わたくし、怒ってますの。
目を覚ました。
ぼやける天井。
特に左目が開け辛い。
右端の視界に人影。
「お嬢様!」
あぁ、マイヤの声だ。
誰か分かったら人影がマイヤになった。
「旦那様と、奥様方をお呼びして参ります!」
駆け出した行くマイヤ。
えっーと、わたくしってば、どうしたんだっけ?
左頬に痛みが走る。
「ソムニア!」
お父様、お母様、お兄様もいる。あれ?ミルドがいないわ、あぁまた、あの子の後を追っているのでしょう。
「大丈夫か?」
お父様の後ろでお母様が泣いてる。
「お母様、泣かないで?左頬がやけに痛いだけ……、わたくし、どうしてしまったのかしら?」
わたくしは、騎士団長の令息であるオズワルド様に殴られたとのことだった。
あー、思い出したわ。
「フィオリア様は御無事?」
わたくしの問いにお父様が頷かれた。
「あぁ、御無事だ。たいそう気にかけて下さってな、先程使いの者を走らせた。一体、どうしてこんなことに?」
今日は学園の卒業式だった。
親友のフィオリア様と会場に向かう中庭の噴水前でフィオリア様の御婚約者であるオスカー殿下、オズワルド様、魔法省長官の御子息ミカエル様、我が愚弟ミルドとあの小娘に声を掛けられた。
オスカー殿下のあまりに大きな声にわたくし達も周囲も固まった。
どうやら殿方の後ろに隠れている小娘にフィオリア様が陰湿ないじめをしていたと言うのだ。
王妃教育で城に詰めてたフィオリア様にんな暇あるかっ!と叫びたかったけど、フィオリア様の静かな怒りを感じて口は閉じることにした。
オスカー殿下からの一方的な断罪には呆れ返った。
彼らの主張は、中庭を取り囲む校舎から何事かと生徒達が思わず覗き込む程に大きな声だった。
フィオリア様がそんな低俗なことをするか!
周囲にいるフィオリア様を慕う令嬢達もはしたなく口があけっぱになってしまってるじゃないの!
でもね、フィオリア様は強かった。
堂々と正論を述べて敵を論破していく凛々しいお姿にうっとりですわ!
でも、単細胞の筋肉バカがフィオリア様に鉄拳を食らわそうとして、そう…わたくしが咄嗟にフィオリア様と筋肉バカの間に体を割り込み、思い切り殴られたのでした。
痛みと熱さと揺れる視界に冷たさ、息苦しさの連撃を食らったような感覚に襲われ意識を失った。
「噴水に飛ばされたのよっ!」
お母様が叫ぶように怒ってる。
そうか、殴られ飛ばされ噴水に落ちて頭を強打したのね。
最悪だわ。
「フィオリア様を始めとする周りの方々がお前を救い上げて下さったそうだ。フィオリア様は風魔法でお前の濡れた体と髪を乾かし、ぱっくり割れた頭の傷を塞いで下さった。」
お兄様から教えてもらった。噴水……血の海か?
「フィオリア様に、お礼をしなくては……。」
その後、フィオリア様が屋敷にお見舞いに来て下さった。
余りに早い訪れに驚いたが、いつわたくしが目覚めても直ぐ駆けつけられるようにしていたのだと言う。
「御心配、ご迷惑をおかけしました。」
フィオリア様は涙を浮かべて巻き込んだと謝ってこられたので、悪いのは馬鹿殿下と筋肉バカと小娘と止めなかった愚弟以下省略共だと言った。
フィオリア様は、小娘が魅了魔法を無意識に使う他国の間者だったこと、自信過剰の殿下は小娘の戯言に騙されて魅了防止の魔法具を外してしまい、殿下は、側近候補達に自分が魅了されていないのだからと言う謎の理由で、大丈夫だと魔法具を外させたとのことだった。
国王陛下とオスカー殿下の母君である側妃様は、常々フィオリア様がいるから王位継承権が与えられていた殿下への失望に寝込まれた。
で、バカ共はどうしたかと言うと、私が殴られ飛ばされた瞬間、その魅了が弾け飛び、硬直していたらしい。余りにショッキングな光景に魔法が解けたのだそうだ。
くそ、恥ずかしい!
目の前には、筋肉バカことオズワルド様と愚弟ミルドだ。
彼らは床に頭を付けてわたくしの言葉を待っている。
土下座と言う最上級の謝罪らしい。
「す、すまない。」
「姉、上。」
何を隠そうオズワルド様はわたくしの婚約者だ。
さて、どうしたものかしらね、わたくし怒ってますの。