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99 教皇猊下の人気が凄い


 えーと、キッカです。とりあえず、厄介なことにはならずに済みそうです。面倒なことにはなりそうだけど。


 まぁ、厄介なことというのは、私の忍耐が尽きてやりたい放題やるってことだけど。アイツらのど真ん中に【狂暴化】でも放り込んで、身内で殺し合いしてもらうとかさ。


 本当に死人がでそうだし、なにより通りすがりの一般人の方が怪我をしたり死んだりしたら、私の方がダメージを受けるから抑えたけど。さすがに無関係の人を巻き込んだら、罪悪感で私が死ぬ。


 【錯乱化】だったらよかったかな。あれは対個体用の魔法だし。あのいけ好かない金髪野郎に掛けて、身内にボコらせるって手もよかったかも知れない。


 いや、それも不確定か。こっちも無関係な人を巻き込み兼ねん。


 【眩惑魔法】は非常に性質が悪い。この同士討ちをさせる魔法なんかはその最たるものだ。魔法を掛けられた当人は、周囲を敵と認識しつつ半ば混乱状態のような調子で暴れまわる。それに加え、それを見ている周囲の者が、その魔法の掛けられた人物を敵と認識するのだ。


 結果どうなるかというと、


 周囲にボコられ、魔法に掛かった人物死亡。


 ↓


 ボコった連中、正しく認識ができるようになる。


 ↓


 (死体を見て)『誰がこんなことを! 必ず(かたき)はとってやる!』


 みたいなことになる。

 殺したのは自分なのにね。その自覚を一切持てないという。そして自分が殺したはずの敵の死体がないことを、欠片も不思議に思わない不思議。


 ね、性質が悪いでしょ。


 故に、私はお気に入りです。やられるのは願い下げですが、やる分には楽しい。なにより安全ですからね。しかも範囲魔法ならば相当に手間が省ける。


 もし大群を相手にしなくてはならなくなった時には、是非とも使いたいところ。


 ん? 殺人云々の悩みはどうしたのかって? そんなものは吹っ切れましたよ。この間のリスリお嬢様誘拐騒ぎのことで。というかですね、あの後、いろいろと顧みて、いかに自分がロクでもないのか自覚しましたよ。なんというかね、手に掛かる感触云々が嫌なだけなんだよ。


 弓で射殺(いころ)す→問題なし。刃物で刺し殺す→手応えが気持ち悪い。


 結局、この程度でしかないみたいだ。よくよく考えたら、動物を狩る時だって、特に気にもせずにピスピス射殺してたし。でもって、解体するときに『うわぁ……うわぁ……』ってブツブツ云いながらお(なか)()いてたりしてたわけだし。


 これが元からなのか、常盤お兄さんに倫理観をいじられたからなのかはわからないけど、現状としてはもはやどうでもいいことだ。




 さて、私は様子見で詰め所内でどうしたものかと考えていたのですけれど、予想外のところから助けが来ました。


 で、ちょっと思うところがあったので、助けが来る前に服装を変えておいたよ。一応、勲章伝達式用に準備しておいた、辛子色のローブへと着替え。王都は地神教の総本山だし、これで問題ないだろう。デザインが法衣と一緒だと大問題だろうけど、色が一緒なだけなら問題ない。


 そして予想通り、地神教の方が迎えに来てくれましたよ。それも、外の騒ぎから察するに実力行使で。

 ルナ姉様の神罰もあったことから、多分、ルナ姉様が手を回したんだと思うけれど。


 立派な法衣を纏ったお姉さんと、スマートな金属鎧に身を包んだ人物。なんか、某ゲームの上級騎士鎧っぽい。胸甲部分が膨れてないから、男性だろう。頭の先からつま先までガチガチだから、年の頃は不明だ。


「神子様。お迎えに上がりました。さぁ、このような悪い空気の場所から出るとしましょう」


 お姉さんが手を差しのべる。


 うーむ。私の直感だと悪い人じゃないんだけど、なんか引っ掛かるなぁ。


「えーと、私は七神の加護は戴いていますが、神子ではありませんし、神子とも名乗ったことはありませんよ、その辺りのことはご存じでしょうか?」

「えぇ、バレンシアより聞いていますよ。神子様」


 ……なんてこった。バレンシア様を呼び捨てって、この人、少なくとも枢機卿以上の位の人じゃないのさ。下手すると教皇様。いや、様じゃなくて聖下、猊下、どっちだっけ? とりあえず猊下にしておこう。


「月神教経由の話ですか?」

「はい、そうなりますね」

「嘘をつかずに誤魔化すのには、限界がありますね。真実を探られる場合には特に」


 私は肩を竦めた。ガブリエル様には半ば言質を取られたようなものだったからね。まぁ、このことはいいや。宗教戦争じみたことになったり、私が異端として殺されそうにならない限りは。


 ……ちょっと確認してみようか?


「それで、私を幽閉とか、もしくは後腐れ無いように殺――」

「そ、そんなことはしませんよ!」


 速攻で否定された。


「あ、あの、神子様のおられた場所はそのようなことが?」

「え? 宗教ってそういうものでしょう? 異教徒どころか、宗派の違いってだけでもみんな殺し合ってますよ」


 宗派が違うってだけで、学校に通う子供に向かって、街を上げて石を投げる大人たちがいるとか聞いた時には、さすがの私もドン引きしたからね。そういうのを聞くと、私のされてたことなんか、まだまだ甘っちょろかったしね。


 ……本当にやらかした連中は、お兄ちゃんが手を回してなにかしてたみたいだけど。いまだに謎なんだよね。お父さんの人脈を受け継いで、いろいろやってたみたいだけど。


 そういや、中三の時、突然転校した男子のことをお兄ちゃんに云ったら『アラスカに引っ越したから、もう学校でも安心だよ』と云われて、訳が分からなかったけど。おかげで完全なぼっちになったから、平穏に卒業まで過ごせたけどさ。


 一体どんな人脈を使ってなにをやらかしたのか。


 まぁ、私もそれを見習って、今は頑張って人脈作ってるけど。


「あ、あの、神子様のいた国は、そのように凄絶な……」

「いえ、至って平和でしたよ。私の住んでいたところはもともと多神教で、他所の神だろうがなんだろうが受け入れるおおらかな場所でしたからね」


 うーむ。なんか、顔が引き攣ったままだなぁ。まぁ、地球の宗教はねぇ。正直、争いの種にしかなってない印象なんだけど、私としては。


「ま、まぁ、お話は後程。神子様を煩わせた輩は捕縛しましたから、もう安全ですよ」

「ありがとうございます? え、私、このまま出て行っちゃって問題ないのですか? ひったくり犯にされてるんですけど」

「ひったくり犯!?」

「はい。冤罪ですね。ひったくり犯を蹴っ飛ばしはしましたけど」


 お姉さんがすぐ後ろにいる騎士さんに振り向いた。


「お任せを、徹底して取り調べます」

「お願いね。ホンザ殿の立ち合いを忘れないでね」

「了解です」


 察するに、ホンザさんというのは、審神教の人かな?


「あ、捕縛したとのことですけど、何人捕らえました?」

「落ちた雷は七つよね?」

「えぇ、ですから、下手人は七人かと」

「あれ? ひとり多い。ということは、他にも仲間がいたんですね」


 兵士五人と、ひったくり小僧。あとひとりはなんなんだろ?


「兵士五人に民間人ふたりですね。捕縛が完了しました」

「そう。では参りましょう。お話は教会で」


 そして、ふたりについて外へと出た。


 わぁぁぁぁぁぁっ!


 びくっ!


 な、なに? え、なんなのこの歓声。


 外には、人だかりができていた。それもとんでもない数だ。数百……いや、千人くらいいそうなんだけれど。

 そして銀ピカの全身金属鎧の騎士たちが整然と並んでいる。


 治安維持隊の兵士+ふたりは、後手に縛られ、腰の所をロープで連結されていた。もちろん前後でロープの端を騎士さんが握っている。


 一瞬、呆けてその光景を眺めていたけれど、歓声の中にとんでもない単語が聴こえて、私は顔を引き攣らせた。


 教皇様ーっ!


 ほとんどアイドルのファンみたいな歓声だけれど、確かに『教皇様』と聞こえた。


 ……え。あのお姉さん、教皇猊下? 地神教のトップ? 随分と若いな! いや、そうじゃなくて、え、なんでこんなところに出張って来るの? 立場的にそんなことしちゃダメなんじゃ。


 待て、待て待て待て、もしかしてこれって、ルナ姉様が教皇猊下使い走りに使ったってことか!?


 なんか血の気が引いた。


 そして知ったよ。漫画とかで、血の気が引いた時の表現って『さーっ』って擬音でやるじゃない。あれ、本当にそう聞こえるんだね。びっくりだよ。


 え、大丈夫なの? なんだか不安なんだけど。


 なんというか、着替えておいて正解だったよ。このローブのおかげで、すくなくとも地神教の関係者っぽくみえるし。


「では、参りましょう」


 おね……教皇猊下に手を掴まれて、私たちは教会へと向かって歩き始めた。


 傍から見たら、手を繋いで歩く姉妹みたいに見えるかもしれない。まぁ、私はフードを目深に被っているんだけれど。


 そして後ろをぞろぞろと付いてくる騎士の皆さん。


 道を開け、沿道に並ぶ都民の人々。


 ほとんどパレードなんですけれど。というか、教皇猊下の人気が凄いな。本当にアイドルだよ。

 確か、神様による任命制だから、ルナ姉様が選んだんだよね。ってことは、相応の実力、能力があるってわけだ。なるほど、この年齢で『女狐』ってわけだ。怖いなぁ。とりあえず、喋る内容は気を付けるようにしよう。


 あ、そうだ。国側には云ってあるけど、教会側にも云っておいたほうがいいかな。これだけ立派な騎士団があるんだもの。見たところ、お飾りってわけじゃ無さそうだし。


 うん。鎧。しっかりと手入れはされているけれど、ところどころ傷とかあるしね。訓練で付いたものというわけじゃないだろう。盾なんか、表面のレリーフ部分が削れたりしているし。


「あの、騎士団の皆さんの、基本的なお仕事はなにをなさっているのですか?」

「治安維持隊と変わりません。時には、魔物の討伐にも向かいますが」

「そのせいか、治安維持隊とは仲が悪いのよ」

「騒いでいるのは連中だけです。我らは相手にしておりません」


 隊長さんが答えたところ、後ろから鈍い音が聞こえて来た。


 振り向いてみると、あのいけ好かない兵士のひとりが歯を食いしばって俯いていた。


 そしてロープを握る騎士さんは涼しい顔。


 くだらないことを喚こうとして殴られたな、アイツ。状況を理解できていないのかな?


「それじゃ、一応私からの報告というか通報を。昨日、不死の怪物に襲われました」


 私がいうと、教皇猊下と隊長さん、そしてホンザさんが息を呑んだ


「不死の怪物であるのは確かなのですが、種別が判断できませんでした。人が不死の怪物化したものだったのですけれど、意思の疎通ができましたしね」

「神子殿、よくご無事で」

「対不死の怪物用の魔法がありましたからね。運よく滅ぼさずに捕らえることができました。イリアルテ侯爵様に相談したところ、王太子殿下の部隊へと連絡。引き渡しましたよ」


 私がいうと、隊長さんが頷く。


「アキレス殿下直轄部隊ですね。彼らはいま、王都で起きている不審死の捜査をしていますからね。吸血鬼の噂が出回っておりますが、それが件の犯人でしょうか?」

「他にも存在している可能性もあるわよ、ファウスト。

 神子様、情報ありがとうございます。不死の怪物となれば、我々も動かねばなりません」

「お任せください」

「あの、気を付けてくださいね。ゾンビ病みたいに、厄介な病に感染するかもしれませんから」


 そういうと、隊長さん……ファウストさんは問題ないと請け合った。


「そのためのこの鎧です」


 確かに。それだけガチガチなら、血を頭から被るようなことにでもならない限り、安全だろう。


 ゲームの仕様と一緒だったら、洒落にならないけれどね。魔法を喰らっただけなのに、吸血症に罹患したりしたからね。あれは理不尽だよ!




 ほどなくして教会へと到着し、私は教皇猊下とお茶を頂きながら世間話をしてきました。


 ……いや、なんでよ。なんで世間話? ある意味すっごい怖いんだけど。

 その上で、大柄な兵士がどうしたのか知らないかと訊かれたよ。トゲトゲメイスを持っていたかを確認したところ、持っていたとのこと。


 あぁ、やっぱりあいつか。


 そこで、私が殴られたことを話して、直後、這うように逃げていったと説明したよ。とりあえず【恐怖】の魔法については内緒だ。


「捕らえてくればよかったわね」

「職務に忠実なだけだったようですから。別に構いませんよ」

「それにしても、なにがあったのかしら。大の男が膝を抱えてシクシク泣くなんて」


 なんですと!? くっ、それは見ておきたかった。


「漏らしてたみたいですからねぇ」

「え?」

「私を殴るまでは自信満々でしたから、殴ったことが原因なんですかね?」

「どういうことかしら?」

「私、テスカカカ様の【加護】を頂いてますし。テスカカカ様は恐怖の神でもありますしね」


 そういうと、教皇猊下は納得してくれたよ。


 とまぁ、こんな感じで、呑気な調子でお話をしてきたよ。


 ……知らないうちに情報を引き出されてるような気もするけれど、もうどうにもならないしね。


 本当、なんで教皇猊下は私とどうでもいいような話をしたんだろう?


 疑問は増すばかりだと、私は首を傾げた。


 ◆ ◇ ◆


 夕刻。イリアルテ邸に戻った私は、厨房の一角をかりて調理を開始。

 ただ、昼間に決めた茶わん蒸しを作ることは断念したよ。


 ん? 理由? 足りないんだよ。


 材料はあるよ。でもね、丁度いい器がないんだよ。なので今回は作るのを見送った。サンレアンに帰ったら、器を自作するつもりだ。いや、こっちで湯飲み茶わんみたいな陶器を見かけたことがないからさ。


 で、いまは何を作っているのかと云うと、ロールケーキ。さすがにお砂糖を少しばかり使わせてもらったよ。


 シンプルにクリームだけのものだけれどね。久しぶりに作ったけれど、うまくいきましたよ。


 さて、ロールケーキを夕食のデザートで提供した結果、当然のごとくレシピのことをエメリナ様に訊ねられたよ。


 どうやら王都に甘味のお店を出店したらしく、商品の種類を増やしたいのだそうだ。現在、店頭に並んでいるのは、クッキーとケーキ、そしてどら焼きにパウンドケーキの四種類だけなのだとか。こっちに元からあるお菓子類は、あえて外してあるとのこと。


「……だって、売れないんだもの」


 と、エメリナ様がぼやいておられましたよ。


 多分、物珍しさに負けただけだと思うんだけど。それともこっちのお菓子は人気がないのかしら。いや、機会が無くて、私は食べたことないから分かんないんだけど。


 基本的に自分で作っちゃうからなぁ。今は、素材が無ければ育てればいーじゃん。ってスタイルになってるし。


 どこに素材から育てる奴がいるか! って呆れられそうだけど。


 それでだ。お店に出す以外に、もうひとつ頼まれてしまいましたよ。

 明後日の勲章伝達式の後、王家主催でのパーティがあるのだそうな。そこにロールケーキを出したいと。


 なんでも今回のパーティの料理を、イリアルテ家が請け負ったとか。


 いや、どういうこと? 宮廷料理人がいるよね? その人たちを差し置いて大丈夫なの? と、思っていたんだけれど、どうも組合の食堂の話が王様にも届いているらしく、そこの料理を食べたいのだそうだ。


 あ、食堂はすさまじく好評の模様。


 とはいえだ。パーティに耐えられる料理ってあったかな? 主に見た目的な意味でだけれど。

 料理関連はイリアルテ家の料理人が造るそうだ。で、私にデザートを頼みたいと。


 お世話になってますからね。引き受けましたよ。あ、ロールケーキのレシピも売りました。

 さて、王家のパーティに出す訳なので、ちょっと一工夫したいと思いますよ。


 そんなわけで、パーティ用にはキャラメルコートのロールケーキだ。

 これなら材料も揃っているし、見た目もいい感じだしね。でも何本つくればいいんだろ? あとでエメリナ様に参加人数を聞いてこないと。さすがにあんまり沢山だと時間的に無理だからね。


 うん。本番の式には欠席なのに、その後のパーティのデザートを作ることになるとは、なにがどう転ぶのかなんてわからないものだね。




 そんなことを考えながら、私はひとまず試食用のロールケーキのスポンジを焼き始めたのでした。





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