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84 なんだろう、この罪悪感


 ぴしゅん! と、いう音と共に、弓から矢が放たれる。

 狙いたがわず、矢は的に命中した。真ん中には当たらなかったけど。


 うん。ダメだこれ。


 いま手にある弓は、鋳造して作ったエルフ弓。使った感想は、硬い。この一言につきる。

 鍛造版はリムがよくしなるんだ。それこそ、ぐにん! って擬音でも付きそうな感じで。まぁ、傍から見る分には鋳造版とさほど変わりなく見えるんだろうけど、使い手からすると大分感覚が違う。


 もちろん、威力にも差がでる。


 比べなければ鋳造版も十分に合格点なんだけれど、鍛造版を使っちゃうと『なにこの不良品』って気分になる。


 うーむ……どうしましょ。この鋳造弓。私は使う予定ないし。


 使うとしたら今後作る予定の魔氷の弓だし、それを作るまでは【召喚弓(バウンドボウ)】で間に合わせるつもりだからなぁ。


 廉価版、ってことで組合に委託しちゃおう。限定一品限りってことで。


 そうだ、せめてものあがきだ、きっちり強化してから持って行こう。


 鍛造強化装備。正確には仕上げ調整で武器の性能を上昇させるって感じかな? 

 下手に全力をだすと大変なことになりそうだから、錬金薬によるドーピングは無し。最初からインベントリに放り込まれてた鍛造補助装備のみを装備して調整しよう。


 具体的には、指輪とペンダント。それと篭手はあるのかな? さすがにないか。まぁ、あれ、クエストアイテムだしね。ツルハシは……いいか、装備しないで。


 指輪とペンダントのふたつで仕上げの結果、性能の向上分が五割増しになるんだけれど、実際どのくらいあがるんだろ?


 現状、私が持った場合の弓の威力が三十。弓の技量の関係で威力が六割増しになってるんだよね。だから、この弓の素の威力は十八、九ってところだ。


 ちなみに今の私の弓の技量は六十二。なんのかんので上がってる。狩りであがったのもあるけれど、このあいだの飛竜の時に一気にあがったのが大きい。


 それじゃ、仕上げという強化をしていきましょう。


 削ってバランスも補正してと、あとは歪みを――


 ◆ ◇ ◆


 できあがったものを、もう一度インベントリにいれて威力の数値を確認。


 七十まであがった。……え? 威力が倍以上になったんですけど?


 ……これはやらかしたか?


 鋳造の方も仕上げをやろう。

 鋳造の方は五十まであがったよ。


 えーっと、となると素の威力は……鍛造が四十二、鋳造が三十五くらいか。


 ……こっちの標準的な弓の威力ってどのくらいなんだろう? きちんと調べてからやったほうが良かったかもしれない。まぁ、いまさら遅いけど。


 新しく作ってる暇もないしね。時間も丁度いいし、持って行ってしまおう。


 ◆ ◇ ◆


 組合に到着しましたよ。ちょっとゼッペルさんのところに寄ってきたから、お昼近くなっちゃったけれど。


 うん、依頼をしてきたんだよ。看板と、あと武器と鎧を収納する箱。いや、近衛隊からの注文だし、剥き出しのままだと、ね。

 自作するのも時間が掛かるから、造ってもらうことにしたんだよ。

 それと鎧掛けもね。座っている状態のタイプ。鎧も箱詰めで送ったほうがいいだろうからね。鎧は鎧掛けに掛けた状態で、緩衝材代わりに布を詰め込んで送ることにしたよ。


 午後にベルントさんが寸法を取りにくるから、それまでに組合での用を済ませないとね。

 あ、そうそう、杖付術台と錬金台も完成してた。杖付術台は教会に。錬金台と付術台は組合に。双方搬入済みだそうだ。


 教会の方は私からの寄付扱い。組合の方は相応の金額で引き取ってもらう予定。


 あぁ、そうか、錬金台が入ったなら、一度レクチャーしなくちゃダメか。今日は時間的に無理だから、また後日にしてもらおう。


 扉を開け、中へと入る。組合内はいつもと変わらず。この時間は閑散としている。


 あ、フレディさんたちがいる。久しぶりな感じがするよ。


「こんにちは」

「よお、キッカちゃん。思ったより早く会えてよかったよ。オークションは無事終わったよ」


 オークション……あれ? なんだっけ?

 あぁ、あの蜥蜴か! あれ? 名前をド忘れしてるよ!?


「おいおい、忘れたのか?」

「いや、覚えてますよ。えーっと、名前がでてこない。あの蜥蜴の親分、名前はなんでしたっけ?」

「蜥蜴の親分ってな……」

「バジリスクだよ、キッカちゃん。とんでもない値がついたぞ」


 シメオンさんの言葉に、なんとなく嫌な予感がするんだけど。


「幾らで落とされたんです?」

「金貨千二百二十枚」


 ……聞き違いかな?


「確か、組合に二割払う約束だったな。だから組合に金貨二百四十四枚。残りの九百七十六枚キッカちゃんの取り分だ」


 おぉぅ。私の取り分に加えて、鎧を納品したら、食いっぱぐれることなく一生を過ごせるんじゃないかな? 贅沢さえしなければ。


 手持ちの額と合わせると金貨で五千枚くらいになるもの。

 月金貨二枚くらいで十分生活できるからね。


「ここで受け取れますかね?」

「大丈夫じゃないか?」

「それじゃ待っててください。分けちゃいましょう。えーっと……ひとり頭二百四十四枚ですね」

「本当に山分けでいいのか?」

「構いませんよ。云ったじゃないですか、フレディさん」


 私はそういうとタマラさんのところへ。副組合長さんを呼んで貰い、それからバジリスクの代金を受け取る。その際に、白金貨一枚分は金貨にしてもらった。そうしないと分けられないからね。


 そして四人で山分けです。


「そういえば、なんでオークションの結果を知ってたんです? 王都に行ってたんですか?」

「バジリスク輸送の護衛依頼を指名で受けたからな。それで王都まで行ってたんだ」

「ついでに観光してきたんだ。王都に行くことは滅多にないからな」

「行って実感したのは、物価が高いってことだけだな。俺たちは組合の宿舎に泊まってたから楽だったが」

「そんなに違いますか」

「違うねぇ。屋台の串焼き肉が、こっちの倍近い値段してたしな」


 倍!?


「あれか。高いくせに固くてまずいとか酷かったな。草猪の肉でも使ってんのかと思わせときながら、普通に鹿の肉だったしなぁ」

「それもあまり質の良くない奴な」


 ぼったくりかな?


「まぁ、自給できていないのが一番の問題だな」

「サンレアンは上手くいってるからなぁ」

「王都は農民が少ないしな。ほとんどいないんじゃないか?」


 あぁ、なるほど。サンレアンは周囲は畑だらけだしね。人工林のあるあたりまでは魔物なんてまず出ないし。代わりに、偶に熊とかがでるけど。


「キッカさん、お待たせしました」


 あ、サミュエルさんが来たね。それじゃ、とっとと納品しちゃいましょう。


「サミュエルさん、ご依頼の品を持ってきましたよ」

「その背中に背負っているやつですか?」

「いえ、こっちの箱の方ですよ」


 足元に置いておいた木箱を隣のテーブルの上に置いて開ける。

 中に入っているのは五円玉カラーのエルフ弓……じゃなかった、エルフ弓改め、月鋼弓。月長石(ムーンストーン)を用いた合金だからね。魔銀(ミスリル)はそれほど混ぜ込んでないし。


 ……いや、まんまな名前なんだけれどね。

 考えてみたら、素材が素材だから基本の値段がかなり高くなるな、これ。

 まぁ、魔銀は銀よりちょっと高い程度の値段だけど、月長石って幾らくらいなんだろ?


 あ、魔銀。ゲームやなんかだと、えらく価値が高かったりするけれど、こっちだとそれほどでもないんだよ。普通の金属と変わりない扱いだからね。不死の怪物に対して特効があるわけでもないし。一応、魔力伝導率が高い性質をもっているらしいけれど、いわばそれだけだ。


 私のやってる付術は物品に強引に魔法を刻むようなものだから、魔力伝導云々とか関係ないしね。いわゆるダンジョン産の魔剣みたいな、魔力チャージ不要な武器を作ることができるようになれば、一気に価値は上がるんじゃないかな。


「ふむ。キッカさんの背負ってる弓と同じでは?」

「まぁ、見た目は変わらないんですけどね……」


 違うのはグリップ部分だけだ。鋳造のほうは革ひもを巻いただけ。鍛造の方は木材に月長石でラインを入れるように組み込んで作ってある。

 シンプルだけど綺麗に仕上がったよ。あ、持ちやすい様に、ゆるく凹凸もつけてあるよ。


「俺もちょっと見させてもらっていいかい?」


 シメオンさんが訊いてきました。

 そいういえば弓使いでしたね。


「キッカちゃん、見た目的には変わらないって、なにか違うのかい?」

「ちょっと思うところがあって、制作工程を違えて作ったんですよ。結果ですね、私の背負ってる方はこれの劣化版みたいになっちゃったんですよね。とはいえ、弓としての性能は十分なので、委託に出そうかと思ってるんですけど」

「劣化版……そこまで云うほどに違いますか?」

「試し射ちしてみます?」


 そんなわけで、みんなで裏手の修練場へ移動。


 サミュエルさんの射る姿をみる。うん、堂に入るって言葉がしっくりくる程に格好いい。さすが元狩人組合の組合長。いまは現役を退いちゃってるんだろうけど、狩人としては、どれほどのものだったんだろう?


「やれやれ、引退しても【鷹の目】は健在か」

「【鷹の目】?」

「凄腕の狩人に付けられる、ま、称号みたいなもんだよ。【鷹の目】サムなんて呼ばれてたからな、副組合長は」


 シメオンさんが教えてくれたよ。

 おぉ、サミュエルさん、凄い人だったんだ。


「なるほど、確かにこっちを使った後だと、出来が悪く思えますな」

「手抜きはダメって証拠ですよ。でも弓としては合格点ではありますし、潰すのももったいなくてですね……」


 思わず苦笑いを浮かべる。

 いや、本当に心情的にはいろいろ複雑なんだよ。失敗作扱いにすべき代物なんだけれど、多分、そこらの弓より威力はあるんだよ、これ。

 まぁ、とはいっても、『この弓は出来損ないだ。矢を射れないよ』といわれなかっただけマシだと思うしかないんだけどさ。


「キッカちゃん、俺も試射してもいいかい?」

「いいですよ」


 シメオンさんに弓を渡す。


 そういえば、護衛してもらったことはあるけれど、戦闘はなかったから、こうして弓を引くところを見るのは初めてだな。


 キリキリと弓を引き絞り、ぴしゅんと矢を放つ。


 うん、こうして正しい姿勢の矢の射方を見るのは勉強になるな。私はただ適当に弓を引いてるだけだからね。


「十分じゃないか。俺が今使ってる弓よりも上だぞ、これ」


 あぁ、うん、強化したからね。そこらの弓よりは威力は上ですよ。

 ついと、サミュエルさんのほうに視線を向ける。

 シメオンさんもつられてサミュエルさんに目を向けた。


「ふむ。ちょっと射ってみますか?」

「お借りします」


 そしてシメオンさんが再び矢を放つ。


 よく聞くと音もちょっと違うか。鍛造と鋳造でここまで変わるのか。


 あ、あれ? なんでシメオンさん、私を見てるんだろ?


「どうしました?」

「いや、凄いな……」

「あはは。作り方ひとつでここまで変わっちゃうんですよねぇ。素材は両方まったく一緒なのに」


 沢山打てば、弓の成型も簡単にできるようになるのかなぁ。いや、なるとしてだ、その為に何本弓を打てばいいのかってことになるのか。


 ◆ ◇ ◆


 すっかり日も暮れて、再び鍛冶場に籠っていますよ。

 ドワーフ鎧を作るために、型を作りますよ。とはいって、鋳造は鋳造だけれど、ちょっと違うよ。


 金属板を叩いて鎧の形に形成するわけだけれど、その金属板を作るための型を作ってるんだよ。服で云えばあれだ、型紙づくりみたいなものだよ。鋳造して出来上がった金属板は、いわば切り取った布ってことね。まぁ、きちんと叩いて鍛えはするけど。


 さて、例の鋳造弓だけれど、シメオンさんが買ってくれたよ。


 金額だけれど、鍛造品が金貨十枚。鋳造品が金貨八枚。素材の関係上、ちょっと高くなっちゃったんだけどね。


 買ってもらえたのは嬉しいし、向こうも納得済みなわけなんだけれど、なんだろう、凄い罪悪感染みた気持ちが渦巻いているのは。


 こんな気分になるのはもう嫌だから、鋳造で武器を作るのはやらない。


 で、帰宅後、ベルントさんに採寸してもらった後は、いつものようにリスリお嬢様たちと遊んでいたわけだけれど、その際に食堂……というか、レシピの扱いについて確認してみたよ。


 すごい単純な話だった。


 リスリお嬢様、レシピの対価に関してはしっかり話したと思い込んでたみたいだ。もしくは、私が聞き逃したか、すっかり忘れていたかのどちらかだ。

 どうりでリリアナさんを止めないわけだよ。いつもあれだけ騒いでいるのに。


 食堂に関してはいくらか誤解というか、勘違いしていたことがあったよ。


 まず食堂は、組合内に出店という形の社員食堂的なものと、普通に店舗として独立したものとが作られるとのこと。

 ディルガエアではそれら食堂の経営はイリアルテ家。食材に関してはミストラル商会が一手に引き受けることになっているらしい。

 アンラ王国ではミストラル商会が経営からすべてを行うようだ。


 冒険者組合の隣。解体場の隣にあった革細工の工房兼店舗が、先日の飛竜騒ぎで全焼。経営していた老夫婦は避難して怪我もなく無事だったんだけれど、これを期にと、サンレアンを引き払って、王都で独立した息子夫婦のところへと引っ越したそうだ。


 で、その空いた土地に食堂を現在建築中である。


 立地的に、近くの工房の人たちや、組合員の人たちが利用するんじゃないかな。あとは料理人を捕まえることができれば、食堂は問題ないと思う。ウェイトレスとかは、募集すればすぐに集まりそうだしね。


 早ければ来月中にもオープンするんじゃないだろうか。


 ちょっと楽しみだ。


 さて、木の板を切り出して、パーツの原型を作っているんだけれど、また数が多いな。まぁ、型さえ作ってしまえば、形成する手間が大分省けるはずだ。


 王都までの輸送を考えると、結構カツカツだからね、時間を短縮できるところはやらないとね。




 さぁ、今日中に全てのパーツの形に木を切り出さないと。納期は待っちゃくれないからね。




 よーし、やるぞー。





「あれ? 副組合長、どうしました?」

「ちょっと確認をしたくてですね」


 そういいながら、サミュエルは鑑定盤に弓を載せた。


 名称:月鋼弓[精巧品]

 分類:長弓

 攻撃属性:物理

 備考:

 職人により丁寧に鍛え上げられた金属弓。一箭双雕を狙うのだ。


「精巧品。はじめてみる表記ですね」

「説明文もまともですね」

「それじゃ、次はこっちだな」


 シメオンがキッカから買い取った弓を載せた。


 名称:月鋼弓・量産型[精巧品]

 分類:長弓

 攻撃属性:物理

 備考:

 職人により丁寧に作り上げられた金属弓。一箭双雕を狙うのだ。


「量産型?」

「この弓、結構な代物だぞ。量産できるのか?」

「できるんでしょうねぇ。とはいえ、キッカさん、かなり不本意な顔をしていましたから、これ以上は作らないでしょうね」


 サミュエルとシメオンは、さきほどのキッカの顔を思い出す。


 仮面を着けているのにも拘らず、なんとも困ったような笑みを浮かべていた。


「副組合長、それよりも気になることがあるんだ。キッカちゃん、今問題なく作れる最高の弓はこれだけ、と云っていたよな」

「……あるんでしょうねぇ」


 ふたりは顔を見合わせると、共ににやりと笑った。


「彼女の作る最高の弓、いずれ見てみたいですね」

「買わないんですか?」


 シメオンがサミュエルに問う。するとサミュエルは肩をすくめこういった。


「はたして、私に買える値段に収まってくれますかねぇ」


 そのサミュエルの答えに、シメオンは思わず苦笑したのだった。




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