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90 どうにも後ろめたいのです


 こんにちは、キッカです。無事、侯爵邸に到着しましたよ。


 【道標(ロケーター)】さんの煙を追って辿り着いた場所は、閑静な住宅街。住宅街とはいっても、日本みたいに住宅が立ち並んでいるわけではなく、アメリカの高級住宅街みたいな感じ? 青い芝生の広がったオープンなものではなく、各家きちんと塀で囲われているけれど。


 ここは住宅街というよりは、貴族街というべき場所なんだろうね。時折、異物を見るかのような視線が飛んできますよ。

 私はかなり場違いな恰好をしているから仕方ないね。草猪を出して担いでるし。


 侯爵邸に到着し、門衛さんに名乗ったところ、あっさりと邸宅内へと案内された。いや、ちょっと心配になるんだけれど。そんな無警戒でいいの? 私が来ることを知らされてあるとしても。確かに、こんな仮面付けてうろついている小娘なんて他にいないだろうけどさ。


 邸内に入り、門衛さんから執事さんに案内人がバトンタッチ。担いでいた草猪を『お土産です。食材に加えてください』といったところ、どこからともなく現れたメイドさんが、カートに載せて運んでいった。お礼は云われたけれど、喜んでもらえたかは不明だ。


 なんというか、皆さんポーカーフェイスだ。仕事人と見るべきか、単に私が警戒されているのか、どっちだろう?

 まぁ、顔を隠している時点で不審者みたいなものだし、後者かな。


 執事さんの案内で応接室へ。


 で、現在、私は抱き着かれています。


 執事さんについて中に入った途端、それこそ脇から引っ手繰られるような感じで抱き着かれたんだけれど。


 え? 何事?


「ちょ、お姉様、なにをしているのですか」


 えぇ……リスリお嬢様、私が悪いんですか?


「イネス、離れなさいな。キッカちゃんが困ってるわ」

「もう少し」


 ……あぁ、リスリお嬢様のお姉さんか。確か、王弟殿下のところに嫁いだんだっけ?


 ん? アレクス王子殿下は第二王子だったよね。とすると王様の年齢って、多分バレリオ様と同じくらいだと思うのよ。で、その弟さん。


 もしかして結構な歳の差夫婦なのかな?

 まぁ、貴族社会じゃ多少の歳の差は普通なのかもしれないけれど。さすがに祖父と孫とも云える歳の差だと、あれなんだろうけど。リスリお嬢様も怒ってたし。


 というか、いつまでこの状態なんでしょうかね。少しばかり苦しいのですが。


「あのー、そろそろ放してほしいのですが」

「もう少し。リスリはよく抱き着いているというじゃない」

「あぁ……。リスリ様はよく私の胸に顔をうずめてますね」

「くっ、私の背が低ければいい塩梅に堪能できたのに。身を屈めて抱き着くんじゃ興冷めよ!」


 ぎゅぅぅぅぅっ。


 しっかりと抱きすくめられる。結構な力がはいっているけれど、危険を感じるほどの苦しさじゃない。

 心地よい窮屈さ、とでもいうのかな? というか、こういう風に抱きしめられるのって、こっちに来るまで殆どなかったからね。なかなか新鮮な気分なのですよ。

 日本にいたときは心配されてとか、無事を喜ばれてとかばっかりだったからねぇ。シチュエーションが違い過ぎて、なんとも思うところがあるのですよ。


 とはいえだ。本当にそろそろ放して欲しいのですが。


 なんとか首を回してリスリ様に助けを求める。


「お姉様。そろそろキッカ様を放してあげてください。挨拶もなしにそれでは、礼が無さ過ぎますよ」

「むぅ、名残惜しいけど、仕方ないわね」


 おぉ、やっと解放された。


「ふふ。堪能させてもらったわ」

「いや、堪能って……」

「今夜は一緒に寝ましょう!」


 もう一度リスリお嬢様に視線を向けた。


「こういう人なんです」

「……自由ですね」


 なるほど。リスリお嬢様が『王弟殿下が心配です』と云っていた意味がわかるような気がするよ。

 きっと、振り回しているんじゃなかろうか。


 というか、私は気に入られたの? いや、それよりも挨拶をしないと。

 思いっきりタイミングを逸して、おかしな感じだけれど。


「お初にお目に掛かります、イネス様。私、キッカ・ミヤマと申します。どうぞ見知りおきくださいませ。

 バレリオ様。お言葉に甘え、お招きにあずかりました。暫しの間、ご厄介になります」


 ……この云い回しは合ってるのかな? 不安しかないぞ。


「うむ。自宅にいるような気分でゆっくりしてくれ――と、いいたいのだが、キッカ殿、すまないが私と一緒にこれから王宮へと行こう」

「はい?」


 私は首を傾げた。


「あの、バレリオ様、私、なにかやらかしましたか?」

「いや、近衛の鎧の件だ。値段に関してのことだな」


 ありゃ。


「高すぎましたかね? でも値段の提示はレオナルドさんからでしたけど」

「いや、逆だ。安すぎやしないかということだ。あまりにも適正価格から安すぎると、いろいろと問題視されることがあるのでな」


 あぁ、いろいろと商人とか、他の色んなところとの柵があるのね。もしくは、王権を使って安くしたとか、そういう悪評が流布される可能性があるからかな?


「キッカちゃん、安すぎるって、いったい何を幾らで受注したの?」

「鎧十五領、盾十五枚、短剣、剣、大剣、片手斧、大斧、メイス、大槌、弓の武器八種類を各ふたつずつで計十六。すべて合わせて金貨五千枚です」


 エメリナ様の質問に答える。あ、肝心なことを云い忘れた。


「もちろん、すべて魔法の武具です」


 あ、エメリナ様の口元が引き攣った。


「ま、魔法の武具? そんなものが造れるの!?」

「えぇ。ここにあるものでは、リスリ様が身に付けている指輪がそうですよ。あ、リスリ様。その指輪はお役に立ててますか?」

「はい。十分に私の身を護ってくれました。これのおかげで、二度までなら連続で召喚できますから」

「待って。ちょっと待って。どういうこと? 召喚ってなに? 魔法って!?」


 あれ? イネス様は知らないのか。


 なので簡単に説明。ついでにリスリお嬢様が【走狗】召喚を実演して見せた。なんでも、今日までみんなには秘密にしていたそうだ。


 理由は不明……いや、なんとなくわかるな。バレリオ様とイネス様の顔が……。


「なんで私にはないの!?」


 イネス様が叫んだ。


「お姉ちゃん、僕も持ってないよ」

「よし、セシリオ、こっちおいで。仲間よ」


 イネス様がセシリオ様を呼び寄せ、こそこそ何事か相談したかと思うと、声を揃えてこう騒いだ。


「「ずーるーいーっ!」」


 あははは……。あれ? そういえばダリオ様の姿が見えないね?


「面倒臭いでしょう?」

「リスリ様、同意を求めないでくださいよ。私が頷いたら問題しかないじゃないですか。まだ首と胴を切り離したいとは思いませんよ」

「ちょっ、キッカちゃん!? そんなことしないわよ!」

「ですが王弟夫人の不興を――」

「いや、キッカちゃんのほうが私よりずっと立場が上だから。こんな喋り方してる私の方が本当は不敬だから」


 は?


 私はエメリナ様に視線を向けた。


 一体どういう事でしょう?


「あー、一応、そういうことになっちゃうのよねぇ。」

「え? 本当、どういうことですか?」

「七神全てからの加護というのがねぇ。特にアレカンドラ様からの加護持ちというのがね。まぁ、詳しいことは馬車の中で、バレリオから聞いてちょうだい」


 あぁ、そうだ、王宮にいかないと。


「すいません、着替えたいので部屋を貸してください!」


 ◆ ◇ ◆


 そんなわけで、現在、馬車の住人です。さすが貴族の特注馬車。乗り心地は乗合馬車よりはるかにマシですよ。


 えぇ、マシ。乗り心地サイコーとは云っていない。


 まぁ、板バネだけでサスペンションなんてものはないんだから、致し方無しというものだ。

 なので、ふかふかのクッションは必須ですよ。

 もっとも、王都はしっかりと石畳が綺麗に敷設していあるから、ガタゴトとした揺れは酷いものではない。


 さて、今の私はいつもと違う格好だ。式典用に、なにかしらまともな服装を準備しなくてはならない。そして私は薬関連の功績で召喚されたわけだから、らしい格好でなくてはならないだろう。その上で、小奇麗な恰好であるのが条件だ。

 もしかしたら服を準備してもらえるのかもしれないけれど、私の場合、問題しかないからね。

 ……髪色が黒とバレたら余計な問題がもちあがること間違いなしだからね。


 ということで、インベントリのローブ系を片っ端から確認しましたよ。


 装備としては修道僧のローブか、NPC専用だった大昔の魔法研究組織の専用ローブ、のどちらかかな。で、私は後者を選びましたよ。


 ローブというよりは、ゆったりとした上衣とズボン、それに丈の長いフード付きのローブというものだ。色は辛子色で、縁の部分は地の色よりやや白い布地になっている。


 このローブ、シンプルで格好いいんだよね。ちょっと着ぶくれて見えるのが難点だけど。

 あぁ、でも、このデザインでほっそり見えると、微妙にみすぼらしく見えそうだね。

 あとの問題は仮面だな。素顔で行くか、仮面のままか、はたまた布を巻いて目隠しなんていうのも……。でも目隠しだと、変なエロティシズムが出そう。


 さて、私の立場云々の話。

 要は、アレカンドラ様の加護が一番問題だったみたいだ。


 各教の教皇様の決定方法と云うのが、投票制ではなく、神様直々の任命なのだそうだ。その任命方法が【加護】。

 【加護】を神より与えられた者が現れたら、その人物が次期教皇となるそうだ。


 教皇としての教育を修了次第、世代交代となるとのこと。で、退位した教皇様は、大抵は枢機卿の位置に退がり、相談役、ご意見番の立場になるらしい。


 ふむ。となると、勇神教のあの髭は、イレギュラーな形で枢機卿になったのかな? それとも、前教皇が亡くなりでもしたか。


 と、話が脱線した。


 そんなわけで、本来なら私が教皇とされることになるわけだけど、いかんせん、六神全てからの加護持ちの上、母神アレカンドラ様の加護まで持っている。ということで、どう扱っていいのか教会としては頭を抱えているそうだ。


 そりゃそうだ。六教すべての教皇をひとりにやらせるとか、あり得ませんからね。どこぞの教派が勝手にやろうとしたら、他五教と戦争になりますよ。


 あぁ、うん。そりゃ頭を抱えるわ。何気に私、問題児じゃないですか。やらかしたのは私ではなく、神様方だけれど。


 下世話な話、私が加護を頂けたのは、もし私になにかしら問題があったら、常盤お兄さんとの関係が友好から敵対になりかねないから、その対策ってことなんだろうけど。


 ……私が控えめでって云っておかなかったら、かなりガチな加護を渡されてた可能性があるよね、これ。

 なんか、テスカカカ様はやらかしているみたいだったし。これまでに誰かを不死身にしたりしたことがあるのかな? たしか、ナナウナルル様が云ってたよね。


 でだ、『教皇に据える訳にはいかないから、とりあえず【聖人】として崇めよう』という話が出てきているとかなんとか。


 いや、勘弁してくださいよ。私が聖人とか、ないよ。


 聖人君子的な何かをしなくちゃならないとか、願い下げですよ。


「まぁ、気にすることはあるまい。教会がキッカ殿をどうこうすることはあるまいよ。ただ、助けてくれと、泣きつかれる可能性はあるが」

「薬や魔法でどうにかなる範囲ならいいんですけどね。災害を――」


 云いかけて言葉を止めた。なんとかできるな。さすがに地震とか津波レベルは無理だけど。雨を降らせて山火事消したり、嵐を消したりとかだったら普通にできるな。


 あれ?


「……キッカ殿?」

「い、いえ、なんでもありませんよ。こうなるともう、おかしなことにならないよう、祈るしかないですね」


 思わず私は苦笑いを浮かべた。


「それでキッカ殿。皆の前では云わなかったが、他にも問題というか、陛下が呼び立てた理由があるのだ」

「……なんだか嫌な予感がするのですが」

「まず、キッカ殿が献上した剣のことだ。扱いをどうすべきなのか決める為、詳細を確認したいとのことだ。

 それと、キッカ殿の功績に関して、物言いが入った」


 あぁ、やっぱり。


「私が薬の製法を盗んだという話ですか? あり得ませんよ。あの製法の出どころは、神様ですからね。もし盗んだというのなら、その下手人は神様ということになりますが」


 侯爵様の片眉が上がる。


「ふむ、知っていたのかね?」

「えぇ、ちょっと不愉快なことがありまして。実際、ここまでケチがついていると、問題しか引き起こしそうにないので、今回のことは辞退しようかと思っているのですよ。

 人の技術で同様の薬が生み出されたのなら、その方が素晴らしいことですからね」


 いや、侯爵様、なんでそんな驚いたような顔をしますかね。

 私の作る薬は、私が努力して開発したものじゃなく、知っているものをただ作っただけですからね。それで勲章を授かると云うのは、どうにも後ろめたいのですよ。


「ただ、不思議なのは、その薬の開発者が表に出て来ていないのと、その薬もさっぱり出回っていないということなんですよね」

「……キッカ殿、わかっているんだろう?」

「薬が存在しない。もしくは、なんらかの理由で出せない、としか分かりませんよ」


 そういって、私はにやりと笑った。


「それで、剣の方なんですけど、そんなに問題なのですか?」

「私も見せてもらったのだが、あれはなんなのかね? 半透明な剣など、初めて目にしたぞ」

「あー……。説明というのは、出どころとかですか?」

「まぁ、そうなるな」


 うーん。どうしたものかな。

 あぁ、そういえば、ガブリエル様に問い詰められた時、バレリオ様もいたよね。ってことはだ、私がこの世界の人間じゃないって云うのは、もう知ってるよね?


 とはいえ、私にそれを確認しないっていうのは、やさしさみたいなものなんだろうなぁ。

 まぁ、知ったところで、さしたる意味もないしね。


 うん。正直に云ってしまおう。どういう扱いの剣かを話したら、きっと訊かなきゃよかったと思われるだろうけど。


「包み隠さず申し上げますと、あの魔剣は神様より下賜されたものです。それも、贈答用として使えと云われたものです」

「は?」

「神様、過保護なんですよ。あ、もちろん、そのまま献上したわけではないですよ。きちんと強化しましたからね。十分実用に耐える剣となっていますよ」


 あ、さすがに侯爵様も頭を抱えた。


「キッカ殿、それはもはや神剣ではないか。国宝級ではないのかね?」

「由来を考えるとそうなるかも知れませんけど、性能はそこまで強力ではありませんよ。同じものを複数持ってますしね。それに、剣以外にも大斧と弓がありますし」


 どうせならワンセットで献上すればよかったかな。


「うむ、訊かなかったことにしよう。私が聞いたところで、どうにもならん。キッカ殿、すまないが、陛下に今云ったことを話してくれ」

「了解です」




 こうして私は、予定よりもはやく国王陛下と顔をあわせることとなったのでした。





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