95 こういう手はどうかな?
さて、この目の前の不死の怪物をどうするか。一応ここは街中だからね、下手なことをして路地から飛び出したら厄介なことになりそうだ。
方針。
一:生け捕り。
二:魔法で懐柔。
三:死体にして運ぶ。
この何れかかな。
まず『生け捕り』は無理。できても運ぶのが面倒なことになりそう。暴れるだろうから、目立つことこの上なし。本当はこれがベストなんだけれど。うん。とりあえず却下。完全に無力化できたらやるって感じかな。
『魔法で懐柔』。できるだろうけど、問題なのは、恐らく効果のある魔法が範囲魔法になっちゃうんだよね。当然、イリアルテ家に到着するまでに何度か掛け直しをしなくてはならないわけだ。害のない魔法だけれど、周囲の無関係な人を巻き込むのはためらわれる。却下。
ということで『ぶっ殺ーす!』を選択するしかないわけだけど、死体を残して倒すのが面倒そうだな。一応、【太陽弾】なら不死の怪物が燃えることがないのは分かってるけど。
目の前で這いつくばってる薄汚れた男を見る。これが全裸で、全身の皮膚が剥がれていれば、某ゲームにでてきたヤツまんまなんだけれど。
さっきの動きを見る限り、どう見ても人外な運動性を持っている。
時間が掛かりそうだなぁ。まぁ、やるしかないか。
私は【黒檀鋼の皮膚】を掛けると、改めて【風の霊気】を掛け直す。
男はさきほど弾き飛ばされたことで、警戒し、こちらを観察しているようだ。
不死の怪物とはいっても、知能が落ちているというわけでもないらしい。
喋ってるし、ゾンビってわけでもないのか。でもいま昼間だし、吸血鬼ってことでもないよね? それともこっちの吸血鬼って、お日様平気が基本だったりするのかな?
じりじりと男が動く。
ボサボサの髪のせいで、変わらずその顔が見えない。
こうして睨めっこしていても仕方がない。こっちから手を出そう。
【太陽弾】!
姿勢を変えず、掌だけを向けて【太陽弾】を放つ。
散々【氷杭】を撃ってきたから、こんな撃ち方でもだいたい狙い通りの所へと撃ち込める。
だが、光弾が当たる直前、男が消えた。
えっ!? と、思う間もなく――
ごっ!
あだっ!
不意に左からの打撃を受け、私は壁に叩きつけられた。少しくらくらする頭を押さえながら、体勢を整える。
私を殴り? つけたアイツは、私の後方で転倒していた。恐らく、【風の霊気】で弾き飛ばされたのだろう。
チラリと私の激突した壁をみやる。
漆喰が割れて罅が入り、すこしばかり剥がれ落ちていた。かなりの衝撃であったことが窺い知れる。
【黒檀鋼の皮膚】は必須だ。もし掛け忘れていたら、頭が割れていたかも知れない。
コイツは私を連れていくと云っていたけれど、どうやら生死は関係ないようだ。
でも、なにをされたんだろ? 左から攻撃を受けたのはわかるけど、さっぱり見えなかったよ?
アイツは倒れた状態から復帰し、既に体勢を整えている。それこそ『ひっくり返す』という言葉がぴったりな挙動で、転倒した状態から復帰した。
いったいコイツの身体能力というより、筋肉はどうなっているのか? 確かめたいとは思わないが、気にはなる。
今度は見失わないように、しっかりと注視しつつ再び【太陽弾】を撃つ。
着弾直前に、そいつは私の左方向へと跳んだ。そして壁を蹴って私に向かって飛んでくる。
前のめりに倒れるようにして、その突撃をなんとか躱す。
どうやらさっきは、ここで側頭部に膝を叩き込まれたらしい。
体を捻り、視線を後ろに向ける。ソイツは再び壁を蹴ってこっちに突撃してくるところだ。
慌てて右手を護るように目の前に翳す。直後に衝撃。
べちんっ! と、今度は地面に叩きつけられた。
全身に衝撃が走るが、ダメージはない。そしてソイツは再び【風の霊気】で弾き飛ばされ、壁に激突していた。
くそぅ、【風の霊気】の弾き飛ばしは、発動百パーじゃないのが辛いな。掠めた時に発動していたら、いまの追撃は喰らわなかったのに。
慌てて起き上がり、しっかりと立ち上がる。
まだ残り時間はあるけれど、魔法を掛け直しておく。
さて、なにをされたのかは、だいたい解った。三角飛びだっけ? なるほど、壁を地面みたいに使えるだけの身体能力があるのね。
一応、壁に叩きつけられただけでも、それなりにダメージが入っているらしい。
そいつはノロノロと起き上がり、またも四つん這いの恰好で私を見つめている。
壁を利用しての立体攻撃。この狭い路地だからこそだよね。
それじゃあ、こういう手はどうかな?
掌だけを目標とした壁に向け、魔法を使う。
魔法罠。ゲームではひとつ設置すると、他の魔法罠を設置できなかったけれど、リアルだと各個ひとつずつ設置できる。設置するのはよっつ。炎、冷気、雷、そして竜巻。他にも罠の魔法はあるけれど、直接的に打撃を与えるものではないから使わない。
左右にふたつずつ、魔法罠を仕掛ける。私の目には魔法陣が見えるけど、私以外の者には見えることはない。
正直、仕掛けられる側はとてつもなく厄介な代物なのだ。
ゲームでもついうっかり踏んで死んだんだよねぇ。体力が初期値のまんまだったから。
そんなことを思い出していたら、思わず口元がニヤけた。
再びソイツが跳ぶ。その先にあるのは【氷の罠】。
ビンゴ!
ものの見事に罠を踏み――
あ、罠と罠の位置が近すぎた。
魔法陣より周囲に冷気を撒き散らしつつ氷の杭がいくつも飛び出し、ソイツに刺さる。そして噴き出した冷気によって隣と、反対側の罠も作動。
連鎖的によっつの罠がすべて発動した。
たちまち目の前で、赤、白、金の光が乱舞し、ソイツが煙を噴き上げながらかなりの勢いで地面に叩きつけられ、バウンドした。
竜巻の罠は、意外と弾き飛ばしの威力が高いようだ。
数メートル先でうつぶせに倒れたソイツは動かない。
【死者探知】を発動。うん、まだ赤いシルエットで見える。生きてる証拠だ。いや、不死の怪物に生きてるって表現はあれだけど。完全に死んでいたら、シルエットの色が黄色になるからね。
死んだふり、じゃないよね?
俯せに倒れているソイツに警戒しつつ近づく。ソイツは動かない。そろそろと足の側へと回り込む。
つんつん。
つま先で突いてみた。動かない。
どうやら失神しているようだ。不死の怪物なのに失神するのか。
期せずして無力化できたので、こいつを連れていくことにする。
この街の警備隊だか治安維持隊だかに渡すのが筋なのかもしれないけど、不死の怪物なんて代物を渡して大丈夫なのかは不安でしかない。
それ以前に、私の言葉を信じてもらえる気がしない。
なので、とりあえず侯爵様と相談するつもりだ。
いや、だって、こんなのが街中にいるとか、異常だよ。ゾンビ対策があれだけしっかりしているのに、なんでこんなのがウロチョロしているの? ってことだし。
そんなわけで、インベントリからロープを出して拘束していく。とりあえず手と足を拘束して、それぞれ繋げればいいや。
ちょっと時間が掛かったけど、拘束完了。目の前には手足を縛られ、海老反ったへんた……じゃなかった、襲撃者。あとはこいつを袋に詰めて、担いで帰るとしましょう。
袋は以前買った大豆の入っていた袋だ。百キロのまとめ買いをしたから、人ひとりはいるくらいの大袋があるんだよ。
ちなみに、大豆は自宅で熟成中。冬ぐらいには味噌になるかな? なってるといいなぁ。
ばさりと袋を振るい、ぺしゃんこだった袋を広げる。その袋を頭から被せるようにして、ソイツの全身をすっぽりと中にいれる。
あとは【軽量化】の魔法を使いつつ、担いで帰ればいいだけだ。
それじゃ、帰るとしましょ。よいしょ……っと。
◆ ◇ ◆
「お帰りなさいませ、キッカ様。お荷物をお預かりいたします」
侯爵邸に戻ると、執事さんが出迎えてくれた。とはいえだ――
「あー、これ、ちょっと問題のあるものなので。このお屋敷には牢とかあります?」
さすがに『牢』なんて言葉がでてきたからか、執事さんが眉根を少しばかり寄せた。
「いえ、この別邸には牢はありません。差し支えなければ、それがなにかお教え願いますか?」
「不死の怪物。街で襲われたんですよ。それで、どう対処したらいいのかわからないので、ひとまず捕らえて持ってきました。なにせ私はこのみてくれですから、兵士さんたち任せようにも、まともに取り合ってくれないと思うんですよね」
あ、執事さん、固まった。
そりゃそうか。まさか化け物担いで持ってくるとは思わないよね。
そんなことを思っていたら、背中を蹴られ(?)た。
おぉう、起きた。あ、執事さん、飛び退いた。
とりあえず降ろそう。また蹴られたくない。
「どうしましょう?」
「ど、どうしましょうと云われましても」
あぁ……執事さん、声が上ずってるよ。
さすがにこんなことの対処はしたことないよね。
「侯爵様の判断を仰ぎたいのですが、戻られてますか?」
「少々お待ちください!」
執事さんがバタバタと走って行った。
そして玄関ホールの床では豆袋がバタバタしている。
ややあって。
「キッカ殿、いったいどうしたのだ?」
「街中で不死の怪物に襲われました」
私はこれまでの経緯を侯爵様に話す。すると侯爵様は顔を顰めて、バタバタと動いている豆袋を睨みつけた。
「どうしましょう?」
「ふむ、ベニート、王宮へ、アキレス殿下に使者を送れ。『不死の怪物を捕らえた』とな」
「かしこまりました」
執事さんは一礼すると出ていった。
「あの、侯爵様。アキレス殿下というと、王太子殿下ですか?」
「ん? あぁ、その通りだ。そういえば、あの場にはおられなかったな」
「王太子殿下が治安維持隊の指揮をしているのですか?」
なんで王太子殿下へ使者を走らせたのかがわからず、訊ねてみた。
なんでも、いま王都では変死事件が起きているとのことだ。血を抜かれた死体がいくつか見つかり、吸血鬼の仕業と噂されているらしい。
その事件の捜査を、王太子殿下が執っているとのことだ。
「なんで王太子殿下が?」
「治安維持隊が問題視しておらんのだ。なにせ、死体の見つかった場所が貧民街とあって、よくある殺人事件と一緒くたにしておるのだよ」
よくある殺人事件って。やっぱり貧民街とかだと、追剥とかがいるってことなのかな? でも追剥は血まで抜きませんよ。
「それで、このジタバタしているのが、キッカ殿を襲った者かね?」
「えぇ、不死の怪物ですよ」
「どうやって判別したのかね?」
「【死者探知】という魔法があるのですよ。それでなくとも、【生命探知】で反応しなければ、死体ということになるわけですが」
その答えに納得したのか、侯爵様はしきりに頷いていた。
「とりあえず、どうしましょうか? これ」
「ふむ、確か、丁度いいサイズの木箱があったはずだ。そこに入れておこう」
木箱って、何気に酷いですね、侯爵様。まぁ、不死の怪物に気を使う必要なんてないですけど。私たちを餌と思ってるような存在だし。
かくして、物置に置かれていた木箱を引っ張り出し、その中に暴れる豆袋を放り込んだ。とりあえずこれで、この袋があっちこっちに動くことはないだろう。
一応、念のために、木箱の蓋に【施錠】の魔法を掛けておく。これでこの木箱は、【開錠】か【解呪】を使わないと開けることはできない。しかも魔法のせいで、この木箱を壊すのも苦労するレベルに強化されている。
これが扉とかだったら、壁を壊すっていう荒業があるんだけれどね。
それにしても、この木箱はなにが入ってたんだろ? すごいいい塩梅の大きさなんだけど。
まぁ、いいや。
さて、こいつがどこへと私を攫おうとしたのか、分かればいいんだけど。とりあえずは王太子様からの返事を待つとしよう。
そんなことを考えつつ、私は侯爵様についてリビングへと向かったのでした。
誤字報告ありがとうございます。