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87 私の機嫌は非常に悪いです


 七月二十二日の早朝。私はバッソルーナという町に到着した。

 で、昼過ぎには町を後にしたよ。それなりに酷い目にあったので、この町に対しては徹底的にやり返そうと思います。自分の手を汚すか、他者に任せるかはなりゆき次第だけれど。


 この町はレブロン男爵領の領都とのことだ。私が非常に不快にさせられた原因も男爵のせいらしいから、このツケはきっちり払ってもらうよ。

 えぇ、公的機関による実害を喰らわされましたからね。記録に残す必要のない臨時収入を得て、さぞかし喜んでることだろうよ。

 こうなったら、嫌だけど教会だろうとなんだろうとコネを最大限に使わせてもらうよ。最悪、神様に泣きついてやる。


 それが駄目なら、警告をして避難する猶予を与えたうえで【流星雨招来(メテオレイン)】を実行してやる。


 常盤お兄さんがなにを考えて、プレイヤーには使用不可なこの言音魔法を使用できるようにしてあるのか、真意は不明だけど本当に感謝するよ。

 なにしろ【雷嵐招来(テンペストコール)】は単に無差別に人を雷で打ち倒すだけだからね。屋内に籠られたら一切被害が無いようなものだし。


 私としてはこの町を地図から消し去りたい。


 ふふふ、私は善人なんかじゃありませんよ。お兄ちゃん同様に、腹黒い偽善者を目指していますからね。やっちまう時はやっちまうのです。


 だいたい世の人は分かっとらんのです。偽善者は偽善者であって、ペテン師の類じゃないんです。なんらかの目的の為に他人になにかしらの善業を施したところで、なにが悪いんですかね。その後、実はそれが罠でその人の財を根こそぎ頂くとかいうわけではないんですよ。ペテン師や詐欺師の類じゃないんですから。


 あぁ、苛々する。くそ。ああいう嫌なことがあると、ロクでもないことしか考えないな……。


 あいつらには楽しい仕返しをしてくれる。絶対に、そう、絶対にだ。


 ん? あぁ、なにがあったのかって?


 うん、あまりにも腹立たしいから、簡単に話すよ。


 ◆ ◇ ◆


 街道をのんびり歩いていると、正面に外壁が見えてきた。漆喰がところどころ虫食いみたいに色が変わっているところをみると、壁の補修はしっかりと行っているようだ。


 漆喰が剥がれて煉瓦が覗いているようなところは見当たらない。


 まだ朝が早いせいか、それともこれが普通なのかはわからないけれど、門のところは兵隊が立っているだけで、出入りする者の姿は見えなかった。


 門の上の金属製アーチ部分に『ようこそバッソルーナへ』と細工してある。

 この町はバッソルーナというらしい。


 門のところで入都審査をしている兵士に冒険者組合の組合員証を見せる。本来ならこれで通れるんだけれど、門に併設されている詰め所へと連れ込まれて、荷物検査だのなんだのを始められた。


 まぁ、背嚢の荷物は携帯食と着替え、地面に敷く用の毛皮に、引っ掛けてある弓と矢筒。たいしたものは入っていない。

 私自身は懐にお財布と短剣を一本。そして薬と水筒のはいったポシェットのみといったところだ。


 荷物を乱暴にひっくり返し、異常に細かく確認する。

 ニヤニヤとした顔で下着を広げるのはやめてもらいたいものだ。

 まぁ、荷物に放り込んである下着はダミーなんだけれどさ。私の使ってる下着はオーパーツになっちゃうから、着替えは基本インベントリに入ってる。だから広げられたところで、私が穿いたものではないから、さして気にはならないけど。


 とはいえ、あの下着は処分だ。気持ち悪い。


 で、だ。挙句の果てに服を脱いで全裸になれとまで云ってきたんだよ。できなければ町には入れないというから、「そうですか。ではこの町は迂回します」といって回れ右したら、上官らしき人が、その台詞を云った兵隊を殴り飛ばして、私は町へはいれることになった。


 ……まずこの騒動だよ。それと最後の殴るところだけど、あれ、茶番なんだよね。ノルニバーラ様、ありがとう。【看破】はすごい役立ってるよ。頼り過ぎると、自分の危機感知能力が下がりそうだから、普段は使わないようにしてるんだけれど。この町では常にオンにしておいたほうが良さそうだ。


 とにかくだ、理由は不明だけれど、私を町には入れたいようだ。全裸で身体検査を受けないとだめなんでしょう? と訊き直したら、慌てて取り繕ったようにそんな検査はないとか云いだしたし。


 だいたい、町の出入りを円滑化するために冒険者組合に入ったんだから、組合員証を見せるだけで問題ないハズなんだよ。


 この時点でこの町はおかしいと思ったんだよ。だったら関わらないが正解なんだけれど、どうにも私個人を確定で敵視しているみたいだから、原因だけは探っておこうと考えたんだ。


 で、兵隊が偉そうに『問題事を起こすな』という一言ですむ話を三十分ぐらいかけてネチネチいうのを、嫌らしい視線に耐えながら聞いたよ。


 その話でここが男爵領の領都というのは分かった。男爵領だから、さして広い領地ではないだろう。いいところ、日本でいうところの市町村の町くらいの広さだろうし。あぁ、市町村の認定は人口で決まるんだっけね。多分、私が住んでた町と同程度の広さだろう。町の大きさは、ちょっとした商店街程度だ。


 人口も二、三千人くらいじゃないかな。


 【道標(ロケーター)】さんを使って、まずは宿屋へと向かう。泊まる場所くらいは確保しておこうとしたんだけれど、『満室です』のひとことで断られたよ。うん。もちろん嘘だよ。


 宿屋はほかにも二軒あったけど、いずれも断られた。最後の宿だけ、『お前を泊める部屋はない』と正直にいってくれたよ。

 どんなに嫌なヤツでも、正直者は好きですよ。えぇ。面白い奴だ、殺すのは最後にしてやる。


 冗談じゃなしに殺意しか湧いてこないんだけど。この間、日本の倫理教育との戦いだとか云ってたのはどこに行ったよ。


 まぁ、殺意を向けて来る相手は殺しても問題ないと思っている自分がいるからだけどさ。多分、このあたりが常盤お兄さんがいっていた『倫理観の変更』なんだろう。


 結局、町にある三軒すべての宿屋で断られたので、日が暮れる前に町をでることが確定。この町で道端で一夜を過ごすとかないからね。夜中に道端にいようものなら、なにがあるか分かったもんじゃない。

 夜鷹と思われるか、不審者として連行されるか、いずれにしてもロクなことにならないだろう。


 相変わらず敵意に満ち満ちた視線をそこかしこから浴びながら、適当なお店を回る。どこもお断りされた。まさか露店からも断られるとは思わなかったよ。


 ちょっと徹底し過ぎじゃありませんかね。


 いや、本当、どうなってるんだろ?

 というより、どうやったんだろ、って感じだよ。


 ひとり残らずこの有様って、かなり異常だよ?


 洗脳とか催眠ってわけでもなさそうだから、みんながみんな自発的にやってるんだよね。

 こう判断した時点で、この町の人間はもう処置無しと認定だ。

 一度つけられたレッテルは剥がれない。冤罪で犯罪者とされた人が、後に容疑が晴れたところで失墜した名誉が回復しないのと一緒だ。


 私はこの町の人たちからしたら今後も敵でしかないだろう。今後、なんらかの理由でそれが無くなったとしても、その時は私が容易く利用できるお人好しの愚か者程度にしか考えないだろうしね。


 そういった輩と付き合う気はないし、話をあわせるつもりもない。


 とはいえだ、原因が分からないのはなんとも気持ち悪いな。


 どっかにひとりくらい、中立的な人でもいませんかね。


 対象が曖昧だから、反応する可能性は低かったけれど、再度【道標】さんを使ってみたよ。ヒットしたよ。びっくりだよ。


 【道標】さんの生み出す、他人には見えない白い煙のラインを追って歩いていく。

 抜け道的な細い路地にはいると、右手に雑貨店が見えた。【道標】はそのお店を示しているみたいだ。


「こんにちはー」


 扉を開けて中に入る。昼間なのに中は薄暗い。ほとんど夜と一緒だね。ひとつだけあるランプの明かりの下で、おばちゃん……おばあちゃん? が佇んでいる。


 どうやら欲しいものを告げることで、商品を出してもらう類の店のようだ。食堂のお品書きみたいに、壁に取り扱っている商品の名前が並んでいる。だが、その商品名は非常に読み取りにくい。うん、暗い。


 これ、お店の立地としては酷すぎやしませんかね?


「あぁ、わざわざこんな路地にまで来たのかい。悪いけど、あんたに商品を売るわけにはいかないんだよ」


 入って来た私の顔を確認できたのか、少しばかり遅れておばあちゃんが反応した。というか、この反応。私が町にいることは承知済みですか。


 で、『売るわけにはいかない』ね。うん、正直なことだ。このおばあちゃんから話を聞きだしましょうかね。ちょうど他に人もいないし、最悪、【魅了(チャーム)】を使えば事情は聞き出せる。あんまりやりたくはないけどね、戦闘以外での精神操作は。


「そんなことは分かってるよ。だから、なんで町全体がそんなことになってるのか、教えて欲しいんだけれど。こんな小娘ひとりに、大げさでしょ」


 うん? 雰囲気が変わった。まさか理由を教えろとか云われると思ってなかったんだろうなぁ。……魔法、使うか。


「あんた、なんでそんな仮面をつけてるんだい?」

「これ? 素顔をさらして歩いていると、面倒事しか起こらないからだよ。変質者につけ回されるとか、誘拐されるとかはもうまっぴらだし」


 質問されるとは思わなかったな。なんだろ?


「こんな変な仮面を着けてる女をどうこうしようっていうヤツは、そうはいないからね。実際、仮面をつけて外出するようになってから、大分平穏に過ごせるようになったし」

「聞いた話とは大分違うねぇ。あんた、薬を作っているだろう?」


 おばあちゃんが確認するように問う。


「作ってるね。組合に卸してるよ」

「組合に? あんた、勝手に売ってるんじゃないのかい? 自分が造り出したと云って、盗んだレシピで作った薬を」

「あぁ、そういうこと。イリアルテ家からは注意をされてたけど、随分とはやくでてきたね。万病薬のレシピを公開しておかなくてよかったよ。現状、私しか作れないからね、ゾンビ病を治す薬は。ふぅん。誰か知らないけど、レシピがほしいのかなぁ。この町の人だよねぇ? この町をこんな状態にしたの。私がなにかトラブルを起こしたところを捕らえる算段なのかなぁ?」


 くすくすとした笑い声が漏れる。

 そんな私を推し量るように、おばあちゃんが私の顔を見つめる。

 でも残念。仮面をかぶってるからね、晒してる口元だけじゃ私の表情はわからないよ。せいぜいわかるのは、口元のほくろのせいで無駄にある色気だけだ。


「あんた、侯爵様と関りがあるのかい?」

「後ろ盾になってもらってるけどぉ。ま、私のいうことだからねぇ。信用する必要はないよ。その気もないんでしょう?」


 聞くのは私。答えるのはあなた。それ以外に興味はないんだよ、おばあちゃん。


 ほんの少し顎を上げるようにして首を傾げる。座っているおばあちゃんを見下ろすように。


「で、誰が私をそんな詐欺師に仕立て上げたのかなぁ。薬の開発者を名乗ってるのは誰なのかなぁ。まぁ、本当にゾンビ病を治せる薬を開発しているのなら、私と同時期に完成したってことかもしれないけれどねぇ」

「……」

「で、私をここまで貶めるよう広めたのは誰なのさ」

「あぁ、それはここの領主であるレブロン男爵様のお達しさね。神子を名乗り、クラリス様の功績を簒奪した仮面の女に便宜を図るなとね」


 レブロン男爵ね。それとクラリス。忘れないようにしないと。


「領兵たちは張り切ってたからねぇ。見つけたら捕まえてやるって」

「ふぅん。その割には冤罪とかかけてこなかったね。……あぁ、審神教の立ち合いが入るものね、嘘偽りの入る余地がないのか。ということは、私がやらかすように仕向けてる訳ね」


 うん、揉め事を起こそうものなら、それで私の人生終了って方向に持って行こうってことかな。とはいえ、どうにも足りないよね。

 ほかにも なにか理由というか、ありそうな気がするんだけど。

 ま、ここでこれ以上の情報は入らないかな。


 兵士相手に訊きだすのは無理だろうし、ひとまずは十分だ。


「邪魔をしたわね」


 そういって踵を返すと、おばあちゃんに質問を投げかけられた。


「……あんた、本当にゾンビ病を治せる薬を作ったのかい?」

「えぇ、作ったわよ。嘘偽りなく。それはこの顔にかけて誓うわ」


 振り返り、仮面を外すと、私は良く見えるように視線の高さを合わせた。

 女神像と瓜二つのこの顔がもたらす効果は、もう嫌と云うほどわかっているからね。


 おばあちゃんは私の顔をみるなり、ガタガタと震えだした。


 私はにっこりとほほ笑むと、再び仮面を着けた。格好つけ第一だから、インベントリを使っての装着だ。だから、傍から見ると仮面が顔に張り付いたように見えただろう。


「お話、どうもありがとう」


 そういって私は雑貨店を後にした。


 さて、知りたいことは分かったし、とっととこの町を出よう。下級とはいえ、貴族絡みである以上、私が勝手にどうこうするわけにもいかないしね。

 ひとまずは侯爵様に相談しましょうかね。


 路地を抜け、そのまま東門へと進む。

 敵意ある視線は相変わらずだけど、向こうから手を出してくることはない。これは審神教があるからこそ、犯罪のでっちあげとかやりにくくなってるんだろうな。でなければ、私を殴りつけて、この女に殴られたから云々いえば、すぐに私なんか犯罪者として捕縛できるもの。


 審神教の僧がグルだったらどうするのかって? それはあり得ないよ。そんなことをしたらノルニバーラ様からの神罰が落ちると云うものだよ。当然【看破】の祝福を失うことになるだろうしね。その特性上、六教の中では一番厳しいだろうし。

 だから審神教の僧が犯罪に関わることは絶対にないんだよ。


 ほどなくして東門に到着した。出都のために、兵士に組合員証を渡す。

 受け取った兵士は、組合員証をとなりにいる青年に渡した。


 ん?


「偽造品ですね」


 は?


「偽造という根拠は?」

「私がそうだと断定します」

「あなたは?」

「冒険者組合のフェリペです」

「そういうことだ。組合員証の偽造――」

「審神教の方に真偽の判定を願います」


 すかさず私は云った。ふざけんなよ。


「その必要はない」

「なぜです?」

「組合職員が確認した。さぁ、大人しく――」

「審神教の方に真偽の判定を願います」


 兵士と組合職員の動きが止まった。


「その必要は――」

「なぜ必要ないと? 審判をされると困ることでもあるのですか? 私は身の潔白を証明したいだけなのですが。取り調べをするにしろ、審神教の司祭以上の方が立ち会うのでしょう?」


 ……だんまりかよ。


「どうしました? 審神教の方を早く呼んでください」

「もういい」

「……組合員証を返してください」


 そういって手を差し出すと、しぶしぶながら組合員証を手に置いた。

 まったく。ふざけんなよ、クソが。

 腹立たしいまま門を抜けようとしたら、またも呼び止められた。


「待て、出都税を払え」

「……幾らです?」

「金貨二百枚だ」

「はぁっ!?」


 なんだその金額は!?


 腕組みをして、ニヤニヤと兵士が笑む。


 あぁ、払えない→町に留まる→泊まる場所無し→夜中にひとりウロウロ


 で、保護名目か、不審者として捕縛ってところね。

 私は財布を取り出し、そこから取り出した振りをしながら、インベントリから出した白金貨を二枚、兵隊に渡した。


 手に載せられた白金貨に、兵隊は驚いた顔をしたまま、私を呆然と見つめていた。


「なにか問題でも?」

「い、いや……いや待て!」


 今度はなんだよ。


「貴様、入都税も払っていないだろう? 払え」

「……同額ですか?」

「そうだ」


 さらに二枚手に載せてやった。大儲けだな。


「なにか他に問題でも?」

「……行け」


 行く前に訊くことができたよ。


「兵隊さん、名前は?」


 問う。だが兵隊は完全に無視を決め込んだ。


 ちっ。眩惑魔法の【魅了】を真下に放つ。

 【魅了】は着弾箇所を中心に、約五メートル範囲に影響を及ぼす範囲魔法だ。掛かった者は、術者と友好的になる。


「名前は?」


 私はもう一度訊ねた。


「ゴルカだ」

「そう。覚えておくわね」


 そう云って私はバッソルーナを後にした。


 ◆ ◇ ◆


 ってな感じでしてね。


 なので、私の機嫌は非常に悪いです。

 くそ、貴族絡みでなければ、合法的に始末する方法だってあるのに。


 下級貴族とはいえ、貴族である以上、下手なことはできないからね。なので、正しい手順を踏もうと思うのよ。その方が面白そうだしさ。

 ……いや、かなり反則だろうけど。


 ひとまず侯爵様にこのことは話しておこう。


 あぁ、そういえば、私以外にもゾンビ病を治せる薬を開発した人がいるんだよね。

 よし、その話をだして私は褒賞を辞退してしまおう。その結果『それ見た事か、やっぱりレシピを盗んだんじゃないか』などと云われ、それを是とされるのなら、もう潔くこの国をでるよ。やってられるか。




 こうして私は不快な気分のまま、王都へと再び歩き始めたのでした。





誤字報告ありがとうございます。

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