83 秘密結社?
小麦。ディルガエアでは主力農産物というわけではないけれど、かなりの量が生産されている。主に輸出品となるようだ。
輸出先はアンラと帝国。そしてテスカセベルム。
まぁ、商人の移動を完全に制限はできないからね。とはいえ、テスカセベルムへの輸出に関しては、かなーり減ったらしい。
さてその小麦だけれど、生産されているのは四種類。赤麦、白麦、黄麦、そしてただの麦。ただの麦は茶麦とも呼ばれているみたいだけれど。
ん? なんでいきなり小麦の話なのかって?
いや、小麦粉って薄力粉、強力粉とかってあるじゃないのさ。当然、それらで作るのに適した料理があるわけで。
こっちじゃそういうのをあまり考えていないみたいなんだよね。単に小麦粉ってひとくくりにしちゃってて。
で、調べてみたんだよ。どれが何に合うのかって。
実際、各麦ごとの小麦粉を作って、それでパスタなりパンなり作らなきゃダメかなと思ってたんだけれど……。
インベントリで解決した。
このインベントリの良く分からない鑑定機能はなんなんだろうね。
赤小麦の小麦粉:赤小麦から作った小麦粉。パンに最適。
白小麦の小麦粉:白小麦から作った小麦粉。お菓子や揚げ物に最適。
黄小麦の小麦粉:黄小麦から作った小麦粉。パスタに最適。
茶小麦の小麦粉:茶小麦から作った小麦粉。うどんや中華麺に最適。
こんな感じで説明文がでてきたよ。
いや、便利だからいいんだけどさ。ただ、お店で売ってる小麦粉って、これらが混ざってるのがほとんどなんだよね。
帝国向けの輸出品は、きちんと分けてあるらしいけど。
なので、商人ギルドへ行って、輸出を行っている商会を教えてもらって、売ってもらえないか交渉にいったよ。
……売っては貰えたよ。ただ、量がそれぞれ百キロ単位だったけど。まぁ、トン単位にならなかったことを喜ぼう。
ふふふ。これで主食関連がいろいろと捗りそうですよ。
ちなみに、次なる私の食の野望は、カレーパンだ。
なぜカレーライスをすっ飛ばすのかって? 米の量が圧倒的に少ないからだよ。
温室がいま酷いことになってるからね。鉢植えプランタを大量に置いてあるからね。近いうちに、取捨選択をしないと。問題なさそうないくつかは庭の畑に移動だ。
間に合わせの処置として、トマトの鉢植えを玄関先に置いたよ。実が生ってれば、観賞用みたいなものだから。
そういえば、トマトも面白い逸話があったね。ヨーロッパだったかな? トマトを輸入していた商人が、輸入税に関してのトラブルで、あるイベントを起こしたんだ。
当時、トマトは毒物と思われていて、基本的に観賞用として輸入されていたとか。それが税制度の変更で、そういった嗜好品の類の税金が上昇。ただし、食料品の税金は据え置き。これに困った商人は、トマトは食糧だと言い張り、それを証明するイベントを起こしたのだ。
「俺はトマトを食べるぞ! 徴税官ーッ!」
と、云ったのかどうかは定かではないけれど、トマトを食べるイベントを開催。多くのギャラリーの見守る中、トマトを食べたのだとか。
まぁ、毒ではないのだから、なんの問題もなく、ギャラリーの歓声を受けると同時に、それまで観賞用だったトマトを食品扱いにしたという。
この商人がいなかったら、ヨーロッパでトマトを使った料理は生まれなかったんじゃないかって気がするよ。
尚、この話の出どころはお兄ちゃんだ。私はお兄ちゃんを妄信しているからね。話の真偽などどうでもよいのだ。
さて、昨日リスリお嬢様たちが帰った後、私は再び鍛冶場に籠って作業を再開。鍛造品の弓は既に完成。今は鋳造版の弓を制作中。いや、鎧の制作にとっととはいらないといけないからね。二領は納期が決まっているし、輸送の時間を考えると、そんなに余裕がないのさ。なので、とっとと弓は作ってしまいたい。
そんなわけでここ数日は徹夜で作業をしていたよ。出来上がった型に溶かした合金を流し込んだから、あとは冷めるのを待つだけだ。
その待つ時間の間に、他の物も作ってたけど。さすがに固まるまでの時間はどうにもできないからね。
それじゃ、朝食を作りましょう。
お家に入る前に、トマトをふたつもいでと。今日の朝食は、刻んだトマトと塩漬け肉の入ったスクランブルエッグですよ。
そういや、刻んだトマトを玉子と一緒に炒めるとかいうと、驚く人がいるんだよね。あまりやる人いないのかな? 美味しいんだけれど。
あぁ、熱したトマトがダメって人もいるか。でもトマトソースとか熱しまくったものだし、見た目だけの問題のような。
◆ ◇ ◆
「キッカちゃん、ごめんなさい」
……朝食ができて、メインホールに持って行ったところ、数日振りに帰って来たララー姉様にいきなり謝罪された。
え、何事?
「月神教の方で新しい組織を作ったのよぉ。諜報組織と同様に、教皇直轄の組織なんだけれど公表はしないわぁ。扱いは完全に秘密結社、秘密組織みたいな?」
秘密結社?
「ララー?」
「ね、姉さん、ちゃんと話すから、話すから殺気を向けないで!」
おぉう、ララー姉様が焦ってる。
ララー姉様の話はこういう事だった。
・リスリお嬢様が月神教の信徒に助けられたことを報告。
・侯爵様がガブリエル様に、その信徒についての問い合わせ。
・当然、そのことを知らないガブリエル様は、本部に問い合わせ。
・本部『粛清者ってなんぞ? 知らんぞそんな奴』状態。
・辻褄合わせに、月神教の秘密組織を急遽でっちあげ、教皇直轄に。
アンララー「やれ」
月神教教皇「はい」
ということか。
っていうか、元は私のせいじゃないですか!
「その、すいません。私のせいですね、それ」
「私も調子に乗って遊んだからねぇ。私のせいでもあるのよぉ」
「なにをやってるのかしらねー……」
あはは……。ん? でも、なんでそれで謝罪につながるんだろ?
「あぁ、それはねぇ。レイヴンがその組織に正式登録されちゃったからなのよぉ」
「はい?」
「だから、場合によっては月神教からお仕事の依頼がくるかもしれないわぁ」
……なんだろう。嫌な予感がする。
「その、その秘密組織って、なにをするのでしょう?」
「……暗殺?」
ぎゃーす。ガチな奴じゃないですか。やだー。
いや、冗談じゃなしに、嫌ですよ、さすがに。
リアルで暗殺者になるつもりはありませんよ。
「ララー?」
「だ、大丈夫、大丈夫だから。よっぽどじゃない限り、キッカちゃんに依頼はいかないから。行くにしても、殺人とかはさせないから。安心して? 安心できないかも知れないけど」
いや、まぁ、仕方ないのかなぁ。これも『身から出た錆』とでもいうのかしら?
「あの、それで、その組織の名称は?」
「【ブラッドハンド】」
ぶふぅっ! ちょっ! ゲームの暗殺結社の名前そのまんまじゃないですか!
「……まぁ、月神教にはいろいろ汚れ仕事をしてもらっているからねー。それを考えると、組織という形はあったほうがいいかもしれないわねー。内部で暗躍している困ったちゃんもいるんでしょー?」
「何人かいるのよねぇ。この間キッカちゃんがとっちめてくれたジョスリーヌなんかは可愛いものだったんだけどねぇ」
あぁ、月神教も問題を抱えてるんだね、やっぱり。
「私のところみたいに強権を振るえばいいのよー」
「……悪だくみしているところに雷を落とすのは強権とは云えないわよ、姉さん」
「でも効果的よー」
薄々感じてはいたけれど、ルナ姉様の基本は『考えるな、殴れ』なんだね。
でも、暗殺か……。
「これまでにもそういうことはやったんですか? その、暗殺とか」
「そうはないわよぉ」
「直近だと、百年くらい前かしらねー」
あ、思ったよりも昔だ。
「キッカちゃんも聞いてるでしょう? テスカセベルムの侵攻」
「あ、はい。農民の皆さんが撃退したって云う」
「そう。撃退はしたわねー、一度は。とはいえ、結局は農民だからねー、後続の本隊が来たら被害は甚大になっていたところなのよねー。さすがに組織的な戦い方には敵わないからねー」
あれ?
「テスカセベルムの先遣隊ともいえる軍団が壊滅した直後に、スパルタコの食事、というかスプーンに毒をちょこっとね。うちの暗殺者が使ったのよぉ。あと、前線にでてきてる軍団長も軒並み毒を盛ったわねぇ」
「国王崩御で大騒ぎになって、ついでに軍事大臣の謀反の証拠なんていうのも突然出てきて、さらにそこに加えて次代の王となるべく王子たちが殺し合いを始める事態。前線の軍団は指揮官不在。もはや戦争どころじゃなくなったのよねー。
結果としてディルガエアは賠償金を十分にふんだくったうえ、領土をちょこっと増やしたわー」
怖っ! これって暗殺に加えて裏工作に扇動までやったってことだよね。なるほど、月神教に喧嘩を売ろうとする奴はいないわけだ。
「一応、暗殺を専門にしている者をこの組織に入れるから、キッカちゃんに仕事がいくのは余程の時だけになると思うわぁ。具体的にいうと、例の吸血鬼退治」
「あぁ……。わかりました。殺されないように頑張って鍛えます」
……その場のノリでやるもんじゃないな。あはは。
軽装鎧の技能を上げねば。私の主装備は軽装が基本なんだから。
「そうそう、話は変わるんだけれどねぇ、食堂の話がだいたい決まったわぁ」
はい?
「イリアルテ家と共同で、組合に食堂を併設する話は聞いているでしょう?」
「あぁ、ありましたね、そんな話」
「うん。それでねぇ、利権だのなんだの面倒なところが片付いたから、本格的に全組合で食堂運営が始まるんだけれどぉ」
……は? 全組合? たしか冒険者組合って、主要都市には支部がおいてあるんだよね? 少なくとも北方の各国にはあるはずだから、かなりの数だよ!?
「そこで出すメニューはキッカちゃんのレシピということになるんだけれど、それに関しての話があるのよぉ」
「なんでしょう?」
「レシピなんだけれど、買取りか、使用料を払うかの二択なんだけれど、どっちがいいかしらぁ? その内、イリアルテ家から話がくると思うけれどぉ」
ふむ……ちょっと疑問に思うことがあるので、確認してみよう。
いま思い出したけれど、前にリスリお嬢様がレシピの対価についてなにか云ってたような気がするし。
「そのレシピは、これまでに私がイリアルテ家に提供した物に関してですか?」
「んー? そうだけれど……あれ? 対価についての話って聞いてない?」
なにか行き違いがあったのかな? それともリリアナさんが暴走しているだけなのか? どっちだろ?
「ちゃんとした話は聞いてないと思います」
「あれぇ? まぁ、面倒な話じゃないんだけれど。レシピひとつにつき買取りか、それとも月、もしくは年幾らでの使用料かどちらかねぇ。買取りなら金額は白金貨単位になるかしらねぇ。二枚くらいかしら」
ちょっ!?
「そんな恐ろしい値段になるんですか!?」
「あのレシピが生み出す利益を考えるとねぇ。そのくらいが妥当って話になったのよぉ。もっと高くても良さそうだったけれど、それだとさすがに予算がねぇ。年幾らだと、せいぜい金貨二十枚くらいになるかしらぁ」
おぉう、なんか大変なことになってないかな? 食文化推進もお願いされたけれど、それ以上に自分が食べたいからやってただけだから、こうやって金額がリアルにでてくると凄い戸惑うんだけれど。
「どっちにする?」
「買取りで」
「理由は?」
「使用料だと、ウチにも使わせろとか、いろいろと云ってくる面倒な輩が出てきそうなので。それらをひっくるめて、そちらにぶん投げます」
これなら『侯爵家に権利を全部売り払ったので』の一言で、面倒な連中をあしらえると思うのよ。ん? 実力行使されたらどうするのかって? ははは、その時は【狂暴化】でも掛けて、勝手に殺し合ってもらいますよ。
それにレシピは盗まれるときは盗まれるし、面倒事に巻き込まれるくらいなら、売り払った方が得というものです。ただ額面が大きいので、怖気づきそうだけれど。
「それじゃ、近いうちに契約をしちゃいましょう。日にちが決まったら、うちのジョスランと一緒にイリアルテ家に行ってねぇ」
ジョスランさんというのは、ミストラル商会サンレアン支部の支部長さんだ。
この間、海産物を自ら持ってきてくれたんだよね。
「わかりました。で、メニューはこれまでの渡したもの、なんですよね?」
「そうなるわねぇ」
……いかんな。どうにもラーメンとカニクリームコロッケを一緒に出す店と云うのは微妙に納得いかない。喫茶店的な食堂というなら、カニクリームコロッケと菓子類がメニューにあってもいいけど、そこにラーメンがはいるのはどうなのよ。
しょうがないから、その辺りをちょっと意見しよう。そもそも、スープの匂いとかもあるから、ラーメンはラーメンだけでやったほうがいいんじゃないかな。
いや、となると更に幾つかレシピをださないとダメそうだな。カニクリームコロッケだけの店というのはね。揚げ物は唐揚げとカツレツとメンチあたりを加えれば、品数はなんとかなるかな? あとは勝手に開発するだろうし。
……揚げ物専門店みたいになるけど、まぁ、いいか。パウンドケーキが浮くなぁ。どら焼きとショートケーキもあるんだし、甘味的なものはもう別にしたほうがいいんじゃないかな?
そういや肉の問題があった。この辺だと兎と鹿が多く獲れるんだよね。というか、あいつら幾らでもいる。どんだけ繁殖力強いのよ。次いで猪。牛さんはかつての日本同様労働力なので、食用ではないですよ。
畜産は豚さんが行われてるけれど、大抵はハムかベーコンに加工されてるからね。鶏? いるけれど微妙な感じかなぁ。玉子が高めのお値段で流通してるくらいだし。
豚や猪はラーメンの方に回すからいいとして、兎と鹿か。唐揚げが無難かなぁ。
「店に出すということでしたら、少し思うことがあるので、その契約の時にちょっと口出ししてもいいですか?」
「ん? 構わないわよぉ。というより、云ってもらえたほうがありがたいわぁ」
ひとまずこれでお店に関しての話は終了。朝食ですよ。
ちょっと冷めちゃったけど。
ルナ姉様はマイペースにパクパク食べてて、もうすぐ終わりそうだけど。
あ、たこ焼きどうしよう。一応、あのあとインベントリにいれたけれど、すっかり冷めちゃってるんだよね。
まぁ、出しておこう。今日のお茶の時間にだすのもアレだし。リスリお嬢様は来るだろうしね。
その時にお店に関しても聞いておこう。多分、なにかしら知ってるでしょう。
さて、朝ごはんを食べ終わったら、弓の続きをやらないとね。
尚、たこ焼きはララー姉様が神力で温め直してましたよ。
感想、誤字報告ありがとうございます。