいく智君のことが。あの頃から、ずいぶん時間も経って、智君の夢は変わってるかな。この手紙を見て、もう一度親友として会ってくれるなら、お返事待ってるね。
短い手紙だった。俺は、泣いた。一人で、部屋の中で。大声で。そして申し訳なくなった。あの頃の愚直な、桧並が好きになった俺はとっくの昔に死んでしまったことが。今の俺は、好きなことなんか忘れて、社会の波に揉まれるだけ。でも、彼女の手紙を読んで、決心した。
「少しだけ、愚直な俺を生き返らせてみるとしようか」
次の日から、俺は路上で、ギターを弾いた。
八年のブランクはあれど、なんとなく思い出してきたギターと、桧並が褒めてくれた歌声の二つを、行き交う人の中で鳴らした。何人かが、足を止め、聞き入ってくれているのがすごく嬉しかった。昼を過ぎた頃のことだった。
突然、俺の体は宙を舞った。ぐるぐると回り、地面に打ち付けられる。何が起きたのか分からなかった。全身が痛くて痛くて仕方ない。口から、温かい真っ赤な液体が噴き出てきた。うまく動かない眼を精いっぱい動かす。トラックが壁に突っ込んでいるのが見えた。どうやら俺は、このトラックに跳ね飛ばされたらしい。さっきまであった痛いって感情は消え去り、何も感じない。あぁ、死ぬんだと思った。赤く染まった意識が薄れていく。
「あの世とかあったら、桧並とまた会えるかな……」
俺はこの日、死んだ。
「こら、起きなよ、智君。ホームルーム終わったよ」
なんだか懐かしい声、死んだはずの体を起こす。ここは、高校時代の教室にそっくりだ。目の前に、制服を着た古原桧並が居た。
「桧並、お前死んだんじゃ……俺も死んだからまた会ったのか……?」
彼女はぽかんとしていた。
「何言ってんの。夢でも見てたの?ほら、帰るよ。一緒に帰ろう」
何を言っているのか、状況が分からないのはこっちだ。トラックに轢かれたと思ったら、高校の教室にいて、死んだはずの桧並がいて……ふと、窓の外を見てみた。そして、窓に映った自分の姿を見て確信した。あまり気に入っていなかった、女子みたいな顔、華奢な体つき。どうやら俺は、過去に戻ってしまったらしい。桧並の後を追いかけ、俺は教室を後にした。
俺は、桧並と一緒に、学校の帰り道を歩いていた。正確には、帰り道の途中にある楽器屋へ向かっていた。
「あのさ、明日、楽しみじゃない?」
桧並がそう聞いて来た。明日は何かあったっけ。記憶をたどるけれど、思い当たるものがない。
「あ、まさかスケジュール表見てないの? スマホで配信されてたでしょ、ちゃんと見ときなよ」
そんな仕組みだったっけ。すっかり忘れている。八年、いや十一年前になるのか。それだけ時間がたっているししょうがないだろう。見せてもらったスケジュール表には、こう書かれていた。
『第六感覚醒及びそれのランク認証』
つまり能力を目覚めさせるってことだ。
「大丈夫かな、俺、能力使える自信ないよ」
自信がないというか、実際使えないのだが。
「智くん容量良いからさ、きっと能力も良いもの目覚めるよ。一応目覚めるには強い意志があったほうがいいって聞いたことあるよ」
桧並はそう励ましてくれた。そのうちに、僕たちは目的の楽器屋に到着した。
「よう仲良しガールズ、いつもきてくれてありがとな、お前らに渡したいものがあるんだよ」
店の中からそう言って来たのは、ガタイのいい、無精ひげを生やした大柄な男。この楽器店の店長、音波夢露さんだ。
「ガールズって、僕は男だって何度も言ってますよね!」
このやりとりも懐かしい。信じられないかもしれないが、それだけ俺は女子と遜色ない容姿をしていたのだ。
「ほんとですか、何ですか、夢露さん、見せて下さい!」
渡したいもの、そう聞いて瞳と声を輝かせた桧並。僕達二人は、店の奥へと連れて行ってもらった。この時のことは忘れていない。この後に、夢露さんは僕たちにあるものをくれた。
「ほらよ、お前ら二人でおそろいのギターだ」
少し暗い色のギターに、H&Sのイニシャルも入れた、シンプルなクラッシックギターとベース。それを僕たちにプレゼントしてくれると、夢露さんは言っていたのだ。
「でも、なんで俺たちにくれるんですか、俺たち、いつも店に寄るだけで、何も買ったことないのに」
俺はこれが聞きたかった。昔は、つまり一回目の16歳のときは嬉しすぎて、聞く余裕がなかったから。
「覚えてるか、お前たちがここに寄り付くようになってから、今日でちょうど一年になるんだよ。俺はお前たちの誕生日なんか知らないから、これを誕生日プレゼントってことにしとけ」
そう言うと、夢露さんは店の倉庫のほうへ行ってしまった。
「ありがとうございます!」
俺たちは大きくお礼を言うと、店を後にした。
「ちょうど一年、ってことは私が智君と会って一年ってことだね。今日はいろんなことが重なってる日なんだね」
彼女の眼には、涙が滲んでいた、うれし涙だろう。俺もさっきから嬉しくてたまらない。夢露さんは俺たちの誕生日を知っている。いつも初めてお店に来た人には誕生日を聞いているからだ。
「智君、誕生日おめでとう。今年も一年よろしくね」
「桧並もおめでとな。こちらこそよろしく頼むよ」
今日、4月16日は俺たち二人の誕生日も重なっていた。
二人で、同じ家路を歩く。少しゆっくりな桧並に合わせ、俺もゆっくりと歩く。
「智君、一年経つけど……家、帰らないの?いや、うちにいるなら構わないんだよ。私はすごく嬉しいし、お母さんも智君のこと大好きだもん。でも、大丈夫なのかなって」
一瞬息が詰まった。一年前、正確には十二年前の今日を思い出す。両親と大喧嘩して、家を飛び出したあの日を。そしてそのあと、俺に手を差し伸べてくれた桧並を、桧並が俺を家に連れて帰って、しばらく置いてあげて欲しいという無茶なお願いを聞き入れてくれた桧並のお母さんを。
「帰らない。あんな人たちのところ」
俺にはそんな意思はない。今の俺の家は古原家だ。その答えは予想できたらしい。桧並は笑っていた。
「あらお帰り、二人共。夢露さんから聞いたわよ、ギターおめでとう」
少し歩いてたどり着いた家の前で、俺たちは一人の女性に会った。桧並のお母さんだ。家出してきた俺のことを、受け入れてくれた。少し変わっているけれど、とても優しい、良い人だ。
「ただいま。お母さん」
「ただいまです、お母さん」
桧並のお母さんのことを、俺はすごく慕っていた。15年間一緒にいた、俺のことをすぐに殴った、15年間一緒に居ても、何も期待してくれなかった両親よりも、俺にとって親だ。
「今日の夜ご飯何? 私ハンバーグが良いんだけど」
今日の晩御飯という、なんでもない雑談を交わしながら、俺たちは家の中へと入った。自分の部屋へ戻り、鞄を置く。
「俺のやるべきことってなんだろうな。普通に人生もう一周で良いのか?あいつが事件に巻き込まれないような未来を目指したいよな。そんな大したこと、しなくても大丈夫かもな。高校生活エンジョイするか」
ベッドの上で大の字に寝っ転がり、そんなことを考えていた。
和水ゆわらです!小説を書き始めた時から、ずっと書いて見たかった異能力ものに、ついに着手してみようと思います。とは言っても、この話ではまだ能力は出てきませんが(笑)
第二話から、能力が本格的に出てきます。できるだけダラダラならないように、楽しんで読めるように頑張りますので、よろしくお願いします!