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98 不良兵士は断罪される


 その異変が伝えられたのは、丁度、正午を示す鐘の鳴り響いた直後だった。


 地神教教皇ビシタシオンは、慌てふためいた様子で飛び込んできたベリンダ主教に驚いていた。


 そして何事かを報告するが、慌てているからか、早口である上に、云っていることが混沌としていて、何を云っているのかわからない。


 なにより、のんびりとした性格のベリンダがこんなにも早口でまくしたてるのを、ビシタシオンは見たことがなかった。

 なにしろ、説法をさせれば聞いた者の大半が、彼女のゆったりとした口調により寝入ってしまうため、教会の催眠術師などと揶揄されている人物なのだ。


「ベリンダ、落ち着いて。滅裂すぎてよくわからないわ」


 ビシタシオンがそう云うと、ベリンダはピタリと止まった。止まり、胸に手をあてると深呼吸をひとつ。

 落ち着いたのか、ベリンダは改めて報告をはじめた。


「猊下、アレカンドラ様のレリーフと、ディルルルナ様の立像が輝いています」


 ベリンダの言葉に、ビシタシオンは目を瞬いた。


「え?」

「猊下、私などの言葉より、ご覧になったほうが早いです」


 月神教教皇ヴァランティーヌからの手紙に目を通していたビシタシオンは、ベリンダに引き摺られるようにして大聖堂へと連れ出された。


 大聖堂では教会関係者のみが集まっていた。扉は閉められ、一時的に一般信者たちの立ち入りを禁じているようだ。


 そして、妙に聖堂内が明るい。


 その光源に目を向けると、地神ディルルルナの立像が淡く発光しており、さらにその奥に掲げられている、母神アレカンドラの象徴たる太陽のレリーフが眩く輝いていた。

 それこそ、地神ディルルルナの立像が後光を放っているかのように。


「……光ってるわねぇ」


 ビシタシオンはその様に動揺したそぶりもみせず、穏やかな笑みを浮かべた。


「猊下、なんでそんなに呑気なのですか! なにかの凶兆では!?」


 いまだにいつもの二倍くらい速いベリンダの様子に、ビシタシオンは目を細めた。

 いつもこのくらいの調子であれば、催眠術師などと呼ばれないだろうにと思いつつ、ベリンダに確認すべく問う。


「いつから光っているのかしら?」

「わかりません。いつの間にかこんなことに」


 んー。と、声を出しながら首を傾げる。


「今日はなにか変わったことはなかった?」

「その、変わった格好の方が祈りを捧げたあと、慌てたように出て行くのを見ました」


 助祭のひとりが手を挙げ答えた。彼女は地神教の者ではなく、風神教の者だ。


「変わった格好?」

「その、服装は普通の恰好でしたが、その、妙な仮面を被った子供が……」


 助祭の娘の言葉に、あぁ、と、ビシタシオンは合点がいった。


「それなら問題はないわ。それと、その方は小柄だけれど、子供ではないわよ。だから、次に出会った時には、間違っても子ども扱いしないように」

「猊下?」


 戸惑うベリンダに、ビシタシオンはにっこりとほほ笑んだ。


「その仮面の方は神子様よ。アレカンドラ様をはじめ、七神すべてから加護を授かりしお方。神子様が来訪し、祈りを捧げたのだもの。光っているのは、神々が彼女のこの地への来訪を歓迎しているからよ」

「み、神子様、ですか?」

「で、でも、それなら、なぜ逃げるように聖堂から出ていったのでしょう?」

「きっと、像とレリーフが急に光りだしたから、驚いたのね。もし、すべての神に祈りを捧げていたのなら、他の神の立像も輝いていた筈よ。とにかく目立つことが嫌いな方とのことだから、私たちになにかと問いただされると思って、慌てたのでしょう」


 侍祭や助祭たちが顔を見合わせる。各教の者たちが入り乱れているため、聖堂内はかなりカラフルだ。


「神子様というのは、どういった方なのでしょう?」

「魔法の販売が始まったのは知っているでしょう? それを主導した方よ」


 ビシタシオンが答える。


 魔法の販売は、教会にとって非常に助かったことだった。教会の財務関連は、お世辞にも良好とはいえない。困窮するほどではないが、各都市の聖堂の補修費用が賄えない状況にはなっていた。

 原因は、サンレアンの聖堂の建て直しである。ほかにも数軒、老朽化により建て直すこととなり、かなりの支出があったのだ。その穴を、魔法販売の利益が順調に埋めていっているのである。


 飛ぶように売れているというわけではないが、呪文書の額面が大きいため、教会に十分な利益をもたらしていた。


「さぁさ、光っているのはなにも問題はないから、みんな仕事に戻りなさい。いつまでも聖堂を閉め切っているわけにはいかないわ」


 パンパンと手を叩き、皆に仕事に戻らせた。


 わらわらと持ち場へと戻る皆をひとしきり眺めた後、ビシタシオンは改めて輝いているレリーフを見つめた。


 一度、神子様にはあってみたいものね。


 翌日、出会うことになるとは露にも思わず、ビシタシオンはひとりごちた。


 ◆ ◇ ◆


 神託というものは、いつも唐突に(くだ)される。もっとも、神託とはそういうものだ。なにしろ、余裕をもって降されるものではなく、大抵は火急の事態に合わせて降されるのだから。


 そして、今日、教皇へと任命されて以来、初めての神託がビシタシオンに降された。


 『神罰執行』『断罪せよ』『神に仇成す者』『断罪せよ』『神子を辱めんとする者』『断罪せよ』『世界――


 がたっ!


 あまりのことにビシタシオンは椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。その顔は緊張に強張り、目が零れ落ちんほどに大きく見開かれていた。


 神託の内容が、あまりにも物騒なのだ。


 その様子に、会議に参加していた教会関係者が皆、彼女を注視し、その様に凍り付いていた。


「げ、猊下、どうなされました?」

「会議は延期とします。明日、いえ、今夜、再度集まってください。

 神託が降されました。緊急の事態です。ファウスト、騎士団の招集を」

「畏まりました」

「猊下、いったいなにが起こるのです?」


 八月半ばに行われる、芸術祭の実行委員のひとりである水神教の青年がビシタシオンに訊ねた。


「神罰が執行されます。我々は神に仇成す愚か者共を断罪せねばなりません。ホンザ殿、我らと同行を」

「もちろんです。正義は執行されねばなりません」


 審神教主教であるホンザは立ち上がり、一礼する。


「他の者たちは、都民たちが動揺しないよう取り計らうように。私も、騎士団と共に神罰執行の場へと参ります」


 かくして、地神教教会本部は慌ただしく動き出したのである。


 ◆ ◇ ◆


 【聖堂騎士団】。教会に属する集団である。だがこの名称は通称である。彼らは教会に属する者であり、騎士というわけではないのだ。正確には【母神アレカンドラと属する六神に仕えし軍犬隊】という。

 教会修道士によって組織された戦闘集団であり、教会における荒事の対処から、不死の怪物討伐まで幅広く活動している。


 治安維持隊と活動内容が重なっていることもあり、両者の関係は良好とは云えない。正確には、治安維持隊の隊員が聖堂騎士団を一方的に敵視しているのが実情だ。

 有能さに関してみれば【聖堂騎士団】の方が遥かに上である。そのため、街の人々からは治安維持隊以上に頼られていた。


 別の云い方をすれば、一部の治安維持隊の不甲斐なさ、横暴さが、王都民たちを既に失望させていたのだ。


 ビシタシオンが準備を整え、外に出た時には、すでに銀色の金属鎧に身を包んだ【聖堂騎士団】の面々は整然と整列し、彼女の到着を待っていた。


「教皇猊下、軍犬隊第一団三十六名、準備整いましてございます。なんなりとご命令を」


 団長であるファウストに合わせ、団員全員が教皇の前に跪く。

 その様子に満足したようにうなずくと、ビシタシオンは手にした錫杖の石突で石畳を叩くと、左手を掲げた。


「聞け! 善良なる者たちの剣にして盾である軍犬たちよ。今日、これより、神罰が執行される。神々はお怒りである。我らの任務は、神罰を受けし、神に仇成す愚か者共の捕縛、そして断罪である。

 だが神々は、此度の事で血の流れることを望んではおられぬ。彼奴等に己が罪を告白せしめ、我らが法に則り裁くのだ。

 起て! 軍犬たちよ! そして盾を構え、剣を掲げるのだ! 我等こそ正義を執行する者! 正義は我に有り!」


 正義は、我に有り!


 聖堂の騎士たちが集まっていたかと思うと、教皇猊下が祭事の際にしか身に付けることのない聖装で現れたことにより、何事かと取り巻いていた王都民たちは一斉に口を噤んだ。


 口を噤み、耳を澄ませた。


 そして教皇猊下のこのお言葉である。


 正義の執行。悪人の断罪。それも、王都民たちに敬われ、憧れの対象となっている聖堂騎士団による捕り物である。


 さらには、我らが美しき、若き教皇猊下を先頭に遂行されるのだ。


 王都民たちは目を輝かせた。


 王都民たちの娯楽は少ない。観劇など、懐に十分に余裕が無ければ、簡単に行けるものではない。彼らの普段の娯楽と云えば、噂話に飲酒、そして酒場での喧嘩くらいだ。


 刀剣鍛冶師と鋏鍛冶師のふたりが、ほぼ毎夜酒場の前で殴り合っているのは、もはや繁華街での名物となっている。


 なんだと、やるか? やるか? 表に出ろ! 望むところだ!


 ぽこすかぽこすか。


 そうしてふたりして肩を組んで酒場にもどり、げらげら笑いながら飲んだくれるのだ。




 【聖堂騎士団】はビシタシオンとファウストを先頭に街を進んでいく。進み往くにつれて、後を追ってくる王都民たちの集団は膨れ上がっていく。


 【聖堂騎士団】を先頭とした人の群れは、やがて商業地区へと到達し、人だかりのできている一角へと進んでいった。


 向かってくる【聖堂騎士団】に気付き、人々が道を開けていく。


 騎士団は目的の場所へと到達した。


 そこは、商業地区の一角にある、治安維持隊の詰め所のひとつ。詰め所の前には十数名の治安維持隊の兵士たちが集まっており、詰め所を包囲するように展開していた。


 やや離れたところで、大柄の兵士が膝を抱えて泣いているのが非常に気になるが、ビシタシオンはひとまず無視することにした。


 兵士たちは突然現れた、自分たちの倍以上の完全武装の【聖堂騎士団】の登場に驚いていた。


 教皇ビシタシオンが一歩進み出て、錫杖で石畳を叩く。さしたる音が出たわけでもないのに、兵士たちは彼女に注目した。


「この場にいる愚か者共に通告する。覚悟せよ。神々はお怒りである。貴様らのあまりな所業、不正はすべて承知されている。覚悟せよ。神に仇成せし愚か者共。貴様らには皆悉く神罰が執行されるのだ!」


 がっ!


 ビシタシオンが再び錫杖を石畳に打ち立てる。


 治安維持隊の兵士たちは動揺していた。


 神罰が降る。そんなことは思いもしていなかったのだ。

 この場にいる大半は、真面目な兵士たちだ。魔法を使い、暴れる魔女を捕らえるために応援を要請されただけなのだから。


 だが、ひとりの少女を貶め、手籠めにしようとしていた兵士たち五人は震え上がり、顔を真っ青にしていた。

 これまではうまくやってきたし、これからもうまくやっていけると思っていた。処分はビセンテが行い、証拠はなにひとつなかったはずだ。


 彼らのリーダー格であるビセンテはとある貴族の隠し子であることを、彼らは知っていた。ことあるごとに自分の血筋を自慢していたのだ。だから、街から人がひとりふたり消えたところで、どうとでもできると、ずっと思っていたのだ。


 神の目からは逃れることなどできない。四人はそう思い、もはや諦めていた。だが、ビセンテは逆に憤っていた。なぜ、自分が断罪されねばならぬのかと。


 自分は貴族なのだ。家畜をどう扱おうと、勝手だ。そう考えていたのだ。


「いったいなんの証拠があるというんだ? 俺たちは魔女の討伐を行っているだけだ!」

「ほぅ、魔女の討伐。で、その魔女とやらはなにをやらかしたのだ?」

「決まっているだろう、そんなも――」


 そこでビセンテは言葉を止めた。


 ビシタシオンの右後ろに控えるは軍犬隊隊長ファウスト。そして左後ろに控えるは、紫色の法衣に身を包んだ審神教主教ホンザ。


「どうした? 異論、反論があるのならば云うがよい。だが、嘘偽りの類は無駄ぞ。審判神ノルニバーラ様の下、すべての嘘偽りは明かされるのだ」


 ビセンテは汗を掻き始めた。さすがに、審神教の主教をたばかることは不可能だ。【看破】の祝福に関しては、さすがのビセンテもよく分かっているのだ。


「さて、ひとつ訂正をしておこう」


 ビシタシオンはビセンテに錫杖を向けた。


「貴様のいう魔女。彼女は神子ぞ。神に選ばれし娘。神は咎を犯す者などに【加護】など与えぬ。理解しているか? 理解しておらぬか? どちらでも構わぬ。神子様を辱めんとした貴様らには、神罰が降るのだ。覚悟するがよい!」


 そう、ビシタシオンが宣った直後、雷が落ちた。


 兵士たち五名の頭上に。そして、とりまく王都民のうちのふたりに。


 突如として目の前に落ちた雷に、驚きのあまりビシタシオンの心の臓が跳ね上がった。


 激しく騒ぎ立てる心臓に少しばかり顔を青くしながらも、やや震える手で錫杖を掲げた。


「神罰は執行された! 捕らえよ!」


 ビシタシオンの命の元、団員たちが一斉に動き、雷に打たれ倒れている兵士たちを捕縛していく。

 自然の雷ではなく、神罰としての雷である。本来のものよりも威力を抑えてあるのだろう、罪人共は気を失い、軽度の火傷を負ってはいるものの、命に別状はなさそうだ。

 ホンザは無事であった兵士たちの事情聴取を始めている。


 ビシタシオンはゆっくりと呼吸し、騒がしい心臓を落ち着かせると、傍らに控えるファウストに声を掛けた。


「さぁ、ファウスト。神子様を迎えに行くわよ」

「はっ」


 ファウストのその短い答えに、思わずビシタシオンは口元を緩めた。短いながらも、その声には微かに楽し気な雰囲気があったのだ。


「あら? 冷徹なるファウスト、あなたでも楽しみ?」

「七神全てから加護を授かりしお方。お言葉を頂くこと叶わずとも、その御姿は目にしたいと思っておりました。無償でポーションのような薬を提供したとも聞いております。きっと慈悲深き方なのでしょう」

「でも、敵対者にはとてつもなく厳しいそうよ」

「厳しい、ですか?」

「えぇ。たちまちの内に改心して、善良な人間になるほどにね。周囲に迷惑を掛けて、半ば鼻つまみ者だった探索者が、いまでは進んで奉仕活動を行うほどになったそうよ。神子様が半ば罵倒するようなお説教しただけで」


 彼女に関する話は尽きない。この地に現れて以来、まだ半年と経っていないのに、数々の逸話があるのだ。


 詰め所に目を向ける。そこにその神子様がいる。


 どんな方なのかしらねぇ。バレンシアの報告では、人が良すぎて心配になるとあったけれど。


 思わず笑みが浮かぶ。


「それじゃ、行くわよ、ファウスト」

「は、お供します」




 兵士たちが道を開ける中、ふたりはゆっくりと詰め所へと歩いて行った。





誤字報告ありがとうございます。

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