94 願い下げなご招待
こんにちは、キッカです。ただいま王都観光を満喫? 中です。
今朝方、侯爵様から昨日の賊の死体が消えたことを聞いたけれど、どうしろと?
まぁ、私もその場にいたわけだし、というか、私が見つけたんだっけね。そのおかげというか、そのせいで王宮の警備の見直し、および天井裏へと入るルートの確認など、王宮は追加された仕事で現状てんやわんやなんだそうだ。
明々後日には勲章伝達式が行われるからね。そんな時期にこんなことが起これば、そりゃ忙しくもなるよね。
王宮で働いている人は忙しいことこの上ないことになっていることだろう。
でも私を恨んだりしないでね。私が原因だろうけど、一番悪いのは賊だから。
さて、現在私は商業地区へと向かって移動中。冒険者ギルドには行って、ティアゴさんにはもう会って来たよ。ティアゴさんは私を説得することになっていたみたいだけれど、私の話を聞いて疲れ切ったような顔をしていたよ。
そんな時こそ甘いもの。パウンドケーキを渡したんだけれど、差し入れというより、お詫びの品みたいになったよ。まぁ、些細なことだね。
式を欠席することが決まったけれど、私が王様に直接頼んで許可を貰ったわけだから、問題はなにもありませんよ。
レブロン男爵のことも、ティアゴさんが直接王様に伝えたそうだ。もしかしたら式の時になにかしらあるかもしれないね。とはいえ、大したお咎めはないだろう。なにせ、何をされたのかは詳しく話していないからね。
これは帰りに私がやらかすためだ。侯爵様には申し訳ないけれど、ちょっと利用させていただきますよ。
下級貴族が上級貴族を相手に、どれだけのことができますかね?
貴族間の階級差は、ほぼ絶対だろうしね。派閥関連が絡むとどうなるのか分からないけど。
とはいえ、男爵と侯爵では、地力の差も歴然。多分、男爵側が頭を下げるだろう。
その上で、私はいろいろと嫌がらせをするつもりだ。町へ忍び込むだけなら簡単だからね。仕返しの内容をしっかりと考えておこう。眩惑魔法をメインに使う予定だ。あと召喚。
ただ、この仕返しを行うのは先の話。サンレアンへと帰る時にやることだから、一ヵ月くらい後だ。
一ヵ月か。王都で一ヵ月を潰せるのかな? 娯楽といっても、せいぜい観劇くらいだし。お金だけは過分にあるから、困ることはないけれど。そういや、スリに気を付けるように云われたよ。
まさか私が熟練級のスリ技術を身に付けてるとか思わないだろうしね。
さすがに、スリで何かを盗ったことはないけど。テスカセベルムで、ことのついでに技量上げしただけだしね。スッたものはそこに置いてきたし。
そもそも私のもってる荷物、今はポシェットだけだけど、中身は空っぽ。ポケットにもハンカチしか入っていない状態だ。これほど外れなスリ対象はいないと思うよ。
そんなことを考えながら歩いていると、ぼちぼち人通りが増えてきた。それに伴い、私に視線を向けて来る人も増えてきた。
まず仮面に目が行って、次に胸、という人が多い。真っ先に胸に目を向けて、次に仮面をみてドン引きしてる男性もいるけれど。
うん。仮面の効果はばっちりかな。これなら絡まれることもそうはないだろう。ナンパとか願い下げですよ。面倒臭い。
そのままテクテクと歩いていくと、道沿いの建物が店舗へと変わる。
とはいっても、建物の様相が変わるわけじゃない。建物はどれも似たような、漆喰を塗られた煉瓦造りの建物ばっかりだ。店舗と、それ以外の建物違いというと、看板が下がっているかいないかだけだ。
どこも店先に商品を出しているようなことはしてない。まぁ、当然のことだろう。
そういえば、クラスの馬鹿が、とんでもないことを自慢していたっけ。電気屋さんの店先にディスプレイしてあった大型冷蔵庫を、堂々と持ち去ったと。
あまりにも堂々としていたから、泥棒と誰も思わなかったらしい。
……いわゆる万引きなんだろうけど。万引きで冷蔵庫って。
とまぁ、こんなことを警戒しているだろうから、店先に商品を置くなんてことをしている店舗はない。
屋台は別だけれどね。
軒先に掛かっている看板と、扉に打付けてある店名を見るに、このあたりの商店は一般向けの店ではないようだ。卸業者みたいなものかな?
通りの先、正面に視線を向けると、やや先で建物が途切れ、その先に大きな立像がみえた。
建物の途切れた先。そこは広場となっていた。
中央に建つのはディルルルナ様の像。両手を広げ、軽く天を仰ぐような姿の像だ。かなりの大きさで、高さは……六メートルくらいあるかな?
顔立ちは教会にある立像とほぼ一緒。巻角がすごく目立ってる。
こう云っちゃなんだけど、蝙蝠の羽根が生えていたら、確実に女悪魔の像ですよ。
そしてその立像の周囲は花壇となっており、色とりどりの花が咲いていた。特に統一して花を植えているわけではないようだ。煉瓦で囲まれたその円形の花壇は、半径三メートルくらいだろうか。結構大きい花壇だ。
あぁ、でも、ディルルルナ様の像に合わせて作っているのならば、このサイズになったのだろう。立像の両手を広げた幅と、ほぼ同じだもの。
その花壇の周りを囲うように展開している露店は、いったい幾つくらいあるのだろう? 学校にあった学習机ふたつ分くらいの広さの小さな露店、屋台っといったほうがいいかな? それが行儀よく並んでいた。
さて、フレディさんたちが『不味い!』と断言した、串焼き肉の屋台でもさがそう。多分、どの屋台でも大差ないと思うんだよね。
見たところ、この辺りは装飾品とか、小物を売ってる屋台ばっかりだね。
向こう側に行けばあるかな? お肉の焼ける香りはするんだよね。
露店を確認しつつ進み、やっと目当ての串焼き肉の屋台を発見した。
「おじさん、一本おくれ」
「銅貨八枚だよ」
銅貨八枚って、ほぼ銀貨一枚じゃないのさ。払うけど。
銀貨一枚を渡し、串焼き肉と銅貨二枚を受け取る。
ん? 値切り交渉? やりませんよ、面倒臭い。微妙に高いけど、まぁ許容範囲だ。
さて、お味はどないだ。
お肉に齧りつく。
固っ!
うん、固い。焼き過ぎだこれ。そしてちょっと塩気が強い。酷いな。
なんとか噛み切り、咀嚼する。
使ってる部位もあんまりいい部位ではなさそうだ。スジ肉ってわけでもなさそうだけれど。
……これは、顎を鍛えるにはいいのかも知れない。ちっちゃいころ、お父さんと食べたスルメイカを思い出すよ。
顎はしっかり発達させないと、歯の生え変わりの時に綺麗に生えなくなるからね。生える隙間がなくて、ガタガタになるって云ってたっけ。
そのおかげもあってか、歯並びは綺麗だったからね。まぁ、いまの体は新しく作り直してもらったものだけど。
……というか、この肉、本当、酷いな。ガムじゃないんだからさ。味はそこまでは酷くはないけれど、美味しいというものでもなし。
うん、銅貨八枚は高いな、これ。サンレアンだったら、あっというまに店を畳むことになるレベルだよ。
王都の人はこんな肉を普段食べてるの? いや、そんなことないよね、昨夜食べたお肉は、普通に問題なく食べられたし。
なんとか一本のお肉を食べ終え、串はインベントリに放り込んだ。
むぅ、ちょっぴり顎が痛いぞ。いーっと歯をむき出すようにしたりして、顎の筋肉をほぐす。よし、屋台の肉を買うのは今後は止めよう。
ドン!
あいたっ! あっ!
ポシェットを盗られた! ひったくりだ! ご丁寧に、ぶつかると同時に肩ひもを切って行ったよ!
私のポシェットを盗った人物は、たちまちの内に走り去った。
……随分と手慣れてるな。そして周囲の人たちは無関心。
まぁ、こんなものだろう。この辺は現代日本に通ずるものを感じるよ。
さて、それじゃ【道標】さん発動。
生憎だけれど、私からは逃げられないよ。【私のポシェットを盗んだ者】なんていう、明確な情報があるからね。【道標】さんはばっちり仕事をしてくれる。
足元から白い煙が現れ、道路に沿って伸びていく。
本当、王都はイベントが目白押しだねぇ。
そんなことを思いつつ、私は賊を追って歩き始めた。
◆ ◇ ◆
私のポシェットをひったくった賊。その小僧を見つけるのに、そんなに時間はかからなかった。
なにしろ、最短ルートを【道標】さんが示してくれたからね。
路地裏の奥まったところに、その小僧はいた。もちろん、こんな狭く暗い場所を歩いている者など、他には誰もいない。
いまここにいるのは、私と小僧のふたりだけだ。
【透明変化】を使った上に、気配を消し、足音を立てずに近づく私に気付きもせず、小僧は悪態をついていた。
ま、頑張って盗ってきた物の中身が空となればね、悪態も付きたくなるか。
とはいえだ、そんな悔しがる姿程度じゃ、私の溜飲は下がらないよ。
薄暗い路地裏を滑るように進み、私のポシェットを足元に叩きつけてた小僧のすぐ後ろについた。
せーの。
ドゴッ!
私は後ろから思い切り股間を蹴り上げた。
悲鳴も上げずに股間を押さえつつ、涙目になりながら小僧が振り向いた。そこに見るのは、首を傾け、歯を剥き出すように笑みを浮かべた仮面の女。
「ひっ……」
お、ビビッて逃げた。暗がりだったのが良かったのかな?
でも、逃がしはしないよ。
『―――――――――』
言音魔法発動。衝撃波を発する【揺るがぬ力】の二段階目だ。三段階目だと吹き飛ばす威力があるが、二段階目だとよろけさせる程度の威力しかない。
だが、全力で逃げ出した相手に背後からそれを撃ち込めば――
急に背中を押された小僧はバランスを崩し、無様に転倒した。
私はポシェットを回収しつつ足早に距離を詰めると、起き上がろうとしている小僧の尻を思い切り蹴飛ばした。
つんのめるように、再び小僧は転倒する。
もう一度、蹴っ飛ばしとこ。こういうことをする輩には、例え小僧っ子だとしても、私は容赦しないよ。
小僧にどんな事情があったとしてもだ。
お金が欲しけりゃ、兎でも狩って売ればいいんだよ。あいつら簡単に狩れるし。弓が無ければ石でも投げつければいいんだ。石ならそこらに落っこちてるんだから。組合員登録をしていなくても、組合に獲物を売ることはできるんだし。ひったくりができるくらい体を動かせるんだ、兎くらい何度かやれば狩れるようになるさ。
ぞわっ。
【察知】が反応する。
思わず私はその場から一歩飛び退いた。直後、いましがたが私がいた場所に何かが降って来た。
それは、まるでイモリかヤモリを思わせるような四つん這いの恰好をしていた。そしてゆっくりと、だらりと両腕を下げたまま立ち上がる。目元まで隠れるような、ボサボサの赤茶色の髪。痩せて骨ばった体。とても健康な人間とは思えない、長身の男。
そいつは前かがみの姿勢で俯き加減に首を傾けたまま、視線だけがぎょろりと私を見つめていた。
「見つケた」
笑いを含んだような声。
酷く血に汚れた服を身に付けたその男は、私を見るなりそういった。
どうやら私に用があるらしい。
「オ前を連レていク」
少しばかりおかしなイントネーション。
私は眉をひそめた。
これはまた願い下げなご招待だなぁ。
「どこへ行くのかは知らないけれど、お断りさせてもらうわ」
「答エはいラナい」
ちょっ!?
いきなり飛び掛かって来た。
尻餅をつくように背後に倒れ込み、それを躱す。
慌てて【風の霊気】を纏う。
体勢を立て直そうとしていると、再び飛び掛かって来た。だが、私の纏っている風に弾き飛ばされ、そいつは背中から壁に激突した。
ちっ、あの小僧に逃げられた。
まぁ、いいや。ポシェットは取り返せたし、蹴っ飛ばせたから。
というか、こいつはなんなのよ。
またも四つん這いで、私を捕らえる隙を伺ってる。
なんだか、某ゾンビゲーに登場する、最初の鬼門のゾンビみたいだ。
……ゾンビ?
【死者探知】を使ってみる。しっかりと赤いシルエットが重なった。
……どうしよう。
不死の怪物。ならば倒すのは簡単だ。だが下手な倒し方をすると灰になってしまう。
一応、意思の疎通はできるのだ。連れていくなどと云っているからには、何者かの差し金とみていいだろう。
状況から見れば、例の吸血鬼絡みとおもうんだけど、私を特定してるっていうのがおかしいんだよね。
接点ないよ。
伯爵のところから逃げ伸びたらしいし、なにひとつ私との関りはないよね。
そんなことを考えつつ、睨み合うこいつをどうすべきか、私は悩みだしたのです。
感想、誤字報告ありがとうございます。