81 王子様がやって来た
六月も半ばの十五日となりました。えぇと、こっちは月二十八日で固定だから、向こうの暦に合わせると……六月四日?
本日は雨にございますよ。
雨の中を出掛けるのも面倒なので、鍛冶場で鍛冶修行をしていますよ。
飛竜襲来の時に、なんやかやで耐火の指輪を作っちゃったからね。足装備と合わせて耐火百パーセントを超えましたからね。熱さはへっちゃらです。
問題なのは、暑さが軽減されないことなんだけどね。外部の熱は遮断するんだけど、自身の熱はどうにもならないのよ。
だから動いてると体温は上がる。耐火装備は耐熱でもあるけれど、周囲の温度を下げる訳じゃない。熱を発散して体温が下がらないんだよ。いや、汗は掻くから多少はさがるけど、それはそれで……ねぇ。
熱中症とか脱水症状に陥らないように注意しないと。
【魔氷】を装飾品に加工して、携帯クーラーっぽくできないかなと思ってるんだけど、加工するには鍛冶技術が七十必要なんだよね。うん、まだまだ先だ。
現在の鍛冶技術は四十八ですよ。意外に好き勝手に骨鎧作ってたのが修行になってたみたいだ。
半ば面白半分だったんだけどな。うーん……玉ねぎ鎧のモックアップを作ってたのが修行になってたのかな?
いや、クロスボウ作ったのが大きいのか。
五十にまでなれば、鍛冶修行も少しばかり加速できるので、あともう少しだから頑張りましょう。五十になると、魔法の武具を鍛える……ん? 鍛える? ちょっと違うな。なんていったらいいんだろ?
改良? 具体的にいうと、魔剣を研いだりすることができるようになる。
うん、普通は魔剣を研いだりとかできないんだよ。まぁ、切れ味が落ちたりはしないから魔剣なわけだけど、それでも改良の余地はあるわけで。
当然だけど、普通の剣を研ぐよりも、魔剣を研ぐ方が技術を必要とする。難しいことを熟した方が技量はあがる! まさに魔剣研ぎは技量上げに最適。
あ、魔法の防具も一緒の効果はあるよ。調整だの補強だので地味だけど。
さて、そんなわけで、いまは技量を五十にするべく弓を作っています。サミュエルさんに頼まれたもの。
エルフ弓の素材は月長石と魔銀。……いや、おかしいよね。
魔銀はいいんだよ。金属だし。月長石は、まぁ、鉱石だけれど、金属じゃないよね? 普通に割れるよ。
砕いて粉にして魔銀と混ぜて合金にして使うのかな? あ、うん、そうみたいだ。きちんと頭に造り方がインストールされてる。
この覚えた覚えのない知識が、ポンと出て来るのはいまだに慣れないな。
まぁ、いいや。とっとと五円玉カラーのこの合金で弓を作ってしまおう。
……せめてもの抵抗だ。グリップ部分は月長石で意匠をこらしてやる。
デザインはゲーム通りの鳥の翼を模したもので。
よーし、造るぞー。
◆ ◇ ◆
面倒臭ぇ。
弓は鍛える物じゃないんじゃなかろうか? いや、鋳造だとなんだかダメそうな気がする。それ以前に、作った後に自分が許せなくなるような気がする。
どうせ後悔するなら、やってから後悔するのが深山家のモットーだ。
とはいえ確認は必要か。鋳造でも作って、性能を比べてみよう。
とにかくだ。弓の形状が弧の字ではなく特殊だから、鍛えるというか、形を整えるのがすっごい面倒なのよ。Mの字を左右に引っ張って反らしたような形の弓だからね。まぁ、予定していた形にはなったよ。あとは冷めてから表面の仕上げをして、グリップ部分を作ればいいだけだ。
こうしてみると、クロスボウのリムはシンプルだったから簡単だったんだな。
クロスボウの方が作るのが楽というのは、なにか間違ってると思うのは気のせいなのかな?
やっとことハンマーを置いて、手ぬぐいで汗を拭う。暑い。お風呂に入りたい。今日はもう、これで終わりにしちゃおうか。
冷めるまで手を出せないしね。火傷はしないけど、細工できる状態じゃないし。
トントントントン。
え、誰!?
「ごめんください。キッカさんはこちらですか?」
え、お客さん? こっちに直接? なんで?
出入り口に視線を向ける。開けっ放しだった扉の所に、人影がふたり分見える。いまの声の主だろう。
おぉぅ、この格好で応対しなくちゃならないのか……。
今の私の恰好は、耐火耐冷付術のついた骨鎧の足甲に鍛冶作業用の厚手の難燃生地のワンピースに革のエプロンという格好だ。ゲームの鍛冶屋の服に重装鎧のブーツ、と云った方が分かりやすいか。それに加えて、甲殻鎧の兜を被っている。
兜といっても、オープンヘルムにゴーグルと覆面というような構成のものだ。
かなりちぐはぐ。おまけに汗だくだ。
と、とりあえず【清浄】を自分に掛けて応対しよう。多少はマシになる筈だ。
「はい、キッカは私ですが、どんなご用でしょう?」
ひとりは赤褐色の髪の男性。私と同じくらいの歳かな? いや、となると、私よりちょっと年少か。もうひとりは二十歳くらいの金髪の男性だ。ふたりとも白を基調とした、上等な服を着ている。平民っぽい格好をしているけれど、明らかに上流階級の人とわかる。
平民に扮するなら、いまの私みたいにくたびれた恰好じゃないと。
私が暗がりからでてくると、ふたりは少しばかり驚いたようだ。
うん、作業終了するつもりで、灯りとかは【解呪】で消しちゃったからね。そんなところから、変な恰好の女が出てくればねぇ。
……とりあえずふたりは、私の胸で性別を確認しているようだ。
「はじめまして。私はアレクスと――」
「アレクス、あれ」
「おい、レオ、礼儀を――」
あれ? ふたりとも右向いて固まっちゃった。あっちって、私が見本に並べた鎧があるだけだよね。
ドワーフ鎧、北方刻印鎧、甲殻鎧のみっつを見本として展示してあるんだ。その内、自作しようと思っている個人的にお気に入りのデザインの鎧。あとその隣に販売中の刻削骨の鎧。あぁ、黒檀鋼の鎧は、母屋に飾ってあるからここにはないよ。
「し、失礼、あちらの鎧を見せてもらってもよろしいだろうか?」
「え、えぇ、どうぞ」
ふたりは小走りに鎧のところへと向かって行った。
【灯光】でも点けたほうがいいかな?
「こんにちは、お姉様」
「あ、リスリ様、いらっしゃいませ」
今度はリスリお嬢様が来たよ。ということは、もう完全に正午過ぎか。
あ、雨は止んだみたいだ。
「お邪魔をしてしまいましたか?」
「いえ、今、来客中というだけで、邪魔ではありませんよ」
「来客ですか?」
「はい。いまあちらで、鎧を見てますけど」
私が指し示したほうを覗き込み、リスリお嬢様は顔を強張らせた。
「で、殿下!? なんでキッカお姉様のところに!?」
リスリお嬢様が目を丸くしている。
へ? 殿下?
え、もしかしてあの人、王族の方!? え、なんで?
私が表彰だか何だかで召喚されるんじゃなかったの?
「あ、あの、リスリ様? あちらの方は?」
「アレクス第二王子殿下と近衛騎士レオナルド様です」
おぉう、我が家に王子様がやって来たよ。……いや、本当になんで?
「あの、王子様が私なんぞになんの用でしょう?」
「さぁ。私にもわかりません。今朝方、当家に突然みえられて、なにか、お父様と意気投合してましたけど」
リスリお嬢様が首を傾げる。
むぅ……。まぁ、このまま放置しとくわけにもいかないよね。というか、どれだけあのドワーフ鎧が気に入ったのよ。
「そちらの鎧がお気に召しましたか?」
リスリお嬢様とふたりの所へ進み、声をかけた。
このドワーフ鎧は金色一色。私は――というか、お兄ちゃんはMODをいれてテクスチャを変えてたから、このバニラ仕様の金色一色というのは結構新鮮なんだよね。
「えぇ、実に素晴らしい。実用できる女神の色の鎧など、はじめてだ」
ん? 女神の色? あぁ、そうか、ディルルルナ様のシンボルカラーは黄色、もしくは金色だっけね。
「この鎧の販売は?」
「素材の関係で基本的に販売する予定はありませんが、多少の余裕はあるので注文は承りますよ。一領でよろしいですか? それとも、複数?」
「できれば、一分隊分は欲しいのだが?」
一分隊? 分隊っていうと……十二人だっけ? ちょっと多いけど、それなら作っても問題ないか。
「分隊というと、十二領ですか?」
「あー、できれば予備を含め、十五領お願いしたい」
「それでしたら大丈夫ですよ。ただ、追加は受け付けません。先も云いましたが、素材となるこの金属が手に入らないので」
まずは、肝心なことを云っておかないとね。
「では一式、兜、鎧、手甲、足甲、盾、武器、でよろしいですね?」
「武器!?」
「えぇ。ちょっと見本品を持ってきますね」
そういって私は奥の武器ラックから、片手斧と大剣を外して持ってきた。
「武器はこんな感じですね。短剣、剣、斧、メイス、大剣、大斧、大槌、弓とありますよ」
武器を手渡すと、ふたりとも確認するように構え、素振りをしている。
「あ、さすがに鎧一領につき武器八種というわけにはいきませんよ」
「ん? あぁ、さすがにそれはわかっているよ。莫迦なことは云わないから安心してくれ。各ふたつずつで良いだろうか? ひとつ多くなってしまうが」
「それくらいなら問題ないですよ」
「まて、レオ、予算は大丈夫なのか? それにメンテナンスに問題が出ないか? 素材が手に入らないという話なんだぞ?」
「あ、ご心配なく。魔法を掛けますので、そう簡単に壊れませんから」
あれ? ふたりが硬直したよ? 私のことを知って来てるわけだし、その辺りは調べてるはずだよね? 組合に訊けば情報は流れるだろうし。
「お姉様?」
リスリお嬢様が平坦なトーンで私を呼んだ。
あはは、お説教モードだ。でも今回は曲げる訳にはいかないよ。
「量産できないものを販売する以上、そう簡単に壊れるようなものを売るわけにはいきませんからね。付術は絶対にします。これは譲れませんよ」
「むぅ……。ですがお姉様、それだと価格が大変な事に」
「あ……そういえば組合で『白金貨単位になる』って云われましたね」
そう、白金貨単位だ。この言い回しからして、一領で白金貨数枚ってことになるだろう。十五領ってことだから、一領白金貨二枚として三十枚になる。
……大雑把に換算して、日本円だと三億円以上!?
「ま、待て、待ってくれ、価格とかの以前にだ、魔法の武具を作れるのか?」
「えぇ、造れますがなにか。魔法の杖の販売も決まっているわけですし、杖を作ることができるなら、武器や防具も作ることができるのは道理でしょう?」
私がそう答えると、ふたりは互いに顔を見合わせた。
「あの、アレクス殿下、私がなにをやっているのかは、もちろんご存知ですよね?」
◆ ◇ ◆
その後、私はリスリお嬢様とふたりを母屋へと案内し、付術のリストを渡すとお風呂場へと直行した。
さすがにこのままでの応対をするのは……ねぇ。
なので、身だしなみを整えてきますと云って、お風呂場へと飛び込んだのだ。
お茶関連はすでにリリアナさんが用意してあったし、他には――
「各付術の説明は私がしておくから大丈夫よぉ」
と、ララー姉様が引き受けてくれたからね。
風呂場に入り、服をインベントリに入れ、【聖水】をそのまま頭から被って汗を流す。さっき【清浄】を掛けたから問題はないんだけれど、気分的に問題があるのだ。そして改めて【清浄】をかけ、いつもの見習ローブに仮面という格好になる。
あっと、外したバレッタを忘れずにつけないと。
これでよし、っと。さぁ、急いで戻ろう。
メインホールに戻ると、アレクス殿下とレオナルドさんは驚いた顔をしたままだった。
なんでだ?
……あぁ、お茶菓子のケーキか。みんな驚いてたものね。
「お待たせしました。鎧と武器に掛ける付術は決まりましたか?」
席に着くと、私は訊ねた。まぁ、私が組合に持って行った構成と似たようなものになるんじゃないかなぁ。技量UP系は外してあるから。
「えぇ。この構成でお願いしたい」
そう云ってレオナルドさんが付術の構成を記した紙を差し出した。
兜 :水中呼吸
鎧 :治癒力上昇
手甲:運搬力上昇
足甲:活力回復力上昇
盾 :火耐性
武器:炎打撃
ふむ。胴と盾以外は一緒だね。
実用性を考えると、このあたりに落ち着く感じかなぁ。
武器は炎一択か。与ダメを考えると、一番安定はするからね。
「分かりました。それでは、これで制作しますね。それで値段の方なんですけど――」
「あー、それなんだが、一組当たり白金貨三枚で良いだろうか? 値段も聞かずに注文をしておいてなんだが、予算の問題があってな。武器はすべて合わせて白金貨五枚。最悪、この予算で作れるだけでお願いしたい」
……え? えーと、鎧一式と盾で白金貨三枚? 武器が全部で白金貨五枚ってことは全部で五十枚!?
え、額面が大きすぎて、妥当なのかどうか、さっぱりわかんないんだけど?
私はとなりのリスリお嬢様に目を向けた。
む、微妙に渋い顔。
「リスリ様、これは妥当な値段なのでしょうか? 私にはさっぱりなんですけど」
「難しいんですよねぇ。ダンジョン産の魔法武具と一緒にするわけにもいきませんしね。まぁ、普通の鎧一式の十倍以上の値段ですし、問題はないのではないでしょうか?」
あー。さすがにリスリお嬢様も、比較するものがないから金額を断言しにくいのか。まぁ、お国からの依頼みたいなものだし、これでいいか。
「分かりました。お引き受けします。ただ、ちょっと時間は掛かりますよ」
「問題ない。あぁ、だが、できるなら八月までに二領、納品してもらえるとありがたい」
「それでしたら大丈夫ですよ。武器はなにを?」
「長剣で頼む」
「分かりました」
鍛冶修行にもなるし、丁度良かったかな?
「商談は決まったみたいねぇ。それじゃこれが契約書ね」
そう云って、契約内容の掛かれた二枚の羊皮紙を差し出した。
◆ ◇ ◆
あの後、暫し談笑し、王子様と近衛の騎士様はリスリお嬢様たちと一緒に帰って行った。
王子様たちは侯爵家に泊まっているとのことだ。リスリお嬢様が『侯爵様と意気投合』とか云ってたけれど、なにか国家事業的なことでもあるんですかね?
そういえば、ダリオ様が湖周辺を開拓するようなことを云ってたよね。
そのことかな?
【アリリオ】の宿場から湖の辺りまで開拓されるとなると、かなりの広範囲だしね。
……あれ? 王子様は私の所へ何をしに来たんだろう?
鎧を買いに来たのが目的みたいになってたけど、そうじゃないよね? 鎧に関してはレオナルドさんの暴走みたいな感じだったし。いや、王子様もやたらと乗り気ではあったけれど、値段を忘れるほどじゃなかったからね。
結局、鎧の商談しかしなかったけれど、よかったのかな?
……。
ま、いっか。
私は肩をすくめると、夕飯の準備に取り掛かったのでした。
誤字報告ありがとうございます。