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96 私は兵士と相性が悪い


 七月二十七日となりました。こんにちは、キッカです。


 昨日、侯爵邸に戻った後、事情聴取を受けましたよ。王太子殿下直々に。

 ……王太子殿下、暇なんですかね? いや、そんなわけないよね。アレクス様デスクワークしてたし。


 まぁ、事情聴取といっても、なにがあったのかを話しただけだけど。あ、壁が壊れたことは話したよ。賠償とかの話がでるかと思ったけれど、そこはお咎めなしだったよ。


 あの不死の怪物は王太子殿下と一緒に来た兵士さんたちが、箱ごと担いで持っていったよ。あ、【施錠】の魔法は王太子様たちが来た直後に解除しておいたよ。来てすぐに確認したからね。


 袋から出した途端、あの縛り方を見て、なんだかドン引きしていたけど。

 別に亀甲縛りとかじゃないんだから、そんな引かれることもないと思うんだけど。いや、そもそも亀甲縛りだと拘束性はないから、縛る意味がないね。


 ん? 縛れるのかって? できるよ。……理由は聞かないで。


 王太子殿下は不死の怪物に、その場で尋問的なことをしていたけれど、


『オ前を連れテイく』


 とかしか云わなかったよ。どれだけ私に執着してるのさ。

 というか、なんで私に執着してるのよ。気味が悪いよ。


 そういや、王太子殿下たちは喋ったことに驚いていたっけ。

 ゾンビ以外の不死の怪物を見るのは初めてだったのかな?


 吸血鬼はもちろんのこと、リッチだのワイトだのは普通に喋るものでしょう? デュラハンは精霊枠なのか不死の怪物枠なのか分からないけど。


 情報が引き出せたらいいんだけれど、望み薄かなぁ。

 意思疎通はできたけれど、こっちの云い分は無視してた感じだったからね。


 そんな感じで昨日は一日が潰れたよ。


 そして翌日の今日。昨日の続きとばかりに商業地区へと繰り出しましたよ。武器、防具のお店とか、装飾品のお店を見て回るつもりだったんだよ。相場を知っておこうと思って。正確には、サンレアンとどのくらい物価に差があるのかも、ちょっと知りたかったんだよ。ほら、あの串焼き肉がやたら高かったからさ。サンレアンだと銅貨四、五枚だもの。


 あとは革製品で良さそうなものがあったら、買って行こうと思ってたんだ。他には服飾用に布地とかを買うつもりだったんだ。


 うん。そう予定していたんだ。予定していたんだよ。


 それなのに、なんで私は治安維持隊の詰め所で、仁王立ちしているんですかね? それも魔法を纏って。今日も【風の霊気】が絶好調だよ。


 ただ今、治安維持隊と敵対中です。


 あっはっは……あー、腹立つ。ふっざけんなよ、クソが!


 原因は昨日のひったくり。


 なぜか私がひったくりをして暴力をふるったことになってたよ。

 まぁ、蹴っ飛ばしたのは事実だけどさ。


 てくてく歩いていたら兵士に取り囲まれて、詰め所に連れ込まれて、一方的に犯罪者にされて、服を脱げときたもんだ。


 なんで取り調べで裸にされなくちゃならないんですかね? つーか、なんで兵士共は二言目に脱げと云ってくるんですかね?

 胸か? この胸のせいか!?

 でもって、昨日の小僧が詰め所の外からニヤニヤと覗いてやがんの。兵士たちの会話からするに、ここの誰だかの身内らしい。


 なによりも酷いのは、その小僧の言葉を一方的に信じているというわけではなく、全てを分かったうえでやってるってこと。つまりは私を犯罪者に仕立て上げるための茶番だってことだ。


 察するにこいつら、こんな感じでこれまでも女を食い物にしてきたっぽいね。ふっざけんなよ、なんで私がお前らの獣欲を満たすための道具になんなくちゃならないんだよ!


 【看破】万歳。おかげで真実は丸わかりだ!


 なんでこうも私は兵士と相性が悪いんですかね?


 あの三馬鹿もそうだし、サンレアンでも一部の兵士からは良く思われてないしさ。バッソルーナは問題外として、ここでもだよ。


 えぇ、無理矢理裸にされそうだったから、抵抗しましたよ。


 とりあえず【風の霊気】を展開して周囲にいた兵士どもを吹っ飛ばしましたよ。吹っ飛ばなかった奴がふたりいたから、【雷の霊気】に一瞬だけ張り直して、再び【風の霊気】を展開したよ。これで全員吹っ飛ばし完了。


 それから定番の【黒檀鋼の皮膚】を追加で張って、今に至る感じだ。


 いま詰め所にいるのは私ひとり。まぁ、詰め所は交番みたいな感じだしね。奥に仮眠室があるのかもしれないけど、さすがにそっちまでは確認していない。


 一応【霊気視】で……いや、王都は人が多いから、かえって確認しにくいか。【生命探知】でいいや。


 うん、隣の部屋には誰もいない。この詰め所にいるのは私だけだ。兵士たちは全員、詰め所の入り口から私を窺っている感じだ。


 さて、どうしましょうかね。ここから堂々と出ていくのも問題になりそうだし。


 ま、大事になればなるほど、上の人が出て来るでしょ。それまでは自衛に徹しましょ。魔法のことを云われたら、【風の霊気】の効果は吹っ飛ばすだけだから、自衛の為に使いましたと云い張ってやる。


 それに大事になれば、侯爵様の耳にもはいるでしょ。

 なんだかここに来て迷惑を掛けてばっかりだなぁ。お詫びの代わりに、なにかレシピでも提供しようか。


 うーん……砂糖はいまだに貴重品みたいなものだし、お菓子系は厳しいんだよね。となると料理。揚げ物系は、その内こっちの人が開発するでしょ、カニクリームコロッケのレシピは提供済みだし。きっと色んなものを揚げて、あーでもないこーでもないとやっているに違いない。あとは……生食は避けた方がいいかな。こっちじゃ生食なんて見たことないし。あれ? 意外に厳しい?


 うーん……そうだ! 茶わん蒸しにしよう。材料はなんとかなるし。厳しいのは筍くらいだ。多分、こっちにもあるはずだけど、今回は温室で収穫したものを使って、今晩にもでも厨房を借りて作ってみよう。


 そんなことをぼんやりと考えながら約一時間。


 なんだか外が大変なことになって来ましたよ。


 応援を呼んだみたいだね。随分と賑やかだ。

 あくまでも罪人とするか。正直、私をそんな扱いにすると、面倒なことになると思うんだけど。


「なんだ、まだ子供じゃないか」


 お、なんだか大柄な兵士さんが入って来たよ。


 ほんの少し顔を上げ、兵士の姿を見やる。


「王国に仇成す魔女め、この俺が成敗してくれる!」


 おぉ、魔女になったよ。まぁ、魔法使いの女って意味ではあってるかな。赤ん坊を大鍋で煮込んだりはしないけど。


 兵士は私に突き付けていた指を引っ込めると、メイスを構えた。それも、見た目がかなり物騒なメイスだ。


 酷いなぁ。そのトゲトゲメイスで殴るの? なんていったっけ。モーニングスターだっけ? モルゲンステルンのほうが日本だとメジャーだっけ? 


 目の前で思いっきりメイスを振りかぶる兵士を眺める。

 【黒檀鋼の皮膚】も【風の霊気】も張り直したばかりだから問題はない。【黒檀鋼の皮膚】は大事をとって二重発動しているから、防御能力が跳ね上がっている。


 私に向かって踏み込むと、一気にメイスを横殴りに振る。縦振りじゃないのは、天井に当たってしまうからだろう。よく周囲を見ている。


 ごっ!


 メイスは私の左側頭部に直撃し、私は思い切り右側に吹き飛んだ。巻き込んだテーブルが私の上に倒れ込んでくる。


 そしてあの兵士は発動した【風の霊気】によって弾き飛ばされ、壁にその巨体を叩きつけられていた。

 頭を打ったらしく、頭に手を当てて呻いている。


 うーむ、こうも簡単に吹っ飛ばされるのは問題だなぁ。攻撃は受ける方向じゃなく、受け流すか躱す方向でやらないとダメだな、これ。


 うん。魔法の鎧で思いっきり固くはなっていても、重くなってるわけじゃないからね。こんな風に殴られたら簡単に吹っ飛ばされてしまうんだよ。


 あぁ、でも痛みは殆どないよ。軽く小突かれた程度の感じだ。


 とはいっても、怖いものは怖いし、いい気分ではないけれど。今回はわざと殴られてあげたけどさ。無抵抗の私をどつき回したって証言するために。


 それじゃ、あんたにはちょっと実験につきあってもらうよ。


 右手に【恐怖】をセットし、私にのしかかっている机の隙間から狙い撃つ。


 狙い違わず【恐怖】の魔法の光弾は大男に当たった。【恐怖】は文字通り、対象に恐怖心を想起させる魔法だ。見習級魔法であり単体に対して効果のある魔法。


 正直、ゲームだとまったく使わない。だって敵を退散させただけじゃ経験値にもならないからね。いや、魔法の技量はあがるけどさ。それに弱い奴にしか効果がない。パーク解放によって得られる技能で、それなりに強い奴くらいにまで効果を及ぼせるようになるけれど。


 【恐怖】の光弾が吸い込まれた直後、その兵士はまるで金縛りにあったかのように硬直した。そして、ゆっくりと視線だけで周囲を見回し、じりじりと出入り口に向かって尻餅をついたような恰好のまま進んでいく。


 んー? これは効いているのかな? そうだ、二重発動の場合、どうなるんだろう? より強い者にも効くようになるだけなのか。それとも、恐怖の度合いも増すのか。前者は確実。そこに後者の効果が加わるなら面白いんだけど。


 やってみよ。


 二発目発射。よし、命ち――


「うわーっ!」


 突然の悲鳴に私は震え上がった。


 び、びっくりした。


 見ると、あの巨漢の兵士が四つん這いで、のそのそと詰め所から出ていくところだった。


 あれ? 腰抜けた? なんか、慌ててるけど、急げないみたいになってるね。あ、入り口の縁に掴まって無理矢理立った。


 そうして巨漢の兵士は、半ば倒れ込みそうな姿勢で走るように出ていった。ひぃぃ、というような声をあげながら。


 ……効き過ぎたかな?


 なんか、『臭ぇっ!』とか『こっち来んな!』って声が聞こえるけど、うん、恐怖の度合いもあがるっぽいね。


 あっはっは……漏らしたか。


 ……やりすぎたかな?


 机を退けてのそのそと起き上がる。


 うーん、ここの兵士はヘタレなのかな。なだれ込んでくるかとも思ったんだけれど、またしても様子見とか。

 こんな連中が治安維持隊とか、犯罪の取り締まりとか、大丈夫なのかな?


 ごとごとと、倒れた机や椅子を起こしてきちんと並べる。


 こんなことをする義理はないんだけれど、倒れてたままにしておくと、どうにも落ち着かない気分になるんだよ。いや、落ち着かないというより、なんだか腹が立ってくるんだよ。


 きちんと並べ終わり、ひとり満足しているとガチャガチャとした重装鎧特有の音が聞こえて来た。それもひとりだけではなく、部隊が移動しているような大勢の音だ。


 治安維持隊は金属で補強した軽装の革鎧が採用されているみたいだから、多分、別の部隊だろう。


 ……え、ガチで対魔物部隊とか呼んだんじゃないよね? 私ひとりに大袈裟だよ。というか、私、最初に【風の霊気】であいつらを吹っ飛ばした以外になにもしていないんだけど。


 ん? 【恐怖】? いや、それはやったけど、それはいまさっきやったことだよ。別の部隊が編成されて来るには早すぎるよ。


 開けっ放しの出入り口のところから見えるのは、遠巻きに集まってる治安維持隊の連中ばかり。ただ、視線がこっちじゃなくて、左の方を見てるね。鎧の音も左から聞こえて来たし、そっちに部隊がいるのだろう。


 なんか、言い争う声が聞こえるな。不正がどうのとか、神罰がどうのって。


 ……え? 神罰!?


 神罰なんて言葉に驚いていると、不意に、ピシャーッ! というか、バシャーッ! というような音が鳴り響き、直後、バンッ! という大きな破裂音が聞こえてきた。それもひとつではなく、複数重なったような音だ。


 うん、私だってこの音は聞いたことがある。落雷の音だ。前兆たるゴロゴロとした音は聞こえなかったけれど。


 なにが起こっているのか分からず、ひとり目をパチパチと瞬いてると、神罰は執行された! 捕らえよ! という、女性の言葉がはっきりと聞こえて来た。


 神罰執行!? 


 思わず乾いた笑いが零れる。


 ディルルルナ様、なにやってるんですか。人の争いには介入しないんじゃなかったんですか?


 えぇ……。これ、どうなるの? 私、さっき魔女とか呼ばれたんだけど、女神を詐称して、雷で兵士を打倒したとかいわれないよね?


 頭を抱えたい気分で顔に手を当て項垂れていると、誰かが詰め所内に入って来る気配があった。


 顔をあげる。すると、入り口の所に全身金属鎧を身に付けた騎士を従えた、金髪の、黄色の立派な法衣を身に付けた女性が立っていた。


 明らかに地神教の人物だ。それも、あの法衣から察するに、高位の人物だろう。


 あぁ、もう。本当にルナ姉様は過保護だ。




 私はそんなことを考え、半ば安心し、笑みを浮かべたのでした。





感想、誤字報告ありがとうございます。

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