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91 ディルガエア王の災難


 七ノ月二十三日。その日は久しぶりの休暇であったにも拘わらず、レオナルドは修練場で剣を振っていた。

 日の出に合わせ起床し、走り込みをし、そして朝食の時間となるまで剣を振る。


 もはや習慣となっているいつもの修練だ。


 ついさきほどまでは同僚の騎士たちも一緒に修練していたが、いまはレオナルドひとりだけが修練場に残っていた。


 せっかくの非番なのだ。朝食をひとりで落ち着いて食べた後は、のんびりと城下を見て回る予定だ。そろそろ財布がくたびれてきている。なにか良い掘り出し物を探してみるつもりだった。


「あぁ、ここにいたのか。捜したぞ」

「隊長、どうしました?」


 構えていた剣を降ろし、レオナルドが近衛隊長であるヘルマンに向き直った。


「レオナルド、大きな荷物が届いてるぞ。なにを発注したんだ?」

「荷物ですか?」

「あぁ、大小合わせ、木箱が七つだ。一応、食堂の隅に置いてあるが」

「届きましたか!」


 思わずレオナルドは快哉を叫んだ。


「で、なにを発注したんだ?」

「我々の装備ですよ、隊長」




 レオナルドはヘルマンについて食堂へと入った。

 木箱は、食堂の奥に置かれていた。大きな木箱と平たい木箱がふたつずつ。そして細長い木箱がみっつ。


 大きな木箱の中央には、大きく文字が二行記されていた。北方語と、よりにもよって日本語で【天地無用】と。

 キッカはなにをやっているのか。


 そしてそれぞれの箱の隅には焼印が押されていた。

 ひとつは箱の中身を示すもの。四角い枠で囲われた、剣や弓をディフォルメしたものだ。いわゆるアイコン。そして【如月工房】の漢字四文字の記された焼印。

 本当にキッカはなにをやっているのか。


「……これはどこの文字だ?」

「さぁ。キッカ殿の故郷の文字でしょうか? 異国の出と聞いていますからね」

「南方の文字か? だが私も知らんぞ、こんな文字」


 でかでかと書かれた『天地無用』の文字に、ふたりが首を捻る。


「とにかく開けましょう。隊長も見てください」


 そう云って、レオナルドは括ってあるロープを解き、蓋となっている木箱の上面を外す。そしてスライドして外す側板を取り除いた。


 木箱の中には、金色の鎧が鎮座していた。重厚な作りの鎧。なにより目を引くのが兜のデザインだ。面頬の部分が人面を模している。その強面は、見る者を威圧しているようだ。


「アレクス殿下とこれを見たとき、惚れこみましてね。半ば衝動的ですが、注文してしまったのですよ」

「備品管理は任せているから構わないが、これは実用に耐えるのか? 金の鎧など役に立たぬだろう? 式典用か?」


 金は柔らかすぎる。


「あぁ、これは金製ではありませんよ。詳しく聞くことはできませんでしたが、現状では入手困難な合金だそうです。

 隊長、装備してみてくださいよ、それで分かります」


 ヘルマンが怪訝な顔つきでレオナルドを見つめた。


「私は見ての通り、まだ汗も落としてもいませんからね」


 ヘルマンは肩を竦めると、鎧を身に付け始めた。足甲、鎧、兜、そして最後に手甲をはめる。

 最後に左腕の手甲を装備し終えた時、ヘルマンはその異常をはっきりと感じた。全身に掛かっていた重みが、まるで消え失せたような錯覚にとらわれたのだ。


「なんだこれは? まったく苦にならんぞ。重さはある、あるが……」

「これは魔法の鎧です。掛けられている魔法の内訳はこちらですよ、隊長」

「内訳?」


 怪訝な顔をしながら、隊長はその紙を受け取った。それはもうひとつの木箱に張り付けられていた封筒に入っていたものの一枚だ。

 それには、鎧に付術された内容が記されていた。


 水中呼吸、治癒力上昇、運搬力上昇だと!?


「これは……まさか、複数の魔法が同時に発動している魔鎧なのか!?」

「えぇ。注文通りの性能のようですね」

「待て、注文? ダンジョン産の鎧ではないのか?」

「職人の手によるものです。武器と鎧、金貨五千枚で発注しました。我々の鎧もそろそろ買い替え時でしたからね。値段的には格安ですよ。まぁ、私がかなり無理を云ったのですが」


 ヘルマンは再度絶句し、手甲を着けた左手を開いては握り締め、その具合を確かめた。指先までしっかりと金属で覆っているというのに、指の動きは一切阻害されず、実に滑らかに動かせる。


「いや、レオナルド、これ程の鎧、予算は大丈夫なのか?」

「問題ありません。装備用の予算は使い切りましたけどね」

「おいおい、壊れた時の修理はどうするんだ?」

「魔鎧なので、そう簡単には壊れませんよ。さすがに竜に踏まれでもしたら壊れるとは思いますが」


 レオナルドの言葉に、ヘルマンは苦笑いを浮かべた。


 竜に踏まれる。さすがにそんな状況に陥ることはあるまい。どうせそうなる前に焼き殺されてる。


「魔鎧か……。それもこれほどの物が一式二組ともなれば、その値段も致し方なしか」

「はい? いや、隊長、我々の分隊分と予備二領分の代金ですよ」

「――!?」


 レオナルドの答えにヘルマンは文字通り絶句した。


「待て、どれだけ発注したのだ?」

「ですから、鎧一式十五領、盾十五枚、武器八種ふたつずつ計十六ですが」


 レオナルドの答えに、さすがにヘルマンも慌てた。

 そう、このままではマズい事態に成り兼ねないことに気付いたのだ。


「レオナルド、さっさと汗を洗い流して着替えて来い。陛下の所へと向かうぞ」

「隊長?」

「厄介なことに成り兼ねん」

「どういうことです?」

「安すぎるんだ。このままだと御用商人どもがやらかし兼ねんぞ」


 レオナルドの顔が引き攣った。


 御用商人の事を、すっかり失念していた。


 連中の腹黒さは思い知っている。各方面に人脈を持っているせいで、簡単に切ることのできない連中だ。元はまっとうな商人であったのだろうが、どこも世代交代をするとロクでもないことを始めるのだ。


 分かりやすいところでは、ダンジョン【アリリオ】の管理が行われ始めた直後のことが挙げられるだろう。




 【アリリオ】から岩塩が産出されるようになった直後、こともあろうに塩の販売を独占していた商人共が、管理を任されたイリアルテ男爵を脅迫したのだ。当時、塩の販売は王国が発行する免許制であり、新参であるイリアルテ男爵は彼らにとって邪魔であったのだ。故に、商人共はアリリオ卿に対し、塩の販売権を譲渡せよ、さもなくば、あらゆる交易ルートを閉鎖すると迫ったのである。


 戦うしか能がない愚か者と、彼らはアリリオ卿を断じていたのだろう。それに対し、アリリオ卿は、実に単純な方法で対抗した。


 交易ルートを潰していた商会の手の者たちを皆殺しにし、その上でダンジョン産の岩塩を従来よりも安い値段で流通させ始めたのだ。


 十人殺され、三十人殺され、五十人殺され、そしてその数が百人を超えると、もはや商人たちの呼びかけに答えるならず者はいなくなった。


 この状況を王国は静観していた。なにしろ、談合し、塩の値段を好きに操っていた商人共は王国にとっても害悪となっていたのだ。

 ならば、免許を取り消せばいい。だがそれで済むかというと、そうもいかない。ひとつを潰せば、残りが結託する。かといって、すべてを潰せば、塩の流通が完全に止まってしまう。必要量の塩の流通を回復させるのに、どれほどかかるかを考えると、そんなことはできやしない。


 自由競争ではなく、結託されたことが、王国にとって致命的ともいえたのである。


 だが、そこでダンジョンから岩塩が発見された。それも、無尽蔵の岩塩が。その岩塩の所有権、及び販売権は、ダンジョンを発見し、森から切り離した樵の男のものとなった。

 ダンジョンの管理化を実現させ、イリアルテの家名を得たアリリオに。


 王国は好き放題をやっていた塩商人たちに対し、アリリオという劇薬をぶち込んだのだ。


 絶えず魔物を吐き出すダンジョン周囲の開拓など、正気の沙汰ではない。狂鬼アリリオ。愛用の樵斧は、切り倒した樹木よりも、斬り倒した魔物の方が遥かに多く、絶えず血塗れていたと云われた人物である。


 結局のところ、塩商人たちは王国から駆逐された。ダンジョン産の岩塩が王国の必要とする塩をすべて賄ったのだ。彼らの売る塩の値よりも安い値段で。




 適正な値段というものはあるのだ。今回のこの武具一式は安すぎる。これにより御用商人達は色々と邪推するだろう。そして彼らの矛先は、この武具を作り上げ、この値段で売った者に向くだろう。


 その者を強引に取り込むか、それとも技術だけ奪い取るか。

 さて、連中はどういった手段をとるだろうか?


 ◆ ◇ ◆


 ディルガエア国王、アダルベルトはヘルマンとレオナルドの報告を聞き、頭を抱えていた。


 それもそのはず、二月前に地神教教皇自ら、絶対に害することのない様にと念を押された人物のことなのだ。商人共がやらかし、そのことが教会に知れようものなら、あまり考えたくない事態が起こることになるだろう。


「アレクス、お前は何をしに行ったのだ。私は聞いていないぞ」

「驚かせようと思いまして」

「あぁ、驚いた。驚いたよ。だがこのままではキッカ殿に無礼を働く輩が出兼ねんぞ」


 呑気に答える息子に、国王は嘆くように答えた。


「そのような輩は切ってしまえばいいのです」

「それで済まんから頭を抱えているのだ。キッカ殿が連中のいいなりになるとはとても思えん。簡単に勇神教の面子を叩き潰した御仁だぞ。そんなお方が、酷い侮辱を受けようものなら、どんな報復をするのか見当もつかん」

「侮辱ですか?」


 アレクスが首を傾いだ。


「近衛の装備は国の威信を示すものだ。それを任されることが、職人にとってどういうことかは分かるな? 連中のことだ、その栄誉を得るために体を売って仕事を得たとか云いだし兼ねん」


 父親の言葉に、アレクスの顔が引き攣った。


「陛下、私はそのようなことは――」

「やった、やらないはどうでもいいのだ、レオナルド。噂さえ流せればそれでいいのだよ。アレクス、キッカ殿が神子であることは知っていただろう」

「えぇ、ですから、囲い込む形で庇護下に置こうかとしたのですが。もちろん、鎧が素晴らしいものであったので、こういう形をとったのですが……」


 国王は額に手を当て項垂れた。


「アレクス、書類を作れ。金貨五千枚は手付金ということにしておけ」

「わ、分かりました」

「ヘルマン、今着ている鎧が、その鎧か?」

「はい。これまでの鎧が我楽多に思えるほどの出来栄えです」


 国王は疲れたように微笑んだ。


「魔鎧か。ははは、まさか我が国が真っ先に一式得るとはなぁ。しかも神子様お手製の代物だ。……支払いをどうしたものか。値段がつけられんぞ」

「適当な爵位と領地を与えては?」


 国王が息子をじっとりとした目で見つめた。


「教皇猊下よりも上の立場にある方にか? そんなことをしてみろ、教会がこぞって抗議にくるわ。

 他にはもうなにもないな?」


 国王が確認する。するとレオナルドが丁寧な作りの木箱を差し出した。


「陛下、キッカ殿からの献上品が届いております」


 テーブルに置かれた木箱を前に、国王はレオナルドと木箱へと、順に視線を巡らせた。


「中身は、確認したのだろう?」


 国王が問う、するとふたりはあからさまに顔を強張らせた。その様子に、思わず眉をひそめる。


 いったい、神子殿はなにを贈って来たというのか。


「陛下、ご覧になるのが早いかと」


 そういってヘルマンが木箱を開けた。そしてその中身を見るなり、国王は目を剥き、まるで助けを求めるかのようにヘルマンを見つめた。




 箱の中に納められていた物。それはこの世に非ざる代物、すべてが青く透き通った剣であった。





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