86 王都に向けてテクテクと移動中
おはようございます。キッカです。
七月も半ばを過ぎました。ただいま私は王都に向けてテクテクと移動中です。
近衛隊から依頼された鎧と武器は製作途上ですよ。納期のあった二領はもう発送済み。残りは戻ってから制作を再開するから、残りの十三領が完成するのは十月ぐらいになるかもしれない。
いや、王都でどれだけ時間を取られるかわからないからね。
あ、今私が王都に向かっている理由。
七月の一日に王家から召喚状が届きましたよ。以前云われていた通り、薬関連のことで褒賞を頂けるそうだ。
さすがに王家からの召喚をお断りできる訳もなく。
なんでもディルガエアでは、毎年八月にこうした表彰……で、いいのかな? をしているそうだ。
この一年で功績を上げた者と、その内容を周知することも兼ねているらしい。
……ゾンビ病も治せる薬が販売されたとなれば、そりゃ大事にもなるか。これまで不治の病であったわけだし。それも罹患した患者は殺して即時焼却が義務付けられているような病なんだもの。それが完治するとなればねぇ。
で、困ったことというか、分からないこと、いや、知らないことと云った方がいいのか。
こういう時、王家に献上品的なものを持って行ったほうがいいんですかね?
ということで、侯爵様に訊きにいきましたよ。
王家、王国が褒賞を出す側だから、特に必要はない。とお答えを頂きました。とはいえ、なにかしら贈っておいて問題はないとも。
ただね……。
「キッカ殿。お願いだから常識的な範囲で頼む」
と、侯爵様から云われたよ。「常識ぐらい弁えてますよ」と云いたかったけれど、やらかしまくっている以上、笑ってごまかすしかなかったよ。
いや、作ってると楽しくなっちゃってね。あ、近衛の鎧とかは大丈夫だよ。強化も先に送った二領に合わせたものにするし。付術だってドーピングはしてないしね。現状、いろいろ度外視で作ったのは、リスリお嬢様に贈った指輪だけだよ。
さて、献上品。
とりあえず持っていくことにしたよ。ただ、王家には表彰の行われる八月一日よりも前に渡った方が良さそうだったから、これも冒険者組合にお願いして、鎧とまとめて発送したよ。それと、その献上品とは別に、表彰の際に万病薬を王家に渡す予定だ。
原材料を知っていると、不敬でしかないんじゃないかって気がするけれど。効果は確かだしなぁ。いずれレシピを公開するつもりではいるけれど、大丈夫かな、これ。
ん? 献上品にはなにを贈ったのかって? 剣を一振り贈りましたよ。
インベントリに【贈答用】と書かれたメモ書きと一緒に放り込まれていた、魔法の武器のひとつを鍛えて贈りましたよ。
ちなみに、【贈答用】として放り込まれていた武器は以下の三種。
吸精の長剣:斬り付けた相手の活力を奪う長剣。
吸血の大斧:斬り付けた相手の生命力を奪う大斧。
吸魔の長弓:射貫いた相手の魔力を奪う長弓。
なんでそれぞれ十個も放り込んであったんですかねぇ。
まぁ、確かに【贈答用】にはいいと思うよ。なにしろ見た目がとんでもなく特徴的な武器だから。うん。この三種の武器、スケルトンカラーなのよ。色は青。
半透明な武器ってなんなのよ。そもそも材質はなんなんだろ? そういや鉄並みに固いガラスが開発されたってニュースがあったよね? それかしら?
剣の付術はスタミナ吸収だから、普通に継戦能力向上するし、そこそこ実用的じゃないかな。使用回数は二十五回だけど。
インベントリの肥やしにしていても仕方ないので、ここで放出ですよ。
微妙な威力の武器だけど、鍛えたからそれなりに上質な剣になっているはずだ。……うん、多分、やらかしてる。考えてみたら、こっちの標準的な剣の打撃力って知らないんだよね、私。
まぁ、いいや。見た目からしておかしい剣だから、威力がおかしくても言い逃れはできるだろう。
この魔剣は【優良な付術が施された上質の武器】と云い張ろう。それがダメなら、正直に「神様からの下賜されたものです」と云えばいいや。
ぐぅー。
お腹の虫が鳴った。そろそろお昼にしようか。
ででんと野っ原にテーブルと椅子を出してと。マグカップにスープを注いで、ハムと玉菜と玉子とチーズを挟んだサンドイッチもインベントリから取り出す。
あ、食パンを作ったんだよ。酵母を作ったから食パンを作ってみたのさ。お砂糖は入れてないから甘みはないけれどね。出来は上々ですよ。
やっぱり適した小麦を使うの基本だよ。
まぁ、ディルガエアだと芋餅にしちゃうから、そのあたりは気にしていないみたいだけど。ほかに麦を使ってる料理は、ラザニアみたいなパスタか、粉にせず、オートミール粥とかだからね。
オートミール、こっちに来てから初めて食べたんだけれど、うん、ダメ。私は好んで食べようとは思わないよ。とある小説で、オートミールを散々こき下ろしている老魔術師がいたけれど、その気持ちが分かったような気がしたよ。
今日もいいお天気。七月の頭は数日雨が降り続いたけれど、時期的にそんなのは珍しいんだそうだ。雨ばっかり降るのは十二月後半から十三月とのこと。
それ以外の月はあまり雨が降らず、降っても夕立みたいに一気にザーッと降って、すぐ止むんだとか。
幸い、ここまで雨には降られていないけれど、王都につくまでこの調子ならいいな。
あ、こんな目立つような食事を平気でしているのは、またしても街道からはずれて移動しているからだ。
駅馬車もでているけれど、私は歩くことを選択したよ。
見ず知らずの人たちの中に混じって十日以上一緒に移動とか、私には無理な話ですよ。対人恐怖症はいまだに克服していませんからね。
その割には普通に人と接している様に見えるかもしれないけど。
残念なことに、人間はひとりで生きていくのが困難な生き物ですからね。外敵から身を護るために群れることを選択した生物である以上、ひとりで生き抜くとなると、なかなかに困難なのですよ。
なにかの漫画で『人は自分で檻をつくり、進んでその檻の中に入った奇妙な生き物』と表現されていたけれど、まさにその通りだと思うし。
群れる以上、檻は必要なのですよ。まぁ、私はそれに適応できなくなっちゃったんだけれど。他人が怖くて仕方なかったからね。血を分けた母親がもっとも恐ろしかったんだから、言わずもがなでしょ。
いまなら魔法があるから、森の中でひとり隠者みたいな生活も可能だけれど、日本にいたときはただの障害持ちの小娘だったからね。他者に頼らざるを得ないんだよ。
おかげで外面だけは最低限取り繕えるようになったよ。
分厚いサンドイッチを半分食べたところで、マグカップに注いだスープを啜る。昆布だしの肉スープ。
やっぱり食べ慣れた味は安心するね。なによりそう簡単に飽きないのがいいよ。こっちのスープ系、あとは煮物というか、シチューもそうだけど、かなり美味しいんだよ。他の料理は酷く残念なんだけど。
ただね、味が重いというか、しつこいというか、ちょっともたれるんだよね。あと、一定レベル以上に美味しいから、結構簡単に飽きる。
本当に美味しいものは、残りの人生、それだけしか食べられなくなっても、毎日美味しく頂けるものだ。と、お兄ちゃんがいっていたけれど、まったくその通りだと思うよ。
日本人にとっては米がそうなんじゃないかな。欧米人だとパン?
もぐもぐと咀嚼しながら、ぼんやりと周囲を眺め見やる。
見渡す限りの平原。ほんと、広いな。こうしてみると人の生息域というか、集落をつくって活動している範囲の狭さを実感するよ。
いや、そう思えるほどに平野が広いってことかな。日本は人が生活できる土地が少ないからねぇ。山ばっかりだし。
お? あっちになんかいるな。おっきい? 見に行ってみよ。
食べかけのサンドイッチを口に詰め込み、スープで流し込んで呑み込むと、出したテーブルやなんかをインベントリに格納する。
それじゃ、見物に行こう!
私は遠くに見えた動物に向かって歩き始めた。
膝丈ほどの草の生い茂っている野っ原を突き進んでいく。
サンレアンから王都まではかなりの距離。だから普通に歩くのだと、多分八月一日に間に合いそうにない。だいたい五百キロくらいあるのかな? 馬車だと十二、三日掛かるって聞いたよ。
なので、夜中も休まず進む予定。夜間はアルスヴィズに乗って移動するけどね。
やろうと思えば、不眠不休も可能なこの体は本当に便利だ。いや、便利というのはちょっとおかしいか。
常盤お兄さんとアレカンドラ様は私の体をどう拵えたんだろ?
言音魔法の関係で、普通の体より頑丈ですよって云ってたけれど。
そういえば、言音魔法の【揺るがぬ力】を科学的に検証した番組があったらしいね。
お兄ちゃんからの又聞きなんだけれど、あの熊をも吹っ飛ばすだけのエネルギーを叩きつけられた場合、その対象はどうなるか? というのと、それを放出した人間はどうなるのか? という検証。
机上理論的な検証だったらしいけれど、結果としては、そんなエネルギーを受けた対象は蒸発するらしい。徐々に加速して飛ぶのではなく、一気に叩きつけられるわけだから、さもありなんということなのかな。で、それを行った側も、同様の反作用があるわけで、こっちも同じく蒸発するとか。
……いや、使い方を熟知すると、とんでもなく有用な【揺るがぬ力】だけど、他の言音魔法がとんでも性能なせいで地味に感じるのに、科学検証だととんでもないじゃないですか。
怖っ!
これが事実としたら、私の体はどんだけ頑丈なんですかね?
あれ? でもあっさり足折れたよね。というと、頑丈さ、丈夫さ、という意味合いとはちょっぴり違うのかな?
考えてもわからないや。まぁ、魔法で疲労はどうにか解消できるし、眠気も無視できるけどさ。不健康にはなるけど。
どうせなら、あの地下牢での修行時に、その辺も考えて検証らしきことをしておけばよかったな。
寝ずにとにかく魔法を使いまくってたからね。
思えば、あれからまだ半年も経ってないんだな。いくら馬鹿みたいに修行したからって、いろいろと能力が伸びすぎだよね、私。
成長性だけはチートだからなぁ。ゲームキャラの主人公って。
ついに錬金が九十に到達して、いままで保留にしてたこっちの素材鑑定とかやったし。
錬金の素材鑑定。素材を食べることで、その素材の持つ錬金素材としての効能を知ることができるんだよ。低レベルでも鑑定は可能なんだけど、それだと一部しか鑑定できないんだよ。でも九十にまで技能が伸びると、百パーセント余すことなく鑑定できるのさ。
ゲームだと四種類の効能が確定であったわけだけれど、リアルだとそうでもないようだ。ひとつだけとか、ふたつだけの素材もあったよ。まぁ、当たり前か。
その鑑定の結果、ゲームでは作れなかった解毒薬が作成可能になったよ。ドクダミとシソで作れるのが判明した。
あと、若布、大蒜、妖魔の腰掛、海棲の魚(名前が分からない)、赤苔の中からふたつの組み合わせで、養毛剤兼育毛剤兼発毛剤ができる。なんだこの欲張り効果は。しかもこれ錬金薬だから、副作用とかも一切ないよ。
需要はあるのかな? いや、確実にあるな。問題はどれだけ効果があるのかわからないんだよね。というか、これは飲み薬なのかな? 一応、回復薬は傷にぶっかけるだけでも効いたけど。
薬の効果を見るに、患部に塗るような方法がいいよね。飲みました。全身毛むくじゃらになりました。なんてなったら、殺されるんじゃないかな。私。
いや、女性でも薄毛に悩んでる人は多いだろうからね。
王都で侯爵様と合流することになってるから、その時にでも訊いてみようか。いや、需要があるかどうかではなく、誰か実験台になってくれる人がいるかどうか。
最初はこれも王様に献上しようかとも思ったんだけれど、下手すると不敬になるんじゃないかって思って取りやめたんだよ。ほら、遠回しに『王様、禿げてるでしょ』って云ってるようなものだし。
あとは、解熱剤とか、整腸剤とか、比較的問題のなさそうなものもできたよ。
それと自白剤……という名のいけないお薬じゃないかなこれ。自白剤って名前がついてたけど、材料をみるにそうとしか思えないんだけど。いや、材料が黒小麦と青昼顔ってなっててさ。
黒小麦っていうのは、そういう種類ではなく、黒く変色した小麦。ここまで云えば知ってる人は知ってるだろうけど、いわゆる麦角と呼ばれるものだ。
要は幻覚剤。LSDの元というか、ご先祖的なものだっけ? 地球だと、大昔に宗教勧誘のためのセミナーで、お香として炊いて、セミナー参加者を眩惑して信者にしたとかいうヤバイ系のお薬だ。
『ふはははは。入信しなければお前たちは救われず、皆等しく地獄に落ちるのだ』というようなことを云って、催眠状態にしたセミナー参加者に地獄の幻覚をみせたとか。幻覚剤の効果のせいで、その影響にあったひとは自分の持ってるイメージの地獄を幻覚に見て、入信したらしいよ。
うん。酷い話だ。昨今の問題を起こしている宗教って、みんなこんな感じらしいしね。さすがに薬物は使っていないだろうけど。家族を亡くして弱ってる人のところに寄ってきて、喪心している人にあれやこれや吹き込んで引き入れる手段は卑劣だと思うよ。さすがの私でも。
本当に人が変わるらしいからね。近所の陶芸家のじっちゃんが嘆いていたよ。
そんなわけで、このお薬だけど、作っちゃダメなヤーツだよね。錬金薬になったおかげで、禁断症状的なものはでることはないけれど。でも常習性はあるよね、きっと。
うん、ロクなことになりそうにないから、このレシピは封印だ。
問題は、これ、こっちの世界の材料だから、いずれ誰かが見つけそうなんだよ。
……警告だけはしておいたほうが良さそうかな。でもそれだとレシピを公開することになるから、本末転倒なんだよね。これも誰かに相談しないと。
さて、そんなとりとめのないことを考えつつ歩き、遠くにみえていた動物のところにまで辿り着きましたよ。
全高三メートルちょっとくらい。全長は六メートル近い四足のずんぐりとした獣。鼻筋の所から大きな角が一本生えている。
これあれか、ビッグホーンっていうやつ。なんだろう、マンモスが象の先祖とするなら、こいつはサイの先祖というような感じですかね。
いや、象はマンモスの直系じゃないのは知ってますよ。こいつはなんというか、けむくじゃらのサイって感じなんだよ。
怪獣猪よりもおっきいよ。凄い迫力だ。
でも大人しいね。結構近くに居るんだけれど、気にも留められてないよ。脅威に値しないって思われてるのかな。
狩人さんたちはこんな大型の動物も狩るのかな? いや、ないな。狩るとしたら、相当な人数でないと。
これだけのサイズだもの、狩ったとしても持ち帰れないよ。
茶色い毛並みの巨獣をしばし観察し、私は再び王都へと向かって歩き始めた。
そろそろ一度街道にもどって、街に寄った方がいいかな。どこまで移動できたのか確認しないと。
◆ ◇ ◆
……なんだこれ?
ビッグホーンを見物してからの二日後。私はバッソルーナという町に辿り着いた。
はっきり云おう、ひどく居心地が悪い。
あっはっは、敵意しかないぞぅ。ほんと、なんだこれ?
立ち寄ったことを後悔しつつも、私は散策をはじめたのでした。
誤字報告ありがとうございます。